【享吾視点】
翌日の夜、渋谷と桜井の住むマンションを二人で訪れた。噂通り、桜井がいそいそと料理を作っていて、なんやかやと渋谷の世話をしている。まさに、奥さん、という感じだ。
新居の話や仕事の話、高校の思い出話にまで花を咲かせながら(主に話していたのは哲成と渋谷だけど)夕食を取り、ソファのあるローテーブルの席に移って飲み始めたら、速攻で渋谷が酔い潰れてしまって……
「飲むとすぐ寝ちゃうんだよー」
桜井が手慣れた風にタオルケットを渋谷にかけてやっている。奥さんというより、母親と子どもって感じもしてきた……。
幸せそうに寝てる渋谷。ああ、聞きたい話、何もしていないのに……
「な、桜井」
同じことを思ったらしい哲成が、桜井にチョイチョイと手招きをして、言った。
「お前らってさ、あれの時、どっちがどっちなの?」
ものすごい直球な聞き方だな……
ジーっと桜井を見つめる哲成。誤魔化しはきかないぞ、という表情をしている。でも、桜井は目をパチパチパチとさせてから……
「内緒♥」
と、語尾にハートを付けて言った。なんだそれは。
「えー教えろよー参考にしたいから!」
「えー参考って何、参考って」
あははと、桜井は笑いながらも、「内緒内緒」と絶対に教えないって感じで言っている。ほら、やっぱりそんなプライベートなこと、教えるわけないよな……と、思いきや、
「じゃあ、どうやって決めたのかだけでも教えろっ」
哲成が食い下がると、桜井は、なぜかそれは話してもいいようで、ニコニコと、
「それはねえ。うちは、両方試したんだよ。別にどっちがどっちでもいいから」
「え」
「あ……そうなんだ」
両方、試す。
そうか。その手があったか……。確かにはじめから決めつけることはないんだよな……
哲成と顔を見合わせていたところ、
「あ、そうだ。あれもらってくれないかな……」
桜井はパチンと手を叩くと、戸棚からゴソゴソと化粧品の箱みたいなものを取り出してきた。
「慶の妹の南ちゃんからもらったんだけど」
「何それ?」
「するときに使うジェル」
「…………」
「…………」
それは……
戸惑っているオレ達に気付いた様子もなく、桜井は呑気な感じに言葉を続けた。
「グリーンアップルの香りがするんだって。でも、うち、慶が匂い付きの好きじゃないから、せっかくもらったけど、開封もしてないんだよ」
「…………」
「…………」
「あ、グリーンアップル嫌い?」
固まっているオレ達に小首を傾げている桜井。この天然な感じ、ホント変わってないよな……
「慶はね、何の匂いでも、匂いがするのは気が散るから嫌なんだって。だから匂い付きはいらないって南ちゃんには言ってるんだけど、取材先でもらっちゃうらしくて……」
渋谷の妹は、いわゆるBL関係の記事を書いたりする仕事をしているらしい……
「…………ありがとう。もらう」
哲成が恐々、といった感じにその箱を受け取り、カバンの中にしまった。
そして、また恐々と桜井を見上げると、
「あのさ……初めての時、痛かった?」
これまた直球な聞き方。
すると桜井はアッサリと「うん。痛かった」とうなずいた。
…………。
やっぱり痛いのか……
オレ達が黙っていると、桜井は「あ、でもね」と、言葉を継いだ。
「若かったから、何がなんでも!みたいなとこもあって……今思うとちょっと無理した感じもする。もう少し時間かけてゆっくりしてたら違ったのかも」
「…………」
「…………」
時間かけてゆっくりって……何?
とも思ったけれど、具体的な話になりそうだから、聞きたくない……
引き続き黙っていたら、桜井が独り言のように続けた。
「でも……最近慶に言われたんだよね。挿入する事にこだわることないって」
「え……」
こだわることない……?
桜井は渋谷の髪をそっと撫でながら、言った。
「愛の形はそれぞれだから、ね?」
ふんわりと微笑んだ桜井は、とてもとても幸せそうだった。
***
お盆休み週は、保育園が割り増し料金になるから行かせたくないそうで、哲成の妹・梨華ちゃんの娘の花梨ちゃんを預かることになった。哲成の会社の一斉休みの3日間の日中は全部それに使い、有給扱いで取った月初の夏休みは引っ越しで終わったため、
「今年の夏休み、全然遊べなかった……」
と、哲成はガッカリしている。でも、花梨ちゃんを連れて、3人で出掛けた水族館と遊園地はとても楽しかったし、それだけでも充分な夏休みだ。
最終日、哲成が昼食の片付けをしている間、花梨ちゃんと一緒にお絵描きをした。花梨ちゃんは、丸い顔に四角い体から棒の手足が出ている絵をひたすら描いている。色々な色を使っている、とても明るい絵だ。
「これ、かりん。これ、ママ。これ、テックン。これ、キョウ君。これ、歌子先生」
得意気に説明してくれる花梨ちゃんはとても可愛らしい。元々、子供は苦手で、兄の子供たちとは全然コミュニケーションを取れなかったのに、花梨ちゃんは大丈夫なのが不思議だ。
結局、オレも兄も、いまだに、母とはあまり深く関わらないようにしている。でも、歌子と母はとても仲が良い。血の繋がりというのは関係ないのだろう。不思議な縁で繋がった家族だ。
「花梨ちゃん、絵上手だね」
言うと、花梨ちゃんはエヘヘと笑ってから、
「キョウ君も丸かくの上手だね」
と、オレの手元をみて褒めてくれた。何か描け、と言われたので、ひたすら丸を描いていたのだ。
「キョウ君、丸が好きなの?」
「…………うん」
うなずきながら、また、丸を追加する。
「これはくっついてる丸だから、d=r+r’」
公式も書き足すと花梨ちゃんが目を丸くした。
「なあにそれ?呪文?」
「そう」
2つの円が仲良くなるための呪文だ。大きな丸、小さな丸。色々な丸がある……
『愛の形はそれぞれだから、ね?』
ふと、先週、桜井に言われた言葉を思い出した。
桜井は、淡々と、淡々と、言ったのだ。
『セックスって、愛を確かめ合うためにするものじゃない? おれ達はしても子供が出来るわけでもないから、余計に、純粋に、そのためだけにするわけでしょ?』
『だから、お互いの愛が伝わることが一番重要で』
『だから、この形じゃないとダメってことは絶対なくて』
『愛の形はそれぞれだから』
愛の形……
オレ達の愛の形は……
「子供のお絵描き帳に何書いてるんだよ」
洗い物から戻ってきた哲成が笑いながら言ってきた。
その哲成にクレヨンを渡して、花梨ちゃんがまた得意げに言った。
「呪文なんだって!呪文!テックンも書ける?」
「おー書けるぞー。2つの円の位置関係の公式な!」
哲成がオレの横に座り、オレの描いた青い丸の上に、同じ青いクレヨンで丸を丁寧になぞり……
「2つの円は合同です」
d=r-r’=0
青で公式を書いてくれた。大学生の時に書いてくれたものと同じ式だ。
あの時と同じなのは、『一生一緒にいる』という約束。あの時と違うのは……
「キョウ」
「……うん」
テーブルの下、ぎゅっと握ってくれる手。あの時は、一緒にいるために、友達でいることを選んだ。でも、今は……
まだ、いわゆる『体を繋げる』ことには至っていない。でも、もう、充分に溶け合うくらい、触れ合っている。
『ゆっくりでいいよな?』
『……そうだな』
そう、二人で決めた。毎日一緒にいられる今、何も急ぐことはない。オレ達のペースでオレ達らしく、繋がっていければいい。
「あーテックンも呪文、上手ー。キョウ君も上手ー」
「そうだろー」
「ありがとう」
花梨ちゃんのお褒めの言葉に二人で微笑みあう。
愛の形はそれぞれ、というならば、オレ達の愛の形はまさしくこれだ。
d=r-r’=0
二つの円は合同。少しのズレもなく、ずっと一つに重なっている。
愛の形……
オレ達の愛の形は……
「子供のお絵描き帳に何書いてるんだよ」
洗い物から戻ってきた哲成が笑いながら言ってきた。
その哲成にクレヨンを渡して、花梨ちゃんがまた得意げに言った。
「呪文なんだって!呪文!テックンも書ける?」
「おー書けるぞー。2つの円の位置関係の公式な!」
哲成がオレの横に座り、オレの描いた青い丸の上に、同じ青いクレヨンで丸を丁寧になぞり……
「2つの円は合同です」
d=r-r’=0
青で公式を書いてくれた。大学生の時に書いてくれたものと同じ式だ。
あの時と同じなのは、『一生一緒にいる』という約束。あの時と違うのは……
「キョウ」
「……うん」
テーブルの下、ぎゅっと握ってくれる手。あの時は、一緒にいるために、友達でいることを選んだ。でも、今は……
まだ、いわゆる『体を繋げる』ことには至っていない。でも、もう、充分に溶け合うくらい、触れ合っている。
『ゆっくりでいいよな?』
『……そうだな』
そう、二人で決めた。毎日一緒にいられる今、何も急ぐことはない。オレ達のペースでオレ達らしく、繋がっていければいい。
「あーテックンも呪文、上手ー。キョウ君も上手ー」
「そうだろー」
「ありがとう」
花梨ちゃんのお褒めの言葉に二人で微笑みあう。
愛の形はそれぞれ、というならば、オレ達の愛の形はまさしくこれだ。
d=r-r’=0
二つの円は合同。少しのズレもなく、ずっと一つに重なっている。
<完>
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お読みくださりありがとうございました!
スピンオフ作品にも関わらず、気がついたら、ずいぶん長い付き合いになってしまった、享吾と哲成の物語。これで完結となります。幸せな未来が続きますように。
若い頃、ノートに書き綴っていただけの彼らのことを、こうして見ず知らずの方に読んでいただけるなんて……夢は叶うのだな、と、しみじみと、感動しています。皆様に感謝申し上げます。
書きたいことはまだまだありますが、とりあえず次回火曜日に読み切りをあげる予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございました。
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スピンオフ作品にも関わらず、気がついたら、ずいぶん長い付き合いになってしまった、享吾と哲成の物語。これで完結となります。幸せな未来が続きますように。
若い頃、ノートに書き綴っていただけの彼らのことを、こうして見ず知らずの方に読んでいただけるなんて……夢は叶うのだな、と、しみじみと、感動しています。皆様に感謝申し上げます。
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