【哲成視点】
バレンタインの翌日、学校に行ったら、教室の黒板にデカデカと書かれていた。
『村上享吾♥村上哲成』
って、なんだよそれ!ご丁寧にピンクのハートで囲いまでして!
(まさか、昨日のキスを誰かに見られてた!?)
一気に血の気が引いた。
「誰が書いたんだよ……っ、って!」
言いながら、黒板消しを手にしたところ、いきなり手を掴まれた。
驚いて振り返ると村上享吾がいて………おもむろに、黒板消しを奪われた。
「キョーゴ?」
「書いた本人に消させる」
「え?」
村上享吾は、そう言うと、スタスタと窓際の席に行き………
「石田、林」
おもむろに、石田と林に黒板消しを突きつけた。
「落書き、自分達で消せ」
「は?」
案の定、石田と林は、乾いた笑顔を浮かべると、
「なんで? オレらがやったって証拠でもあんの?」
「濡れ衣だよ濡れ衣!」
ハハハと二人は笑ったけれど、村上享吾は冷静に言い放った。
「理由1、石田のズボンの右横に着いてるチョークの汚れ」
「!」
石田がハッとしたようにズボンを見た。確かにピンクの粉が着いている。村上享吾は淡々と続けた。
「理由2、木偏が林の書き方と同じ」
「木偏?」
眉を寄せた林の机を、トントンと叩いた村上享吾。そこには林のノートが……
「木偏の短い線を一みたいに書いてる」
「え」
林は慌てたように、自分のノートの名前と黒板の字を見比べた。
「そんなの、オレだけじゃ……」
「この一年、学級委員で書類を集める機会が多かったからな。クラスメートの筆跡くらい覚えてる」
「……っ」
林もばつが悪そうに、視線をそらした。
「じゃあ、掃除よろしく」
バンッと林の机の上に黒板消しを置いた村上享吾。何事もなかったかのように悠然とこちらに歩いてくる。
(なんか……変わったよな)
以前の村上享吾だったら、こんな落書きは無視するだけだっただろう。でも、最近の村上享吾は、こうして真っ向から立ち向かうようになって……
(……カッコイイじゃねえかよ)
思わず見とれてしまう……。
そんなオレの内心なんて全然気がついてない様子の村上享吾は、オレの目の前までくると、真面目な顔をして一言、いった。
「おはよう」
「…………………は?」
おはよう?
………あ、そうか。挨拶してなかった。
と、思ったら、真面目な顔のまま言葉が続いた。
「噂の原因は、昨日、二人でチョコを買いまくってるところをクラスの女子に目撃されたかららしい。西本情報だから確かだ」
「え」
「それを聞いた石田と林が落書きしたんだろ」
「あ………そう」
ホッとする。あのキスを見られた訳じゃないんだな………
胸を撫で下ろしていたら、スッと耳元に顔を寄せられた。反射的にドキッとする。と、
「あれは、人に見られないように、傘に隠れてしたから大丈夫だ。安心しろ」
「!?」
「そこら辺はちゃんと気をつけてした」
いたって真面目な顔の村上享吾……
気をつけたって…………、なんだそれ!
「なんだよそれ!」
思いきり叫んで、胸のあたりをバシッと平手打ちしてやる。
「昨日は『つい、思わず』とか言ってたくせに、実は計画的だったのかよ!」
「……………あ」
「あ!?」
なんなんだよー!!
***
昨日の帰り道、いきなり、キスをされた。ふわりと触れるだけの、優しいキス。今まで感じたことのない、震えるような感覚。呆然とする中、雨の音がやけに大きく聞こえる………と、
「じゃ、急ごう」
「え」
村上享吾が、何事もなかったかのように、オレの頬に当てていた左手を、オレの肩に再び回した。
「チョコを食べる時間がなくなる」
「え、あ……うん」
……………。
……………。
……………え?
「いやいやいやいや、ちょっと待てっ!」
我に返って叫ぶと、村上享吾は「なんだ?」と、しれっとこちらを向いた。なんなんだよお前!
「今のは何だ!何のつもりだ!」
「あー………」
村上享吾は「うーん」と首を傾げると、
「つい、思わず」
「は!?」
思わず!?
「でも……おかげで確認できた」
「は?」
確認?
「確認って?」
「正しいのかどうかの、確認」
「それ……っ」
正しいのかって、さっきの話、だ。
男同士なのに好きとか付き合うとかがおかしいのかどうかって………
(確認できたってことは……っ)
村上享吾に詰めよってやる。
「分かったのか?!」
「あー………」
村上享吾は上を向いたまま、また、黙ってしまった。
だから、どっちなんだよ!
「キョー……」
「お前は?」
ふっと視線が下りてきた。その真剣な瞳にドキッとなる。
「お前は、どう思った? 今のキス」
「どうって……」
それは……今まで感じたことない感触で……
「お前は、どう考えてる? オレ達の関係」
「それは……」
それは……抱きしめられるとすげー嬉しいし、絶対内緒だけど勃ちそうになったこともあるし、でも、男同士だし、だから、それは………それは………
「って!」
なんでオレが答えることになってんだよ!
「質問を質問で返すな! お前が答えろ」
「断る」
「は?!」
しれっと首を振った村上享吾に掴みかかってやる。
「断るってなんだよ!」
「オレが答えたら、お前、それを元に判断するようになるだろ」
「それは……」
冷静な口調で諭され、トーンダウンしてしまう。それはそうかもしれないけど……
「村上」
「……っ」
再び、頬に手を当てられ、ドキッとする。村上享吾が真剣な瞳で言葉を続けてくる。
「オレは、お前自身の答えが知りたい。だからオレの答えは教えない」
「…………」
「答え……分かったら、教えてくれ。そうしたら、オレも言う」
「…………」
答え……今のキスをどう思ったのか。二人の関係をどうしたいのか。
そんな……
そんな……そんなの。
「まあ……受験が終わってからでいい」
ふっと目元を和らげて、村上享吾が言う。
「とりあえず、チョコ買いにいこう」
「………おお」
これっきり、この日はもう、この話題は一切しなかった。
でも、あの柔らかい唇の感触とか、頬に触れられた大きな手とか、真剣な瞳とか、そういうのを思い出してグルグルなって、その晩は全然寝付けなかった。それで、寝不足の頭で登校したところ、あの黒板の落書きを目にした、というわけだ。
こっちはそんな調子なのに、村上享吾は何だか飄々としていて、なんか……………腹立つ。
***
受験は、何てことなく終わった。
うちの学校では、同じ学校を受ける生徒は全員まとまって合格発表を見に行くことになっている。
「誰か落ちてたら気まずいよな」
なんて言い合っていたのだけれども、無事に7人全員合格していた。
7人のうち、村上享吾、渋谷慶、上岡武史、荻野夏希の4人はバスケ部。
「バスケ部優秀だなー」
「当然、みんな高校もバスケ部だよね?!」
帰り道、はしゃいだように言った荻野夏希の言葉に、上岡武史は「もちろん」とすぐに肯いたけれど、渋谷慶は小さく首を振った。
「オレはバスケ部には入らない」
「はあ?! お前何言ってんだよ? 当然バスケ部入るだろっ」
慌てたように上岡が言うと、渋谷は嫌そうに眉を寄せた。
「入んねえよ」
「なんでだよっ」
「っせーな。おれの勝手だろ」
「んだと……っ」
「まあまあまあまあ」
掴み合いの喧嘩がはじまりそうになるのを、中に入って止める。この二人、本当に仲悪いよな……
「まあさあ、高校、色々部活あるんだから、渋谷だってバスケ以外の……」
「ありえねえっ。享吾!お前は当然バスケ部だよな?!」
突然、上岡に話を振られた村上享吾は、
「そうだな……バスケもいいし、何か新しいことを始めるのもいいし……」
穏やかに、微笑みながら言った。
「楽しみだな。白浜高校」
「……………」
「……………」
上岡も渋谷も、村上享吾の穏やかな声に毒気を抜かれてしまったようだ。
「そうだな」
「ああ………そうだな」
「うん」
先ほどまでの険悪な雰囲気なんかなかったかのように、みんなで笑ってしまう。
4月からは高校生……
これからオレ達には輝かしい未来が待ち受けている。
………でも、その前に。
受験が終わった、ということは、答えを出さなくてはならない。
オレは……村上享吾とこれからどうしていきたいんだろう。
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お読みくださりありがとうございました!
次回、たぶん、中学生編最終回(のはず)です。
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