創作小説屋

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ベベアンの扉(22/22)

2006年12月04日 23時26分06秒 | ベベアンの扉(原稿用紙73枚)
 帰ってからは大変な騒ぎになった。
 何しろ二階の高さから落ちたものだから、緑澤君は右腕を骨折した。私は緑澤君が下敷きになってくれたおかげで打撲ですんだ。和也は運動神経がいいだけあって、とっさに屋根につかまったとかで無傷。ずるい。
 おかげで高校時の友人とは会えなかった。でも近いうちに第二弾をやるというので、その時には緑澤君とも一緒にいこうと思う。
 入寮も怪我が治るまで遅らせることになった。居心地の悪い父の家だけど、優紀子さんの手料理がおいしいことと、萌が懐いてくれることは、悪くない。
「萌がもう少し大きくなったら、ちゃんと事情を話すから」
 父にはそういって頭を下げられた。
 それから、
「緑澤君とはどういうつきあいをしてるんだ?」
と、詰め寄られた。
 心配してくれるんだ、と茶化すと、
「娘なんだから当然だろう」
と憮然とされて、東京には悪い男がいっぱいいるんだから、とか何とかお説教をされた。
 ・・・・・・嬉しかった。

「出遅れちゃったなあ」
 お見舞いに行くと、緑澤君が眉を寄せて言った。
「山本さんって、もう大学生になるんでしょ? しまったなあ・・・オレより先に社会人になっちゃうのかあ・・・。あ、留年すればいいのか。山本さん、留年してよ」
「何いってんのよ」
 睨もうとしたが、失敗して笑ってしまった。
「あ、そうそう、私、今、山本じゃないのよ。『吉川』っていうの」
「よしかわ・・・さん?」
 小首をかしげる緑澤君。
「ピンとこないなあ・・・。名前で呼んでも・・・いい?」
「・・・いいよ」
 言ってから恥ずかしくなってきた。緑澤君も首まで真っ赤になっている。
「えーと・・・、七重・・・さん」
「さんはいいよ」
「じゃ・・・七重」
「はい」
 見つめ合って・・・吹き出した。
 こんなことでとっても楽しい。とっても幸せ。
 これからも逃げ出したくなるくらい嫌なことはたくさんあるんだろう。
 でも、大丈夫。私には居場所がある。自分で見つけた居場所がある。
 そして、私は緑澤君の居場所でもある。
 まだ家族との関係はぎこちないようだけれども、私がいる限り、二度と緑澤君をベベアンに行かせはしない。 
 もう、ベベアンの扉が開くことはないだろう。

<完>
コメント
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