修学旅行二日目はお待ちかねの班行動!
当然、おれは浩介と同じ班だ。これだけは譲るつもりはなかった。
班決めは、三学期になってから、男女別で3人組を4組、4人組を2組作り、それから男子班と女子班をくっつける、という方法で行われた。
普段は、おれ、浩介、溝部、山崎、斉藤の5人で行動することが多いので、どう分かれるか話し合おうとしていたところ、
「桜井と同じ班になりたいから入れてくれ」
と、突然、学級委員長の長谷川が言ってきた。
浩介と委員長には、読書好きという共通点がある。二人とも、朝練のない日はいつも朝早めに教室に入っているので、そこで時々本の話をしているらしい。
委員長も普段は5人組でつるんでいる。でも、委員長以外のメンバーは萩焼体験も希望しているそうで……
「桜井は当然、一日フルで萩回りたいだろ?」
「あ……うん。できれば……」
「………あ、そっか」
そういえば浩介、修学旅行の行き先が萩に決まった時、すごく喜んでたんだよな……。
一時期、浩介は幕末物にはまっていたことがあって、同じく幕末物好きの委員長とは、その話で盛り上がっているらしく……
「えーオレは萩焼やりたーい」
「オレもー」
溝部と斉藤がいうと、山崎はおれに「どうする?」って目を向けてきた。と、いうことは、山崎はどっちでもいいってことだよな? だったら遠慮なく!
「おれ、萩焼はパスしたい。造る系苦手だし」
………なんてね。本当はやってみたかったけど、浩介と一緒の時間には変えられない!
山崎はうん、とうなずいてくれ、
「そっか。じゃ、溝部と斉藤とオレ、渋谷と桜井と長谷川、ってことでいいな。そしたらうまくはまる」
山崎の言葉通り、あとは、6人グループの奴らが2組に分かれ、残りは4人グループ。これでぴったりになった。
そして部屋割りも、おれ達5人と委員長達5人で一部屋になった。何もかも順調!
部屋は10人で雑魚寝だったんだけど……
「寝る場所、くじ引きで決めようぜ」
布団をひき終わった直後の、委員長の鶴の一声でくじ引きで決めることになってしまい……
(端と端ってどういうことだよ………)
浩介とは一番遠くになってしまった。ガッカリだ……。
しかも、おれは相当残念だったのに、浩介は平然としていて……。ムカついたから洗面台にいったときに、歯磨き中の浩介の腰のあたりを意味もなくグーで押していたら、
「あーやっぱり寝る場所隣にならなくてよかったー」
口をすすぎ終わった浩介が、眉を寄せて言ってきた。なんだとーー!
「なんでだよ……って!」
蹴りをいれようとしたところ、ぐいっと肩を抱かれ、耳元で小さく囁かれた。
「そんなかわいい顔で横に寝られたら、襲いたくなるでしょ。おれ、自制できる自信ないよ」
「………っ」
襲いたくって………っ
10日ほど前のことを思い出して、かああっと顔が熱くなってくる。
「ねえ、慶………明日の班行動の間だったら、少しは二人きりになる時間作れるかな……」
「う……ああ、そうだな………」
耳元で囁かれ続け、くらくらしてきてしまう。見上げると、浩介はおれの大好きな笑顔を浮かべて言った。
「じゃ、明日楽しみにしてるね」
「お、おお」
………なんて、甘い約束をかわしたはずなのに………。
二日目の萩見学。浩介の奴、すっかり吉田松陰先生に夢中だ……。
あいにくの雨にも関わらず、浩介と委員長だけでなく、女子の鈴木と小松も歴史好きらしくて、一緒になってはしゃいだ声をあげている。
「まあ、いいんだけどな……」
昨晩の風呂での泣きそうな顔を思い出したら、今のこの楽しそうな浩介の姿は奇跡みたいだ。
(おれはお前のその姿が見られれば十分だ)
思わず頬をゆるめながら、浩介を眺めていたら、
「渋谷君、楽しそうだね」
「!」
いつの間に、もう一人の女子、浜野さんが横にいて、スケッチブックに鉛筆を走らせながら言ってきた。傘を差しているのに、スケッチしてる……器用だ。
「渋谷君も幕末物好きなの?」
「いや………」
特に興味はない。……というか、おれ、何か好きなものってあるのか?
「やっぱ高杉晋作でしょ~」
「かっこいいよね~」
鈴木たちのはしゃぐ声と、浩介と委員長の落ちついた話し声が雨の中に響いている。
日本史で覚えた程度の知識しかないおれには、どっちの会話にもついていけない。浜野さんは初めからついていく気はないようで、マイペースにスケッチを続けている。
「ここで高杉も久坂も一緒に学んでたんだと思うと感慨深いよなあ」
「入塾したのって、今のおれたちと同じ歳くらいだよね」
「そうだな。なんかそう考えるとオレ、今のままでいいのかなあって思うよ」
「委員長が?」
意外だ。迷いなく自分の進むべき道を進んでいるような雰囲気があるのに……
「ねー次行っていいー?」
「ああ、いくいく」
鈴木と小松が促してきた。委員長と並んでいる浩介が、おれを気にして振り返ってくれたのに軽く手を振り、おれはおれで浜野さんと並んで歩き始める。
「浜野さんは、やっぱり美大志望?」
「ううん。文系私大希望」
「え。なんで」
美術部の浜野さん。文化祭で展示していたおれモデルの絵は、とても繊細なタッチでパッと人目を引く作品に仕上がっていたのに……
でも浜野さんは軽く肩をすくめると、
「絵は好きで描いてるだけだから。評価とかされたくない」
「へえ………」
考えてみたらうちのクラスの芸術選択科目は習字だ。こんなに絵上手なのに美術を選択していないのはそういうことだったのか。
「渋谷君は? 何志望?」
「理系私大。文系科目やりたくないからっていう消去法で」
「学部は?」
「学部……は、まだ……」
正直、何も思いつかない。
浩介は父親の弁護士事務所を継ぐために、弁護士を目指すらしい。小さい頃からそう言われてきたので、それ以外考えたことがない、と言っていた。
うちは自分の将来は自分で決めろと言われている。父は製薬会社、母は薬剤師、姉は看護婦、なので、医療系が身近といえば身近だけれども………
(おれ、何もないんだよなあ……)
将来云々以前に、やりたいことが何もない。趣味もない。
浩介や委員長みたいに本が好きなわけでもなく、浜野さんみたいに絵が描けるわけでもなく、鈴木と小松みたいに、維新志士やら新撰組やら戦国武将やらについて語れるわけでもない。
(おれ………何がしたいんだろう)
中学まではバスケをやっていた。でもそれも姉が喜ぶから続けていただけだ。
いや、バスケが好きじゃないわけではない。運動は全般的に何でも好きだ。水泳もサッカーも何でも。何でも好きだけど、何も特別じゃない。
(………浩介)
ふいに思い出す。高校入学後、初めてみた浩介の姿。救いようもないくらい下手くそなくせに、一生懸命シュート練習していた浩介。おれはそれがうらやましかった。
(おれには何もない……)
せっかくはじめた写真部も、廃部が決定してしまった。まあ……続けていてもハマることはなかっただろうけど………
結局のところ、おれの高校二年間って何だったんだ? 夢中になれることもなく………
って。
「…………あ」
思わずつぶやき立ち止まる。
今、とんでもないことに気がついてしまった………
「慶?」
「…………」
立ちすくんでいるおれを心配してか、浩介が引き返してきてくれた。
「大丈夫? ごめんね、先行っちゃって」
「あ………いや」
気がついたら浜野さんはもう神社の境内に入り、雨にもめげずスケッチをはじめていた。委員長と鈴木と小松は石碑を見ながら何か盛り上がっている。
「慶……やっぱりつまんない?」
「え……、あ、いや」
心配そうに言ってくれる浩介に思いきり頭を振る。
「楽しいよ」
「でも」
「お前が楽しそうなの見てるのが、すげー楽しい」
「………慶」
ふにゃっと笑った浩介。その顔もすげー好き。
「お前、楽しいだろ?」
「うん。すごく。小説読んだ時からずっと来てみたかったから」
ゆっくり歩きながら、浩介が言う。
「でも、慶と一緒にこられたってことが何より嬉しい」
「………うん」
浩介の声も雨の音も心地良い。
「お前はいいなあ。趣味がいっぱいあって」
「えーいっぱいはないよー」
「あるじゃん。読書とバスケ」
「それを言ったら慶だって……」
言いかけて、浩介は首をかしげた。
「そういえば、慶って、バスケとか水泳とか色々してるけど、何が一番の趣味なの?」
「…………それなー」
頬をかく。
「今そのことでとんでもないことに気がつき、愕然としていたところだ」
「何、その文語的表現」
ぷっと浩介は吹き出した。いいよ。笑ってろ。傘をグルグル回しながら言ってやる。
「おれなーどれも嫌いじゃねえけど、どれも特別好きなわけじゃねえんだよ」
「あ……そうなんだ………」
雨の音が本音を引き出してくれる。
「中学まではバスケ部だったから、趣味バスケっていっても良かったんだろうけど、もう辞めちゃったしな。だから……」
立ち止まると、浩介も歩みを止め、こちらを振り返ってくれた。その瞳をまっすぐに見上げる。
「だから、おれが高校生になってから、夢中になってることっていったら………」
「え?」
キョトンとした顔の浩介の肩のあたりを人指し指でグリグリ押してやる。
「趣味『浩介』」
「え………」
そう。趣味『浩介』。そのことに気が付いてしまった。高校生になってから夢中になっていること、一番好きなこと。それは『浩介』以外に思いつけない。
「おれの趣味、お前だなって思って」
「慶……」
浩介の顔がまた、ふにゃあっと崩れていく。冷たい手がおれの人差し指をぎゅっと掴む。
「それはおれに夢中ってこと?」
「そうそう」
掴んできた手を握りかえす。雨のおかげか人影も少なく、浩介の黒い大きな傘のおかげで境内にいる班のメンバーからこちらは見えないはず。
浩介はなぜか泣きそうになって、手に力が入っている。
「それはおれのことが一番好きってこと?」
「………一番じゃねえよ」
「え……」
聞き返した浩介に、ニッと口の端をあげてみせる。
「『一番』じゃなくて『唯一』だ。他に好きなことなんかない」
「慶………」
浩介、ふわりとした笑顔になった。
そして、そっと唇が落ちてくる。雨で冷えて余計に冷たくなった唇。でも合わさると温かい……
雨の音がおれ達を包み込んでくれるようだ。
「慶、大好き」
「ん」
コツンとおでこを合わせ笑い合い、再び唇を重ねる……、と。
「桜井、渋谷、どうした?」
「うわっ」
「わわわっ」
いきなり委員長の声が至近距離から聞こえてきて慌てて飛び離れる。
み、見られてない? 見られてないよな? 大丈夫だよな?!
「もしかして、桜井がオレとばっかりいるから、喧嘩になってる?」
「いやいやいやいや、そんなことはない」
いつのまに浩介の真後ろまできていた委員長にブンブン手を振ってこたえる。
「ちょっと趣味の話をしてただけ」
「趣味?」
「うんうん。ま、行こうぜっ」
3人ならんで神社に向かって歩きだす。
「趣味って……」
「あああっそれより、さっきの委員長のセリフが気になる!」
委員長の言葉を無理矢理遮って、浩介が言い出した。
「『今のままでいいのかなあって思う』って話」
「ああ……それな……」
委員長は大きくため息をついた。
「何か何もできてないなあと思ってさ。進むべき道すら決められていない」
「それは……」
おれも同じだ……
「桜井は法学部希望って言ったな?」
「あーうん。でも、おれの場合は決められちゃってることだから……」
「そうか……」
委員長は「あーあ」と傘を突き上げ、大きく伸びをすると、
「オレ達、どんな大人になるんだろうなー?」
「……うん」
「オレ達にはどんな将来が待ち受けてるんだろうなー?」
「だな……」
将来……
ふっと浩介と目があう。優しく微笑んでくれる浩介……
どんな将来が待ち受けているとしても、おれの隣にはお前がいると、信じたい……。
修学旅行3日目は、秋吉台、秋芳洞。クラスで予定通りに回ることができた。
秋芳洞の中でこっそり一瞬だけ手を繋いだ。
「今度、2人だけで来たいな」
「……おお」
浩介に耳元で囁かれ、小さく肯く。ああ、幸せ過ぎる。
帰りの電車の中では、いつもの5人メンバーで馬鹿言って盛り上がったり、同部屋になったおかげで距離の縮まった委員長たちのメンバーも加えてウノをやったり、とにかく楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまった。
最高に楽しい修学旅行だった。
「たっだいまー」
上機嫌で玄関を開け……驚いた。
「おかえりなさい」
そこにいたのは、椿姉さん。寂し気な、疲れたような顔をしていて……って!
すぐに異変に気が付いた。
「椿姉……お腹が……」
「………」
ポッコリと出ていたはずのお腹の膨らみがなくなっている……。
椿姉は辛そうにうなずいた。
「うん……生まれちゃったの」
「え……」
出産予定日は4月の下旬だったはず。今日はまだ3月一週目……
「え、で、赤ちゃんは?」
「入院してる」
「そう……、って、椿姉?!」
崩れるように座りこみ、泣きはじめた椿姉。
おれはただただ姉の背中をさすってやることしかできなかった。
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