<登場人物・あらすじ>
桜井浩介……大学3年。身長177センチ。外面明るく、内面病んでる。慶の親友兼恋人。
渋谷慶……大学2年。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。
慶は一年の浪人生活の後、無事に医大生になった。2年生になってからは、忙しくてなかなか自由に時間が取れない日々を送っている。
浩介は慶と会えない寂しさをバイトとサークル活動で紛らせていた。
そんなある日、二人は高校の同級生から合コンに誘われて……
今から20年ほど前の3月。慶が大学2年、浩介が大学3年、の終わりごろのお話。
慶はまだ携帯を持っておらず、浩介は携帯じゃなくてPHSを使用しています。
------------------
『風のゆくえには~恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』
〈浩介視点〉
(そういえば……高校時代にも、強引に話を決められて、無理矢理ナンパをさせられそうになったことがあったなあ………)
なんて、高校2年生の夏休みの思い出に浸りそうになったところで、
「なにボーッとしてんの! 次、桜井だよ!」
「………あ」
篠原の声に、強制的に現実に戻された。
ここは新宿にある居酒屋の一角。おれの左隣には高校のバスケ部のチームメイトだった篠原が座っていて、右隣にはおれの大切な親友兼恋人の慶がいる。
で。……えーと、なんだっけ………
「あ、えーと……桜井浩介、です………」
「それだけかよっ」
速攻でつっこんできたのは、慶の隣に座っている溝部。溝部と慶とおれは高2の時のクラスメイト。篠原と溝部は高1の時同じクラスだったらしい。
「………何言えばいいんだっけ?」
思わず篠原の方を向くと、
「あいかわらず口下手君だなー桜井は! 代わりにオレが紹介してあげる!」
篠原が嬉々としておれの紹介をはじめてくれた。大学名、学部、高校時代はバスケ部だったこと、篠原と桜井で「しのさくら」とセットで呼ばれていたこと……
向かいに座っている女の子四人はそれをニコニコと聞いている……けれども、視線は時々、どうしても篠原でもなく、おれでもなく、おれの右隣にいる慶に向いてしまっている。
(ま、気持ちは分かる……)
見たくもなるだろう。こんなに完璧に整った顔なんてそうそう間近で見る機会はない。
(まあ、おれは間近で見るどころか、あんなことやこんなことまでしてるけどね……)
なんて思ってにやけそうになったところで、篠原によるおれの紹介は終わった。
「じゃ、次、渋谷!」
はいっと促された慶………
「………渋谷、です」
ボソッと言っただけで、口をつぐんでしまった。でも女の子たちは肘でつつきあったりして、顔を赤らめている。不機嫌そのものな態度ですら、「クールでカッコイイ」になるんだろう。顔がいいと得だ……。
でも、幹事の篠原は、さすがにまずいと思ったようで、
「あーごめんね~、渋谷、昨日も一昨日もろくに寝てないんだって。だから……」
「えーたいへーん! 何してたの? バイト? サークル?」
「……………」
食いついてきた女子の声など聞こえていないように、慶はおれをふりあおぐと、
「……………」
何か言いたげに、じっとこちらを見てから、また正面を向いた。女子と話す気はない、と言いたげな慶の態度……。篠原が慌てたように紹介をはじめる。
「渋谷はね、○大学の医学部の2年生で、水泳部で……」
必死な篠原が気の毒になってきた……。
こんな態度になるなら、断ればよかったのに……と思いかけて、違う違う、と首をふる。
(ごめんね。おれのために……)
慶の無表情な横顔をみながら、心の中で詫びる。
そう。慶が来たくもないこの『合コン』に参加することになったのは、おれのせいなのだ……。
〈慶視点〉
『オレの狙いのアイちゃんは、渋谷の前の席の子だから。渋谷は何も話さないで、無愛想に座っててくれ』
と、隣の席の溝部にコソッと頼まれたこともあって黙って座っていたけれど、そうでなくても話す気になれなかった。
「…………」
浩介の斜め前の席の女がムカつく……。なに浩介のこと上目遣いで見てんだよ。
ああ、やっぱり合コンなんてくるんじゃなかった。でも浩介のためだから我慢しろ、おれ……。
2週間前……
浩介のPHSに篠原から連絡があった。たまたま近くにいたので会うことにしてみたら、篠原だけでなく、溝部もいて………
「頼む! 合コンに出てくれ!」
と、二人に拝まれた。二人は学部は違うけれども同じ大学で、同じサークルに入っているらしい。
「…………」
「…………」
浩介と一瞬顔を見合わせ、
「無理」
「やだ」
同時に即答する。おれ達が付き合っていることは結局言えていないので、こういう誘いがくるのはしょうがない。断るしかない。でも、篠原と溝部はしつこく食い下がってきた。
「さっちゃんが、卒業アルバムの渋谷の写真みて、渋谷がくるなら合コンしてもいいって言ってくれたんだよー」
「それで、さっちゃんが、アイちゃん誘ってくれるっていうから!」
「……なんだそりゃ」
さっちゃん?アイちゃん?知らんがな。
肩をすくめると、篠原が畳み掛けてきた。
「ねー二人ともいい加減、彼女くらい作りなよ。特に桜井! 渋谷はほっといても女が寄ってくるからいいけど、桜井はこういう機会にのらないとホントに一生彼女できないよ!」
そりゃ結構なことだ。一生できなくていい。
内心を隠して黙っていると、篠原がポンポンと浩介の腕を叩いた。
「それにさー、桜井ってもうすぐ教育実習行くんだよね? 楽しい大学生活を夢見ている現役高校生に、合コンの話の一つや二つできた方がいいと思うよー?」
「そ、それは………」
浩介がぐっと詰まっている。
確かに、経験談として必要……?
(いやいやいやいや)
篠原は昔から口がうまい。昔も何だかんだと乗せられてしまった記憶が………
篠原の畳み掛けはまだまだ続く。
「だから、今回渋谷がダメっていっても、桜井のことは、彼女ができるまで誘ってあげるからね。今回も……」
「は?」
なんだと?
「ちょっと待て」
篠原の前に手を差し出し止める。
「今回断ってもまた誘う気か?」
「もちろん」
「……………」
それはそれで鬱陶しい……
彼女ができるまでって…………
「あ」
「え?」
振り向いた浩介の腕をバシバシ叩く。
そうだ。肝心なことを忘れていた。
「浩介、お前、彼女いるじゃん」
「え? あ………」
浩介もはっとしたように口に手を当てた。
「そうだった。おれ、彼女いるんだった……」
「はああああ??」
篠原と溝部が呆れたように叫んだ。
「ウソつくんじゃねーよっ」
「ウソじゃないって」
いや、ウソなんだけど、でも本当だ。
一年以上前になるが、浩介の母親がおれ達を別れさせようと色々と問題行動を起こしたことがあった。その対策として現在は、おれ達は別れたことにして、浩介の友人の木村あかねさんに浩介の恋人役をしてもらっているのだ。
「ホントにいるんだよ。すごい美人の彼女が」
「いること忘れてるような人は彼女とはいいません!」
「もう別れてるんじゃねーの? それかはじめから付き合ってないか」
「そんな架空の彼女じゃなくて、本物の彼女作ろうよ!」
篠原と溝部がわーわー騒ぎたて……
浩介も浩介で、教育実習に行った時に……というのが引っ掛かっているらしく、断る言葉が弱まってきていて………
「よし。わかった」
バシッと浩介の腕を叩く。
「行くか」
「え? いいの?」
「しょうがねえだろ」
おれの知らないところで行かれるよりはマシだ。一度だけ、どんなもんか行ってみよう。
……と、思ったけれども……。
実際に浩介が女に上目遣いで話しかけられているのを見たら腸煮えくり返ってしょうがなくなってしまった。平静を保つために、浩介の方は見ないようにして、隣の席の溝部と、その前に座っているさっちゃんとアイちゃんの四人で話していたのだけれども……
「あ、ナナちゃんのあれ、始まりそう……」
女子二人がクスクス小さく笑いだしたので、何のことかと二人の視線の先を見ると、浩介の隣の席に座った女が自分の大きめのカバンの中をごそごそと探っていた。
開始から二時間近くたって、料理もあらかた食べ終わり、みんな飲みに移行している。先ほど、篠原と篠原の前の席の女(ナナコとかいう、浩介をやたら上目遣いで見ていた女だ。男にすり寄るような仕草や喋り方で余計にムカつく)が席を交換したため、その女が浩介の隣になっていた。
「あれって?」
さっちゃんに聞くと、さっちゃんは「言っていいのかな~」と言いながらも、酔いが回っているせいか、軽く口を滑らせた。
「ナナちゃんってすごい積極的で、狙った獲物は逃さないっていうかー」
なんだと?
「桜井君みたいな真面目そうな男子、好きだよね、ナナちゃん」
アイちゃんもクスクス笑いながら、浩介とナナコに目をやっている。
「でね、携帯番号教えてくれない男子を攻略する必殺技があって……」
「『ごめーん、携帯がカバンの中で迷子になっちゃったー。鳴らしてもらってもいい?』ってねー」
ねー?と女子二人がうなずきあっている。
なるほど、それで鳴らしてもらえば、相手の携帯番号が自分の携帯に表示されるというわけか。
「なるほどー……」
と、溝部と一緒に感心してしまってから、はっとする。感心している場合じゃない!
(こ、浩介!?)
振り返ると、ちょうど浩介が自分のカバンからPHSを取り出したところで………
「ちょーっと待ったーーー!」
「え?」
思わず叫んで、浩介の手からPHSを奪い取る。
「慶?」
「あ………」
浩介含め、きょとんとした一同。でもそんなことには構ってられない。
『ナナちゃんってすごい積極的で、狙った獲物は逃さないっていうかー』
先ほどのさっちゃんの声が頭の中でリピートされる。冗談じゃない。捕まえられてたまるかっ。
「慶? どうした……」
「ごめん。ピッチ貸して。至急で電話かけたいところがある」
「あ、うん。いいよ?」
肯いた浩介の頭を軽く撫で、ぽかんとしているナナコを一睨みしてから店の外に向かう。
「冗談じゃねえ……」
あんな害虫、とっとと追っ払ってやる!!
〈浩介視点〉
どうしたんだろう。慶……
「桜井くん? どうかした?」
「あ、ううん……」
おれの隣の席の町田菜々子さんが小首をかしげて聞いてくるのに、首を振る。でも、その後の返答も上の空になってしまった。電話をしに出ていった慶がいくら待っても帰ってこないのだ。何かあったのだろうか……。
「ねえねえ、桜井君、この後時間ある?」
「え」
町田さんにつんつんと腕をつつかれ我に返る。
「桜井くん? 時間……」
「あ、うん、二次会行くって言ってたよね?」
「そうそう。でも……」
町田さんがすっとこちらに身を寄せて耳打ちしてきた。
「二人で消えちゃわない?」
「え?」
消える? ってどういう意味?
きょとん、と町田さんを見返した……その時だった。
「………痛っ!いたたたたっ」
いきなり後ろから左耳を引っ張られて悲鳴をあげてしまう。
何、何、何……!?
びっくりして振り返るとそこには………
「なーにーをーしてるのかしら? 浩介センセー?」
「あ……あかねっ」
ど派手な美女がおれの耳をつかんだまま立っていて……
(……慶)
その後ろで、慶がおれに向かって、イーッと鼻に皺をよせていた。
**
その後はもう……あかねの一人舞台だった。ただでさえ目立つのに、派手なメイクと衣装のせいで、余計に人目を集めていて、他のテーブルのお客さんも、突然の美女登場に何だ何だとチラチラ視線を送っている。
あかねはわざとのように(いや、わざとだ絶対)、ものすごい魅力的な笑顔を浮かべながら、
「ごめんなさいね。お邪魔して。でも恋人がいる人は合コン参加しちゃだめよねー?」
「あ、いや、その……」
なかなかお目にかかれないレベルの美人を目の前に、篠原も溝部もワタワタしてしまっている。
「ほら、浩介センセー、帰るわよ?」
「あ、え」
「何か文句ある?」
「………」
高飛車に言われ、ぐっと詰まっていると、あかねが慶を振り返った。
「慶君にも連帯責任とってもらうからね?」
「はい。すみませんでした、あかねさん。浩介のこと誘っちゃって」
慶が神妙な顔で両手を合わせて謝っている。どうやら話はできているようだ。
それならば……
「ごめん。篠原、溝部。おれ達……」
「え?! あ、うん」
「あ、うんうん」
二人は雰囲気に飲まれながらコクコク肯くと、おれ達に手を振ってくれた。
女の子達にも一応挨拶をしていると、
「ほら、もう行くわよ? 慶君も!」
「痛い痛い痛いって!」
再び耳を引っ張られながら、出口に向かって歩きだす。その後ろで慶が「ごめんねー」とみんなに言っている声が聞こえてきた。
慶……声が元気だ……。
**
「ばっかじゃないの!?」
居酒屋の入っていたビルから出た途端、あかねにキレられた。慶がその横でうんうんうなずいている……。
「あんたみたいな女慣れしてない奴が合コンなんて、百年早いっての!」
「でも、おれ別に何も……」
いいかけたところで、慶にグリグリ背中を押された。
「お前、あの女になんか耳元でこそこそ話されてたけど、何言われた?」
「あーえーと……」
さっきの町田さんのセリフを思い出す。
「えーと、『二人で消えちゃわない?』って」
「はあ?」
慶の頬がピクピクしてる……。でも、意味がわからなくて首を傾げる。
「消えるって何だろうね? 帰るってことかな?」
「…………」
「…………」
「…………痛っ」
いきなり慶に蹴られ、あかねにどつかれた。
な、なんなんだ!?
「お前、隙がありすぎなんだよ!」
「あんた、ホントに合コン禁止。女と二人きりになること禁止!」
慶にもう一度蹴られ、あかねには指を突きつけられる。
「あんたねえ、慶君が知らせてくれて私が来なかったら、確実にあの女の子の餌食になってたわよ? あの手の子は怖いよ? 付きまとわれて噂流されて、気がついたら付き合ってることにされるよ?」
「え………」
そ、そうかな……全然そんな風には見えなかったけど……
「あんたまさか携帯番号とか教えてないわよね?」
「あ、うん。聞かれてないよ?」
言うと、慶が苦虫潰したような表情で、
「『携帯がカバンの中で迷子になっちゃったから、鳴らしてくれる?』とか頼まれなかったか?」
「え」
まるで聞いていたかのようなセリフにびっくりする。
「慶、聞いてたの?」
「…………」
「…………」
慶とあかねが顔を見合わせ、はああああっとわざとらしいため息をついた。なんなんだ、いったい……。
「で、まさか鳴らしたの?」
「ううん。その直前に慶が貸してって持っていっちゃったから……」
「そう。それは良かったわね」
良かった? 何がなんだか意味がわからない……
「とにかく」
あかねに再び指で突き刺される。
「これ、貸しだからね。報告書5回で手を打ってあげる」
「う………」
あかねとは同じボランティアサークルに参加している。毎回グループ活動の後に報告書の提出があるのだ。
「あーもーほんっとバカ。慶君たいへーん」
「ですよねー?」
こうしてなぜか二人して散々おれのことをバカ呼ばわりした挙げ句、
「私、バイト戻るわ。じゃあね」
あかねは颯爽と走っていってしまった。
あかねはこの近くのバーでアルバイトをしている。慶から電話を受け、バイト先から走ってここまで来てくれたらしい。どうりでいつもより化粧も濃くて、服装も派手だったわけだ……。
「………慶?」
あかねを見送った後、慶が無言でふいっと歩きだしてしまった。その後ろを慌てて追いかける。
「慶……」
慶、機嫌悪そう……。
無言に耐えかねて何か言おうと口を開きかけたところ、慶が突然、くるっと振り返って、真面目な顔をして言った。
「『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』」
「………はい?」
何?
「教育実習で高校生に聞かれたらそう言っとけ」
「え、あ………うん、うんうん」
コクコクうなずくと、慶はまた大きくため息をついてから歩きだした。
「おれ、お前のことホント心配。絶対変な女に引っ掛かりそう……」
「そ、そんなことは……」
心配してくれるのは嬉しいんだけど、なんか嫉妬とかじゃなくて、バカ扱いされてる感じで素直に喜べない……。あ、でも!
「慶、自己紹介の時、無愛想だったのは、おれのこと心配してくれてたから?」
期待をこめて聞いたら、あっさり「いや?」と否定された。
「溝部に愛想悪くしろって頼まれてたから」
「…………あっそ」
ムっとしてしまう。
なんだか色々納得いかない………
どうせ慶は無愛想にしてたって女の子からチヤホヤされるんだから関係ないじゃないか。しかもその後はなんか楽しそうに話してたし……
おれだって同じように話してただけなのに、何でおれだけ怒られなくちゃいけないんだ。
どうせおれは、女友達も多い慶と違って、全然女の子に慣れてないけど、でも前よりはずっと………
「浩介」
「…………なに」
呼ばれて、ムッとした顔のまま立ち止まると、
「…………え?」
いきなり手を掴まれてドキッとする。こんな人目のあるところで、慶が触れてくるなんて………
そのまま引っ張られ、電気の消えているビルの柱の脇に連れていかれた。慶がビルを背にしているので、のぞきこまれない限り、通行人からはおれの背に隠されて慶の顔は見えないだろう。そうでないと、困る。
(こんな顔……誰にも見せたくない)
慶……唇をかみしめて、泣きそうな目をしていて……このまま襲いたくなる可愛さだ。
「慶?」
「ごめん。嘘ついた」
「……え」
こんっと慶のおでこがおれの胸につけられた。慶がそのままポツポツと言う。
「溝部に頼まれたのは本当だけど、そうじゃなくても不機嫌だったおれ」
「え……」
「あの、ナナコって女がお前のこと上目遣いで見てるのが気に食わなかったから」
「上目遣い?」
あれを上目遣いというのか?
慶はそのままブツブツ続ける。
「案の定だよな。お前に電話かけさせて携帯番号知ろうとしたり」
「え」
「消えちゃわない?って、誘ってきたり」
「えーと……」
意味が分からなくて返事ができないでいると、慶が顔をあげ、ムッとして言った。
「消えるっていうのは、2人だけでどこか行くって意味だよ」
「え? えええっ、あ……そうなんだ……」
おれ、誘われてたんだ……気がつかなかった……
「あの女、お前みたいなのがタイプなんだってさ」
「えええっ」
そ、そんな人がこの世の中にいるわけないじゃん……
言うと、「アホかっ」と思いきり蹴られた。
「お前、自覚持てよ。一流大学現役で合格してて、教師目指してて、真面目で優しくて背が高くて……って、今後、相当狙われるぞ? つか、今まで何もなかったのが不思議なくらいだ。本当に今まで、サークルとかで誘われたりしてねえのか?」
「あるわけないじゃんっ。それにサークルでは、あかねサンと付き合ってるって思われてるし……」
よく一緒に行動しているせいか、サークル内では勝手に公認カップルのような扱いになっているのだ。
慶がホッとしたようにため息をついた。
「ああ、ホントにあかねさんには感謝だな。お前、就職しても職場で彼女いるって宣言しとけよ?」
「う……うん」
「ああ、その前に、教育実習か。今時の女子高生はおれらのころと違って凄いことになってるからな。お前食われるなよ」
「食……っ」
何を言うんだ!!
でも、慶は真面目な顔をしたままだ。
「合コンも、もうこりごりだ。一回行ったからもういいだろ?」
「う、うん」
「あーおれも油断しすぎた、お前を合コンなんかに連れて行くんじゃなかった」
「…………」
慶、目が三角になってる……
「そんなに……心配?」
「当たり前だろ」
ぷうっとふくれた慶が可愛すぎる。さっきのバカにしたみたいな心配じゃなくて、嫉妬心から心配してくれてる顔……。
「慶も、もう行かないでね?」
「当たり前だ。『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』!」
「うん………」
コツン、と額と額を合わせる。
「恋人っておれのこと?」
「当たり前だろ」
「うん」
ちゅっと軽くキスをすると、慶がくすぐったそうに笑ってから、もう一度、せがむように顔を上げてきた。
「今日帰らなくて大丈夫か?」
「うん!」
「久しぶりに……」
「うん」
このまま朝まで一緒にいよう。
大好きな恋人と一緒に。
***
次の日、篠原にお詫びの電話をしたところ、飲み直ししよう、と誘われた。
あいにく慶はアルバイトでこられなかったので、篠原と溝部の三人で飲むことになったのだけども……
「あのあかねって人、彼女じゃないでしょ?」
「え」
ズバリ、篠原に言われて否定も肯定もできないでいると、
「女王様と下僕、でしょ?」
「え」
じょ、女王様? 下僕?
「桜井がそういう趣味だったとはねーなるほどねー」
「あ……あの」
そ、それはどういう……
ハテナハテナのおれを置いて、篠原は一人で納得している。
「もうお前らのことは二度と誘わねーから」
「え」
溝部は溝部で会った時からムッとしたままだ。
「ご、ごめん……あれから……」
「アイちゃんもさっちゃんも、『渋谷君かっこよかったー』しか言わねーし。会わせるんじゃなかった」
「そ……そうなんだ」
ムッとした溝部とは対照的に、篠原はニコニコだ。
「おれは、エミちゃんといい感じだけどね! だから桜井には感謝感謝だよーあれから桜井の話で相当もりあがったから!」
「あ、そうなんだ」
「ナナコちゃんは帰っちゃったけどね。女王様出現が相当ショックだったみたいだよ」
「………」
町田さんには悪いことをしてしまった。……なんて言ったら慶に怒られるから言えないけど。
「桜井、教育実習、白高でやるんでしょ? 懐かしいね」
「うん」
実習先は母校である白浜高校で受け入れてもらえて、もうすでに準備もはじまっている。
「今時女子高生に食われないようにね」
「……うん」
慶にも同じこと言われた。そんなにおれ、頼りないだろうか……そんなに今時女子高校生、こわいんだろうか……
「大学生活楽しいってみんなに教えてあげてね。受験勉強頑張れるように」
「うん」
篠原が機嫌良く言うのにコクリとうなずく。
「あーいいなあ。おれ高校生戻りてえ」
「……うん」
溝部が吐き出すように言うのにも、コクリとうなずく。
高校生活……慶と友達になって、親友になって、恋人になって。クラスの仲間ができて。部活の仲間ができて。文化祭も修学旅行も本当に楽しかった。
「ああ、そうだ。それで一つ、教えてあげなよ?」
篠原がニッとして、おれの肩を叩いて言う。
「『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』、ね?」
「………うん」
素直に肯く。それ大事。大切な人を傷つけてはいけません。
今時高校生はおれ達とは違うっていうけれど、でもきっと、たくさんの素敵な思い出を作っている最中であることは変わらないだろう。そして、将来への夢と希望と不安を抱いていることも変わらないだろう。そんな彼らの手助けを少しでもできたらいいな、と思う。
「頑張ってね」
「頑張れよ?」
そう言ってくれる高校時代の仲間二人に大きく肯く。
「うん。頑張る」
おれは、先生になる。
---------------
お読みくださりありがとうございました!
って、長い!
すみません……スマホで書いているもので何字なのか把握できてなかったのですが、書き終わってパソコンで見てみたら、10000字超えてた。
なのにこの内容の薄さ!!ヒドイ!
す、すみません……次回こそはもっとコンパクトに……
ちなみに……
篠原君は実は由緒正しい家柄の次男坊です。
現在、小学校一年生の女の子と幼稚園の年少の男の子のパパ。奥さん専業主婦。
とある大手チェーンレストランの本社にお勤めです。あいかわらず女の子大好きで、あちこちの支店に顔出しては可愛い女の子チェック欠かしません(でも飲みには行くけど、浮気はしないよ)。
溝部君はまだ独身。有名メーカーの研究所にお勤めです。彼は高学歴高収入で性格も明るいイイ人なんですけど縁がなくて……。そろそろ良い人見つけてあげたいです。
こんな感じで、慶と浩介の時間の穴埋めをしつつ、他の登場人物たちと絡ませていけたらいいなあと思っております。次回もどうぞよろしくお願いいたします。
そしてそして。更新していないのにも関わらず、見に来てくださった方、クリックしてくださった方、本当に本当にありがとうございます!
本当に有り難いです…画面に向かって拝んでおります。皆様お優しい……
こんな調子の日常ブログですが、よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
今週木曜日午後から土曜の夜まで旅に出ます。
大勢の人と一緒のため携帯を触る時間はないと思われます。
次回の話は決まっているので、その次の話をいつの時代にするか旅先で考えてこようと思います。
本当に本当にありがとうございました!
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桜井浩介……大学3年。身長177センチ。外面明るく、内面病んでる。慶の親友兼恋人。
渋谷慶……大学2年。身長164センチ。中性的で美しい容姿。でも性格は男らしい。
高校2年生のクリスマス前日から晴れて恋人同士となった慶と浩介。
慶は一年の浪人生活の後、無事に医大生になった。2年生になってからは、忙しくてなかなか自由に時間が取れない日々を送っている。
浩介は慶と会えない寂しさをバイトとサークル活動で紛らせていた。
そんなある日、二人は高校の同級生から合コンに誘われて……
今から20年ほど前の3月。慶が大学2年、浩介が大学3年、の終わりごろのお話。
慶はまだ携帯を持っておらず、浩介は携帯じゃなくてPHSを使用しています。
------------------
『風のゆくえには~恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』
〈浩介視点〉
(そういえば……高校時代にも、強引に話を決められて、無理矢理ナンパをさせられそうになったことがあったなあ………)
なんて、高校2年生の夏休みの思い出に浸りそうになったところで、
「なにボーッとしてんの! 次、桜井だよ!」
「………あ」
篠原の声に、強制的に現実に戻された。
ここは新宿にある居酒屋の一角。おれの左隣には高校のバスケ部のチームメイトだった篠原が座っていて、右隣にはおれの大切な親友兼恋人の慶がいる。
で。……えーと、なんだっけ………
「あ、えーと……桜井浩介、です………」
「それだけかよっ」
速攻でつっこんできたのは、慶の隣に座っている溝部。溝部と慶とおれは高2の時のクラスメイト。篠原と溝部は高1の時同じクラスだったらしい。
「………何言えばいいんだっけ?」
思わず篠原の方を向くと、
「あいかわらず口下手君だなー桜井は! 代わりにオレが紹介してあげる!」
篠原が嬉々としておれの紹介をはじめてくれた。大学名、学部、高校時代はバスケ部だったこと、篠原と桜井で「しのさくら」とセットで呼ばれていたこと……
向かいに座っている女の子四人はそれをニコニコと聞いている……けれども、視線は時々、どうしても篠原でもなく、おれでもなく、おれの右隣にいる慶に向いてしまっている。
(ま、気持ちは分かる……)
見たくもなるだろう。こんなに完璧に整った顔なんてそうそう間近で見る機会はない。
(まあ、おれは間近で見るどころか、あんなことやこんなことまでしてるけどね……)
なんて思ってにやけそうになったところで、篠原によるおれの紹介は終わった。
「じゃ、次、渋谷!」
はいっと促された慶………
「………渋谷、です」
ボソッと言っただけで、口をつぐんでしまった。でも女の子たちは肘でつつきあったりして、顔を赤らめている。不機嫌そのものな態度ですら、「クールでカッコイイ」になるんだろう。顔がいいと得だ……。
でも、幹事の篠原は、さすがにまずいと思ったようで、
「あーごめんね~、渋谷、昨日も一昨日もろくに寝てないんだって。だから……」
「えーたいへーん! 何してたの? バイト? サークル?」
「……………」
食いついてきた女子の声など聞こえていないように、慶はおれをふりあおぐと、
「……………」
何か言いたげに、じっとこちらを見てから、また正面を向いた。女子と話す気はない、と言いたげな慶の態度……。篠原が慌てたように紹介をはじめる。
「渋谷はね、○大学の医学部の2年生で、水泳部で……」
必死な篠原が気の毒になってきた……。
こんな態度になるなら、断ればよかったのに……と思いかけて、違う違う、と首をふる。
(ごめんね。おれのために……)
慶の無表情な横顔をみながら、心の中で詫びる。
そう。慶が来たくもないこの『合コン』に参加することになったのは、おれのせいなのだ……。
〈慶視点〉
『オレの狙いのアイちゃんは、渋谷の前の席の子だから。渋谷は何も話さないで、無愛想に座っててくれ』
と、隣の席の溝部にコソッと頼まれたこともあって黙って座っていたけれど、そうでなくても話す気になれなかった。
「…………」
浩介の斜め前の席の女がムカつく……。なに浩介のこと上目遣いで見てんだよ。
ああ、やっぱり合コンなんてくるんじゃなかった。でも浩介のためだから我慢しろ、おれ……。
2週間前……
浩介のPHSに篠原から連絡があった。たまたま近くにいたので会うことにしてみたら、篠原だけでなく、溝部もいて………
「頼む! 合コンに出てくれ!」
と、二人に拝まれた。二人は学部は違うけれども同じ大学で、同じサークルに入っているらしい。
「…………」
「…………」
浩介と一瞬顔を見合わせ、
「無理」
「やだ」
同時に即答する。おれ達が付き合っていることは結局言えていないので、こういう誘いがくるのはしょうがない。断るしかない。でも、篠原と溝部はしつこく食い下がってきた。
「さっちゃんが、卒業アルバムの渋谷の写真みて、渋谷がくるなら合コンしてもいいって言ってくれたんだよー」
「それで、さっちゃんが、アイちゃん誘ってくれるっていうから!」
「……なんだそりゃ」
さっちゃん?アイちゃん?知らんがな。
肩をすくめると、篠原が畳み掛けてきた。
「ねー二人ともいい加減、彼女くらい作りなよ。特に桜井! 渋谷はほっといても女が寄ってくるからいいけど、桜井はこういう機会にのらないとホントに一生彼女できないよ!」
そりゃ結構なことだ。一生できなくていい。
内心を隠して黙っていると、篠原がポンポンと浩介の腕を叩いた。
「それにさー、桜井ってもうすぐ教育実習行くんだよね? 楽しい大学生活を夢見ている現役高校生に、合コンの話の一つや二つできた方がいいと思うよー?」
「そ、それは………」
浩介がぐっと詰まっている。
確かに、経験談として必要……?
(いやいやいやいや)
篠原は昔から口がうまい。昔も何だかんだと乗せられてしまった記憶が………
篠原の畳み掛けはまだまだ続く。
「だから、今回渋谷がダメっていっても、桜井のことは、彼女ができるまで誘ってあげるからね。今回も……」
「は?」
なんだと?
「ちょっと待て」
篠原の前に手を差し出し止める。
「今回断ってもまた誘う気か?」
「もちろん」
「……………」
それはそれで鬱陶しい……
彼女ができるまでって…………
「あ」
「え?」
振り向いた浩介の腕をバシバシ叩く。
そうだ。肝心なことを忘れていた。
「浩介、お前、彼女いるじゃん」
「え? あ………」
浩介もはっとしたように口に手を当てた。
「そうだった。おれ、彼女いるんだった……」
「はああああ??」
篠原と溝部が呆れたように叫んだ。
「ウソつくんじゃねーよっ」
「ウソじゃないって」
いや、ウソなんだけど、でも本当だ。
一年以上前になるが、浩介の母親がおれ達を別れさせようと色々と問題行動を起こしたことがあった。その対策として現在は、おれ達は別れたことにして、浩介の友人の木村あかねさんに浩介の恋人役をしてもらっているのだ。
「ホントにいるんだよ。すごい美人の彼女が」
「いること忘れてるような人は彼女とはいいません!」
「もう別れてるんじゃねーの? それかはじめから付き合ってないか」
「そんな架空の彼女じゃなくて、本物の彼女作ろうよ!」
篠原と溝部がわーわー騒ぎたて……
浩介も浩介で、教育実習に行った時に……というのが引っ掛かっているらしく、断る言葉が弱まってきていて………
「よし。わかった」
バシッと浩介の腕を叩く。
「行くか」
「え? いいの?」
「しょうがねえだろ」
おれの知らないところで行かれるよりはマシだ。一度だけ、どんなもんか行ってみよう。
……と、思ったけれども……。
実際に浩介が女に上目遣いで話しかけられているのを見たら腸煮えくり返ってしょうがなくなってしまった。平静を保つために、浩介の方は見ないようにして、隣の席の溝部と、その前に座っているさっちゃんとアイちゃんの四人で話していたのだけれども……
「あ、ナナちゃんのあれ、始まりそう……」
女子二人がクスクス小さく笑いだしたので、何のことかと二人の視線の先を見ると、浩介の隣の席に座った女が自分の大きめのカバンの中をごそごそと探っていた。
開始から二時間近くたって、料理もあらかた食べ終わり、みんな飲みに移行している。先ほど、篠原と篠原の前の席の女(ナナコとかいう、浩介をやたら上目遣いで見ていた女だ。男にすり寄るような仕草や喋り方で余計にムカつく)が席を交換したため、その女が浩介の隣になっていた。
「あれって?」
さっちゃんに聞くと、さっちゃんは「言っていいのかな~」と言いながらも、酔いが回っているせいか、軽く口を滑らせた。
「ナナちゃんってすごい積極的で、狙った獲物は逃さないっていうかー」
なんだと?
「桜井君みたいな真面目そうな男子、好きだよね、ナナちゃん」
アイちゃんもクスクス笑いながら、浩介とナナコに目をやっている。
「でね、携帯番号教えてくれない男子を攻略する必殺技があって……」
「『ごめーん、携帯がカバンの中で迷子になっちゃったー。鳴らしてもらってもいい?』ってねー」
ねー?と女子二人がうなずきあっている。
なるほど、それで鳴らしてもらえば、相手の携帯番号が自分の携帯に表示されるというわけか。
「なるほどー……」
と、溝部と一緒に感心してしまってから、はっとする。感心している場合じゃない!
(こ、浩介!?)
振り返ると、ちょうど浩介が自分のカバンからPHSを取り出したところで………
「ちょーっと待ったーーー!」
「え?」
思わず叫んで、浩介の手からPHSを奪い取る。
「慶?」
「あ………」
浩介含め、きょとんとした一同。でもそんなことには構ってられない。
『ナナちゃんってすごい積極的で、狙った獲物は逃さないっていうかー』
先ほどのさっちゃんの声が頭の中でリピートされる。冗談じゃない。捕まえられてたまるかっ。
「慶? どうした……」
「ごめん。ピッチ貸して。至急で電話かけたいところがある」
「あ、うん。いいよ?」
肯いた浩介の頭を軽く撫で、ぽかんとしているナナコを一睨みしてから店の外に向かう。
「冗談じゃねえ……」
あんな害虫、とっとと追っ払ってやる!!
〈浩介視点〉
どうしたんだろう。慶……
「桜井くん? どうかした?」
「あ、ううん……」
おれの隣の席の町田菜々子さんが小首をかしげて聞いてくるのに、首を振る。でも、その後の返答も上の空になってしまった。電話をしに出ていった慶がいくら待っても帰ってこないのだ。何かあったのだろうか……。
「ねえねえ、桜井君、この後時間ある?」
「え」
町田さんにつんつんと腕をつつかれ我に返る。
「桜井くん? 時間……」
「あ、うん、二次会行くって言ってたよね?」
「そうそう。でも……」
町田さんがすっとこちらに身を寄せて耳打ちしてきた。
「二人で消えちゃわない?」
「え?」
消える? ってどういう意味?
きょとん、と町田さんを見返した……その時だった。
「………痛っ!いたたたたっ」
いきなり後ろから左耳を引っ張られて悲鳴をあげてしまう。
何、何、何……!?
びっくりして振り返るとそこには………
「なーにーをーしてるのかしら? 浩介センセー?」
「あ……あかねっ」
ど派手な美女がおれの耳をつかんだまま立っていて……
(……慶)
その後ろで、慶がおれに向かって、イーッと鼻に皺をよせていた。
**
その後はもう……あかねの一人舞台だった。ただでさえ目立つのに、派手なメイクと衣装のせいで、余計に人目を集めていて、他のテーブルのお客さんも、突然の美女登場に何だ何だとチラチラ視線を送っている。
あかねはわざとのように(いや、わざとだ絶対)、ものすごい魅力的な笑顔を浮かべながら、
「ごめんなさいね。お邪魔して。でも恋人がいる人は合コン参加しちゃだめよねー?」
「あ、いや、その……」
なかなかお目にかかれないレベルの美人を目の前に、篠原も溝部もワタワタしてしまっている。
「ほら、浩介センセー、帰るわよ?」
「あ、え」
「何か文句ある?」
「………」
高飛車に言われ、ぐっと詰まっていると、あかねが慶を振り返った。
「慶君にも連帯責任とってもらうからね?」
「はい。すみませんでした、あかねさん。浩介のこと誘っちゃって」
慶が神妙な顔で両手を合わせて謝っている。どうやら話はできているようだ。
それならば……
「ごめん。篠原、溝部。おれ達……」
「え?! あ、うん」
「あ、うんうん」
二人は雰囲気に飲まれながらコクコク肯くと、おれ達に手を振ってくれた。
女の子達にも一応挨拶をしていると、
「ほら、もう行くわよ? 慶君も!」
「痛い痛い痛いって!」
再び耳を引っ張られながら、出口に向かって歩きだす。その後ろで慶が「ごめんねー」とみんなに言っている声が聞こえてきた。
慶……声が元気だ……。
**
「ばっかじゃないの!?」
居酒屋の入っていたビルから出た途端、あかねにキレられた。慶がその横でうんうんうなずいている……。
「あんたみたいな女慣れしてない奴が合コンなんて、百年早いっての!」
「でも、おれ別に何も……」
いいかけたところで、慶にグリグリ背中を押された。
「お前、あの女になんか耳元でこそこそ話されてたけど、何言われた?」
「あーえーと……」
さっきの町田さんのセリフを思い出す。
「えーと、『二人で消えちゃわない?』って」
「はあ?」
慶の頬がピクピクしてる……。でも、意味がわからなくて首を傾げる。
「消えるって何だろうね? 帰るってことかな?」
「…………」
「…………」
「…………痛っ」
いきなり慶に蹴られ、あかねにどつかれた。
な、なんなんだ!?
「お前、隙がありすぎなんだよ!」
「あんた、ホントに合コン禁止。女と二人きりになること禁止!」
慶にもう一度蹴られ、あかねには指を突きつけられる。
「あんたねえ、慶君が知らせてくれて私が来なかったら、確実にあの女の子の餌食になってたわよ? あの手の子は怖いよ? 付きまとわれて噂流されて、気がついたら付き合ってることにされるよ?」
「え………」
そ、そうかな……全然そんな風には見えなかったけど……
「あんたまさか携帯番号とか教えてないわよね?」
「あ、うん。聞かれてないよ?」
言うと、慶が苦虫潰したような表情で、
「『携帯がカバンの中で迷子になっちゃったから、鳴らしてくれる?』とか頼まれなかったか?」
「え」
まるで聞いていたかのようなセリフにびっくりする。
「慶、聞いてたの?」
「…………」
「…………」
慶とあかねが顔を見合わせ、はああああっとわざとらしいため息をついた。なんなんだ、いったい……。
「で、まさか鳴らしたの?」
「ううん。その直前に慶が貸してって持っていっちゃったから……」
「そう。それは良かったわね」
良かった? 何がなんだか意味がわからない……
「とにかく」
あかねに再び指で突き刺される。
「これ、貸しだからね。報告書5回で手を打ってあげる」
「う………」
あかねとは同じボランティアサークルに参加している。毎回グループ活動の後に報告書の提出があるのだ。
「あーもーほんっとバカ。慶君たいへーん」
「ですよねー?」
こうしてなぜか二人して散々おれのことをバカ呼ばわりした挙げ句、
「私、バイト戻るわ。じゃあね」
あかねは颯爽と走っていってしまった。
あかねはこの近くのバーでアルバイトをしている。慶から電話を受け、バイト先から走ってここまで来てくれたらしい。どうりでいつもより化粧も濃くて、服装も派手だったわけだ……。
「………慶?」
あかねを見送った後、慶が無言でふいっと歩きだしてしまった。その後ろを慌てて追いかける。
「慶……」
慶、機嫌悪そう……。
無言に耐えかねて何か言おうと口を開きかけたところ、慶が突然、くるっと振り返って、真面目な顔をして言った。
「『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』」
「………はい?」
何?
「教育実習で高校生に聞かれたらそう言っとけ」
「え、あ………うん、うんうん」
コクコクうなずくと、慶はまた大きくため息をついてから歩きだした。
「おれ、お前のことホント心配。絶対変な女に引っ掛かりそう……」
「そ、そんなことは……」
心配してくれるのは嬉しいんだけど、なんか嫉妬とかじゃなくて、バカ扱いされてる感じで素直に喜べない……。あ、でも!
「慶、自己紹介の時、無愛想だったのは、おれのこと心配してくれてたから?」
期待をこめて聞いたら、あっさり「いや?」と否定された。
「溝部に愛想悪くしろって頼まれてたから」
「…………あっそ」
ムっとしてしまう。
なんだか色々納得いかない………
どうせ慶は無愛想にしてたって女の子からチヤホヤされるんだから関係ないじゃないか。しかもその後はなんか楽しそうに話してたし……
おれだって同じように話してただけなのに、何でおれだけ怒られなくちゃいけないんだ。
どうせおれは、女友達も多い慶と違って、全然女の子に慣れてないけど、でも前よりはずっと………
「浩介」
「…………なに」
呼ばれて、ムッとした顔のまま立ち止まると、
「…………え?」
いきなり手を掴まれてドキッとする。こんな人目のあるところで、慶が触れてくるなんて………
そのまま引っ張られ、電気の消えているビルの柱の脇に連れていかれた。慶がビルを背にしているので、のぞきこまれない限り、通行人からはおれの背に隠されて慶の顔は見えないだろう。そうでないと、困る。
(こんな顔……誰にも見せたくない)
慶……唇をかみしめて、泣きそうな目をしていて……このまま襲いたくなる可愛さだ。
「慶?」
「ごめん。嘘ついた」
「……え」
こんっと慶のおでこがおれの胸につけられた。慶がそのままポツポツと言う。
「溝部に頼まれたのは本当だけど、そうじゃなくても不機嫌だったおれ」
「え……」
「あの、ナナコって女がお前のこと上目遣いで見てるのが気に食わなかったから」
「上目遣い?」
あれを上目遣いというのか?
慶はそのままブツブツ続ける。
「案の定だよな。お前に電話かけさせて携帯番号知ろうとしたり」
「え」
「消えちゃわない?って、誘ってきたり」
「えーと……」
意味が分からなくて返事ができないでいると、慶が顔をあげ、ムッとして言った。
「消えるっていうのは、2人だけでどこか行くって意味だよ」
「え? えええっ、あ……そうなんだ……」
おれ、誘われてたんだ……気がつかなかった……
「あの女、お前みたいなのがタイプなんだってさ」
「えええっ」
そ、そんな人がこの世の中にいるわけないじゃん……
言うと、「アホかっ」と思いきり蹴られた。
「お前、自覚持てよ。一流大学現役で合格してて、教師目指してて、真面目で優しくて背が高くて……って、今後、相当狙われるぞ? つか、今まで何もなかったのが不思議なくらいだ。本当に今まで、サークルとかで誘われたりしてねえのか?」
「あるわけないじゃんっ。それにサークルでは、あかねサンと付き合ってるって思われてるし……」
よく一緒に行動しているせいか、サークル内では勝手に公認カップルのような扱いになっているのだ。
慶がホッとしたようにため息をついた。
「ああ、ホントにあかねさんには感謝だな。お前、就職しても職場で彼女いるって宣言しとけよ?」
「う……うん」
「ああ、その前に、教育実習か。今時の女子高生はおれらのころと違って凄いことになってるからな。お前食われるなよ」
「食……っ」
何を言うんだ!!
でも、慶は真面目な顔をしたままだ。
「合コンも、もうこりごりだ。一回行ったからもういいだろ?」
「う、うん」
「あーおれも油断しすぎた、お前を合コンなんかに連れて行くんじゃなかった」
「…………」
慶、目が三角になってる……
「そんなに……心配?」
「当たり前だろ」
ぷうっとふくれた慶が可愛すぎる。さっきのバカにしたみたいな心配じゃなくて、嫉妬心から心配してくれてる顔……。
「慶も、もう行かないでね?」
「当たり前だ。『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』!」
「うん………」
コツン、と額と額を合わせる。
「恋人っておれのこと?」
「当たり前だろ」
「うん」
ちゅっと軽くキスをすると、慶がくすぐったそうに笑ってから、もう一度、せがむように顔を上げてきた。
「今日帰らなくて大丈夫か?」
「うん!」
「久しぶりに……」
「うん」
このまま朝まで一緒にいよう。
大好きな恋人と一緒に。
***
次の日、篠原にお詫びの電話をしたところ、飲み直ししよう、と誘われた。
あいにく慶はアルバイトでこられなかったので、篠原と溝部の三人で飲むことになったのだけども……
「あのあかねって人、彼女じゃないでしょ?」
「え」
ズバリ、篠原に言われて否定も肯定もできないでいると、
「女王様と下僕、でしょ?」
「え」
じょ、女王様? 下僕?
「桜井がそういう趣味だったとはねーなるほどねー」
「あ……あの」
そ、それはどういう……
ハテナハテナのおれを置いて、篠原は一人で納得している。
「もうお前らのことは二度と誘わねーから」
「え」
溝部は溝部で会った時からムッとしたままだ。
「ご、ごめん……あれから……」
「アイちゃんもさっちゃんも、『渋谷君かっこよかったー』しか言わねーし。会わせるんじゃなかった」
「そ……そうなんだ」
ムッとした溝部とは対照的に、篠原はニコニコだ。
「おれは、エミちゃんといい感じだけどね! だから桜井には感謝感謝だよーあれから桜井の話で相当もりあがったから!」
「あ、そうなんだ」
「ナナコちゃんは帰っちゃったけどね。女王様出現が相当ショックだったみたいだよ」
「………」
町田さんには悪いことをしてしまった。……なんて言ったら慶に怒られるから言えないけど。
「桜井、教育実習、白高でやるんでしょ? 懐かしいね」
「うん」
実習先は母校である白浜高校で受け入れてもらえて、もうすでに準備もはじまっている。
「今時女子高生に食われないようにね」
「……うん」
慶にも同じこと言われた。そんなにおれ、頼りないだろうか……そんなに今時女子高校生、こわいんだろうか……
「大学生活楽しいってみんなに教えてあげてね。受験勉強頑張れるように」
「うん」
篠原が機嫌良く言うのにコクリとうなずく。
「あーいいなあ。おれ高校生戻りてえ」
「……うん」
溝部が吐き出すように言うのにも、コクリとうなずく。
高校生活……慶と友達になって、親友になって、恋人になって。クラスの仲間ができて。部活の仲間ができて。文化祭も修学旅行も本当に楽しかった。
「ああ、そうだ。それで一つ、教えてあげなよ?」
篠原がニッとして、おれの肩を叩いて言う。
「『恋人がいる人は合コンに参加してはいけません』、ね?」
「………うん」
素直に肯く。それ大事。大切な人を傷つけてはいけません。
今時高校生はおれ達とは違うっていうけれど、でもきっと、たくさんの素敵な思い出を作っている最中であることは変わらないだろう。そして、将来への夢と希望と不安を抱いていることも変わらないだろう。そんな彼らの手助けを少しでもできたらいいな、と思う。
「頑張ってね」
「頑張れよ?」
そう言ってくれる高校時代の仲間二人に大きく肯く。
「うん。頑張る」
おれは、先生になる。
---------------
お読みくださりありがとうございました!
って、長い!
すみません……スマホで書いているもので何字なのか把握できてなかったのですが、書き終わってパソコンで見てみたら、10000字超えてた。
なのにこの内容の薄さ!!ヒドイ!
す、すみません……次回こそはもっとコンパクトに……
ちなみに……
篠原君は実は由緒正しい家柄の次男坊です。
現在、小学校一年生の女の子と幼稚園の年少の男の子のパパ。奥さん専業主婦。
とある大手チェーンレストランの本社にお勤めです。あいかわらず女の子大好きで、あちこちの支店に顔出しては可愛い女の子チェック欠かしません(でも飲みには行くけど、浮気はしないよ)。
溝部君はまだ独身。有名メーカーの研究所にお勤めです。彼は高学歴高収入で性格も明るいイイ人なんですけど縁がなくて……。そろそろ良い人見つけてあげたいです。
こんな感じで、慶と浩介の時間の穴埋めをしつつ、他の登場人物たちと絡ませていけたらいいなあと思っております。次回もどうぞよろしくお願いいたします。
そしてそして。更新していないのにも関わらず、見に来てくださった方、クリックしてくださった方、本当に本当にありがとうございます!
本当に有り難いです…画面に向かって拝んでおります。皆様お優しい……
こんな調子の日常ブログですが、よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
今週木曜日午後から土曜の夜まで旅に出ます。
大勢の人と一緒のため携帯を触る時間はないと思われます。
次回の話は決まっているので、その次の話をいつの時代にするか旅先で考えてこようと思います。
本当に本当にありがとうございました!


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