【有希視点】
2016年10月9日(日)
たいして行きたくもない同級生の集まりに、二つ返事で「行く」と答えたのは、陽太の所属する少年野球チームの練習を見に行かない正当な理由が欲しかったからかもしれない。
当番じゃない親は行かなくてもいいのだけれども、ほとんどの子の父親が、お父さんコーチをしているので、母親が来なくても父親は来ている。父親がいない陽太には、私しかいない。
保護者の人達は、皆いい人ばかりで、うちが片親なことも理解して受け入れてくれているし、それについて何か言われたこともない。
でも、やはり、その場に居づらい……と思う瞬間が度々ある、というのが正直なところで……
そんな裏事情があって参加することになったバーベキュー大会。
午前中からの雨で野球も中止になったので、バーベキューも中止になるかと思いきや、
『午後は晴れる!晴れ男渋谷様がいるから大丈夫!』
『つか、肉大量に仕入れちゃったから中止は無し! 屋根あるから大丈夫!』
と、やたらテンションの高い、幹事の溝部のラインメッセージが、今回のバーベキューのためのライングループの中に何件も入ってきて……
「…………うざっ」
溝部、あいかわらずウザイ!
思わず声に出してしまったら、なんだかおかしくて笑えてきた。
私はこんなに変わったのに、全然変わらないでいる溝部。つられて私も変わる前の私に戻れそうな気がする。
真っ直ぐ前だけを向いていた、あの頃の私に。
***
今回のバーベキュー大会は、山崎君の結婚祝いと、私たちの母校・白浜高校を目指して頑張っている斉藤君の息子さんの激励会、ということで開かれたらしい。
よってメンバーは、
山崎君と山崎君の奥さんの菜美子ちゃん(なんと今日婚姻届けを提出してきたそうだ。そんな大切な日にバーベキューなんか来て良かったの?と聞いたら、山崎君は苦笑いしていた。あいかわらず、溝部は強引に山崎君を引っ張り回しているらしい)
斉藤君とその奥さんと中3の息子さんと中1の娘さん。
長谷川委員長とその奥さんの沙織(この2人は高校の同級生カップルだ)と小3の娘と年長の息子。
小松ちゃんと、その旦那さん。
私と陽太。
渋谷君と桜井君(あ、この二人も高校の同級生カップルということになるな)。
それから、幹事の溝部(あ、溝部だけ誰とも一緒じゃない……)
総勢17人。でも、会場である溝部の家は、庭もすごく広くて、庭の端に大きな屋根もあるため(元々庭で畑をやっていて、収穫したものを一時的に置いておくためのスペースだったらしい)、降ったり止んだりしていた雨に影響されることもなかった。
そして、バーベキュー自体も大変スムーズに行われた。
6歳年上の小松ちゃんの旦那さんがいわゆる「バーベキュー奉行」で、全部仕切ってくれて、やたらと手際のいい桜井君が野菜を切るのとか全部やってくれて……
「今日は主婦休みの日だから、奥様方は何もしなくて結構です!」
溝部が喜々として言って、自分も小松ちゃんの旦那さんの指示に従って、セコセコと働いている。
溝部って昔から、発言力もあって仕切ることもできるのに、仕切れる人がいると全部そちらに任せられる度量の広さがある。場の雰囲気とかそこにおける自分の立場とか、そういうものに敏感なんだと思う。
「おれも主婦なんだけどなあ?」
テキパキと野菜やキノコ類の用意をしながら桜井君がいうと、それを運ぶ溝部は軽く笑って、渋谷君をアゴで指した。
「じゃあ、渋谷にやらせろよ」
「それはダメ。使い慣れない包丁使って怪我したら困るから」
桜井君、あいかわらず渋谷君を溺愛してるんだなあ。この二人も変わってない。
斉藤君のうちの子供二人も思春期真っ只中だろうに、よくこんな父親の同級生の集まりなんて来てくれたな、と感心して奥さんに聞いてみたところ、
「長男は肉で、長女はイケメンで釣ったの」
とのことだった。渋谷君のイケメンっぷりは、今時JCにも有効らしい。そしてJSにも有効らしく、沙織の娘も一緒になって頬を紅潮させながら渋谷君に話しかけている。今時の子は積極的だ。
うちの小学校4年生の陽太といえば……
(あ、またゲームやってる……)
みんなの輪から抜けて軒下の隅に腰かけて、一人携帯ゲーム機に向かっていた。
こっちに着いたらしないでねって言ったのに……
「もう、陽………」
声をかけようとしたところで、言葉を止めた。
(………溝部)
あちこち動き回っていたはずの溝部が、いつの間に陽太の横にいた。何か話しかけている。でも、画面から目を離そうともしない陽太……態度悪すぎ。
(ああ、イライラする)
ああいうところ、本当にイライラする。どうしてあの子はああなんだろう。家にいてもゲームばかり。こちらが話しかけても生返事で……
ふっと周りに目をやり、余計に落ち込む。
斉藤君の息子君は、斉藤君と小松ちゃんの旦那さんと三人で肉の話で盛り上がっていて、沙織の息子君は沙織にべったりくっつきながらも、菜美子ちゃんと何か話していて……。
どうしてうちの子はああなんだろう。あんな風に冷めてて、すかしてて。私の育て方が悪かったといわれればそれまでで……でも……
「うわっお前すげーな!」
「!」
溝部のあいかわらずの馬鹿でかい声にハッと我に返る。……何?
「お前強えなー。後で一緒にやってくれよー」
「………。何で?」
「欲しい素材があるんだけどオレ一人じゃ取るの無理でさー」
「………」
「で、こないだネットで全然知らない奴とやったら、オレ弱いからすぐ死んじゃってボロクソ言われてさ。もう二度と知らない奴とはやんねーって思って、そのまま取れてなくて」
「………。オレもボロクソいうよ?」
「直接ならいい。画面に「シネ」とか書かれると凹む」
「………。そんなことは言わないけど」
「じゃ、よろしくな! あ、そろそろ肉焼きあがりはじめるぞ?」
「………」
陽太は画面と溝部と見比べてから、パタンとゲームを閉めると、溝部の後について立ち上がった。そのまま二人で何かゲームの話をしている。
(…………溝部)
さすがだな、と思う。溝部って昔からそういう奴だった。クラスの輪に入れてない子に、それとなく声をかけたり……
(まあ、それでウザがられてたりもしてたけど)
ふっと笑ってしまうと、すかさず溝部が突っ込んできた。
「今、笑ったか?」
「え」
「なんだよ、呆れてんのか? あーやだねえ、ゲームの面白さが分かんない奴はっ!」
ゲーム? ああ、ゲームの話をしていることを笑ったと思ってるのか。
「いや……溝部、全然変わってないなって思って、ちょっとおかしくなっただけ」
「なんだそれは。オレが高校から成長してないとでも……」
「してないじゃん。ゲームしてるなんて子どもみたい」
「ばっかだなあお前!今やゲームに年齢の壁はないんだぞ! なあ?陽太!」
ぽん、と肩をたたかれた陽太。さっとその手を払い除けると、高飛車に言ってのけた。
「陽太さん、だろ? オレの方がレベル高いし」
「なんだとー!みてろよすぐに追い抜いてやるー!」
うりうりと頭を撫でられ、陽太はムッとした顔を作ろうとして失敗して、変な顔をして笑った。
(…………陽太)
胸が詰まる……。こうして撫でてくれる男の人の大きな手を陽太から奪ったのは私だ。私がもう少し我慢すれば、もう少し見て見ぬふりを続けられたら、この子から父親の手を奪うことはなかったのに……
***
これでもかというくらい、お肉を食べて、食後にケーキまで出てきて、その上、本当に上げ膳据え膳。
「天国だわあ」
斉藤君の奥さんがビールを飲みながら呟いた。帰りは斉藤君が運転してくれるから飲めるらしい。斉藤君より5つ年上の奥さんは、頼りがいのある姉貴っていう雰囲気。斉藤君、尻に敷かれてる感じがする。
「溝部君っていい男だよね」
「…………は?」
奥さんの言葉に耳を疑う。え、どこが?
「尽くす男って感じ」
「ああ……そう、ですね」
確かに今日もみんなに尽くしてたか……
「子どもの扱いも上手いし」
「………え」
奥さんの視線を追って庭に目をやると、陽太と溝部がキャッチボールをしようとしていて驚いた。さっきまで軒下でゲームをしていたのにいつの間に……。降ったりやんだりしている雨も今はあがっているようだ。
「おー、ナイスボール。いい球投げるじゃん、お前」
「当たり前っ」
「お!いいねー」
陽太の生意気な口調も気にならないように、溝部は笑っている。
「良い父親になりそう」
「ああ……そう、です……かね……」
奥さんの言葉にうーん、と唸ってしまう。
(良い父親……良い父親ってどういう人のことを言うんだろう……)
陽太にとって、父親は、何でも買ってくれて、甘やかしてくれる人、という認識だろう。元夫は、自分の気が向いたときだけ、陽太のことを猫可愛がりする人だった。
でも、本当にしてほしいこと……例えばこんな風にキャッチボールをしてくれたことは一度もない。自動車ディーラーである元夫は、土日はほとんど仕事だったので、陽太の少年野球の試合も一度しか見に来たことはないのだ。
それでも、父親は父親……。
私の選択は正しかったのだろうか、と、この一年ずっと自問自答し続けている……と、
「鈴木!」
「……っ」
いきなり名前を呼ばれ、ドキッとする。
旧姓に戻って10ヶ月目なのに、いまだに変な感じがする。結婚生活15年でしみついた「田中」姓がまだまだ抜けきらない。
「お前の息子すげーぞ!」
「え?」
溝部のデカイ声に、陽太を見ると、陽太は照れたように溝部に叫んだ。
「溝部、大袈裟!」
「お前、年上呼びつけにすんな! 溝部さん、だろ」
「お前が『さん』なら、オレは『さま』だ!」
「年上にお前言うな! 陽太さまっ」
「うわ、ほんとに『さま』って言ったー」
「お前が言えっていったんだろー!」
…………。溝部、小学生か。
「……で、何?」
「フォークだよ!フォーク!」
「は?」
フォーク?って、え、まさか。
「小4でフォーク投げられるなんてすげーじゃん!」
「ちょっと、陽太!」
小学生は体の発達を考えて、変化球の投球は禁止されている。
「フォークなんか投げちゃダメじゃん!」
「え、そうなのか?」
「みんなやってるよ。試合で使わなきゃいいだけだろ。つか、オレ、ピッチャーじゃないから関係ねえし」
「陽太……」
陽太は元々ピッチャー志望で、以前所属していた野球チームでは、ピッチャー候補と言われていた。
でも、ティーボール(3年生の12月末までは、バッティングティーを使うため、ピッチャーはいない)が終わると同時に、離婚により引っ越しをしたため、そのチームを退団することになり……。
新しい野球チームには、4年生から本格的に入ったので、すでにいるピッチャーを押し退けてまでピッチャーをやりたい、とは言えなかったらしい。
「あーそうなのかあ。なんだ。もったいねえなあ。いや、ほんと、すげー落ちたんだよ!」
「だから溝部大袈裟ー」
あはははは、と笑った陽太。グローブをした陽太がこんな風に笑うのを久しぶりに見た。
陽太は今、打撃面でも伸び悩んでいるのだ。ティーではあれだけ打てていたのに、ピッチャーからのボールは打つことができず、バッティングセンターにもしょっちゅう連れていっているけれど、今のところ成果はみられず……
「あ!見て!」
「虹!ママ、虹ー!」
沙織の子ども達のはしゃいだ声に、皆一斉に空を見上げた。
ぼやっとした虹……でも、綺麗。
「わあ、虹だ……」
「おー、虹だあ」
ポカーンと口を開けて虹を見上げる陽太と溝部。妙に、似てる……
(兄弟みたい)
そんなことを思った。
でも、そうすると、溝部は私の息子ということになってしまう。
(それはナイ。ナイナイ)
また笑ってしまった。でも、馬鹿兄弟は揃って空を見上げたままで………
だから、私も、空を見上げた。
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お読みくださりありがとうございました!
こんな真面目で地味な話、読んでいただいてすみません~っでも書かないと進めない!
「策士策に溺れる」タイプの溝部君。果たして今回この策で良かったのか……
続きまして今日のオマケ☆
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☆今日のオマケ・浩介視点
バーベキューから帰ってきてから、腹ごなしのために二人でスポーツクラブに行った。
4キロは泳ぐ慶には付き合っていられないので、おれはいつものように一人でユルユルと水中ウォーキングをして、マッサージプール、サウナ、ジャグジー……と転々としていたんだけど……ジャグジーの中で、はしゃいだ女性たちの声が聞こえてきた。
「みてみて! 今日、王子いる~ラッキー!」
「あ~今日もかっこいい~~」
「やった!こっちくるよ!」
………。
日に日に渋谷慶王子ファン増えてるような……
「こんばんは~♥」
「こんばんは~~♥」
その30代くらいの女性たちに♥つきで挨拶された慶。水泳帽を脱ぎながら、「こんばんは」とにっこり返していて……
(あーもー、どんだけかっこいいんだ……)
毎日見ているおれでさえ赤面してしまうイケメンっぷりに、女性二人もきゃあ♥と声をあげてしまっていて……
(いや、気持ちはわかる。わかるよ! この顔!この体!抱かれたい!とか思うでしょ~?)
ふっと笑ってしまう。
(まあ、残念ながら、この人、おれだけのものだけどね。しかもおれが抱いてるんだけどね……)
ふっふっふっ……と笑いを押さえきれず、ジャグジーの水の中に口元まで沈んでいたところ、
「お前、何やってんの?」
「…………」
ご本人様が、一人分のスペースを空けておれの横に座った。さっきの女性二人も、少し離れたところにいるため、念のため「友達」の距離を保っているのだろう。
「何ニヤニヤしてんだよ?」
「えーっと……」
本当のことを言ったら恐ろしいことが起こるので、無難な返事をしておく。
「いやー、今日、溝部、頑張ってたなーと思って」
「だなー。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ってのミエミエだったけどな」
「まあねえ。雨のおかげで陽太君もはじめからこられて良かったよね」
「すっかり仲良くなってたよな」
溝部があんなに用意周到な奴だとはちょっと意外だった。前もって小松さんから陽太君の情報を聞き出していて、今日はグローブと携帯ゲーム機まで用意していて……。まあ、溝部は元々、本当に野球もゲームも好きなので、苦はなかったようだけど……
「いやー、でも鈴木的にはどうだったんだろうなあ?」
「来たときと何も変わらず帰っていったよね……」
「なあ……」
うーん……と二人で唸ってしまう。
「大変だよなあ。これから恋愛って……」
「だよねえ……」
以前にもしたことのある会話だ。この歳になってからはじめる恋愛は大変だって。
「おれ、ほんとに無理って思った」
慶はしみじみ、といった感じに呟いた。
「高校時代、頑張っておいて良かった」
「!」
ちょん、と腿のあたりにくすぐったい感触。慶の足の指……。パッと横を見ると、慶が照れたようにうつむいていて………
(うわ、かわいい……っ)
抱きしめたい……っっ
と、思ったら、バサッと慶が立ち上がった。
「じゃ、おれ、もうちょっと泳いでくる」
「う、うん……」
か、顔のニヤケがおさまらない……
慶の完璧な後ろ姿を見送りながら、再度ブクブクと水中に沈む……
「あ、王子行っちゃった」
「あの人、王子の知り合いなのかな?」
「ちょっと話しかけてみる?」
こそこそと話している女性二人の声が聞こえてきて、
(……面倒だな)
話しかけられる前にジャグジーを出た。
まあ、おれに何を聞いたところで、残念ながら、王子とその先には進めないけどね。
だって、王子はおれしかみてないから。おれだけの王子だから。
「…………あ」
水中ウォーキングのレーンに入ろうとしたところ、コースの折り返しにいた慶が即座におれに気がついて、ニッと口の端をあげた。
ほら、やっぱりおれしか見てない。
慶は昔からそうだ。おれがどこにいても、すぐに探しだしてくれる。
綺麗なフォームで泳ぐ慶を横目で見ながら、ゆっくりと水中を歩く。
この人はおれのもの。おれだけのもの。そんな幸せな気持ちに包まれながら。
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お読みくださりありがとうございました!
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