【コータ視点】
今年、2003年のバレンタインは、朝から仕事だけで何の予定もなかった。なので、終わってすぐに、チヒロに電話してみたけれど、電源切れてるのか繋がらなくて……。
翌日の夜にいつものバーで会えたので聞いてみたら、
「真木さんと一緒だったから電源切ってた」
だって!
バレンタインまで一緒に過ごすなんて、それもう恋人じゃん!! って言うんだけど、
「そうなの?」
って、かわいいキョトン顔のチヒロ。
つっこんで聞いてみたら、真木さんから「好き」とか「付き合おう」とかそういった類のことを言われたことは一度もなくて、しかもやっぱりまだ、二人の間には何もないんだって言うから驚き、というより、もう、呆れる。
週に2回もチヒロに会うために東京に来てるという真木さん。そこまでするなんて真木さんは絶対にチヒロのことが好きに決まってる。そしてチヒロも……
「チヒロ、真木さんのこと好きなんでしょ?」
「うん」
チヒロはコックリ肯くと、ついで、みたいに付け足した。
「僕は真木さんとアユミちゃんとコータのことが好き」
「…………」
あのね……それおそらくたぶんきっと絶対、『アユミちゃん』への好きは『家族への親愛』、『コータ』への好きは『友情』、『真木さん』は……、なんて言葉でいっても分かんないかな、と思って言うのをやめた。
で。言葉でいっても分かんないだろうから、体で分からせてやろう、と思ったのはなぜかというと。
チヒロに幸せになってほしいって気持ちや、モテモテ真木さんにシッカリ恋人が出来ることで、みんなの真木さん熱を下げさせたいってこともあるけれど……
何よりも、真木さんの、あの完璧ないつでも自信たっぷりな余裕顔を、崩してやりたい。前にエッチでメチャメチャいかされた恨み、今こそ晴らしてやる!と思ったりしてる。
それで、僕の大事な弟分のチヒロを、幸せにしてあげてほしい、と思っている。
次の週。真木さんとチヒロが食事をしているホテルのレストランに突撃をかけた。嘘をつけないチヒロは、どこで何時に会うの?という質問に馬鹿正直に答えてくれていたのだ。
「僕もご一緒していいー?」
「もちろんいいよ」
にっこりとした真木さん。一瞬の隙もない感じ。ふーん……
「デートの邪魔かなって思ったんだけど」
「そんなことないよ。デートなんかじゃないから大丈夫」
「…………」
普通の真木さん。邪魔されてちょっとは不機嫌になるかな、と思ったのに全然変わらない。
(デートなんかじゃない、かあ……)
これ、やっぱり僕の勘違いで、真木さんは本当にチヒロのこと何とも思ってないのかなあ……とも思ったんだけど。
「チヒロ君、食後にジェラートもつける?」
「はい」
「イチゴ?」
「はい」
二人のやり取り。微笑み浮かべてるチヒロ。ふっと和らいだ真木さんの目元。
(これ……どうみても恋人同士でしょ?)
なんでだろうなあ……。不思議でたまらない。さっさと思いを打ち明けあって、恋人になればいいのに。
「ねえねえ、真木さん」
チヒロがトイレに立ったタイミングで、直球で真木さんに聞いてみた。
「真木さん、チヒロとエッチしてないんでしょ? なんで?」
「なんでって……」
なぜか鼻で笑った真木さん。なんかムカつく……
「だからなんで?」
「そうだな……。チヒロ君は痩せすぎてて俺の好みじゃないからかな」
「……ふーん」
その好みじゃない男の子に週に2回も新幹線使って会いに来てるってどういうことだよって言葉は言わずに飲み込む。
その完璧な余裕顔、崩してやるよ。
「じゃあさ」
チヒロが戻ってきて席についたタイミングで切りだした。
「今晩、3人でしようよ。前できなかったしさ」
「は?」
「え」
眉を寄せた真木さんと、目をパチパチさせたチヒロ。
「ね? いいでしょ? チヒロ。ね?ね?ね? 僕、チヒロともしたい!」
「えと………」
チヒロは一回真木さんを見たけれど、真木さんが何も言わないので、僕に向き直った。そこへダメ押しで「お願いお願いお願い!」と手を合わせてやると、
「僕はいいけど……」
と、コクリと肯いた。すると真木さんもすかさず、
「俺も構わないよ」
と、肯いた。あまりにもアッサリと肯くから、やっぱり勘違い?ってちょっと不安になったんだけど……
でも、見てしまった。
(真木さん………)
イラつきを抑えるためなのか、右足の先、床にギリギリ押しつけてる。顔はにこやかなのに。……笑える。
(………面白い)
さて。どっちにどう仕掛けてやろうかなあ……
***
「それで?それで?」
いつものバー。僕より30歳ほど年上のママが、カウンターの向こうから身を乗り出してきた。筋肉モリモリの体に短髪あご髭って見た目だけど、声はちょっと高めで、いつも優しいママ。
「どうなったの?」
興味深々のママに、ふ、ふ、ふ、と笑ってやる。
「いやあ~~見物だったよ~~。真木さんのあの顔……」
思い出しても、笑いと……、心の奥の方がほんわり温かくなってくる。
**
ホテルの部屋に入って、前と同じように、真木さんがシャワーを先に浴びて、その後にチヒロと二人でシャワー室に入って、する準備をして……、で。出てくると、
「コータ君」
おいで。と、真木さんが手招きしたので、僕だけが真木さんのいるベッドによじ登り、チヒロは窓際の椅子に腰かけた。これも前回と一緒。
だけど……
真木さんがバスローブを脱いで下着姿になり、それから僕のバスローブの紐を引っ張って脱がせて、その大きな手が、頬、首、肩、腕、胸……と官能的な手つきで辿ってきて、ゾクゾクゾクッとなって、思わず真木さんの太股に触れた、その時だった。
「え」
「?」
真木さんが「え」と言って、手を止めた。
(何?)
真木さんの視線の先を辿ろうと振り返り……、僕も「え」と言ってしまった。
窓際の椅子に座ったチヒロが……、大きく目を見開いたまま、涙を流していた。ぼたぼたぼたって効果音が聞こえてきそうなほど、大粒の涙を、黙って流していた。
「チヒロ……どうしたの?」
なるべく穏やかに問いかけてあげる、と。
「……嫌」
ポソッとチヒロがつぶやくように言った。
「何が、嫌?」
再び、問いかける。と、
「真木さんが……」
チヒロが涙を流しながら、小さく首を振った。
「真木さんがコータをさわるのが嫌」
「僕がさわられるのが、嫌ってこと?」
「そうじゃなくて」
チヒロの首の振りが大きくなる。
「真木さんがさわるのが嫌。真木さんがさわられるのも嫌。コータじゃなくても嫌」
チヒロの瞳が真っ直ぐに真木さんに向いた。
「僕以外の人をさわってほしくない。僕以外の人にさわらせたくない」
「………」
ほら、出てきた。チヒロの中にあったチヒロの気持ち。
チヒロの瞳からは止まることなく涙が出続けている。
「チヒロ、そういう気持ち、何ていうか知ってる?」
こちらを見たチヒロに指さして言ってあげる。
「嫉妬。独占欲。情熱」
そう。これは……
「恋、だよ」
「……え」
口に手をあてたチヒロ。ああ、可愛いなあ……
「と、いうことだけど? 真木さん?」
チヒロは本当のことしかいわないよ?って言いながら振り返って……
「……っ」
笑いそうになってしまった。
**
「写真に撮りたかったよー。あんな顔、二度と見れないんじゃないかな」
「だから、どんな顔よ」
焦れた様子のママにニヤリと笑いかける。
「『鳩が豆鉄砲食らったような顔』のお手本みたいな顔。それから……」
その後、ものすごいオロオロした様子になった真木さんの姿も、たぶん二度と見れないんじゃないかな……。
「今頃、うまい事やってるかなあ……」
邪魔しないように、さっさと部屋を出てきてしまったので、二人がどうなったのかは知らない。明日の夜にでもチヒロに聞いてみよう。
「ママ、おかわりー」
「いいけどお金大丈夫なの?」
「大丈夫!」
部屋を出る時に、「タクシー代いただきまーす」と一応断ってから、真木さんの財布から5万円抜いてきた。これで上手くいったなら安い授業料でしょ。
「あー、僕も恋したくなってきた!」
「へえ?」
ママが怪しく笑った。
「じゃあ、頑張って良い男にならないとね」
「えー、充分良い男でしょ?」
「あんたは可愛いだけの男」
「なんでっ」
むっと口を尖らすと、ママはまた笑って、ちゅっと投げキッスをしてくれた。
僕、30歳年上にも興味あるんだけど?って言葉はまだ言わないでおく。
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お読みくださりありがとうございました!
コータ、いい仕事したな。の回でした。
次回火曜日更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
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