「オレと、結婚してください」
一世一代のプロポーズ……のはずが。
みっともない下着姿だっただけでも、やってしまった感満載なのに、その上、言った途端に、この日早朝会議のためいつもよりも早く出勤しなくてはならないことを思い出し、挨拶もそこそこに戸田さんのマンションを飛びだしてしまったので、返事どころか話しすらろくにせず……
そして、電車に飛び乗った途端、気がついた。
(そういえば……仕事と両立できる自信がつくまでは、2人きりでは会いたくないって言われてたんだった……)
昨日は成り行き上、2人で会うことになってそのまま流れでずっと一緒にいたけれど、その言葉が解消されたという話は聞いていない。
(まずい……)
それなのに、プロポーズなんて、なんて空気読めない奴なんだオレ。
慌てて携帯を取り出し、ラインを送る。
『さっきは突然、あんなこと言いだしてすみません』
『ただ、気持ちを伝えたかっただけなんです。気にしないでください』
『今日もお仕事頑張ってください』
しばらくしてから、既読になり……、そして、最寄り駅につくあたりで、ようやく返事がきた。
『ありがとうございます。少し時間をください』
「……………」
時間をください……って………。
「どういう意味だろう……」
思わず声に出してつぶやいてしまった。そしてそのまま、うっかり降り忘れるところだった。
それから一週間……
二次会幹事のライングループ内ではやりとりはあったものの、戸田さんから個人的な連絡は一度もなかった。
(仕事との両立が理由だったらいいけど……)
こないだ挿入行為ができなかったことで、今後の付き合いを躊躇していたらどうしよう………
(いやでも、バレンタインの時はできたんだし……)
そう考えると、あの時、ヒロ兄の身代わりしておいてよかった……なんて情けないことを考えてしまう。
悶々としていたのが顔に出ていたのだろう。前日の土曜日、実家にスーツを取りにいった際に、母に聞かれてしまった。
「彼女と何かあったの?」
「…………何も」
何もない、と答えながらも、そのまま黙ってしまったら、母が大きくため息をついた。
「あんたは、昔から人に気を遣いすぎるところがあるから……」
貰い物のお菓子とかも必ず誠人に先に選ばせてあげてて……。学校の係とかだって、自分がやりたい係じゃなくて、余った係を引き受けてたり……。何でも譲ってばかりで……
「自分が本当にしたいこと、言いたいことがあるなら、ちゃんと言わないとだめよ?」
母は、また大きくため息をつき……
「お父さんとお母さんはね……」
「…………え」
母の言葉に心臓がドキンとなる。母が父の話をするのは、離婚以来はじめてだ……
母は、覚悟を決めたように顔をあげた。
「お父さんとお母さんは、お互い言いたいことずっとずっと我慢し続けて…………、それでたまりにたまって爆発しちゃったの。その時にはもう修復は不可能だった」
「……………」
「そう考えると、お父さんとお母さん、どっちに似ても、溜めこむタイプになるわね」
母は苦笑すると、
「だからこそ、自分で気をつけて、思ったことをちゃんと言うようにしないとね」
「…………」
「大切なものを手放さないために」
大切なもの……
母の言葉に、素直にうなずく。
手放したくない。でも、だから…………
そして迎えた本番当日。
一週間ぶりに会う戸田さんはあいかわらず抜群に美人だった。グレーのシックなワンピースがとても似合っている。
周りにたくさん人がいるため、個人的な話はまったくできず、あっという間に本番まであと数分となり……
司会者台の後ろの椅子に座り、戸田さんの後ろ姿を見ながら、ぼんやりと思う。
(こんなに綺麗で可愛い人を、オレは本当にこの手に抱いたんだろうか……)
あれは自分に都合のよい夢だったのではないだろうか……なんてな。
(そんなことより、集中集中……)
意識を切り替えて、進行の最終チェックをしていたところ、
「山崎さん」
「……っ」
ふいに耳元に顔を寄せられドキリとする。心地よい声がすぐそばから響いてくる。
「今日この後、うちにいらっしゃいません? お泊り、できます?」
「………え」
顔を上げると、戸田さんが可愛らしく人差し指を口元に当て、微笑んでいた。
「ダメですか?」
「……………あ、いえいえいえいえいえいえいえ、とんでもない。大丈夫です」
ブンブン頭を振って否定すると、戸田さんはにっこりとしてから、司会者台に向き直った。
あのラインの言葉……『時間をください』
時間は経ったということか?
そして、今の笑顔を見る限り、その結論は悪いものではなさそうだ。
(………やった)
都合の良い夢なんかではなく、本当に本当に彼女はオレの彼女なんだ。ニヤケてしまう頬をパンパンと軽く叩き、顔をあげる。
時間だ。会場が暗転する。入場の音楽が静かに鳴りはじめる。
『新郎新婦の入場です』
戸田さんの涼やかな声と共に扉が開き、スポットライトの中、須賀君と潤子さんが現れた。会場から大きな拍手が沸き上がった。
2次会、というより、1.5次会という位置づけのこのパーティ。
結婚式・披露宴には親族だけしか呼ばず、友人関係はすべてこちらのパーティーに集めたそうで、参加者は新郎新婦合わせて94名もいる。同年代の連中がほとんどなので、かなりにぎやかで華やかなパーティとなっている。
スライドによる新郎新婦の紹介、乾杯の挨拶、ケーキカット、ファーストバイト(新郎新婦がお互いに一口ずつケーキを食べさせ合うというイベントだ)……と、前半のイベントがすべて無事に終わって歓談時間となり、ホッと息をつく。
「戸田さん、食べ物取ってきますけど、リクエストありますか?」
「あ、ありがとうございます。うーん……サンドイッチとか、一口でパクッていけるものを」
「承りました」
「承るって」
クスクス笑いだした戸田さんの肩をトンと叩き、「座っててください」と声をかけてから、ビュッフェのコーナーに急ぐ。歓談時間は20分。そんなに時間があるわけではない。
適当に見繕ってサンドイッチとフルーツを二枚の皿に入れて、あわてて司会者台の方に戻っていったところ……
「………あ」
司会者台の後ろにある椅子、2つのうちの一つに戸田さんが、そしてもう一つに、見知らぬ男が座っていた。なかなかのイケメン……
「……で、今日この後みんなで行くんすよ。菜美子ちゃんも是非……」
「あ、いえ、私は……」
「そんなこと言わないで。絶対楽しいから」
話す口調も軽やかで感じがいい。それに……若い。いや、若いといっても、おそらく須賀君の友人だろうから、オレの5つ下くらいだろう。でも、なんというか……
(お似合いだな)
美人でセンスの良い彼女には、こんな感じの今風のオシャレで感じの良いイケメンが良く似合う。
(それに比べてオレなんか……)
自分の姿を見て余計に落ち込む。このスーツだって何年前に作ったものだ? 本当にどうしようもないほど、イケてないただの男……彼女には似合わない……
(…………)
二人の邪魔をしないよう、回れ右を……
「………。いや、ちょっと待て」
思わず、声に出して言ってしまった。
なんでオレが回れ右? 馬鹿かオレは。
『大切なものを手放さない』
なんでも譲ってばかりだったオレが、唯一、どうしても譲れない、大切な人。
彼女は誰にも渡さない。
「お待たせしました」
まだまだ口説き続けている声を遮る大きな声で二人の間に割って入る。「あ」と戸田さんがホッとしたような表情をしてくれたのが嬉しい。
少し戸惑った様子でこちらを見上げてきた男を正面から見下ろす。
「須賀君の友達ですか?」
「あ、はい。高校の後輩の佐藤です」
頭を下げながらも、席を譲ろうとしない佐藤。まだ戸田さんと話したいのだろう。でもそんなことは知ったことではない。
「じゃあ、彼女を誘うのは、須賀君経由の潤子さん経由でお願いしてもいいですか?」
「は?」
佐藤が明らかにムッとした顔でオレを見上げてくる。
「なんでそんなこと……」
「すみません。口うるさい彼氏で」
「え」
きょとんとした佐藤を無視して、戸田さんにお皿を一枚差し出す。
「今食べないと、またしばらく時間ないから。今のうちに食べちゃって」
「あ……はい」
戸田さんがお皿を受け取ったのと同時に、佐藤を振り返る。
「それで、そこ。彼女の隣はオレの場所なんで、どいてもらっていいですか?」
「え、あ……」
びっくりした表情で佐藤は立ち上がった。けれども、
「え、うそ、ホントに? 二人つき合ってんですか?」
「そうですけど?」
何か文句あんのか、という目でにらみながら佐藤が座っていた席に座る。と、
「へえええええっ、そうっすか。あ、結構お似合い……っすね」
「……………」
嫌味か。さっさとどっか行け。
という念力は通じず、佐藤はニヤニヤと話しかけてくる。
「あー、じゃ、まさか次は、お二人が結婚、とか?」
「…………」
余計なお世話……と、言おうとしたところ、
「そうですね」
「…………え」
振り返ると、戸田さんが、にこり、として言った。
「次は私たちになると思います。ね?」
「…………っ」
ぼとっと、サンドイッチに挟まっていたサーモンが皿に落ちる。
「戸……っ」
「おーーー、それはおめでとうございます」
オレが何か言う前に、佐藤がおどけたように拍手をした。
「司会の菜美子ちゃん可愛すぎって話で盛り上がったんで、代表して声かけにきたんすけど………、結婚しちゃうんじゃ、あきらめるしかないっすね。仲間内にも言っときます」
「はい。ごめんなさい。ありがとうございます」
にっこりとする戸田さんはこの上もなく可愛くて……
「じゃ、お二人もお幸せにー」
ひらひらと手を振りながら歩いていく佐藤の後ろ姿を見送っていたところ、
「今の、ちょっと嬉しかったな」
「え」
うふふ、と笑って戸田さんが言った。
「ちゃんと、彼氏だって言ってくれた。彼女の隣はオレの場所って言ってくれた」
「…………」
「ちゃんと、怒ってくれた」
「………当たり前です」
そんなの、当たり前だ。
「戸田さん……」
何から話したらいいだろう……と、思っていたら、
「はい。お撮りしますよー」
「…………」
カメラマンさんが回ってきて写真を撮ってくれて、そうこうしているうちに、結局何も話せないまま、歓談時間は終了してしまった。
その後、電報の紹介、友人からのスピーチを2つ、そして、溝部と明日香さんによるビンゴ大会へと続いた。
マイクを二人に渡したので、オレ達は少しだけ気が抜ける。
ちょうどデザートのケーキがビュッフェ台にのせられはじめたので、2人で取りに行った。みんな自分のビンゴカードに夢中で誰もビュッフェ台にはいない。
戸田さんはこの10種類のデザートを食べることをすごく楽しみにしていたので、タイミングよく取りにこられてよかった。デザートを前にした戸田さんは子供みたいでとても可愛らしい。
端の空いているテーブル席に並んで座って、ケーキを食べながら、客観的にビンゴ大会の様子を眺めてみる。みんな楽しそうだ。
「潤子、幸せそうでよかった」
嬉しそうに、戸田さんが言う。
「でも、私はこんなに盛大なパーティーはやらなくていいなあ。極々身内だけで終わりでいいです」
「…………」
それは………
「あの……」
意を決して、聞いてみる。
「お仕事の方はいかがですか? 両立って……」
「それなんですけど」
戸田さんはうーん、と唸ってから、少し言いにくそうに言葉をついだ。
「ちょっと無理かなって思って」
「え?!」
む、無理って、それは……
焦ったオレに、戸田さんは「うーん……」とさらに唸った。
「ある人に言われて……って、ヒロ兄なんですけど……今さら隠すのも何なので言いますけど」
「…………」
え、ヒロ兄に「無理」って言われたってこと……?
「ヒロ兄に相談したら、言われたんです。『両立なんて無理に決まってるだろ』って」
「…………」
え、それは……、それは……
真っ白になった頭の中に、戸田さんの声が響き渡った。
「『一人で両立なんて無理だから、二人で両立すればいい』って」
………え。
……二人で、両立?
ぽかんとしてしまったオレの横で戸田さんは淡々と続ける。
「山崎さんはきっと、仕事をしている私のことも支えてくれるだろうって。だから二人で補い合っていけばいいって」
「…………」
「ああ、そうかって、なんか妙に納得してしまって」
「…………」
「だから、両立って考えるのやめようと思って……それで今晩もお誘いしてしまったんですけど……」
「…………」
固まっているオレの顔を戸田さんがのぞきこんできた。
「……もしかして、呆れてます?」
「え」
「両立とかカッコいいこと言ってたくせにって」
「え………、いやいやいやいや、とんでもない!!」
ブンブン勢いよく首を横に振る。
「二人で両立って……良い事いうなあって思って」
「でもそれって、山崎さんが大丈夫ならってことなんですけど」
ちょっと心配そうに言う戸田さん。
「きっと色々ご迷惑おかけすることになると思うんですけど……それでも、いいですか?」
「もちろん。もちろんです」
今度は勢いよく縦に首を振る。
「オレは、戸田さんのすべてを受け止める自信、ありますから。ヒロ兄のことも、お仕事のことも、全部」
「………良かった」
戸田さんはホッとしたように息をつき、再びケーキを食べはじめた。
その横顔、その細い指、どれも、全部、誰にも譲りたくない。
「戸田さん」
「はい?」
見上げてくれた瞳に、あらためて、告げる。
「オレ……自己主張しない方が楽だから、だからずっと、何でも人に譲ったり、言いたいことも飲みこんできたりしてきたところあるんですけど……」
「…………」
「でも、戸田さんに関してだけは、どうしても、譲れなくて」
「…………」
「だから……その」
「はい」
フォークを皿の上に置き、あらたまったようにうなずいてくれた戸田さんの手を、そっと包み込む。
「性分はそうそう変えられないとは思うんですけど……」
「…………」
「でも、言わないといけないことやどうしても言いたいことはちゃんと言おうと思って」
「言いたい、こと?」
戸田さんの小さな声に、はい、とうなずく。
言いたいこと、言わなくてはならないこと。それは……
「あなたのことを、愛してます」
だから……
「オレと、結婚してください」
きっとこれから乗り越えなくてはならないことがたくさん出てくるのだろう。
でも、それも「二人」で乗り越えていけばいい。
あなたのすべてを包み込み、あなたのすべてと共に生きていきたい。
戸田さんは目を見開いて、ゆっくりと瞬きをしてから……
「はい」
小さく、でもハッキリと、肯いてくれた。
「戸田さん……」
「…………」
そして、どちらからともなく、そっと唇を合わせた……ところで、
『そこの二人ーーーー!イチャイチャすんなーーーー!!』
「!」
「!」
いきなりマイクで叫ばれて、あわてて飛び離れる。
み、溝部……っ
『あの二人、近々結婚するらしいっすよーー』
なぜかさっきのイケメン佐藤までマイクを持って喋っている。
『えーー!菜美子そうなの?!』
明日香さんのびっくりしたような声。
『おめでとー!』
『おめでとう!』
なぜか、会場中からおめでとうコールがおこり……
「……あ、そういえば今日、友引でしたね」
急に思いだしてオレがつぶやくと、
「引かれちゃいましたね」
戸田さんがおかしそうにクスクス笑いだした。
これからも、こんな風にあなたと笑って過ごしていきたい。
あなたと共に。あなたのすべてをたずさえて。
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お読みくださりありがとうございました!
って、無駄にダラダラと長い……実はこれでも少し削りました。でも長い……
そんな駄文をここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
この「たずさえて」を書く、と決めた時のラストシーンは、まさにここ。友引の結婚式の二次会。
控えめで流され男の山崎君が、イケメン男を追っ払い、自分の意思でプロポーズ。
アラフォー男の成長譚、でございました。
本来ならここ(6月末)で終わりだったのですが、せっかくなので現在(10月)の二人の話を次回書かせていただこうと思っております。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
おかげさまでダメダメ山崎、成長することができました。
次回最終回。よろしければ、どうぞお願いいたします!
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