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BL小説・風のゆくえには~「愛してる」記念日・後編

2019年11月05日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【溝部視点】

「慶が初めて『愛してる』って言ってくれた日だから、『愛してる』記念日』」

 なんてアホらしい話を聞いた翌日金曜日。
 渋谷達のマンションから出勤し、普通に仕事をして、通常通りの時間に家に帰ったのだけれども……

「…………おかえりなさい」
「? ただいま」

 何となく、鈴木の様子がおかしい。元気がないというか……
 でも、聞いても、そんなことはない、の一点張りで埒が明かない。と、いうことで、息子・陽太の部屋に乱入して聞いてみた。ら、

「お母さん、今日は朝からずっとあんな感じだったよ」
「え、なんで?」
「知らね」
「えー……」

 なんで知らねーんだよー…とガッカリしているオレに陽太がアッサリと言った。

「本人に聞けばいいじゃん」
「聞いても教えてくれないから陽太先生にお聞きしているんですがっ」
「残念。オレも知らね」
「えー見捨てるなよー考えろよー」

 ガシガシと体を揺すぶってやると、陽太は「あー…」と少し唸ったあと、「関係あるかどうか分かんねーけど」と言いにくそうに、言葉をついだ。

「昔の……千葉にいた頃のお母さんは、あんな感じなことが多かった気がする」
「…………え」

 千葉にいた頃……前の旦那と結婚していた頃ってことだ。

 それは……どういうことだ?


***

 謎は解けないまま、金曜の夜は過ぎ、土曜日も終わり、日曜日。11月3日になった。
 鈴木は金曜日よりは、まあまあ元気になってきたけれど、でも、やっぱり本調子じゃない感じがする。

 それでも、予定通り、娘のよつ葉を連れて、陽太の野球部の練習試合を観に行った。

 陽太の中学の野球部には、二年生が8人しかいないということもあり、陽太は一年生の中で唯一スタメン入りしている。でも、自分の打席が来るまでは率先してファールボールを取りにいったり、道具の整理をしたり、我が息子ながら、なかなか気が利く働き者だ。

 来月一歳になるよつ葉は、先日から少しだけ歩けるようになった。今はひたすら歩いては尻もちをつくのを繰り返したがる。そして、そのうち疲れて、少し抱っこするとあっさり寝てしまう、という手のかからなさ。逆に将来がコワイ、と言われるけれど、陽太もそんな感じだったらしいので、よつ葉も良い子に育つだろう。

 試合終了後の帰り道、そんな話をしながら、よつ葉の寝ているベビーカーを押しつつ、鈴木と二人で並んで歩いていたけれど……

(やっぱり元気がない……)

 会話も盛り上がることなく、止まってしまった。
 何なんだろう。オレ、何かしたか?

 うーん、と考えてみる。前日は、渋谷達のマンションに泊まりにいって……

(ああ、そういや、今日は3日か。『愛してる』記念日だっけ……)

 桜井が、シラフで「愛してる」って言ってやれ、とかおかしなこと言ってたな。絶対喜ぶからって。

(うーん……)

 でもうちの場合、絶対、殴られると思うんだけど……

(でもまあ、この現状を打開するためには、そのくらいパンチのきいたことを言うのもありか)

 そんなことを思いつつ……

「なあ……」

 横を歩く鈴木の顔をのぞきこみ、一言。

「愛してるよ」

 言ってみた!
 それで、反撃に備えて身構えた。けれど…………

「……なにそれ」

 ピタリ、と鈴木の足が止まった。そして、予想に反して、顔がみるみる青ざめめていく。そして、小さく、でも鋭く言われた

「何か後ろめたいことでもあるの?」
「え?」

 後ろめたいこと?

「やっぱり、ハロウィンの夜……」
「え?」

 ハロウィンの夜って、渋谷達のマンションに泊まりに行った夜のことか?

「え?」
「おかしいと思ったんだよね。急に泊まってくるなんて。あの日……」
「ちょい待てちょい待て!」

 何を言い出すのかと思えば!

「それは夜遅くに帰ったらお前に迷惑がかかると思って、渋谷と桜井のところに……って、オレ、連絡したよな!? 疑ってるなら聞いてみろよっ。あの正義感の塊の渋谷が嘘つくわけねえし、天然桜井はそもそも嘘つけねえだろっ」
「…………」
「…………」
「…………」

 鈴木はジッとこっちを見ていたと思ったら、ボソッと、

「迷惑って何」
「何って……」

 何もやましいことはないのに、そんな目で見られてキョドってしまう。けど、何とか言葉を継ぐ。

お前、寝てていいっていうのに、絶対、顔出して『おかえり』っていってくれるじゃん? すげー嬉しいけど、起こしちゃったり、起きて待っててくれたりするの、すげー申し訳なくて……」
「……別に申し訳なくないでしょ」
「いやでも」
「なに?嫌なの?」
「いえいえいえいえ」

 今、ピキッて聞こえた……
 鈴木さん、怖い。

 でも、恐怖に打ち勝ち、なんとか言葉を続ける。

「嬉しいです。そりゃ嬉しいです。だーい好きな鈴木さんの顔見てから一日を終えられることがオレの幸せです」
「…………」
「…………」
「…………」

 今度こそ、手が飛んでくるか?! と身構えたけれど、そんなことはなく、鈴木は大きく大きく息を吐くと、

「………私も同じだよ」
「え」

 同じ?

「私も同じだから、迷惑かけてるなんて思わないで帰ってきて」
「え」
「…………」
「…………」

 同じ?って?

「ええと……」
「私も溝部の顔みてから、一日終わりにしたいの」
「ええと……」

 それは……それは。

「ええと……それは、もしかして、だーい好きなのも同じ?」
「当たり前でしょ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「えええええええええ?!」

 思わずデカイ声を出してしまい、慌てて口を閉じる。よつ葉が寝てるんだった!
 すぐにボリュームを落として鈴木に問いかける。

「お、お前……オレのこと好きって認めるのか?!」
「は?」

 馬鹿じゃないの?

 と、心底呆れたように言った鈴木。

「好きに決まってるでしょ。なんで好きでもない人と結婚すんのよ」
「ええええええ……」

 うわ……
 こうもアッサリ言ってくれるとは……

「………」
「………」
「………」
「ホント……馬鹿だね」

 ふっと微笑んだ鈴木の柔らかい笑顔。鈴木はそのまま、優しく優しく言ってくれた。

「……好きだよ?」
「え………」

 うわ……… 

 うわ………

 うわ………

 桜井ーーーーーー!!

「ちょ、待て。今すぐ渋谷にラインを打つ!」
「は?」

 キョトンとした鈴木の横で、速攻でスマホを取り出した。

「桜井の気持ちがよく分かった!」

 渋谷とのトーク画面を開く。

『お前、今から桜井に『愛してる』って言ってやれ!』
『今日、愛してる記念日なんだろ?』
『桜井はシラフで言われたいって言ってたぞ』
『やってる最中もダメだからなっ』

 ダダダと打ち込んでから、鈴木を振り返る。
 それでダメ元で言ってみた。

「あの………愛してる、もいただけたりします?」
「は?」

 思いきり眉を寄せた鈴木。

「馬鹿じゃないの?」
「馬鹿でもなんでもいいからっ」
「寒いから早く帰りたいんだけど」
「言ってくれたら帰りますっ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 鈴木は「まあ……言ったことないもんね……」とボソリと言ってから、

「……愛してる、よ?」

 ベビーカーを掴んでいるオレの手を、上からぎゅうっと掴んでくれた。

 うわ……幸せ過ぎる。

 後で桜井にもラインを打とう。

『うちも今日は、愛してる記念日に決定』

 って。


---

お読みくださりありがとうございました!
これに慶たちのおまけをつけるつもりだったのですが、おまけにまで手が回らなかった……おまけは来週火曜日に持ち越します…

読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!
よろしければ次回おまけもどうぞよろしくお願いいたします。

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コメント (4)
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