【有希視点】
2017年1月2日
「お礼は陽太と3人で横浜デート!」
と、言う溝部のしつこさに根負けして、「横浜デート」をすることになってしまった。先日、陽太を一泊預かってもらったことに対するお礼だから、断固拒否はできなくて……
でも、「陽太と3人」はさすがに抵抗があるので、渋谷君と桜井君にもつきあってもらうことにした。陽太を預かってもらった時に渋谷君も溝部の家にいた関係で、陽太は渋谷君にも懐いているのだ。
それで正月早々、山下公園の氷川丸という大きな船のデッキで行われている「船上餅つき」というイベントにきているのだけれども………
「陽太も餅つき行ってこいよー」
溝部がウリウリと陽太の背を押している。子供は杵と臼を使った餅つきに参加できるそうなのだ。
「やだよ。恥ずい」
「司会のお姉さん超美人だぞ! オレ、お話ししたい!」
「勝手に行けば」
「子供しか並べないんだからお前一緒に行ってくれよー」
「やだ。絶対やだ」
「なんだよ、ノリ悪いなー」
陽太と溝部、友達? 兄弟? って感じ……
「整理券番号呼ばれたよ~」
桜井君に声をかけられ、餅をもらう列に並びにいく。つきたてのお餅で作られた一口サイズのきな粉とアンコのお餅を一つずつもらって、ちょうど空いたテーブルに移動した。
「お母さん、オレ、アンコいらない」
「ん。お母さんのきな粉と交換しよっか」
陽太はアンコが嫌いだ。一度食べた時に美味しくなかった、という理由でそれ以来口にしていない。好き嫌いなく何でも食べてほしい、という私の願いは、元夫とその母親には理解してもらえなかった。
『嫌いって言ってるんだから無理に食べさせることないだろー?』
『陽ちゃんは食べなくていいわよ。バアバが食べてあげる』
ママ、怖いね~、とクスクス笑う義母の声が頭の中を渦巻いて吐き気がする……
結局私は、自分の信念を曲げて、陽太の好き嫌いを容認するようになった。あと食べられないのはトマトとナス。あの家から離れた今も、元夫と元義母の声に従って、食べなさいとは言えずにいる私……
「陽太、アンコ嫌いなのか?」
「………」
溝部が不思議そうに陽太に聞いている。
「なんで嫌いなんだ?」
「なんでって……前に食べた時おいしくなかったから」
えー、と言う溝部。
「お前、それ、人生損してるぞ?」
「は? 大袈裟……」
「いやいや、大袈裟じゃないって」
溝部はいたって真面目に答えている。
「美味しい物食うのって人生の3大快楽の一つだからな」
「は?」
「人の味覚ってどんどん変わってくぞ。前はそうでも、今は美味しいって思える舌になってるかもしれないから、時々挑戦した方が絶対いい」
「なにそれ……」
「いや、マジで。オレ、子供の頃ゴーヤ食べられなかったけど、今すっげー好きだもん」
「あ、それ分かる」
横で聞いていた渋谷君もウンウン肯いた。
「おれ、アボカド苦手だったけど、今大丈夫」
「おれもー。あ、あと、セロリのおいしさ分かるようになったの大人になってから」
「うんうん。餅もさ、からみってあるじゃん? あれ子供の頃は好きじゃなかった」
「あー、分かる分かる!」
大人の男三人が盛り上がっている横で……
「…………あ」
思わず、息を飲んでしまった。
陽太がアンコをお箸で少しすくって、パクッと口にいれたのだ。
(………陽太)
うそ。食べた。陽太。
「あ、食べた陽太」
「うまいだろ?」
「美味しいでしょ?」
一斉に視線を向けられた陽太。ちょっと照れたような笑を浮かべて……
「うん。甘くて美味しい」
素直にコックリと肯いた。そして、首をかしげている。
「なんで今まで食べなかったんだろう?」
「だなー。ま、でも今おいしさ知ったんだからセーフだセーフ」
「セーフ?」
「まだ子供だからいくらでも取り返しがつくってこと!」
「わわわっ」
くしゃくしゃと溝部に頭を撫でられ、「やめろよー」と笑う陽太。嬉しそう。こんな顔、家では見せてくれない。
溝部……嫌いなもの食べさせたり、こんな楽しそうな顔させたり……なんなんだ。すごいじゃん……。と、感心したのもつかぬ間、
「な、食べ終わったら、餅つき行こうぜー?」
早々に食べ終わった溝部がまた陽太を誘っている。
「司会のお姉さんいるうちに早く!」
「…………」
ったく、せっかくちょっと見直したのに………
「だから嫌だって」
「何でだよーあんな美人なかなかお目にかかれない……って痛!」
アホなことを言っているアホな男の足を無言で蹴ってやる。と、うぎゃっと溝部が悲鳴をあげた。
「何すんだよっ」
「何するって、子供に変なこと言わないでよっ」
「変なことじゃないぞ。オレは陽太に正しい美意識を身に付けさせたいだけだ」
「は!?」
「ほら見ろ、陽太。ああいうお姉さんが正統派の美人というものだ。近くに見に行こう」
「みーぞーべー!」
意味が分からない!
引き続き足を蹴り続け、溝部が「痛いっ痛いっ」と言っていたのだけれども………
「? 陽太?」
陽太がジッとこちらを見ていることに気がついて足を止めた。
「どうかした?」
「楽しそうだね、お母さん」
陽太、苦笑い、と言う感じ。
「こないだも、ピーナツの殻投げるの楽しそうだったし」
「それはっ」
「あれは地味に痛かった! ひでーぞ、お前の母ちゃん!」
「あんたがアホなこと言うのが悪いんでしょ」
溝部の腕をバシッと叩くと、陽太は「ほら、やっぱり楽しそう」と少し笑い、そして……ポツン、と言った。
「お母さん、溝部と結婚すれば良かったのに」
「…………」
「………………え」
何を………
「そしたら、泣かないですんだのに」
「!」
陽太の言葉に衝撃を受ける。
私は陽太の前で泣いたことは一度もない。ないと思ってたのに………いつ見られてたんだ? いつ……
頭の中がパニックになっている中で、陽太は淡々と続ける。
「お父さんなんかとじゃなくて、溝部と結婚してればさ、そうやっていつも楽しくしてられたのにね」
「……っ」
そんなこと思ってたなんて……
でも、考えてみたら、離婚の話を切りだした時、陽太に驚いた様子はなかった。何に対してもわりと冷めている子だから、親の離婚にも興味がないのかと思っていたけれど、そんな私の様子を知っていたからだったのだろうか。
「陽太……」
もしかして、いつもゲームの画面ばかりみているのは、そんな私を見たくないからなのだろうか……
「あの……」
何を言えばいいのか分からないまま、何かを言おうとした。のだけれども、
「あー、ダメダメ。そりゃダメだ、お前」
「え」
溝部が大袈裟にブンブンと手を振ったので言葉を止めた。
ダメって…………
キョトンとした陽太と私に溝部は真面目な顔をして言った。
「そんなのダメに決まってんじゃん」
「なにが……」
言いかけた陽太の頭をコツンと小突く溝部。
「お前の母ちゃんが父ちゃんと結婚してなかったら、お前生まれてないだろ?」
それは……
「そんなの嫌だよ、オレ」
「…………」
陽太は目をみはり……「でも」と言いかけた。それに畳みかけるように溝部が言葉を続ける。
「そりゃ色々あっただろうけどさ、お前が生まれたんだから、それだけでオールオッケーだろ」
「でも………」
「細かいことは気にするな。物事、過程も大事だけど、結果がすべてだ。今、ここにお前がいる。今、母ちゃんはオレを蹴り倒すくらい元気。それで問題なし」
「………」
溝部……
なにそれ……
思わず陽太と顔を見合わせて………陽太が照れたように笑ったのて、つられて笑ってしまった。
溝部……ホント変な奴……
「と、いうことで」
口調を変え、パンッと手をたたいた溝部。
「餅つき一緒にいってくれよー。オレ、美人のお姉さんと一緒に『よいしょーよいしょー』って言いたい」
「…………。バカじゃねーの」
陽太は呆れたように言うと、きな粉のお餅の残りをパクッと口の中に放り込んだ。
「しょーがねーから行ってやるよっ」
「おおっやった!」
嬉々とした溝部。
「法被も着せてもらえるみたいだぞ。写真撮ってやるからなー」
「溝部の目的はお姉さん写すことだろ?」
「ま、それもある。さすがにお姉さんだけはまずいけど、お前と一緒に写す感じならありだよな?」
「聞いてみる?」
「いや、聞いてダメだと困るから、ここはコッソリ……」
仲の良い友達のように連れだって、陽太と溝部は、餅つき体験の列に並びに行ってしまった。
その背中を見送りながら、心の奥の方がつーんとなっていくのが分かる。
陽太……ごめんね………。
「溝部って、良い奴だよね」
ふいに桜井君がポツンと言った。
「おれ、高2の時、溝部のあの強引なところに救われたってとこある」
「…………」
以前、言っていた。桜井君は中学までは不登校児で、高1の時も図書室ばかりにいた、と。でも高2では、文化祭実行委員をしたり、目立っていた印象がある。目立つ渋谷君の相方だったからっていうのもあるけれど………
「まあ……良い奴だよね」
それは認める。本当に良い奴……。
「絶対、良い父親になると思うんだよね~」
「あー……」
桜井君の言葉に、ふと、首をかしげる。
「溝部って、なんで今まで結婚してないんだろうね? あいつ昔から結婚願望強かったよね」
卒アルにもそんなこと書いてあったよね、と言うと、桜井君は「ああ、それはね」と、にこにこと手を合わせた。
「それ、鈴木さんのせいらしいよ」
「え」
は? 私の、せい?
「なにそれ……」
「浩介」
聞き返そうとしたのに、渋谷君が「余計なこと言うな」と制してしまった。
「え、これ、言っちゃまずい話なの?」
「他人が言うのはまずいだろ」
「そっか……。じゃ、鈴木さん。聞かなかったことにして?」
「え?!」
聞かなかったことにって! あいかわらず天然桜井!
「そんな、気になるじゃんっ」
「じゃ、本人に聞けよ」
男前の渋谷君がアッサリ言って、桜井君を促して行ってしまい……取り残された私、一人頭を悩ませてしまう。
「…………私のせい?」
高校の時好きだった、ということは聞いている。そしてあろうことか、先日プロポーズまでしてきた。
でも、私のことがずっと好きだった、というわけではない。学生時代から今までに何人か彼女もいたらしいし、少し前まで8歳年下の女の子にアタックしていたらしいし、元夫同様、女好きなんだと思う。
なのに、なぜ、私のせい?
「あ」
すぐそこにいるのに溝部からラインがきた。水色の法被を着てピースサインをした陽太の写真と一緒に。
『次、陽太の番! 早く来い!』
餅つきの方を見ると、溝部が大きくこちらに手招きをしているのが目に入って……
「…………馬鹿」
笑ってしまう。何をそんな必死に手を振ってるんだ。
『今、ここにお前がいる。今、母ちゃんはオレを蹴り倒すくらい元気。それで問題なし』
先ほどの溝部の言葉を思い出す。
「うん。問題なし、だ」
ぐっと拳を握りしめ、陽太と溝部の元に走り出す。色々あったけれど、今、ここに陽太がいる。そして、私は溝部を蹴るくらい元気。それだけで充分だ。
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お読みくださりありがとうございました!
あいかわらず真面目な話でm(_ _)m
毎日スマホでちょこちょこ書き足し書き足し書いていたので、なんかダラダラ間延びしてしまいました(え、いつものことですか?^^;)
続きまして今日のオマケ☆
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☆今日のオマケ・慶視点
今年の正月は、一日は午後から夜まで浩介の実家で過ごした。
最近、本格的に浩介とご両親との仲は改善されてきたし、実家にいる間、浩介も楽しそうにしていたので、良い傾向だと思いきや、
「疲れた……しばらく実家はいい……」
マンションに帰ってきて早々、そういってベタベタくっついてきたところをみると、相当無理をしていたらしい。今年は泊まりに……なんて思っていたけれど、それはまだハードル高いだろうか。日本に帰ってきて2年。同じ轍は踏まない。急がない。少しずつ、少しずつ、一緒に歩み寄っていければいい。
二日は朝から、溝部と鈴木と鈴木の息子の陽太君と一緒に出掛けた。中華街で肉まんを食べ、山下公園の氷川丸でお餅を食べ、海沿いをずっと歩いてみなとみらいに出て、食事をして遊園地で遊んで買い物をして……まるでデートだった。
「ちょっと、いい感じになってきたよね?」
その後移動したうちの実家で、浩介が嬉しそうに言った。
「途中からあの二人、横並んで歩くこと増えてたし」
「まあ、そうだな」
「うまくいってくれるといいなあ……」
「何が?」
コーヒーを置いてくれながら、妹の南が言う。
今日は、南と南の娘の西子ちゃんも実家にきている。椿姉とその旦那の近藤先生ももうすぐ到着する予定だ。
「高校の同級生の溝部と鈴木さん」
「鈴木さんって、女子バレー部の部長だった鈴木さん?」
「知ってるのか?」
南は同じ高校の一学年下に在籍していた。
「知ってるよー。超カッコよかったもん。うちのクラスの女子でもバレンタイン渡した子いた」
「あ、そうだよね。女子からモテてたよね」
「え、そうなのか?」
知らなかった、というと、「覚えてないだけでしょ」と浩介に突っ込まれた。否定できない……。正直高校の頃のことなんて、断片的にしか覚えていないのだ。
うーん……と思い出そうと唸っている横で、
「なーんだ、溝部さん、そうなんだ……。がっかり」
「? 何ががっかり?」
いきなり南が残念そうに言うので首をかしげる。と、南が肩をすくめて言った。
「いやー、山崎×溝部推しとしては、やっぱりガッカリですよ」
「…………」
…………。
なんだそりゃ。
と、浩介がきょとんと返した。
「え、山崎、もう結婚したよ?」
「え?! マジですか?! そういうことは早く言ってよ、浩介さん!」
だから、なんの話だ……。ハテナだらけのおれをおいて、2人、普通に話を続けてる。
「なんだよー、一年半くらい前だっけ? 二人のマンションで撮ったっていう写真には、まだまだラブラブで写ってたのにー」
「あー、あの後に色々あってね……」
「まあでも、結婚しても、そこから膨らむ妄想はありますが……」
…………。
だからなんの話だ……。
いや、いい。世の中には知らない方がいい話もある……。
「慶?」
「お兄ちゃん?」
立ち上がったおれを見上げた二人に手を振って、台所に避難する。
(………まあ、いいか)
浩介が楽しそうだから、いい。昔から浩介と南はわりと仲が良い。妹が欲しかったという浩介にとって、南は妹みたいなものなのだろう。
「あけましておめでとうございまーす」
しばらくして、玄関からにぎやかな声が聞こえてきた。椿姉と近藤先生だけかと思いきや、娘の桜ちゃん一家も一緒に来たようだ。
「いらっしゃーい」
浩介と一緒にみんなを出迎えながら思う。
今年もまた、こうして笑顔で過ごせればいい。
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お読みくださりありがとうございました!
また遅刻っっ。
南ちゃん、腐女子です。山崎×溝部、と高校の時から思っていたらしい。
クリックしてくださった方、読んでくださった方、本当にありがとうございます!
日常に追われて小説から離れそうになるところを、繋ぎ止めていただいています。
ご期待に添うものが出てくるかどうかは甚だ不安なのですが……友達の友達の話、くらいのノリで読んでいただけると幸いです。
よろしければ今後ともよろしくお願いいたします!
毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は4月7日金曜日、どうぞよろしくお願いいたします!
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