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BL小説・風のゆくえには~元祖「愛してる」記念日

2019年11月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

【浩介視点】

 11月3日。
 高校2年生の時、初めてキスをした記念日。
 それと、4年前、結婚式みたいな写真を撮って、そこで、慶が初めて「愛してる」って言ってくれた記念日。

 本当はデートしたかったけれど、あいにく慶は仕事。大きな学会があるそうだ。

 普段、慶は記念日にとんと無頓着だ(って、おれがこだわり過ぎって話もあるけど……)。でも、この11月3日はようやく「なんとなく」覚えたらしく、学会に行くことが決まってすぐに、

「5時には終わるから、夜は外食しよう」

と、言って、最近人気のフランス料理店の予約までしてくれた!すごい!

 バイト時代の先輩が働いているお店だそうで、「前から一度食べに来いって誘われてたから」なんて照れたように言っていたけれど、そういう知り合いの店におれを連れて行ってくれる、しかも記念日に!ということが更に嬉しい。嬉し過ぎる。

 日中は、掃除をしたりお弁当のための作り置きを作ったり、慶がいない間にしておきたいことをして回り、あっという間に夕方になって、さあ、行く準備をしよう……とした時だった。

『ごめん遅れる』

 慶からのラインを見て、固まってしまった。

『予約変更できない』
『先食べてて』

 先食べててって……
 コース料理を一人で食べてろって言うの?
 慶の分は……

と、真っ白になって、読むだけで反応できずにいたところ、続いて入ったメッセージに、さらに固まった。

『南が代わりに行く』

 …………。
 …………。

 …………え?

 南ちゃん? 慶の妹の南ちゃんが、代わりに来る?

『肉のメインには間に合わせる』
『そこで南とチェンジする』

 チェンジって……

 ボーッと画面を見ていたら最後のメッセージが入った。

『また連絡す』

 る、が抜けてる……

 なんか分かんないけど、忙しい中、送ってくれたのは分かった。だから、

『了解。連絡ありがとう。気をつけてきてね』

 そう、送った。

 んだけど…………


「浩介さんあいかわらず甘いわねー」

と、南ちゃんには呆れたように言われた。

「これは怒ってもいいんじゃないのー?」
「仕事だからしょうがないよ」
「えー。学会自体は5時までなんでしょ?」
「まあ……そうなんだけど」

 きっと色んな人に会うから、すぐには帰れなくなったんだろう。

「怒ればいいのに」
「怒ってもしょうがないでしょ」
「何その悟りの境地」
「悟りって……」

 とにかく来てくれるというし、代わりに南ちゃんを呼んでくれたし、慶はできる限りの対応をしてくれた。それで充分だ。

 食事はさすが人気店ということもあり、どのお皿も見た目も美しく、美味しい。
 南ちゃんは一皿一皿、来るたびに写真を撮って、慶に送ってくれている。

 魚のメインを食べ終わり、もうすぐ肉……というところで、

「あ、分かった」

 南ちゃんが、急に何かを思い出したようにこちらを見上げた。

「その、悟り開いてる感じ、何かに似てると思ったらあれだあれ」
「?」

 あれって?
 見返すと、南ちゃんは、何でもないことのように、衝撃発言をした。

浩介さんが3年いなかった時のお兄ちゃん」
「え」
「最後の半年くらい、そんな感じだったよ」

 ………………………………………え。

 え?
 え?
 え?

「何それ……」

 ようやく声に出して言うと、南ちゃんはお釈迦様のポーズをして、真面目に言った。

「こんな感じ」
「………」

 意味が分からない……

「あの、もうちょっと分かりやすく…」
「えー?だからこんな感じだって」

 南ちゃん、引き続き澄ました顔でお釈迦様になっている。

「全然分からないんだけど……」
「だからー。なんか悟ってたのよ。どうとでもなれって感じ?」
「どうとでもなれって……」

 投げやりな感じ?

 聞くと、南ちゃんはニヤリと笑って「違う違う」と手を振った。 

「浩介さんが帰ってこようがこまいが、自分の気持ちは変わらないから、どんな状況も受け入れる、って腹をくくったってとこ、かな?」
「…………」
「って、いっても……まあ、自分から迎えに行って拒否られるのが怖かったっていうのも大きかったみたいだけど?」
「…………」

 おれが黙っていると、南ちゃんは真面目な顔になって問いかけてきた。

「お兄ちゃんは何て言ってるの?」
「…………何も」
「何も?」
「うん…」

 実はその三年の話は、おれ達の間ではタブーになっているところがあって、あまり話したことがない。
 以前、慶は、この時のことを思い出すと「深い穴に落ちていく感じになる」と話していて、昨年末にも、おれがまた勝手に出て行ったと勘違いしてパニックになったくらいなのだ。まだ、まだまだ、慶のトラウマは消えていない……

「なんというか……今さらその話は、掘りおこしたくないというか、寝た子を起こしたくないというか……」
「なるほど」
「あの時傷つけた分も、おれは慶を大切にしないととは思ってるんだけど……」
「え」

 キョトンとした南ちゃん。

「だから約束破られても怒らないってこと?」
「いや、そういうわけじゃ……」

 そういうわけじゃない。
 それこそ……腹をくくったってところなのかもしれない。どんな状況も受け入れる。何があってもおれの気持ちも……そして、慶の気持ちも変わらないって知ってるから。

「まあ……それは結局、惚れた弱みってやつかな」
「ふーん?」

 結局、甘いねえ……と言いながら、南ちゃんはグラスを飲み干すと、「あ」と入り口に目をやった。

「お兄ちゃん来た
「え

 視線に促され振り返ると、お店の人と話している慶がいた。スーツ姿で髪もキチッとしていて、色気だだ漏れだ。その証拠に入口近くの席の女性陣が目配せしあっている……

 注目を集めたまま、慶はツカツカとこちらにやってくると、

「悪い、待たせた」

と、軽く手を上げた。映画のワンシーンのようだ。見惚れてしまう……。

 でも、南ちゃんはまったく動じず、眉を寄せた。
 
「お兄ちゃん、遅刻のくせに手ブラなの? 花でも買ってくればいいのに」
「花屋なんか寄ったら余計遅くなるだろ」
「えーお花貰えたら嬉しいよねえ?浩介さん!」
「……え、ううん」

 言われて、慌てて首を振る。おれは正直、母を連想するため花は苦手なのだ。そうでなくても……

「お花貰うより、一秒でも早く会えた方が嬉しい」
「うわっ」

 正直に答えたのに、南ちゃんはお芝居みたいにのけぞった。

「新婚さんかっ! 二人付き合って何年よ?」

 その呆れたようなセリフに、慶は間髪入れず「ウルサイ」と冷たく言い放つと、

「お前、さっさと帰れ」

と、憮然とした表情で南ちゃんに向かってしっしっと手を振った。

「え、南ちゃん、帰らないでも……」

 席は一番端で、イスをもう一つ置けるスペースはあるのだ。でも、

「はいはい」

 切替の早い南ちゃんは、あっさりと肯いて立ち上がった。

「それじゃ、お兄ちゃん。約束通り、あれ、使うから。浩介さんにも言っといて」
「…………ああ」

 ムッとしている慶。
 あれって何だろう……

「じゃあね。ご馳走さま」

 嵐のように南ちゃんは帰ってしまった。

 慶……なんかちょっと気まずい感じなのはなんでだろう……

「あの……慶」
「今日は悪かったな。ちょっとつかまっちゃって……」
「あ、うん。大丈夫だよ」

 手を振ると、慶は引き続き気まずそうに、お店の人が用意してくれた新しいナフキンを膝にかけ、またこちらを向いた。

「まあ……とりあえず、肉に間に合ってよかった」
「うん。そうだね」
「料理、うまかったか?」
「うん。すっごく美味しいよ。慶にも食べさせてあげたかった。今度またあらためて来ようね?」
「ああ。そうだな」
「うん」
「…………」
「…………」

 なんだろう……この微妙な空気……

「慶……?」

 何か隠し事でもしてるような、微妙な緊張感が……

 沈黙に耐えきれなくて、「ああそうだ」と手を打った。

「慶、ワインのリスト……」
「いや、ちょっと待て」

 慌てたように慶が手でおれを制した。

「酒飲む前に言っておきたいことがある」
「え…………」

 なに……?

 真剣な慶。まさか転勤とかそういう話? それで今日遅くなったとか……?

「慶……」
「あの………」

 緊張が走る。
 慶は、意を決したようにこちらを見返すと、

「浩介」

 小さく、つぶやくように、でも、ハッキリと、言った。 

「愛してるよ」

 …………。
 …………。
 …………。
 ……………え?

「……え?」

 思わず、キョトン、として見返してしまう。……と、慶の顔がみるみるうちに真っ赤ーーーーになった。

「慶、今……」
「あああああーーーーやっぱ言うんじゃなかったっ」

 慶、頭を抱えている。耳まで赤い。

 え-と。えーと。えーと……

 今、「愛してる」って。「愛してる」って言ったよね?!

「慶……っ」
「いや、その……溝部が言えっていうからっ」

 溝部? おれ達の高校の同級生だ。

 と、すいっと慶のスマホがテーブルの上を滑っておれの手元まできた。
 見ろ、ということらしいので、勝手にラインを開けてみると……

 今日のお昼に溝部からラインが入っていた。

『お前、今から桜井に『愛してる』って言ってやれ!』
『今日、愛してる記念日なんだろ?』
『桜井はシラフで言われたいって言ってたぞ』
『やってる最中もダメだからなっ』

 ………えーと。
 そういえばこないだ今日が『愛してる記念日』だって話はしたけど……

「うわーー……なんだろう溝部」
「それはこっちのセリフだ!」

 慶はまだ赤くなったまま、こちらを睨んできた。

「お前、溝部と何の話してんだよっ」
「ええと……」
「さ……最中はダメとか、そんな恥ずかしい話……」
「ごめんごめん」

 手を合わせて謝ってみせると、慶は「全然悪いと思ってねえだろっ」とブツクサ言いながら、ワインリストに手を伸ばした。

「あー、もう言ったから、飲もーっと」
「えー……」

 そういうことだったのか……
 しまった……。突然過ぎて心の準備ができていなくて、全然堪能できなかった……

「慶ーもう一回言ってー」
「言わねーよ」

 慶はワインリストを見ながら小さくブツブツと言葉を継いだ。

「そりゃおれだってお前の願いは極力叶えてやりたいけど、できることとできないことがあんだよっ。んな臭いセリフをシラフで言うなんて一年に一回で充分だっ」
「………あ、そうなんだ」

 一年に一回はシラフで言ってくれるんだ?

 確認すると、慶は仏頂面のままこちらを見上げ、「覚えてたらな」と言ってくれた!

「わー来年楽しみー」
「だから、覚えてたらなっ」
「うんうん覚えててー」

 一年に一回でもいい! お酒の力も性欲の力も借りずに、全くのシラフで慶が「愛してる」って言ってくれるなんて!

(溝部にお礼しないと……)

と、思っていたら、ちょうど溝部からラインがきた。慶がワインリストに夢中になっている隙にコソッと見てみたら……


『今日はうちも愛してる記念日になりました』

 …………ふーん?

 なんだろう……何があったんだろう……

 分からないけれど、とりあえず、「おめでとう」のスタンプを送ってみたら、速攻で溝部からも「おめでとう」という返事と、なぜか手巻き寿司の写真が送られてきた。巻ききれない量のお刺身がのっていて、鈴木さんと陽太君のものと思われる手も写り込んでいて……にぎやかな食卓風景が目に浮かぶ。

「お。肉きた!」

 慶、目がキラキラしてる。
 幸せだな、と思う。大好きな人と一緒の食事は本当に幸せだ。

 溝部も鈴木さんと陽太君とよつ葉ちゃんと幸せな食卓を囲んでいるんだろう。

 みんな幸せな『愛してる記念日』だ。


 ………追記。

 この日、南ちゃんが来てくれた条件の「あれ、使うから」の意味は後日教えてもらえた。

 南ちゃんが書いている雑誌の記事の挿絵に、4年前の写真を使う、ということだったのだ。うまく誤魔化されていておれ達だとはまず分からないけど……キスする寸前、みたいな写真だから、ちょっと恥ずかしい。

「初キス記念日、でもあるんだもんね?」

 そう言うと、慶は「そうだな」と言って、初めてキスした時みたいに、優しく優しく唇を重ねてくれた。





---

お読みくださりありがとうございました!

長!「おまけ」のつもりだったけれど、どう考えても「おまけ」じゃない!
ということで、題名も「元祖」に変更。
「元祖・愛してる記念日」お送りいたしました。

くしくも今日は11月22日。「いい夫婦の日」。
この二人も今日もラブラブなことでしょう♪♪

と、いうわけで。一時復帰終了いたします。お付き合いくださいまして、本当にありがとうございました!!
ランキングクリックしてくださってる方も、本当に本当にありがとうございます!どれだけ嬉しいことか……

我慢できなくなったらまた帰ってこさせてください💦
それまで皆様どうぞお元気でお過ごしください。

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コメント (8)
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