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BL小説・風のゆくえには〜頬に触れる

2020年12月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】

 早いもので2020年ももうすぐ終わりだ。昨年の今頃は、まさかこんな日々が訪れるなんて、誰も思いもしなかっただろう。

「慶、寝ちゃう前にお風呂入ってくれば? 洗い物たいしてないから大丈夫だよ?」
「あー……サンキュー……」
「パジャマ用意しておくから、すぐ入って?」
「おー……」
「今日、冬至だから柚子浮かべてるよ」
「おー……そりゃいいなー……」

 ご飯を食べながら今にも寝そうな慶に、食べ終わったのを見計らって声をかけると、慶が素直にお風呂に向かった。

(大丈夫かな……)

 その後ろ姿に不安を感じる。
 世の中に蔓延している新型感染症の患者数は、増加の一途をたどっている。医療現場で働く慶の緊張感は大変なものだ。あの万年キラキラオーラ全開の渋谷慶が、今は帰宅する頃にはオーラも半減して、疲れた顔を……

(って、顔、半分しか見てないけど……)

 感染症予防のため、家でもマスク、食事は横並びを徹底しているおれ達。夜の営みの時はさすがに萎えるからマスク外したい、と言ったら、マスクが見えなきゃいいんだろ、と言って、常にバックか、もしくは風呂で顔を合わさないよう密着したまま抜き合うかになり……

(……しょうがないんだけどさ)

 慶は「それが守れないなら、離れて暮らす」と言い出しかねない。実際、慶の勤める病院の先生でも、高齢のご両親と住んでいる人や、お子さんや妊婦さんと住んでいる人の中には、別居をしている方もいるという。

(そう考えたら一緒に暮らしているだけでも有り難い)

 とはいいつつ、漫然とした不満感は募る一方だ。

(なんでかな……)

 一緒に暮らせている。一緒にご飯も食べられている。そりゃ、一緒のベッドで眠れないとかキスが出来ないとかいう不満はあるけれど、営み自体はできている。

(これで満足しよう。満足……)

と、思いつつ、大きなため息しか出てこない……

 でも……この後。
 おれは一番不満に思っていたことに気が付くことになる。

***

 洗い物をさっさと済ませて、慶のパジャマを持って浴室に向かった。

「慶、パジャマ置いておくね?」

 中に向かって声をかけたけれど、まったく物音がしない。

(まさか……寝てる?)

「慶?」

 そっと扉を開けてみて……

「!!」

 思わず声を上げそうになって、慌てて飲みこんだ。
 2つの柚子の浮かんだ湯船の中、気持ちよさそうに眠っている、その姿……

(天使、だな)

 この歳で「天使」というのも何だけれども、形容するなら、やっぱり「天使」となってしまうのだ。
 湯船の縁に頭をのせているためか、あごが上がって、少し唇が開いているのがまた、色っぽい。白い肢体が惜しげもなく透明な水中に漂っていて……

「……慶」

 慶の寝顔、こんなに明るいところで見るの何日ぶりだろう……

 もっと近くで見たいという欲望に抗えず、サッと靴下だけ脱いで、浴室に入る。

(ああ、綺麗だな……)

 久しぶりにちゃんと見る慶の唇、慶の鼻……。浴槽の横にしゃがんで手を伸ばし、そっと頬に触れてみる。愛おしい感触……

(ああ………)

 頬に触れるの、久しぶりだ。

(愛おしい……)

 唇に触れるのも、久しぶりだ。
 慶の顔を、こうして間近でじっくりと見ることも久しぶりだ。

「慶………」

 そうか……と思う。
 何が不満って……慶の顔を近くで見たり触れたり出来ないことが不満だったんだ。

 慶の頬、慶の唇……記憶通りだけれども、それでも、こうして見つめたかった。こうして触れたかった。こうして……

「……あ?」
「あ」

 ゆっくりと瞼が開いた。焦点が合い、湖みたいな瞳がおれの顔を見つけると、

「浩介……」

 ふわりと微笑んだ。まさに天使の笑み……。と、思ったけれど、

「お前、服着たまま何してんだ?」

 出てきたセリフは冷静で、ちょっと笑ってしまう。

「んー、寝顔近くでみたいなって思って」
「なんだそりゃ」

 苦笑しながらも、頬を触っていることに対する文句はないので、そのまま触り続ける。

「慶、疲れてるね。大丈夫?」
「あー……やっぱり、今朝いつもより早く行ったのが効いたなー……」
「お疲れ様」

 鼻に頬に唇の縁に指を添わせていると、慶がくすぐったそうに笑った。

「なんか久しぶりだな。こういうの」
「うん」
「お前、前はよく、おれの顔ペタペタ触ってたもんな」
「うん。久しぶりに触れて嬉しい。ずっと触りたかった」

 正直に答えると、慶が身体を起こし、ふいっと手を掴んできた。

「…………浩介」
「うん」

 指を一本ずつキュッキュッと掴んでくれる。愛しさが伝わってくる。でも、顔は正面を向いてしまった。マスクをしていないので、こちらに向かっては話さない、という判断なのだろう。

 その完璧な横顔に見とれていたら、慶がポツンとつぶやいた。

「明後日のことなんだけど……」
「あ、うん」

 明後日は12月23日。「付き合いはじめ記念日」だ。今年も仕事のため、家でケーキでも食べようか、と話してはいた。それ以上のことは決めていなかったけれど……

「お前のビーフストロガノフが食いたい」
「え、それでいいの?」

 慶のリクエストに思わず言ってしまう。なぜなら去年の夕食と同じメニューだからだ。去年は、おれの作ったビーフストロガノフと、駅近くのケーキ屋のケーキだった。しかも、ビーフストロガノフって、つい先日も食べたのに……

「それでいい、じゃなくて、それがいい」

 おれの心を読んだかのように、慶が言い切った。

「お前のビーフストロガノフはとにかく絶品だしな」
「そんなこと……」

 あんな普通のビーフストロガノフをそんな風に言われると居心地悪い……

「それに……」

 慶はおれから手を離すと、ぷかぷか浮いている柚子の一つを手に取った。

「なんか……去年と同じがいいな、と思って」
「去年と同じ?」
「そう。去年の今頃は一年後がこんなことになってるなんて、想像もしなかったけど……」

 それは…………

「でもな」

 ポン、と柚子を一つ渡された。

「でも、同じ、だと思って」
「同じ?」
「そう」

 慶はもう一つの柚子を手に取ると、乾杯、というようにおれの手の中の柚子とぶつけた。

「こうして柚子湯に入ってることとか……」
「…………」
「こうしてお前と一緒にいることとか」
「………慶」

 慶はこちらを向くと、ふわりと微笑んだ。

「だから、去年と同じ」
「…………」
「だから、頬っぺたも、触りたきゃ触ればいい。……もちろん、色々気をつけて…にはなるけどな」
「…………慶」

 慶の優しい優しい微笑み……
 
 そっと、その白い頬に触れる。

「慶……」

 去年と同じ。変わらない。変わらないね……

 今年も愛しいあなたと一緒に記念日を迎えよう。
 

 
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お読みくださりありがとうございました!
昨晩のお話でした。

今年はこちらで失礼させていただきます。激動の令和2年。お付き合いくださいまして本当にありがとうございました。
皆様良いお年を……

ランキングクリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうございます!
おかげで何とか書き終わりました💦


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「風のゆくえには」シリーズ目次1(1989年~2014年) → こちら
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コメント (8)
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