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風のゆくえには~現実的な話をします 15 +おまけはBL

2017年05月02日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~現実的な話をします

【有希視点】


2017年3月5日(日)


 斉藤君の息子が無事に私達の母校、白浜高校に合格したそうで、そのお祝いに、10月に激励会をしたメンバー(大人12人+子供5人)で再び集まることになった。
 前回は昼間にバーベキューをしたけれども、今回は夕方から溝部宅にてすき焼きパーティー……


「溝部のうちってホント広いよね……」
「まあ古いけどなー」

 結婚する、と決めてから約2週間……
 このすき焼きパーティーの後で、初めて溝部のご両親と正式に挨拶させてもらうことになっている。

 10月のバーベキューの時はご両親は不在で会えなかったのだけれども、その後、陽太の野球の練習をさせてもらいにお宅にお邪魔した時に、お母さんとは2度だけお会いした。どれも一言二言交わした程度で、会話をきちんとするのは………

(高校の時以来かも……)

 うっすらした記憶の中に、高校2年の時のクリスマスパーティーでお母さんと何か話したこと、小松ちゃんと一緒にお父さんに車で駅まで送ってもらったこと、が浮かんでくるけれども、どれも曖昧だ。

「溝部のお父さんって大工さんだったよね?」
「そうそう。昔は住み込みの弟子とかわんさかいたから、うちも無駄に広いんだよ」

 溝部が大人数での立ち回りに優れているのは、そういう環境で育ったからなのかもしれない。

「だからオレ、家族だけでご飯食べるって経験あんまなくてさ。お前らと3人だけで飯食うの、すごい新鮮」
「あ……そうなんだ」

 やたらニコニコしていた昨日の溝部を思い出す。
 昨日の夕飯は溝部のマンションで作って食べたのだ。新居で使える台所用品や家電を判別するため、というのも大きな理由だった。

 台所用品はたいして種類もなく、あまり料理していないんだろうな、という感じだった。日常的に彼女が来てご飯を作っていた……という形跡もない。

(ホントに寂しい一人暮らしだったんだなあ……)

 可哀想に、と同情している自分と、女の影がなくてホッしている自分と、二人の自分がいることに戸惑う。たぶん、前者は『友達』としての感情。そして後者は……

(……好き?)

 認めたくないけれど、そう判断せざるをえない。ドキッとさせられることもあるし、先日、衝動的に頬にキスしてしまったし………

(ほっぺにチューって、中学生かって感じで逆に恥ずかしいんだけど……)

 イマドキ、小学生でもしてるかもしれない……。そんな、子供の域から出ない程度の好意……。

 でも、溝部も溝部で、「いいと言うまでは手を出さない」という約束通り、本当に何もしてこない。昨日も陽太だけ泊まって、今朝早く、野球の練習場に連れてきてくれた。


 そうして今日初めて、溝部を野球チームの保護者の方々に紹介したのだけれども、

「お前、溝部!?」

 下級生チームの監督をしている中林さんに叫ばれた。溝部もぎょっとして「なか先輩!」と叫びかえして、頭を90度に下げていて……

 中林さん、私達と同じ高校の二つ上の野球部の先輩だそうだ。同じ高校とは知らなかった。ここから自転車で通える高校なので、地元に残っている人だったら他にもいそうな気はする。

「えー!鈴木さん白高出身なの?!」
「すごーい!頭いいー」
「いやいやいやいや……」

 ママ達に口々に言われ、居心地が悪い……。地元出身者や中学生以上の子を持つママは、学区トップ校であるうちの高校を必要以上にスゴい学校だと思っているので、あまり言いたくないのだ……。地元だとこういうことがあるから面倒くさい。けれども。

「溝部、お前ノックできるよな?」
「いやでも、10年ぶりなんで、ちゃんと飛ぶかは」
「やってるうちに思い出すだろ。今、Bチームの監督、腰痛めててできないから、お前やって」

 溝部は戸惑いながらも、「うすっ」と返事していて……。運動部の先輩の言うことは絶対だ。いつもと違う溝部がちょっと可愛くて笑ってしまった。

「誰、あの人ー?」
「オレの新しいお父さん!」

 嬉しそうに言っている陽太。私の選択は正しかったのだ、と思えてホッとする。

 あの時……泣きそうな陽太を抱きしめた溝部を見て、

(陽太の『お父さん』になってほしい)

 そう、強く思った。陽太のために、溝部が必要だ、と。
 私自身の溝部に対する好意は、ほんのりとし過ぎていて、夫婦になるのにこれでいいのだろうか、と思わざるをえない。でも、『家族』になりたいと思う。『うちのお父さん』になってほしいと思う。


***


「いいんじゃないの?」

 小松ちゃんが、くくくと笑いながら言う。小松ちゃんは酔うと笑い上戸になる。

「愛情なんかあとからついてくるよ。んなこと言ったら、うちなんか、結婚相談所だからね。会って数回で結婚決めて、結婚してから愛を育んだ口だからね」
「あー……」
「元々、煙草吸わない、お酒好き、旅行好き、正社員で勤めてる、って条件で選んだからねー」
「そういえばそうだったね……。でもすっごい仲良しだよね……」
「ははは~~まーねー」

 すき焼きセットの片付けをしてくれている、小松ちゃんの6歳年上の旦那さんが目に入る。小松ちゃんと旦那さんは結婚5年目の今でもとても仲が良い。

 すき焼きパーティーは大いに盛り上がり(溝部は『合コン幹事のプロ』を自称するだけあって、場を盛り上げるのが上手だ)、今は、4つあった鍋のうち、1つを残して他は片付け中。しかもこれからケーキも出てくるらしい。前回同様、男性陣が全部してくれるというので、私は高校時代からの親友の小松ちゃんと、山崎君の奥さんの菜美子ちゃんと3人で、隅っこの方で細々と飲み続けていた。

「菜美子ちゃんは、山崎君タイプだったの?」
「え……」

 小松ちゃんが聞くと、新婚・菜美子ちゃんは小さく笑いながら、「シーっ」というように口元に人差し指を置いた。

「全然。私、本当は溝部さんみたいな人がタイプだったんですよ」
「え?!」
「えええ?!」

 小松ちゃんと二人、仰け反ってしまう。山崎君と菜美子ちゃんが知り合ったのは、溝部も一緒の合コンの場だったと聞いてはいたけど……

「うそー!」
 小松ちゃんが叫んだ。

「あんなののどこが?! ……って、あ、ごめん、有希の婚約者だった」
「いいよ……」

 同意見ですので……

「溝部さん素敵じゃないですか。明るくて、楽しくて」
「えー……」
「えー……」

 ニコニコと言う菜美子ちゃんに、私も小松ちゃんも「えー」が隠せない……

「私、今までお付き合いした人みんな溝部さんみたいな感じの人だったので、山崎さんは……」
「全然違うよね……」
「はい」

 苦笑した菜美子ちゃん。綺麗な子だなあとあらためて思う。山崎君、よくこんな上玉をゲットしたもんだ……

「じゃ、山崎君のどこがよくて結婚決意したの?」
「うーん……、包容力……ですかねえ? 全部を許してくれる、包んでくれる、みたいな……」
「あー……」

 なるほどー、と納得してしまう。山崎君、優しいもんなあ……

「それ、結婚生活に必要だよねー」
「それ言ったら溝部だって、有希の全部を受け入れてくれてるじゃん。包容力、あるじゃん」
「まあ、そうなんだけど……」

 確かに、陽太ごと受け入れてくれてるけど……

「でもさー、二人のところはラブラブじゃん? 私と溝部にそんな日がくるとは到底思えないんだよねえ……」
「とかいって、二人きりの時はイチャイチャしてんじゃないの? なんか溝部そんな感じする」
「いや……全然」
「え、そうなん?」
「うん。っていうか、二人きりって状況にもならないしね」
「あーそっかあ……」
「うん。そう」

 ふっと、陽太の方に目がいく。
 陽太は、一人でゲームをしていた前回とは違って、大広間の続きになっている6畳の部屋で、他の子供たちと一緒に、簡易ボーリングをして盛り上がっている。何もかも、あの時とは違う。……溝部のおかげで。

「じゃあ、さっきの桜井君のお言葉に甘えてみたらいいんじゃないのー?」
「桜井さんのお言葉?」

 はて?と首をかしげた菜美子ちゃんに小松ちゃんがヘラヘラと説明する。

「二人きりで出かけたいとかあったら、陽太君のこと預かるから遠慮なく言ってね。って。ねえ?」
「あー………」

 別に二人きりで出かけたいなんて思ってないんですけど……

「二人きりでデートでもしたら、ちょっとはそういう雰囲気になるんじゃないのー? ねえ?菜美子ちゃん」
「そうですね……」

 菜美子ちゃんは「うーん」と言って口元に手を当てると、

「人の脳って不思議なもので、楽しくなくても笑ってると、そのうち楽しいって思えるようになってくるんです」
「へえ……」

 菜美子ちゃん、そういえば心療内科の先生なんだよな……

「なので、恋人らしく過ごしていたら恋人らしくなる……ということはあると思います」
「だよねだよねだよね!ほらー……」
「でも」

 盛り上がりかけた小松ちゃんの言葉にかぶせて、菜美子ちゃんが言葉を重ねた。観察するような目がじっとこちらを見ている……

「それがお二人の望む形なのかは、また別の話です。カップルにはそれぞれの幸せの形がありますから」
「…………」
「…………」

 それぞれの、幸せの形………

 私と溝部の幸せの形………?


「ケーキ到着しましたー!」
「!」

 思いに沈みこみそうになったところを、溝部の声に引き戻された。

「到着? って!!」

 思わず、げっと言ってしまいそうになり、慌てて飲み込んだ。ケーキの大きな箱を持って現れたのは………溝部のご両親、だった。


***


 最悪……最悪だ……。
 夫になる人に片付けをやらせて、女同士で飲んでる嫁……
 印象最悪じゃないかーーーー!!!

と、叫びたいのを何とか我慢する。

 ご両親が帰宅するのは、まだまだだって聞いてたのに! そういうことはちゃんと言ってよー!

 立ち上がったまま、思いっきり固まっていたのだけれども…………


 溝部のお母さんは、そんなこと気が付いた様子もなく、ケーキを溝部に押し付けると、

「有希ちゃーん!」
「え」

 こちらに駆け寄ってきて、ガシッと私の手を両手で掴むと、ブンブン振り回してきた。わわわわわ……と思っていたら、

「ありがとうね~。祐と結婚してくれるんだってね~!」
「え、あ、はい……」

 戸惑うこちらにはお構いなしに、ギューギューっと手を握ってきた溝部のお母さん。クリッとした目が印象的。

「良かったわ~ほら、高校生の時に、おばさん、うちにお嫁さんにきて!って言ったけど、有希ちゃん、いやいや~とか言って笑ってごまかしたでしょ~?」
「え」

 ぜ、全然覚えてない……

「祐が有希ちゃんのこと好きだって知ってたから、おばさん、応援してたんだけどね~。あの時も祐に余計なこと言うなって怒られてね~。だから今回も、ずっとずっとずっと我慢してたのよ!」
「そ、そう……だったんですね……」

 一言二言の挨拶しかしてくれなかったから、よく思われてないのかと思ってた……。

「ああ良かった良かった~。これからよろしくね~」
「よろしくお願いしま……」
「あ! 陽太君! おばあちゃんですよ~!」

 パッと手を離され、今度はこちらに来かけていた陽太に飛びついたお母さん……

(似てる……)

 溝部に似てる。明るくて……ウザイ感じが。そして何の躊躇もなく陽太のことを受け入れてくれている感じが。

 後から聞いたら、昔から、血の繋がりのないお弟子さん達を我が子のように可愛がっていたので、子連れ再婚にも抵抗なかった、という。それが本心なのかは分からない。でも、お母さんからは、陽太を歓迎してくれている気持ちしか伝わってこない。

 陽太も少し困ったように、でも少し笑いながら話している。

「陽太君、背高くていいわね~。すぐ追いつかれそう! あーデートするのが楽しみだわ~」
「ちょっと母ちゃん」

 ケーキをお皿に配り途中の溝部が慌てて母親を止めにきた。

「陽太に絡むなっ。デートってなんだよっ」
「陽太君、おばあちゃんが美味しい物食べに連れて行ってあげるからね~?」
「だからっ」
「私、孫とデートするの夢だったのよ~。ねえ、いつ籍入れるの? 有希ちゃんの気が変わらないうちにさっさと結婚しないと、逃げられちゃうわよ?」
「余計なお世話だっ」
「ほら、さっさとケーキ配りなさいよ。……あ、斉藤君!」

 今度は斉藤君に駆け寄ったお母さん。

「久しぶりね~。ま~大人になって! 息子さんおめでとう!良かったね~。これ、少ないけどお祝いね!」
「え、すみません。ありがとうございます。ほら、ワタル、お礼」
「ありがとうございます!」
「いえいえ~~、あ!渋谷君!やだあいかわらずイケメン!」

 次々とアチコチに声をかけまくるお母さん……

「嵐のようだ……」

 小松ちゃんがボソッと呟いた。

 ほんと……嵐のようだ……

 溝部も相当ウルサイと思っていたけれど、お母さんには負ける。
 お父さんは……と思ったら、黙々とケーキの箱を折りたたんで片づけていて……。「職人さん」の雰囲気を醸し出している。

 溝部は、このお母さんとお父さんの血を受け継いでいるんだなあ……


「ケーキ争奪じゃんけん大会ーー!」

 そこに突然、溝部の母親の嵐を吹き飛ばすような叫び声が響き渡った。

「勝った人から好きなの選んでー! とりあえず、最初は全員オレとジャンケン! 勝ち組、あいこ組、負け組の三つに分けるぞ! せーの、最初はグー! ジャンケーン……」

 わあ、とか、きゃあ、とか悲鳴と歓声が上がる。この歳でたかがジャンケンでこれだけ盛り上がれるのが楽しい。陽太が楽しそうなのが嬉しい。

「わーー!やっぱ一番それいくよなー?!」
「えー狙ってたのにー!」

 大人もみんな高校生に戻ったみたいにはしゃいでいる。でも、あの頃と違うのは、みんなそれぞれに沢山の経験をして、そして大切な人が一緒にいること………


 全員にケーキが行き渡ったところで、溝部がお皿を手に私と陽太のそばに寄ってきた。

「鈴木のチーズケーキ、うまそう……」

 ジーッとケーキを見られ、笑ってしまう。

「ちょっといる?」
「いいのか?!」

 ぱあっと目を輝かせた溝部。陽太のこともツンツンとつつくと、

「陽太のチョコも欲しい」
「溝部のプリンもうまそうだなー」
「じゃ、みんなで分けよっか?」
「やった!」

 三人で三等分。三種類のケーキを分けて食べる。

「これ、おいしい!」
「おいしいね」
「おお。あ、こっちもおいしい!」

 三人で同じものを食べて、笑い合う。間違いなく、今、私はとても幸せだと思う。


------------------

お読みくださりありがとうございました!
まだ「鈴木」「溝部」と呼び合う2人。陽太もまだ「溝部」。
溝部と有希の初デート!の話は書ききれなかったので次回に……。
ということで、あと2回で終わりの予定でございます。

続きまして今日のオマケ☆
オマケは今日が最終回。

-------------------



☆今日のオマケ・慶視点


 溝部の実家でのすき焼きパーティーの後、少し酔っぱらった状態で電車に乗り……途中から運よく座れたのは良かったけれど、そのせいで二人でうたた寝してしまって。気が付いたときには、乗換の駅を通り過ぎていたので、結局、そのまま乗り続け、その先のいつもとは違う駅で降りることにした。その駅からも徒歩20分強で帰れるはずなのだ。

「あんまり来たことない町って、ちょっと緊張するね……」
「だな。遠回りかもしれないけど環七まで出るか?」
「ううん。探検探検。住宅街抜けてこ?」

 しばらく歩いて住宅街に入ったところで、すっと自然な感じに手を取られた。そのまま手を繋いで歩く。日曜日の夜10時半。住宅街の人通りはたいして多くない。

(まあ、いっか……)

 そう思えるのは、まだ酔いがさめていないせいと、高校生に戻ったかのようにみんなでバカ騒ぎしていたテンションが体の中で持続しているせいかもしれない。

「色々なおうちがあるねえ……」
「わ、ここ金持ちっぽい。おーBMー」

 なんだか本当に高校生に戻ったみたいだ。こんな風にたわいもない話をしながら歩く夜道……あの頃、こんな日がずっと続けばいいと思ってた。今、おれは、その永遠の中にいる……。

「あ! 慶! 公園公園! ちょっと寄りたい!」
「え?」

 突然、浩介が走りだした。わりと遊具のたくさんある大きめの公園だ。
 なんなんだ、と思いながらついていくと、浩介はさっそくブランコに座って、ニコニコとこちらを見返してきた。

 何なんだ?

「何やって……」

 言いかけたところ……

「渋谷も乗るー?」
「!」

 その言葉にドキッと心臓が跳ね上がった。し、渋谷って……っ

「………なんだそりゃ」
「渋谷?」

 うわ、やめろ。感覚が片思い時代に引き戻される。なんだこれ。いや、でも、好きだと自覚した頃からは「慶」って呼ばれてた……けど、その前は「渋谷」って呼ばれてたわけで……

「しーぶや?」
「……………」
「し……、んにゃっ」

 ふざけている鼻をむにゅっと掴んでやると、浩介はふがふが言いながらおれの手を掴んできた。

「やめてー」
「お前がふざけたこと言うからだ。なんの冗談だ」
「えー、ちょっと懐かしくていいかなあーって思ってー。まだ渋谷って呼んでた頃にブランコで遊んだの覚えてない?」
「…………」

 そんなことあったっけ……。あいかわらず恐ろしい記憶力だな浩介……。

「どうせ覚えてないんでしょ? 渋谷」
「…………」

 渋谷と呼ばれていたころは、まだただの友達で。でもずっとずっと一緒にいたくて。
 
「浩介……」
「ん」

 そっと口づける……。その願い、おれは叶えてやったぞ?

「思い出した?」
「思い出した」

 今度は額に口づける。

「おれがどれだけお前のこと好きだったか、思い出した」
「慶……」
「それで」

 嬉しそうに微笑んで、こちらに手を伸ばしてきた浩介に、わざと冷たーく言ってやる。

「お前がおれのこと友達としか思ってなくて、美幸さんに片思いして、その相談をおれにしてきて、それで散々苦しんだことも思い出した」
「わわわわわっ」

 浩介がアワアワと立ち上がり、おれの頬を両手でぐりぐりと包み込んだ。

「それは忘れてー忘れてー」
「忘れらんねーなー」
「もー慶、しつこいよー」
「悪かったなっ」

 むーっと鼻に皺を寄せてやる。

「それだけお前のことが好きってことだよっ」
「……………」

 浩介は一瞬詰まり……

「それ言われたら、忘れてって言えない……」

 コンッとオデコをくっつけてきた。

「おー忘れねえぞ。お前も覚えとけよ。もし、またあんなことがあったら……」
「あるわけないでしょ」
「………。まあそうだな」

 くすりと笑って、また手を繋ぐ。

「帰ろ?」
「おお」

 ぎゅっと繋ぐ。離れないように。

「慶、大好き」
 頭のてっぺんにキスされる。それも高校の頃と変わらない。

 でもあの頃と違うのは、一緒の家に帰れること。共に夜を過ごして、共に朝を迎えられること。

 浩介と共に生きている。ずっと願っていた未来がここにある。



-------------------------------

お読みくださりありがとうございました!
浩介の「渋谷」呼び。懐かしい^^
次回16が有希視点最終回。17が溝部視点最終回、の予定なので、おまけは今日が最終回ということで。
オチも何もないおまけにお付き合いくださりありがとうございました!!
本編残り2回(たぶん←)、どうぞよろしくお願いいたします!

毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は5月5日金曜日、どうぞよろしくお願いいたします!

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風のゆくえには~現実的な話をします 14 +おまけはBL

2017年04月28日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~現実的な話をします

【溝部視点】


2017年2月20日(月)



『溝部、すぐうちに来て』

 夕方4時半近く、鈴木の携帯から電話があった。かけてきたのは陽太で、コソコソした声が切迫感を伝えてくる。

『お父さんとおばあちゃんがこれから来るって』
「え……」
『それで、オレのこと引き取りたいって言ってるって、お母さんがおばあちゃんと話してて……』

 何だと?!

『なんか、弁護士さん?も一緒とか言ってて』
「何時に?!」
『5時には家にいてって言われたから、たぶん5時……』
「…………」

 速攻でパソコンで電車の時間を調べる。34分に乗れば16分に着く。そこから徒歩15分。走れば……

「5時20分過ぎには着く。待ってろ」
『分かった』

 オレが慌てて電話を切ったのを隣で見ていた後輩の須賀が「溝部さん」と手を挙げてくれた。

「なんかわからないけど、どうぞ行ってください。あと、僕やっておきます」
「悪い。助かる」

 手短にざっくりな指示だけだして「細かい事は電車の中からメールする!」と叫んでそのまま飛びだした。

「鈴木……っ」
 陽太のことを一番に考えたい、と言っていた鈴木。そんな母親から息子を奪うなんて、そんなことはあってはならない。ならないっ。


***


 鈴木のうちに着いてインターフォンを鳴らすと、陽太が転がるように出てきてくれた。

「良かった、溝部! 早く……っ」
「陽……、わわ」

 靴を脱ぐ間も与えてくれないほどの勢いで、陽太に腕を引っ張られながらリビングに入り……

「………鈴木」
 まず目に入ったのが鈴木。青ざめた顔でこちらを見返している……

 それから、ソファーに座った上品な感じのおばあさん。それに、高校の日本史教師だった山元によく似た背の高いイケメン。それから、厳しい雰囲気の眼鏡の初老の男性……

「おばあちゃん、これ、溝部!」

 陽太が慌てたようにオレを「これ」呼ばわりしながら突きだして、祖母に向かって叫ぶように言った。

「溝部、金持ちだから! さっき言ってたこと全部、溝部がいるから大丈夫だから!」
「え……」
「だからオレ、お母さんといるから! そっちにはいかないから!」
「…………」

 陽太の必死の声……オレの腕を掴んでいる手が少し震えている……。

 察するに、金銭面を盾に、陽太の引き取りを要求してきた、ということらしい。オレが到着するまでのわずか20分の間で、相当激しいやり取りがあったことがうかがえる。
 元旦那はムッとしたように腕を組んでいて、その母親らしき女性は目を三角にしたまま、オレと陽太を見比べると、

「陽ちゃん、そんな血の繋がりもないような人……」
「溝部はオレを息子にしたいって言ってるっ」

 ぎゅうっと掴まれた腕に力が込められ、陽太の切ないような思いが伝わってくる……
 でも、陽太の祖母は、呆れたように言った。

「そんなの、有希さんの気をひくために決まってるでしょ。陽ちゃんは利用されてるのよ」
「は?!」

 うわ、なんだこのババア。初対面で挨拶すらしてないのにその失礼なセリフ、ありえねえ。

「あの……っ」
 ババアに言い返そうとしたところを、

「そんなの、オレだって溝部のこと利用してるしっ」
「え?」

 陽太の思わぬ言葉に遮られた。
 
 利用してる?

「溝部、金出してくれるって。そしたら、お母さん、ライターの仕事続けられるっ」
「………」
「それに溝部は野球の練習も付き合ってくれるっ。みんなのお父さんみたいに、お父さんコーチだってできるっ。大きい車あるから、試合のとこまでみんなを連れてくことだってできる!」
「………陽太」

 やっぱり他のお父さんのこと羨ましかったんだ……と、鈴木がつぶやいた。陽太は今までどれだけのことを言わずに我慢してきたのだろう……

「でも、陽ちゃん、それはしょうがないでしょう?」
 ババアが宥めるように言う。

「陽ちゃんのお父さんは、土曜も日曜もお仕事のこと多いから、練習にいったりするのは難しいのよ」
「でも、オレ、一回観に行ってやったことあるよな?」

 イケメン元旦那が妙に偉そうに言った。

「試合だっていうから、何とか休みもらって、それで……」
「お父さん」

 陽太が冷たいと言えるような口調で父親の言葉を遮った。

「お父さんはさ、オレのチームの仲間の名前、一人でもいいから言える?」
「へ?」

 きょとん、とした元旦那。

「そんなの、一回しか行ってないんだから……」
「溝部も一回しか来てないけど、でも知ってるよ」
「え……」

 陽太は淡々と言葉を続ける。

「お父さんはさ、観に来たっていったって、試合中ずっと携帯いじってたもんね? オレの打席の時だって全然みてなかったよね?」
「それは……」
「溝部はさ、ずーっと見てて、それで終わったあとウザイくらい、色々アドバイスくれたよ」
「それはっ」

 元旦那、慌てたように手を振った。

「ほら、お父さんは野球とかあんまり詳しくないから……」
「じゃあ、オレの一緒のクラスだった友達の名前、誰か知ってる?」
「え………」

 陽太は淡々と、淡々としている。

「溝部はさ、オレのクラスで一番可愛い子の名前だって知ってるよ」
「…………」

 陽太……

「それは……」
「お母さんはさ、溝部と一緒にいると、ゲラゲラ笑うんだよ。お父さん、そんなお母さん見たことある?」
「…………」

 鈴木は口元を手で押さえながら、ジッと陽太のことを見つめている。

「お母さんさ、溝部のこと蹴ったりぶったり、ピーナツの殻ぶつけたりするんだよ」
「…………」
「お母さん、いっつも楽しそうだよ」

 陽太は、ふうっと大きく息を吐いた。

「だからさ、オレ、お母さんはお父さんとじゃなくて、溝部と結婚すれば良かったのにって言ったんだよ」
「陽太」
「そしたらさ」

 陽太は、泣きそうな顔で、無理矢理、ニッと口の端をあげた。

「溝部、それはダメだって言ったんだよ。そうしたら、オレが生まれなくなっちゃうから、そんなの嫌だって」
「…………」

「溝部はさ、オレのこと、必要だって……」
「陽太……」
「オレとキャッチボールしたいって……」
「…………」

 たまらなくなって、陽太を抱き寄せた。
 6年生に間違えられるくらい背も高くて、大人っぽい陽太。でも、まだ10歳で。まだまだ、たくさんの愛が必要な10歳の男の子で……


 沈黙の中、鈴木がすっと静かにオレの横に立った。静かな、強い意志を持った瞳で。

(ああ……綺麗だな)

 四半世紀前、後夜祭の炎に照らされた横顔を思い出す。あの時、頬を伝っていた涙の美しさにオレは惹かれた。でも、今は、その何者にも屈しない強い瞳に心が揺さぶられる。なんて綺麗な、気高い光。

「陽太は、私が育てます」

 鈴木が元旦那と元姑に静かに告げた。
 そして……一つ息をついてから、言葉を重ねた。

「……溝部さんと一緒に」
「!?」

 え? えええ!?

 その言葉に、思わずすごい勢いで鈴木を振り返ってしまった。

 今、溝部さんと一緒にって言った? 言ったよな?! 空耳じゃないよな?! 言ったよな?!


「は………。あっそう……」
 オレの戸惑いなんて知るわけもない元姑のババアが、苦笑いを浮かべている。

「じゃあ、養育費は……」
「いりません」

 オレの腕の中にいる陽太の頭を撫でながら、鈴木がオレを真っ直ぐ見返してくる。

「いらない、よね?」
「おお」

 力強く、肯く。
 いらない。養育費なんて全然いらない。オレと鈴木で養育するから。だから、

「陽太、お前、オレの息子になるよな?」

 腕の中の陽太に聞くと、陽太はゴンゴンっとオレの胸に額を打ち付けてから、顔をあげた。鼻に皺を寄せた変な顔をしている。

「だからなるって前から言ってんじゃん」
「だな」

 ひひひ、と笑い合う。そうだな。前から言ってくれてたよな。

 だから……

 鈴木と肯き合い、それから陽太の血縁上の父親に向かって宣言した。

「陽太君と、養子縁組させてもらいます」


***


 帰り際、弁護士の先生が言ってくれた。

「私には、溝部さんと陽太君は親子にしか見えないよ」

 厳しい雰囲気の人だけれども、眼鏡の向こうの瞳は優しく微笑んでいた。
 祖父の遠い親戚にあたる人、だそうで、今回の同行は、陽太を引き取るために相談に乗ってもらった、という程度で、正式な依頼の上での同行ではなかったらしい。

「まあ、こちらのことは任せて。親子三人、お幸せに」
「………ありがとうございます」

 玄関先で三人揃って頭を下げ……弁護士先生の背中が曲がり角を曲がった時点で、「あ~~~」と大きなため息と共に、鈴木がしゃがみこんだ。

「うわ、大丈夫か?」
「やー、プロだねあの弁護士。全然別人じゃん……さっきはあんなに怖かったのに」
「だなー」

 陽太までも、気が抜けたように、ははは、と乾いた笑いを浮かべている。

「すごかったよなー。息してないんじゃないかってくらい、ダダダダダダって」
「マシンガントークってああいうこと言うんだよね。これから先、陽太にどのくらいお金がかかるのかとか、そういうこと、うわーって言われてさあ……」
「わ……そうだったんだ」

 オレがいない20分の間に銃撃戦があったらしい……

「まーでも、溝部間に合って良かったよー」
「あれ? そういえば、なんで溝部きたの?」
「なんでって!!」

 鈴木さん?!

「陽太が呼んでくれたんだよっ」
「あ、そうだったんだ。仕事は?」
「今から戻る」
「わ、ごめんねー」

 鈴木は立ち上がり、手を合わせて、申し訳なさそうに笑っている。

 えーと……えーと、ええと?
 さっき、陽太を一緒に育てるって宣言したよな? 夢じゃないよな? なんか、全然……

「あの……鈴木?」
「うん」

 疲れたような笑顔の鈴木に、手を挙げて確認をする。

「さっきの話、オレとの結婚オッケーってことで、いいん……」
「わーーーやめてーーーっ」
「えっ」

 途端に耳を塞いで、再びしゃがみこんでしまった鈴木。えええ?!

「ちょ、鈴木?! いい……」
「だからやめてって! 確認しないで!」
「え」
「確認されたら、『やだ』って言いたくなるでしょーーー!」
「…………」

 …………。やなのかよ………。

「もうさーその場の勢いっていうか、売り言葉に買い言葉っていうか……」
「…………ほー」
「でも言った言葉は取り消せないしーっ」
「…………」

 陽太と顔を見合わせ……

「うん。もう、取り消せないよな?」
「うん。取り消せない。決定!」
「けってーい!」

 いえーい、とハイタッチをする。陽太、嬉しそうだ。

「いつする? いつする? 今日? 明日?!」
「春休みがいいんじゃないか? お前、名字変わるの新学期からの方がキリいいだろ」
「おお。そうだな。えーと……溝部陽太?」
「そうそう。出席番号、結構後ろの方だから」
「わ、そうだなあ。田中の時よりももっと後ろかあ」

 二人で盛り上がっていたら、鈴木が、盛大にため息をつきながら、オレに向かって、追い払うような仕草をした。

「ほら、会社戻るんでしょ?」
「おー、そうだった。でもその前に何か飲ませてくれ」
「いいぞ! オレ、用意する!何がいい?」
「第一希望、コーヒー」
「オッケー。任せろ~」

 陽太が元気いっぱいに家の中に戻っていく。その後ろ姿に二人でゆっくりついていく。

「……溝部」
「ん?」

 玄関に入ったところで、鈴木があらたまったようにオレを呼び止めた。

「何だ?」
「あの………」

 真っ直ぐ視線を向けられる。

「……ありがとう」
「…………」

 その瞳はとても綺麗で……

「鈴木………」
「………」

 吸い込まれるように、顔を寄せ……

「んがっ」
 ゴッとあごのあたりを手で押し返され、変な声がでてしまった。

 …………。

 だよな。そんな簡単にさせてくれないよな……。

「…………約束」
「はいはい。分かってます。分かってます……」

 いいって言うまでは手は出さない……。したよ。そんな約束、しちゃったよ……

 落ち込んだオレを置いて、鈴木はさっさと靴を脱ぐと、上にあがってスリッパを履いた。そして振り返り、オレを見下ろしながら、また、あらたまったように言った。

「本当にありがとね」
「………。なんだよ? 別にオレなんもしてねえぞ」
「……してるよ」

 ふっと笑った鈴木……

「してるよ?」
「なんだよ、その………、っ!」

 言いかけて、息を飲んだ。

(…………え?)

 今…………、頬骨のあたり、ふわっとした優しい感触……柔らかい髪もくすぐったくて……

「すず……」
「……………名前でいい」
「え…………」

 ふいっと鈴木は背を向けると、パタパタと音をたてて中に入っていってしまった。

「………………有希」
 
 カアッと体が熱くなる。

(ほっぺにチューとか、名前呼ぶとか、そんくらいでこのドキドキ、中学生かよ……っ)

 は、恥ずかしすぎる……っ

「みーぞべー!コーヒーできたー!」
「お、おお……」

 陽太の声に引き寄せられ、中に入る。

 ダイニングテーブルにコーヒー。鈴木と陽太が二人で箱に入ったクッキーを皿に並べていて……

(これからは、これがオレの日常になる……)

 幸せ過ぎて………鼻血がでそうだ。



------------------

お読みくださりありがとうございました!
あとはゆっくり愛を育んでいって~(*^-^)

続きまして今日のオマケ☆
溝部達の同級生・新婚の山崎君視点。

-------------------


☆今日のオマケ・山崎視点


2017年2月23日(木)


 溝部が鈴木と結婚すると言う。
 そのラインを読んだときには、どうせ溝部が勝手に先走っているのだろうと思ったけれど、どうやら本当にそうらしくて……

 それで、新居について相談があるそうで、木曜の仕事帰りに集合をかけられた。場所はいつもの、桜井と渋谷のマンション。

 桜井と渋谷は、高校2年の冬からずっと付き合っていて、今は一緒に住んでいる同性カップルだ。同性なので、こちらも気兼ねがなくて、ついつい甘えて二人の家に入り浸ってしまっている。どちらかが女性だったら、こうまでたまり場にはならなかっただろう。

「あれ? 新婚山崎、こんなとこ来てていいのか?」
「委員長!」

 着いたなり、長谷川委員長がいて驚いた。委員長まで誘っていたのか。

「あ、うん。彼女、毎週木曜は行くところがあって……。って、昨年は結婚式来てくれてありがとうございました」

 会うのは自分の結婚式以来なので、そんな挨拶をしたりしていたら、溝部が「桜井ー、もう食べよーぜー」と騒いでいるのが聞こえてきた。

「溝部、本当に結婚するのかな……」
「らしいぞ?」

 委員長は肩をすくめて、少し笑った。

「これで、2年10組内で3カップル目だな」
「…………だね」

 長谷川委員長と川本沙織。桜井と渋谷。そして、溝部と鈴木。

 同じ教室で過ごしてから、もう25年……。人生を共にする仲間がいるなんて、すごく……すごく不思議な感じだ。


***


「……で、陽太の学校のことを考えたら、I駅付近ってことは決定なわけだよ。でも、Iを終の住処にしたいわけじゃないから、とりあえず陽太が中学卒業するまでは賃貸って思ってて」
「なるほど」

 渋谷は遅くなるというので、残りのメンバーで先に食べはじめながら、溝部の相談とやらを聞いている。桜井の作る料理はあいかわらずの美味しさで、箸も進むし話もはずむ。

「で、長谷川委員長にお聞きしたい!」
「おお。なんだ」

 溝部が箸を持ったまま、真剣に委員長に問いかけた。

「いつエッチしてんの?」
「…………………」
「…………………」
「……………………は?」

 な、なんだっその質問は……っ
 オレも桜井もぎょっとしてしまう。でも、長谷川委員長は、

「いつっていうのは、時間帯の話か?」

 全然動じてない。真面目に返している。さすがだ……。溝部もいたって真面目に聞いている。

「そうそう。時間帯の話。夜中、子供が寝てからだよな? でもマンションだと、同じ階なわけだし、いつ起き出すかヒヤヒヤして集中できなくね? 幼児ならともかく、小学生じゃ誤魔化せないだろ?」
「まあ、そうだな。できないな」
「じゃあ、どうしてんだ?」
「ちょっと溝部……」

 そんなプライベートな話……と、たしなめようとしたけれど、長谷川委員長は躊躇なくあっさりと答えた。

「朝だよ。上の子が8時前には小学校いくし、下の子の幼稚園バスは8時15分にマンションの下までくるからな」
「で……」
「オレはフレックスだから、一番遅くて10時半出社ができる。そうすると、まあ、9時半に出てけばいいから……」
「一時間……」
「ってことだ」
「……………」
「……………」
「なーるーほーどー」

 溝部がポンと手を打った。

「いや、マンションが厳しいようなら、山崎のとこみたいなテラスハウス、とも思ってたんだけど、朝とはなあ」

 なるほど。すっげー参考になった。サンキュー、と溝部はニコニコしている。

「わ………鈴木とそんな話してんだ……?」

 想像できない……って、でも、結婚するんだから当然か……。と思いきや、

「いや? いいって言うまで手出さないって約束だから、全然そんな話してねーぞ?」
「え!?」

 な、なにそれ!?

「まだ、ほっぺにチュー止まりでさー」
「えええええ!?」
「うわなにそれっ」
「小学生かよ………」

 一斉のツッコミに、「だよな~~」と溝部は肯くと、

「で、次の段階は、やっぱり、普通にキス、だよな? はい、桜井君。君たちどのタイミングで初めてキスした?」
「え!?うち!?」

 急な指名に、桜井は、わわわ、と言いつつも、ちょっと嬉しそうに、

「うちはさ~~付き合う前だったんだよねえ~~」
「付き合う前?どういうことだ?」

 あのねえ……と、これでもかというくらいデレデレの顔になっている桜井……

「高2の後夜祭の時にさ~~こう、なんていうの? どちらからともなく自然に……」
「雰囲気に流されたってことだな?」
「う………なんかその言い方やだ……」

 委員長のツッコミに桜井が文句を言っているそばで、溝部は「げー、後夜祭ってあの時かよー……」と何かぶつくさ言っていたけれども、「はい次」とオレを箸で指してきた。

「次、山崎君と菜美子ちゃん」
「え……」

 詰まってしまう。えーと、キス? キスは………

「ご両親に挨拶に行った日の夜だったような……」
「うわなんだそれ!真面目か!」
「今時めずらし過ぎな真面目さだな……」
「紳士的ー」

 さすが山崎。さすが役人。と意味の分からないことを言われ、ちょっと気まずい。
 いや、確かにキスはそのタイミングだけど、最後までしたのは付き合う前……なんてことは絶対に言わない。

「委員長は?」
「うちは、オレの誕生日だったかな……」
「おお~なんかいいなあ」

 確か、委員長と川本沙織は、卒業後にクラスの有志で行ったスキー旅行の時に委員長が告白して付き合うことになった……と聞いている。オレはその旅行に参加していないから詳しくは知らないのだけれども……

「委員長って誕生日いつ?」
「4月20日」
「じゃあ付き合って1ヶ月くらいか……」

 なるほどな……と溝部。

「オレ来月誕生日なんだよな~。プレゼントそれお願いしようかなあ……」
「え、それ?」
「42でそれか……」
「うわあ。なんかピュアな感じでいいねえ」

 口々に言うと、溝部は「まあさあ……」とふっと遠くを見る目になった。

「ここまでくるのに25年かかったわけだからさ。いいんだよ。ゆっくりで」

 今まで見たことないような穏やかな瞳……

「結婚するって、一生一緒にいるってことだろ? 時間たっぷりあるもんな」
「溝部………」

 うわ……なんか………

「溝部かっこいい……」

 思わず、といった感じに桜井がつぶやくと、

「え、そうか!?」
 途端にいつもの溝部に戻ってしまった。

「よし。じゃあ今度口説く時に使ってみよう」
「口説くって……」
「婚約したのに、まだ口説いてるって、面白いよな……」
「ねえ、本当に、結婚オーケーしてくれたの? 溝部の勘違いじゃない? 大丈夫?」
「なんだと桜井!失礼だな!信じろよ!」

 わあわあ騒いでいる中、

「ただいまー」

 ひょいっと、あいかわらずのキラキライケメン渋谷が部屋に入ってきた。途端に、パアッと桜井の顔が明るくなる。

「お帰りなさい!お疲れ様~~」
「お疲れー」
「お邪魔してます」
「雰囲気に流されて後夜祭の最中にキスしちゃった渋谷君、おかえりー」

 溝部……………。

 あ、渋谷、固まってる……。

「わあああっ溝部!何でそういうこと言うの! 慶、怒らないでー!」

 桜井が叫んだけれど、溝部は全然動じない。

「あー、オレが灰色の高校生活送ってた間、お前らが陰でイチャイチャしてたかと思うとホント腹立つわー」
「そ、そんなこと言われてもっ」
「あの後夜祭でだって、一人寂しく過ごした奴がどれだけいると……」

「……言いたいことは色々あるが」
「え」

 ボソっといった渋谷の声に、溝部が押し黙った。美形の真顔はこわいのだ。さすがの溝部もビビり気味に渋谷を見かえしている。

「溝部……」
「な、なんだよ……」

 上擦った声の溝部を、渋谷はジッと見つめると……

「婚約おめでとう」

 そういって、ふっと笑った。

「…………」
「…………」
「…………」

 そういえば、そのセリフ、誰も言ってない……。

「うわー……なんか負けた気しかしねえ……」

 ガッカリとした溝部。「なんだそりゃ」と渋谷は苦笑気味に言ってから、あ、そうそう、と言葉を継いだ。

「夫婦で出かけたい、とかあったら、陽太君のこと預かるから言えよ?」
「え、いいのか?」
「もちろん。なあ? 浩介」
「うん」

 桜井はコックリと肯くと、ぐっと溝部にガッツポーズをしてみせた。

「だから溝部も頑張って、せめてキスくらいさせてもらえるようになってね」
「う………」

「キスくらいって何の話だ?」
「それがさ……」

 桜井が渋谷の食事の用意のために立ち上がり、渋谷もネクタイを緩めながらその後をついていく。
 あいかわらず2人一緒にいることが当然、のような桜井と渋谷。オレ達は25年以上前にもこの光景をみていた。

「あー……オレもがんばろ」
「おお。がんばれ」

 溝部の言葉に、委員長も笑った。考えてみたら委員長も川本とずっと一緒にいるんだよな……
 そんなに長い年月を共に過ごすって、どういう感じなんだろう。

(その答えは25年後にしか分からないわけだけれども……)

 きっとこんな風に、自然に一緒にいて、見つめ合って、笑っていられると思う。

 溝部と鈴木も。オレと菜美子さんも。
  



-------------------------------

お読みくださりありがとうございました!
山崎たちが25年経った時には、慶と浩介は50年経ってますね……

毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は5月2日火曜日、どうぞよろしくお願いいたします!

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風のゆくえには~現実的な話をします 13

2017年04月25日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~現実的な話をします


【有希視点】


2017年2月18日(土)


 お世話になっている出版社の担当の西嶋さんには、3月いっぱいでやめる……という方向で話をしていたのに、

「鈴木さん、これ引き受けなかったら一生後悔するよ?」

 これは運命。だから引き受けなさい。と、強い口調で言い切られた。

 ある写真家さんが、私を指名で連載を引き受けても良いと、言ってくれたというのだ。リレー旅行記という形で、その写真家さんと毎回違うタレントやモデルが日本各地を巡るという企画らしい。

「アリガ・ミズキって、最近、人気出てきた人ですよね? 私を指名ってどうしてですか?」
「15年くらい前に、鈴木さんと一緒に仕事したことがあるっておっしゃってたけど?」
「…………………………。え?」

 15年ということは、まだ仕事を辞める前だ。

「その時の約束を果たしたいって」
「約束?」
「その時は彼女、まだアシスタントだったらしくて……それでいつか一人前になったら一緒に仕事しましょうって約束したって。覚えてない?」
「…………」

 誰だろう……。申し訳ないけれど、そんな人は何人もいるから……

「桜の写真を鈴木さんがほめてくれたって。だからこの連載も桜から始めたいっておっしゃってて」
「桜………? え、あっ!」

 思わず叫んでしまった。パアッと桜吹雪の映像が頭に浮かんできたのだ。思い出した。そうだ、「ミズキちゃん」って呼ばれてた女の子。桜の花びらが風にのってこちらまで飛んでくるような、そんな立体感のある写真を見せてくれた……

「思い出した?」
 西嶋さんはニッと笑うと、

「企画を持っていったときに渡した雑誌が、偶然鈴木さんの書いたクリスマスの記事が載ってた号でね。本当は連載は断るつもりだったらしいんだけど、その記事をお読みになって、鈴木さんが書くなら引き受けるっておっしゃってくださって……」

 これは運命。だから引き受けなさい。

 西嶋さんが有無を言わさぬ口調で詰めよってくる。

「泊まりのことも増えるとは思うけど、鈴木さん、お母さんと同居してるのよね? だったらお子さんのことお願いできるでしょ?」
「あ…………」
「これ契約書。そんなに悪い条件じゃないと思うけど?」
「……………」 

(引き受けたい……)

 あの桜の写真を撮った若い女の子……15年たち、夢をかなえた今、一緒に仕事ができたらどんなに……

(でも……)

 同居は解消しなくてはならないので、泊まりの仕事は難しい。それに、提示された金額だけでは、生活していくのは無理だ。なんとか他の仕事も……、なんて、そんな不安定な状態で、子供を育てていくのは………

(…………溝部)
 現実に心が引き戻されたのと同時に……ふっと、溝部の顔が浮かんできた。

『オレと結婚すれば問題解決するぞ?』

 溝部と結婚したら……泊まりの仕事も引き受けられる。お金のことも……

(ああ、違う違うっっ)
 心の中で首を振る。そんなのは間違ってる。溝部の気持ちを利用して……

 でも………

『いくらでもオレに頼れ』

 よみがえるラインのメッセージ。

『困ったことがあった時に、一番に思い浮かぶ相手がオレでありたい』

「………………」

 思い……浮かんじゃったじゃないのよ……

(バカ溝部……)

 どうしよう…………


***


 とりあえず、少し時間をください、といって即答は避けた。

「来週までに返事ちょうだい。ダメなら他あたるから」

 西嶋さんはそう言いつつも、

「でも、鈴木さんが断ったらこの企画流れちゃうからね」

 分かってるよね? と、脅しのような目をこちらに向けてから、席を立った。……こわいって。


(どうしよう………)

 タイミング悪く、今日は溝部と会う約束をしている。預かっていた三脚を返すためだ。

(なんか………気まずい)

 会いたくないので、帰りの電車の中から、

『ごめん。急用ができた。陽太に頼んでおいたから三脚受け取って』

 嘘のラインを送った。一応、万が一仕事が延びたときのために、陽太に三脚を託しておいて正解だった。

 とりあえず、駅でしばらく時間を潰してから帰路についた。のだけれども……

(まだいるのか……)

 溝部の車が停まっている。でも一階の電気がついていないところをみると、おそらく川べりで陽太と一緒に野球の練習でもしているのだろう。

『オレが息子になって、キャッチボールしてやるーーー!』
『お母さんと結婚しろー!』

 二分の一成人式のあと、溝部に向かってそう叫んだ陽太……。

 その後も陽太は、溝部にバレンタインのチョコをあげろ、とか色々言ってくる。

「あげないよ。お母さん、溝部のこと好きじゃないもん」

 バッサリと言うと、陽太は「えーなんでー」と口を尖らせた。

「でも、溝部といるときのお母さん、すごく楽しそうじゃん」
「…………。まあ、それはほら、溝部が変な奴だから楽しいっていうか……」
「だよね? オレも楽しい」

 へへへ、と笑った陽太。
 確かに陽太は溝部になついてる。けれど………


「………………あ」

 そんなことを思い出しながら、ゆっくり歩いていたら、案の定、川べりに二人を発見した。あいかわらず、親子か兄弟に見える二人………容姿は全然似ていないのに不思議だ。

「……全然、タイプじゃないんだよなあ」

 遠くに見える溝部の姿に、思わずつぶやいてしまう。
 私は昔から、落ち着いた大人の男性に惹かれる傾向があった。そして、いわゆる「イケメン」が好きだ。
 高校の時片想いしていた先生も、歴代の彼氏も、元旦那も、みんなイケメン俳優ばりの容姿をしている。背もスラッと高くてスタイルがいい。

 でも、溝部と言えば……
 高校の時から今も、やたらテンション高くて子供っぽい。
 背は168センチの私とほぼ変わらないし、お世辞にもスラッとはしてないし……。顔も悪くはないんだけど、おちゃらけた性格が滲み出ていて、とてもイケメン枠に入る感じでは………

(考えれば考えるほど、タイプじゃない………)

「お母さーん」
「鈴木ー?」

 二人の声に立ち止まる。
 息子の野球の練習に付き合っているお父さん。迎えにきた母親に二人で手を振って……。そんな幸せ家族の象徴みたいな光景。

「すーずーきー?」

 良く通るバカみたいに大きな声。溝部は昔から無駄に声が大きい。その横にいる陽太が、楽しそうに溝部の腕を叩きながら何か話している。

 陽太……。もし、溝部が陽太の父親になったら………陽太は今みたいな笑顔でいられるのかな……

 でも、陽太の父親になるということは、私と結婚するということで………。でも、あいにく本当に、タイプじゃないんだよなあ……

(………そんなこと言って)

 ドストライクのタイプの男性と結婚して、それでさんざん後悔してきたのはどこのどいつだ。

(………私だよ)

 あーああ………
 と、あまり幸せでなかった結婚生活の記憶にとらわれそうになった………その時。

「有ー希ー!」
「!」

 ドキッと心臓が跳ね上がった。

(は!?)

 何!? なに溝部、なんで名前で呼んでんの!?

「有ー希ー!」

 っていうか!!
 なんで私、溝部ごときにドキッとしてんの?!

「あ……ありえない……っ」

「有希ー?」
「………………ああ、もうっ」

 ダーッと駆け出す。ああ、もう、ありえない。ありえない……っ。

 溝部にうっかりドキッとしてしまったのは2回目だ。前回も一生の不覚と思ったのにー!

「ばか溝部ー!」

 二人のいる場所の真上にたどり着いてすぐ、大声で叫んでやる。

「名前呼びつけにすんなー!」

 自分の声がこだました気がした。
 こんな大声出すの久しぶり。ちょっと……スッキリした。



***


 それから、陽太と溝部の希望で3人で回転寿司にいった。二分の一成人式のお祝い、といわれては拒否することもできず……

 2時間待ちと言われ、順番がくるまで、スーパーで買い物をしていたのだけれども、陽太はずっとはしゃいでいて、普段クールなこの子にこんな一面があったのか、と驚くほどだった。

 そして、お寿司屋さんでも、よく喋りよく笑いよく食べて……疲れたのか、帰りの車に乗って数分で寝てしまった。助手席で窓に頭をくっつけたまま寝息をたてている。


「『奥様にお渡ししましたよ』」
「………は?」

 運転席の溝部がちょっと笑いながら言うので、「何それ?」と聞くと、

「さっき、スーパーのレジでさ、駐車券は?って聞いたら、奥様にお渡ししましたよって言われたんだよー」
「………で?」
「やっぱ、夫婦にみえるんだな~♪」

 溝部、語尾に♪ついてる……

 買い物の最後、溝部は自分の分だと言ってパンとジャムをうちの買い物カゴに入れ、会計は自分が全部払うと言い張った。結局、私は会員カードを出しただけで……

「あの……お寿司のお金はともかく、買い物のお金はやっぱり払うよ」
「いいって」
「でも、お米も買っちゃったし」
「だからいいって。男に恥かかすなよ」
「でも………」

 正直助かるけど……でも……

「こんなことしてもらう理由ないし」
「いやいやいや」

 溝部は赤信号のタイミングで後ろを振り返ると、ニッと笑った。

「オレには下心しかないからな?」
「は?」

「お礼にチョコくれ」
「…………」

 またそれか……。

「…………。取材先で買ったチョコが余ってるからあとであげる」
「いえーい」

 嬉しそうに笑って再び前を向いた溝部。……なんだかなあ……。

「ねえ……そんなんでいいの?」
「いいに決まってんじゃん」

 溝部は前を向いたまま、ニコニコで言った。

「余りでもなんでも、チョコをもらうことに意義がある」
「…………」
「好きな女からもらえるチョコは、たとえチロルチョコ一個だって高級チョコだからな~」
「…………」

 ほんとに……なんなんだろうこいつ……
 そこまで、そんな風に言ってもらえる資格ないよ、私……。

「溝部ってさ……私のこと買い被ってるよね?」
「ん?」
「私のこと、相当、美化してるよね?」
「ん? そうか?」

 うーん……と溝部は唸っている。
 溝部とこうして会うようになってから4か月ちょっと……ずっとずっと引っかかっていた。

「溝部の知ってる私って、高校生の時の私でしょ?」
「そりゃまあ……」

「元気いっぱいで、前向きで、明るくて、みたいな」
「…………」

「そういう私を好きになってくれたんだったら、今の私、期待外れだよ?」
「…………」

「もう、あの頃の私じゃないよ?」
「…………」
「変わったんだよ」

 あんたはちっとも変わってないけどね……

 沈黙が車内を支配する。

(………溝部)

 私はどんな言葉を期待しているんだろう。
 そんなことないよ、変わらないよ、って言葉? それとも、変わったとしても、お前のことが好きだよって言葉? ……違う。そうじゃない。そんな恋愛の駆け引きをしたいわけじゃない。そうじゃなくて………ただ、手を差し伸べてくれているこの人に、全部を見せないのは違う気がするのだ。


 沈黙のまま、もう少しでうちに着く……というところで、

「ちょっと、話してもいいか?」

 溝部がふいに言って、川沿いの道路わきに車を停めた。

「陽太寝てるし、いいよな?」
「…………」

 う……と心臓のあたりが痛くなる。でも嫌とも言えずにいると、溝部は「よいしょ」とかけ声とともに、後部座席に移ってきた。買い物袋を挟んで、隣。真隣に座らないところに気遣いを感じる。


「……あのさ」
 また少しの沈黙のあと、溝部は大きくため息みたいな息をついた。

「確かに、高校の時のお前は、くそ生意気で、攻撃的で、うるさくて……」
「なによそれっ」

 ぐーで腕を押すと、溝部はくくくと笑い、

「そうそう。そうやってすぐにやり返してきて……。そういうお前と絡むのスゲー楽しかったけど……でもさ」
「…………っ」

 溝部にまっすぐ視線を向けられ、思わず息を飲む。溝部の真剣な瞳……

 その瞳が告げた言葉は、意外なものだった。

「でもオレ、お前の泣き顔に一目惚れしたんだよなあ……」


***


「………………え?」

 泣き顔…………?

 なんのことか分からずポカンとすると、溝部は、ちょっと気まずそうに頬をかいた。

「高2の後夜祭の時……、お前、校歌の石のとこ一人で座って泣いてたの……覚えてねえ?」
「後夜祭……?」

 全然覚えてない……。
 というか、高校の時の記憶ってほんと断片的なんだよなあ……

「なんで泣いてたんだろ?」
「日本史の山元が結婚するって聞いたからじゃないのか?」
「あ~~………」

 そんなことあったかも……。イケメン雅ちゃん先生、好きだったもんな~。

 何となく思い出した気がしてうなずいていたら、溝部が、えええっと驚いた。

「お前、『あ~~』くらいの話なのか?!」
「うん……あんま覚えてない……」
「えーなんだよそれー」

 なぜか溝部、ガッカリしている。

「え、なんでガッカリしてんの?」
「いや……オレはてっきり、お前は山元のことが忘れられなくて、それで陽太の父親と……ってことなのかと思ってて……。だって似てるんだろ?」
「あ~~~」
「だから、あ~~って……」

 なんだ、なんだ? この溝部のガッカリぷり……。よく分からないけれど、質問に答える。

「えーと……ただ単に、好みの顔だから似てるのかも。今までの彼氏もみんなあんな感じだったし」
「まじか……」

 うわ、まじか……まじか……とブツブツ言っている溝部。

「なんなのいったい?」
「いやーさー……」

 半笑いで溝部が言う。

「オレ、あの時泣いてるお前見て好きになって……でも、お前は大人の男が好きだっていうから何にもできないで諦めて……」
「え………」

 そんな話、したことも覚えてない……
 溝部は淡々と続ける。

「でも、再会した今、オレももう大人なわけだし? 今度こそお前のこと幸せにしたいって思って……。元旦那が山元の亡霊だっていうなら、なおのこと、今度こそはって……」
「………………」

 知らなかった………

 呆然として溝部を見つめていたら、溝部がふいっと助手席の陽太に目をやった。

「その上、お前には陽太がいて。正直、ラッキーって思ったんだよ。オレ、陽太みたいな息子持つことにずっと憧れてたから」
「…………」

 溝部の夢は『息子と全力でキャッチボール』。40代のうちに叶えないと、全力の球は投げられない。だから、お前が必要だ、と陽太に言ったらしい。その話をしたときの陽太の照れたような嬉しそうな顔………


「あー、話がそれた」

 溝部はあらたまったように言うと、こちらを向き直った。

「で、お前、さっき、今のお前が期待外れ、とか意味のわかんねえこと言ってたけど」
「あ……」

 そうだった。その話だった。
 溝部が、真剣な顔をして言葉を続ける。

「オレにとっては期待以上だ。陽太もいるし、全然色気のカケラもなかった高校の時と違って、女の色気も出てきて……って痛っ」

 ほめられてるのか貶されてるのか分からないセリフにゴッと頭をどついてやると、溝部は大袈裟に頭を押さえて………それから、ポツンとつけたした。

「その上、将来の夢をちゃんと叶えてライターやってる」
「…………それは」

 それは………それは。

 溝部も知ってるでしょ? 続けるのは難しいって……

 そう言いかける前に、

「なあ、鈴木」
「……………」

 溝部がすいっと視線をこちらに向けた。

「現実的な話をしよう」
「………………」

 現実的な……話?

「今、お前が一番優先したいことはなんだ?」
「優先したいこと……」

 それは当然、

「陽太のこと、だよ」

 言うと、溝部はウンウンとうなずいた。

「その陽太が、お前がライターを続けることを望んでる」
「………でも」

「お前だって、ライターやめたいわけじゃないんだろ?」
「それは………」

 桜の写真の女の子……彼女と一緒に作るページはどんなに……

「結局のところ、金の問題なんだろ? それをオレは解消してやれる」
「…………」

 詰まってしまった私に、溝部が畳みかけるように言う。

「オレと結婚すれば、もし、陽太が野球の強い私立の高校にすすみたいって言ったって叶えてやれるぞ?」
「う………」

 私立高校……。その前に中学だ。陽太の進む中学では、皆ほとんど塾に通っていて、塾代は月に3万はかかるという……

「オレは今日みたいにお前らと一緒に、買い物したり、野球の練習したり、時々は寿司食いにいったり……そんな日常を過ごしたい。オレ達の利害は一致している」
「利害一致……」

 確かにそうなんだけど……

「幸い、陽太だって賛成してくれてるしさ。だから問題は、お前の気持ちってことだよな?」
「……………」

「お前がもし、オレのこと顔を見るのも嫌なくらい嫌いっていうんなら無理なんだけど……」
「そんなことは……」

 ない、というと、溝部の顔がぱあっと明るくなった。

「だよな?! チョコやってもいいってくらいは好きだよな?!」
「…………」

 必死に言う溝部がちょっと可愛くて、心の奥の方がくすぐったい。

「だからさ、オレのこと本当に好きになるのは、おいおいでいいからさ」
「おいおいって」

「とりあえず、結婚して!一緒に住んで! 形から入ろう、形から」
「…………」

 そんなこと言われても……と詰まってしまっていると、「よし!」と溝部が明るく手を打った。

「結婚しても、お前がいいっていうまでは、手、出さない。これでどうだ!」
「え」

 手出さないって……いいんだ、それで?

 目をパシパシさせてしまうと、溝部は「うわー」っとこめかみのあたりに手をやった。

「お前、今、一番心動いただろー。そうか、やっぱりそれがネックだったのか……」
「え、いや、その……」
「あー、いい、いい……。オレがお前のタイプじゃないってことはさっきの話でよーく分かったし……」
「…………」
「まあ、おいおい……おいおいで……」

 おいおいでって………。

「オレはいつでも準備オッケーだから。本気で考えてくれよ」
「…………」

 陽太の将来。ライターの仕事。それを手放さなくてもよくなる……

「ちょっと……時間ちょうだい」
「おお。前向きなご検討を、よろしくお願いします」

 ニッと笑った溝部は、なんだかとっても頼りがいがあるように見えた。……のは気のせいだろうか。




------------------------------

長々とお読みくださりありがとうございました!
お疲れさまでございました……
二つに分けようかとも思ったのですが一気にいってしまいました。
ようやく言えた。「現実的な話をしよう」。

毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は4月28日金曜日、どうぞよろしくお願いいたします!

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風のゆくえには~現実的な話をします 12 +おまけはBL

2017年04月21日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~現実的な話をします


【溝部視点】


2017年2月18日(土)



 バレンタイン前日に、

『明日の夜、チョコレート取りに行くから』
と、鈴木にLINEしたところ、

『そんなものはございません』
と、速攻で返事がきた。なので、速攻で、

『じゃあ、明日までに用意しといて』
と、返したところ、

『バカじゃないの?』
と、返事がきて、それから既読がつかなくなった。

 でも、既読をつけないでも読むことはできる。読んでるに違いない。そう思って、

『鈴木さんのチョコ欲しいなー』
『ホワイトデー、リクエストにこたえるぞー?』
『陽太にあげるチョコのおこぼれでいいから!』

 スタンプ込みで山のようにメッセージを送りつけてやったら、電話がかかってきた。

『ほんとにウザいんだけど!』

 おー、怒ってる怒ってる……

「まあそう言うな。明日……」
『仕事で泊まり! バレンタインの取材!』
「お。そうなのか?」

 おお。仕事頑張ってるんだな。良かった良かった。

『今、準備で忙しいんだから、変なライン送ってこないで!』
「悪い悪い。じゃ、落ち着いたら連絡くれ」

 で、切ろうとしたら、

『溝部!』
 慌てたように呼び止められた。

「なんだ?」
『あの………土曜日の夕方、空いてる?』
「おお!?デートのお誘いか!?」

 やったー!とテンションあがったけれど、『んなわけないでしょ』と速攻で否定された。

『三脚、預かったままだから』
「おお。取りにいく。取りにいく。ビデオもそれまでに仕上げとく」
『…………ありがと』

 ムッとした口をしながら言ったのがわかる。昔から変わらない。

「だからお礼はチョコで~~~」
『ウルサイ』

 ピッと無情に通話は切られた。

 …………。

「………。ホント、つれない女だ……」

 切られた電話をみながらつぶやいてしまう。

「………でもたぶん」

 ふ、ふ、ふ……と笑いが止まらない。
 チョコの用意、してくれる気がする。「取材先のお土産」とか言って、ムスッとした顔をして渡してくれるんじゃないだろうか。そんな鈴木の様子が想像できて楽しくなってくる。

 ということで、バレンタイン当日は、昨年同様、渋谷と桜井の家に邪魔をしにいって(今年はさすがに新婚の山崎は誘えなかった……)、その後は二分の一成人式のビデオの編集の仕上げに精を出して、約束の土曜日の夕方を迎えた。


 の、だけれども………

『ごめん。急用ができた。陽太に頼んでおいたから三脚受け取って』

 そんな本当につれないラインが約束の時間直前に入ってきてしまい……

「母ちゃんの急用って何?」
「さあ?」

 野球の練習帰りの陽太にちょうど会えたので、ユニフォーム姿のままの陽太を連れて川べりに行った。何でも、庭で素振りをすると2階の叔母さんに怒られるらしい。

「そういえばさー、お母さん、溝部の分のチョコも買ってきてたよ」
「マジかっ。やっぱりなー」

 予想通りだ。素直じゃないなー。そこが面白くていいんだけど。

 陽太は「うーん」と唸りながら言葉を続けた。

「だから、お母さん、溝部のこと、嫌いじゃないとは思うんだけど……」
「嫌いじゃないってなんだよ。好き、じゃないのかよ」
「うん。昨日聞いたら、好きじゃないって言ってた」
「………………う」

 地味に傷つくんですけど、それ……

 ガーンって顔をしていたら、陽太が、慌てたように手を振った。

「でもでも、一緒にいると楽しいって言ってたぞ」
「…………そうか」

 またそれか。また、良い友達パターンか………

 ゴーンと落ち込みながら土手の階段に座ると、陽太がその横にちょこんと座ってきた。

「でもさ、オレはお母さんと溝部が結婚すればいいと思ってるんだよ。クラスの友達もみんなそう言ってる」
「………………」

 陽太は自分のことを「オレ」という。オにアクセントをつけて「オレ」。こないだ小学校に行って知ったけれど、男の子は「オレ」(オにアクセント)、女の子は「ウチ」(ウにアクセント)という子が多かった。その「オレ」「ウチ」という子達が、二分の一成人式の直後、陽太を取り囲んで、何かわあわあきゃあきゃあ騒いでいたけれど………

「もしかして、こないた体育館から叫んだのって、そのクラスの友達たちに言われたからか?」

 陽太は式の後、「お母さんと結婚しろー!」とオレに向かって叫んでくれたのだ。あの時の鈴木の顔面蒼白っぷりは見物だった……

「うん。ハルカがさ……、ハルカって分かる?」
「おお。お前のクラスで一番かわいい子だろ?」
「…………。まあ、そうだけど」

 ちょっと赤くなった陽太。陽太の美意識は正しい。オレもあのクラスだったら確実にハルカ狙いだ。

「で? そのハルカちゃんが?」
「ハルカのママが、今、お母さんと一緒に役員やっててさ……、それで、お母さんが、ライターの仕事やめるかもって話してたって……」
「…………」

 どこからバレるか分かんないな……

「そしたらさ、ハルカのママが、お金持ちと結婚すればいいって言ったんだって。そしたらライター続けられるって」
「ほー」

 それはナイスな提案だ。

「それで、溝部は大きい車持ってるし、金持ちに違いないって、ショウヘイと言ってて」
「ショウヘイって、セカンドの?」
「そうそう」

 野球チームの一員だ。そういえば、こないだ一緒に叫んでた男子の中にいたな……

「それにさあ……」

 陽太は少し言いにくそうに頬をかくと、

「オレ、溝部と一緒にいるときのお母さん、結構気に入ってんだよね……」
「オレと一緒にいるとき?」

 はて?と聞くと、陽太は苦笑気味にうなずいた。

「溝部といると、お母さんいつもより元気なんだよ」
「え? いつもああじゃないのか?」

 オレの中の鈴木といったら、いつもあんな感じだけど……

「全然。いつもはもっとおとなしい」
「へー……」
「千葉にいた頃なんかさ…………」

 陽太は言いかけ………「まあ、いいか」と立ち上がった。

「だから頑張ってお母さんに好きになってもらって、結婚してくれ」
「そう言われても……」

 そうしたいのはヤマヤマなんですが……

「そしたらさ、お母さんがライター続けられて、溝部の夢まで叶って……」
「おー」
「それにさ」

 陽太はぴょんと下に飛び降り、こちらを振り返って、ニッと笑った。

「オレも、もっとたくさん練習付き合ってもらえるからいいなあとか思ってんだよなー」
「……………っ」

 うわ………っ
 なんだそれ。なんだそれ。なんだその笑顔。

 やっぱり、陽太は鈴木によく似てる。キリッとした目もと。真っ直ぐな視線。

「陽太……」

 お前がオレの息子になってくれたら、どんなに嬉しいだろう………

 泣きたくなるような気持ちがしてきて、慌ててパンっと頬を叩く。泣いてる場合じゃない。そういってくれる陽太の期待にこたえたい。

「んじゃ、やるか!」
「お願いしまーす!」

 野球少年らしく頭を下げた陽太。顔をあげたと同時に早速バットを構えている。

「でさー、オレ、やっぱりバットもうちょっと長く持とうかと思っててさ、ちょっと見て見て」
「おお。いいんじゃないか? そしたら、踏み込む時に、こう……」

 陽太と二人、ああでもないこうでもないと、薄暗い中でやっていたら、陽太がふいに少し離れた上の道を見て、言った。

「あれ? お母さん……?」
「お?」

 ゆっくり……本当にゆっくりと、土手の道を鈴木が歩いてきている。

(……鈴木?)

 なんか……様子が変だな。遠いからよくは見えないけど、でも………

「お母さーん」
「鈴木ー?」

 二人で手を振ると、その場で立ち止まってしまった。なんだ……?

「すーずーきー?」
「どうしたんだろ………」

 陽太と二人、顔を合わせる。と、陽太が、「あ!」と言ってオレの腕を叩いてきた。

「とりあえず、鈴木、ってやめたら?」
「ええ!? あ、ああ……」

 名前で呼ぶ練習をしていたのがバレたのかと思って仰け反ってしまったけれど、そんなわけはない、と持ち直す。

「鈴木じゃないとしたら……」
「お父さんは『有希ちゃん』って呼んでたけど?」
「…………」

 ちゃん付けかよ……ってか、男にちゃん付けで呼ばれるキャラじゃねえだろ鈴木……

「ちゃん付けはねえな……」
「じゃあ、呼びつけ?」
「お、おお」

 よし。陽太に背中を押され、練習の成果を発揮してやる。

「有ー希ー!」
「溝部、顔にやけてる」
「うるせっ」

 からかってきた陽太を肘で押して、再び鈴木に向かって叫んでやる。

「有ー希ー!」
「…………………………っ」

 ?

 鈴木がようやく反応した。なんか言ってる………

 聞こえないので、もう一回叫んでやる。

「有希ー?」

 ……と、鈴木さん、ダダダダダダッとすごい勢いで走ってきて………

「ばか溝部ー!」
 オレたちのいるところの真上から元気いっぱいに叫んできた。

「名前呼びつけにすんなー!」

 でかい声……

「ほら、やっぱり元気じゃん」
 
 ちょっと笑って陽太が言う。

「やっぱ、オレ、こういうお母さんがいいな」
「…………だな」

 オレと一緒にいることで鈴木が元気になれるというのなら……そして、陽太がそういう母親でいてほしいと望むのなら、オレこそが鈴木母子と一緒にいるのにふさわしい男だ。



------------------

お読みくださりありがとうございました!

続きまして今日のオマケ☆
オマケなのに、溝部視点(^^; 上記話のバレンタインの夜のお話。

-------------------


☆今日のオマケ・溝部視点


 バレンタインの夜……
 鈴木は仕事だというので、昨年同様、渋谷と桜井のマンションに遊びにいったのだけれども……

「いらっしゃーい」
「……お?」

 盛大に嫌な顔をした昨年とは違い、ニコニコの桜井が出迎えてくれた。

「もうすぐご飯できるからちょっと待ってねー」
「おおお?」

 なんだなんだ?

「なんだよ、去年と全然違うじゃねえかよ。去年はいつ帰るんだ、とか言ってたのに」
「まーねー」

 笑顔でテーブルセッティングをしている桜井……ちゃんと3人分だ……

「あ、分かった。倦怠期だな? 二人きりじゃなくてもって……」
「ぶぶー。違いまーす」

 桜井は、あはは、と軽く笑うと、

「今年は、溝部がくるかもしれないからって、昼過ぎからさっきまで思う存分ずーっとイチャイチャしてたんでーす」
「………。なんだよそれ」

 さすがバカップル……

「昼過ぎからって、お前ら、仕事は?」
「慶は定休日。おれは早退~~」
「は? 早退? バレンタインだから?」
「そうそう」
「…………」

 ホントにバカだ。さすがのオレも仕事は休まねえぞ……

「……で? 渋谷は?」
「今、ワイン買いにいってくれてる。やっぱり魚料理には白だって言ってさ」
「ふーん……」

 キッチンに戻り作業をしている桜井の後ろの冷蔵庫を勝手に開けて、水を取りだす。もう、何度も来ているので、勝手知ったるなんとやら、というやつだ。

「あいかわらずのバカップルっぷりだな、お前ら」
「えーそうかなー」

 えへへへへ、と嬉しそうに笑う桜井。別に褒めてねえぞ……

「高2の冬から付き合ってんだよな? 危機とかなかったのか?」
「危機?」
「浮気とか」
「あはははは。まさかあ。ありえなーい。絶対ありえなーい」
「…………」

 軽ーく受け流す桜井……何かムカつく……

「一回も? 何も? 浮気じゃないにしても、破局の危機は?」
「うーん……あったといえばあったときもあったけど……」
「え? 何何何?」

 食いついてやると、桜井は少しだけ首を振り、ポツリといった。

「まあ……全部おれのせい。ほら、おれ、ちょっと変だから」
「…………」

 普通だったら「何言ってんだよ」と言うところだけれども、桜井は心療内科に通院していたと聞いている。おそらくそこらへんの話なのだろう。だから迂闊なことは言えない……

「でも、慶はそんなおれのこともずっと見捨てないでくれたんだよね……」
「………ふーん」

 四半世紀を一緒に過ごすってどんな感じなんだろう。四半世紀もずっと思いあって過ごすって……

「……うらやましい」
「え?」
「え? あ。いや」

 思わず本音がこぼれてしまった。いや正直、めちゃめちゃ羨ましい……。なんなんだこいつら……

「確か、お前らって、渋谷が桜井に一年以上片想いしてた……とか言ってたよな?」
「うん。そうらしいんだよねー。全然気が付かなかったんだけど」
「まあなあ……」

 手早くレタスを洗っている桜井の横顔を見ていたら昔のことを少し思い出してきた。
 二人セットみたいにいつも一緒に行動していた渋谷と桜井。でも桜井はバスケ部で……

「あ」
 急に頭をよぎった光景。高2のとき……

「お前、女バスの先輩と付き合ってなかったっけ? 一緒に帰ったりしてたよな?」
「は?! つ、付き合ってないよっ」

 分かりやすく動揺した桜井。ふーん……付き合ってないまでも、何かしらはあったっぽい……

「その話、慶の前でしないでよ?!」
「…………」
「絶対絶対しないでよ?!」

 すごい動揺っぷりだ。へえ……面白いこと思い出したなオレ。

「ホントにホントにしないでよ!」
「………」
「ねー溝部っ」
「わあったわあった。しねえよ」

 両手をあげてみせると、桜井は「あー、もう、変なこと思い出して……」とブツブツブツブツいいながら、作業に戻った。

「なんでそんな動揺してんだよ? やっぱ付き合ってたのか?」
「だから付き合ってないって」
「だったらなんで……」
「慶ってすごい嫉妬深いんだよ」

 桜井、口がへの字になっている。

「その先輩のこともいまだに大っ嫌いで、彼女の話題が出るだけで途端に機嫌が悪くなるから恐いんだよ」
「へえ……」

「先輩、すごく良い人なのにさ……」
「…………」

 良い人でも、渋谷にとっては、桜井と何かしらあったらしいその先輩は、どうやっても悪い人、なんだろう。気持ちは分かる……

「そうやってお前が『良い人』とか思ってるから、余計ムカつくんだろうな」
「う………そっか……」

 桜井は心臓のあたりを押さえると、コクコク肯いた。

「気を付けます。ありがとう……。さすが恋愛経験豊富な人は違うね……」
「え、あ、まあ……」

 言うほど豊富ではないけれど、こいつらよりは経験値が高いのは確かだ。ちょっといい気分になって言葉を継ぐ。

「まあ、その嫉妬も、愛されてる証拠っつーことだけどな」
「え? あ、まあ……、うん……」

 えへへ、と笑う桜井。………。やっぱり微妙にムカつく。

「さー、じゃあ、口止め料は何にしようかなあ」
「え?! 口止め料?!」
「お。渋谷帰ってきた」

 ガチャガチャと玄関が開く音がする。

「えええ、ちょっと、溝部っ」
「じゃー、その魚、この一番デカイやつオレな?」
「えー……」

 慶にあげようと思ってたのにー……とブツブツいいながらも、桜井が肯いたところで、

「ただいまー」
 渋谷が入ってきた。あいかわらずのキラキラ王子。

「お帰りなさーい! ありがとう! ご飯もう出来るよっ」
 すっ飛んでいって出迎える桜井。

 ああ、いいなあ……と思う。

 四半世紀たっても一緒にいて。色々あったらしいけど一緒にいて。
 そして、まだまだ嫉妬したりされたりするくらい想い合っていて。
 そして、こうして「ただいま」「おかえり」と言い合えて。

(オレも………)
 同じ教室にいた、オレと鈴木にも、そんな日が来てくれないだろうか……



-------------------------------

お読みくださりありがとうございました!

毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は4月25日火曜日、どうぞよろしくお願いいたします!

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風のゆくえには~現実的な話をします 11-2 +おまけはBL

2017年04月18日 07時21分00秒 | 風のゆくえには~現実的な話をします
***


 二分の一成人式……
 もう10歳。半成人。あと2か月で高学年になる、という自覚からか、司会も生徒たちでしていたけれど、感心するほど、皆、しっかりしていた。


 運動チームの陽太は、8段の跳び箱も軽々と飛んでいた。8段に挑戦した子は3人しかいなかったので、学年でもトップクラスの『運動が出来る子』の部類に入るのだろう。その後のマット運動でも、バク転を披露して歓声と拍手を浴びていた。

(これは、見にきてほしいっていうわけだ……)

 バク転が出来ることは知っていたけれど、こんなに綺麗にきまったところは見たことがなかった。拍手を浴びて得意そうにしている息子の姿は、胸を打つものがあり………

(……ちゃんと撮れたかな?)

 後ろを振り返ってみたら、椅子の上に立ってビデオを撮っている溝部の姿が目に入った。跳び箱もマットも舞台上ではなく、舞台前のスペースで行われたので、三脚では高さ的に観客が邪魔になって撮れなかったらしい。他にも何人か椅子の上に立っている人達がいる。

(わ……大変だったな……)
 一人で来ていたら、ビデオをまわすことに必死で、こんな風に肉眼でみて感動する、ということができなかったかもしれない。

(来てもらって良かった……)
 今回初めて、純粋にそう思えた。自分でも現金だという自覚はある……



 プログラムの最後は、『10歳の誓い』と全体合唱。

 合唱の隊形に並んだ子供達が、私達世代にとって懐かしい曲を2曲歌ってくれたあと、ピアノの生演奏にのせて、一人ずつ、将来の夢を発表しはじめた。

「わたしは、ケーキ屋さんになって、みんなが喜んでくれるケーキを作ります!」
「ぼくは、サッカー選手になって、ヨーロッパで活躍します!」
「わたしは、ピアニストになって、世界中の人たちを感動させます!」

 頬を紅潮させながら発表していく子供達。
 みんな、具体的にどうしたい、と言うことになっているらしい。「プロ野球選手になります」と言うと言っていた陽太。大丈夫かな……

「ぼくは、本屋さんになって、みんなに本の面白さを伝えます!」

(……ああ、そうだったな……)

 1人の男の子の言葉に、自分が10歳の時のことを思い出す。
 私も10歳の時は、本屋さんになりたかった。それが、中学高校と進む中で「雑誌を作る人になりたい」に変化したのは、バレーボールの雑誌を買って読むようになったからかもしれない。高校の卒業文集には「雑誌記者になりたい」と書いている。いつかスポーツ専門誌で書きたい、という目標はありつつも、充分に夢を叶えた、と言っていい将来を得た。でも……


『今の仕事続けるのは厳しいんじゃない?』

 つい先日、母にあらためて言われた言葉が頭の中をよぎる。
 
『これから子供はどんどんお金かかるよ。5年生だと、塾に行く子も多いでしょ?』
『引っ越しもしないといけないし……学校に提出する書類のこと考えたら、春休みに引っ越すのが一番じゃない?』

 分かってる。分かってる……
 実家を出たら、家賃が発生する。
 養育費の減額も受け入れなくてはならない。

(夢は、もう………)

 好きな仕事をして食べていける人なんて、ほんの一握りだ。私は今まで運が良かった。

(幸せだったな……)

 初めて自分の書いた記事が紙面に載った時の感動。取材先のおばあちゃん達の笑顔……

 でも、すべてを手に入れるなんて、無理な話なんだ。前にも一度、子供を作るために手放した。今度手放したら、もう二度と戻ってこられないだろう。

「ぼくは警察官になって……」
「わたしは美容師に……」

 子供達の夢の数々が眩しい。
 泣きたくなるような思いで聞いていたところ、とうとう陽太のいる列の順番が回ってきた。

(陽太……)

 ここ一年でぐんと背が伸びた陽太。クラスでも高い方なので一番後ろの段にいる。
 親の離婚にも転校にも引っ越しにも、何も興味がないかのように無言だった陽太。本当は言いたいこともあっただろう……

(陽太……ごめんね……)

 陽太の「プロ野球選手になる」って夢に一歩でも近づけるように、お母さん頑張るよ。これからは二人で生きていこうね。

 そんなことを思いながら、まっすぐ陽太を見上げる。

 陽太は緊張した面持ちで、視線を天井あたりに向けたまま………順番を迎えた。

 野球チームで鍛えている大声が、体育館中に響き渡る。

「ぼくは、プロ野球選手になって……っ」

 意思のこもった瞳が、告げた。


「お母さんに、特集記事を書いてもらいます!」



 ……………………え?


 そのセリフが脳に行き渡るまで、少し時間がかかった。

 陽太、今……

 ステージにいる陽太は、真剣な表情のまま天井を見続けている。

(お母さんに特集記事を………?)

 うそ。そんなこと思ってくれてたなんて………。

 全員の夢の発表の後、再びはじまった歌が流れてきても、私の頭の中には陽太の言った言葉がこだまし続けていた。


***


「鈴木?」
「!」

 溝部に声をかけられ、はっと我に返った。いつの間に式は終わり、子供達がステージや椅子の片付けをはじめている。

「どうした? 大丈夫か?」
「あ……うん」
「とりあえず出ようぜ? 片付けの邪魔になる」

 促され立ち上がる。並んで歩きながら、溝部に問いかけた。

「ねえ……もしかして、知ってた? 陽太が何を言うか」
「いや? 知らなかったけど……、でも、予想通りじゃね?」
「野球選手の方はね。でも……」
「その後も予想通りじゃん。前、言ってたし」
「は!?」

 言ってた!? そんなの知らない……

「聞いたことない……」
「そうなのか? あいつさんざん自慢してたぞ? お母さんは夢を叶えてるって。だから自分は記事書いてもらえるって」
「…………」
「で、それに比べて溝部はかわいそうだなって、さんざんオレのことディスってたけど?」
「…………」

 溝部の夢………『息子と全力でキャッチボール』……。ぼんやりと卒業アルバムの文字を思い出す。

「スリッパ、サンキュー」
「あ…………うん」

 体育館の出口でスリッパを渡され、しまいながら歩き……立ち止まった。

「溝部………どうしよう。私……」
「ん?」

 振り返った溝部に、思わず本音がこぼれる。

「私………仕事は今期いっぱいって思ってたの。就職活動はじめないとって……」

 それなのに、陽太にあんなこと言われたら……

 子供達のはしゃいだ声がBGMのように流れている中、溝部が首をかしげた。

「なんでやめるんだよ?」
「だから、前にも言ったでしょ? お金が……」
「それ、オレも前に言っただろ?」

 優しい、と言えるような落ち着いた声。

「オレと結婚すれば問題解決するぞ?」
「…………っ」

 前に言われた時と違って、心がぐらついてしまった自分に驚く。

 でも、違う。それは、違う。とすぐに否定する。
 そんなことで結婚するなんて、間違ってる。
 私は溝部のこと、好きでもなんでもない。ただ、遠慮なくなんでも言えるから一緒にいると楽で、楽しくて、ただ、都合が良いだけで……

「で、悪い」
「え?」

 溝部にヒラヒラと手を振られ、再び我に返った。溝部は片手を「ごめん」の形にすると、

「一気に口説き落としたいところなんだけど、42分の電車に乗んねーと会議に間に合わねえんだよ」
「え、あ! ごめん!」

 そうだった。溝部、会社を抜け出してくれてたんだった。

「ビデオ重いでしょ? 預かろうか?」
「お、さすが。気がきく」

 溝部はにっと笑うと、カバンから長細い袋だけ取り出した。

「3脚だけ頼んでいいか? 暇見つけて編集したいから、ビデオは持って帰る」
「ん……ありがと」
「期待して待っとけ」

 じゃあな、と軽く手をあげると、早歩きで門に向かっていってしまった。

 その背中を見送りながら、額を押さえてしまう。
 ホントに何なんだろう、あいつ……。断っても、冷たくしても、全然マイペースで……。こうして都合が良いときだけ呼び出したことにも、文句も言わないで……

 でも、私の結婚は、陽太との関係も絡んでくる。だから、再婚なんてとても考えられない。陽太と溝部は今は友達みたいに仲良しだけど、でも……

 なんてありもしない結婚話に想像がいきそうになった、その時だった。

「溝部ーーー!!!」

 体育館の扉から聞こえてきた大声にビックリして振り返ると、陽太と、あと数人の男の子が扉のところに立って、叫んでいた。

(な…………なに?)

 溝部も気がついたようで、体育館の方を振り返っている。まだ残っていた保護者の方々も「なになに?」と注目している、そんな中……

「オレ、溝部の夢、叶えてやってもいいぞーーー!」
「!」

 バカでかい陽太の声に目を剥いた。陽太は楽しげに叫び続けている。

「オレが息子になって、キャッチボールしてやるーーー!」

 む、息子って………っ

「だから頑張って、お母さんに好きになってもらえーーー!!」
「好………っ」

 何を言って………っ

「お母さんと結婚しろーー!」
「…………っ」

 自分でも顔面蒼白になったのがわかった。
 でも、陽太とその友達の男の子達は、「頑張れー!」「結婚しろー!」と騒いでいて、先生が慌ててみんなを止めにきて………

「わーなになに? 鈴木さん、再婚するの!?」
「あの人あの人!?」
「え、いや、その……っ」

 野球チームのママ達と同じクラスのママ達に取り囲まれる中、溝部は大きく拳を振り上げてから、走って門から出ていってしまい…………

(陽太ーーー!!)

 さっきまでの、陽太に対する感動とか、謝罪の気持ちとか、全部ぶっ飛んだ。

 この状況、どうしてくれるんだー!!



------------------

お読みくださりありがとうございました!
本当は、2月8日当日に書きたかった「溝部の夢、叶えてやってもいいぞーーー!」。やっと書けて満足です(*^-^)
陽太君がそう言ったことにはキッカケがあるのですが、それはまた今度の話で。

続きまして今日のオマケ☆

-------------------


☆今日のオマケ・慶視点


 2月12日日曜日。

 浩介と溝部と一緒に、高校の同級生の山崎の引っ越し祝いにいった。
 山崎が、おれと同じ職場の戸田菜美子先生と結婚してから4か月。結婚式をしてからは2か月。はじめは山崎の1人暮らしのマンションに一緒に住もうとしたけれど、やはり手狭すぎて荷物が入りきらない……ということで、お互いの部屋をいったりきたりしながら新居を探していて、ようやく二人の納得いく家が見つかった、ということだ。

「でも、将来的には戸建てかな……とは思ってるんだよね」
「テラスハウスを選んだのは、その予行練習ってことか?」

 溝部が興味深々に山崎に問いかけている。家に入る前も、このテラスハウスの造りに妙に関心を持っていた溝部……

「いや、そういうわけではないんだけど……」
「じゃあどうして?」
「ここらへん、駅近の賃貸ってワンルームが多くて………って、何でそんな食いついてるわけ?」
「え!?」

 溝部は分かりやすく動揺して「いやいやいや……」なんて言っている。なんだその、ツッコンでください、と言いたげな態度は……

「何? 鈴木となんか進展でもあった?」
「あーいや、まあ………」

 気の優しい山崎のツッコミに、溝部はニヤニヤしながら、

「鈴木とは進展ないんだけどな」
「ないのかよっ」
「いやー、鈴木とはないんだけど、陽太からは全面的に応援の言葉をもらえてさっ」

 溝部のニヤニヤは止まらない。なんでも、「息子になってやる」「お母さんと結婚しろ」と言われたそうで……

「昨日の夜、久しぶりに陽太と通信したんだけどさー」
「通信?」
「ああ、ゲーム。最近忙しくて全然できてなかったから、ホント久しぶりにな」

 思いだし笑いをしている溝部……気味が悪い……

「そしたらさー、陽太が、バレンタイン、チョコあげるように言っておくって、言ってくれてさー!」

 パンっと手を打った溝部。

「これオレきたよな!? 今年のバレンタインは、人生を左右する超大事な日になるよな!?な!?」

「………………」
「………………」
「………………」

 な、と言われても………。おれは思わず黙ってしまったのだけれども……

「うん……そうだね。きっと」

 またしても、優しい山崎がうなずいてあげ、溝部が「だよな!だよな!」と調子にのり……、そこにエプロン姿の戸田先生が顔をだした。

「ご飯、運んでもいいですか?」
「あ、ごめん、菜美子さん、やらせっぱなしで……」

 慌てて山崎が立ち上がり、戸田先生のところにいくと、溝部がますますはしゃいだ声をあげはじめた。

「うわーー!!山崎、いつの間に名前呼び!? 菜美子さんとか言ってる!」
「そりゃ夫婦なんだから……」
「でもこないだまで、戸田さんって言ってたじゃん! ねえねえ、菜美子ちゃんは山崎のことなんて呼んでんの!?」

 わあわあ言いながら溝部もキッチンに行ってしまい……

「たく、しょうがねえなあ………、?」

 二人に絡んでいる溝部の声に苦笑しながら、浩介を振り返ったのだけれども……

「浩介?」
「…………え?」
「…………」

 なんだ? なんか浩介、今日様子がおかしいんだよな………

「どうかしたのか?」
「あ、ううん。なんでもない」
「…………?」

 浩介はちょっと笑って首を振ると、

「名前で呼ぶのって特別な感じがしていいよね」
「あ? ああ……そうだな」
「ねえ……慶」

 ふっと真面目な瞳をした浩介。

「慶のこと名前呼びつけで呼んでるのって、まだ、おれだけ?」
「え?」
「あ、海外では名前呼びだったから、日本人でって意味なんだけど……」
「?」

 なんだ? 何をいまさら……

「?? あとは親と姉貴……だけだけど?」
「そう……」

 浩介が安心したようにうなずいたのと同時に、溝部がまたわあわあ言いながら戻ってきた。

「やっぱり名前で呼ぶと俄然親密度が上がった感じするよな? オレも鈴木のこと名前で呼ぼうかな~」
「速攻で殴られる気がするけど……」
「いい。殴られてもいい。親密度上げるためならいくらでも殴られるっ」
「…………」

 溝部、なんか変な方向に進もうとしてる……

「卓也さん、これも」
「あ、うん」

 キッチンから聞こえてくる山崎と戸田先生の会話に心が温かくなってくる。

「まあ……親密度は上がるよな」
「だよな~だよな~」

 溝部は一人「有希……有希。うーん……有希?」とニヤニヤしながら練習をはじめ……

「慶」
「あ?」

 テーブルの下で浩介の膝がコツンとおれの膝にあたってきた。

「慶」
「うん」
「慶……」
「………」

 ああ、いいな。お前に名前を呼ばれると、すごく幸せな気持ちになる。

「浩介?」
「……うん」
「浩介」
「うん」

 そして、お前の名前を呼ぶと、愛しい気持ちがますます増えてくる。

 見つめ合い、テーブルの下でそっと手を触れあ……

「……って、お前ら人前でイチャイチャすんなーーーー!!!」

 溝部の怒鳴り声にハッと我にかえった。

「あ、ごめん」
「存在忘れてた」
「なんだとーーー!!」

 溝部に怒られ、笑いだしてしまった。続きは帰ってからにしよう。



-------------------------------


お読みくださりありがとうございました!
浩介さんの様子がおかしい理由はこれ→→「秘密のショコラ(前編)」
二人でお出かけした日曜日の朝、の行先は山崎新居なのでした。朝から出て、引っ越し祝い買って、お昼前に到着、でした。

毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は4月21日金曜日、どうぞよろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、見にきてくださった方、本当に本当にありがとうございます!今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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コメント (4)
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