慶と浩介、高校3年生の5月のお話です。
【慶視点】
5月の連休明け、浩介から「今度の日曜日、アスレチックに行こう」と誘われた。
浩介はバスケ部員ではあるものの、運動全般あまり好きではないので、バスケ以外の運動系の遊びに誘ってくるなんて珍しい。
理由を聞いたら、同じバスケ部の篠原から、アスレチックに行った話をされて、行きたくなったとのことで……
「でも、おれ、たぶん色々できないから。慶、助けてね?」
「おー任せとけ!」
なんて約束をして、日曜日が来るのを楽しみにしていた。……けれども、あいにく前日からの雨は、日曜日もまったく止む気配はなく……。さすがに諦めて、おれの部屋で遊ぶことにした。
「ま、テスト終わったら行こうぜ?」
「うん……でも……」
今日行きたかったのに……と、ブツブツ言い続けている浩介。これも珍しい。
「珍しいよな?」
思わず声に出すと、浩介が「何が?」ときょとんとした。そのきょとん顔が可愛すぎるので、我慢できず、右手でグリグリと頭を撫で回してやる。
「何がって、お前が『今日行きたかった』って言うのが」
「……そうかな」
「そうだよ。お前いつもはそういうこと言わねーじゃん」
「えー……そうかなあ」
「そうだよ」
グリグリと引き続き頭を撫でると、浩介が「目が回るよー」といいながら、おれの手を掴んで頭から下ろさせた。
「……慶」
「うん」
ぎゅっと右手を包みこまれる。
「慶の手はいつも温かいね」
「そうか?」
「うん」
浩介はしばらく、きゅっきゅっきゅっと握手をするみたいにおれの右手を両手で掴んでいたけれど……
「アスレチック、もう行かなくていいや」
「は?」
突然の宣言に、?となる。何でそうなる?
「なんでだよ? 珍しいって言ったからか?」
「んー、そういうわけじゃなくて……やっぱりいいかなーって思って」
「なんだそりゃ」
意味分かんねーなあ……
言うと、浩介は、またニッコリとして、
「ようは慶と一緒にいられるならどこでもいいってこと!」
「…………」
あいかわらず意味の分からない奴だ。この会話のどこをどう辿ったらその結論になる? まあ……いいんだけど。
「そんなのはおれも同じだ」
「うん」
空いていた左手を伸ばして頬に触れ、そっと口づけると、浩介は蕩けるように笑った。
【浩介視点】
とんでもない事実に気が付いたのは、5月の連休直後のことだった。
(もうすぐ5月10日。慶とおれが高校生になって初めて話した日。あれからもうすぐ2年……)
…………。
…………。
…………。
…………。2年?
あれ? 去年の5月10日は?
…………。
…………。
…………。
「あああああ!!!」
思わず叫んでしまい、慌てて口を閉じる。自転車で通学中で、横を走る車の音に紛れてくれて良かった。しかし………
「…………まずい」
非常に、まずい。
去年の5月10日といったら、おれがバスケ部の美幸さんに片思いを始めた頃だ。だから、一周年記念なんて、思いつきもしなかった。そもそも、その頃、おれはまだ慶のことを『親友』としか思っていなくて……というか、『親友』と思うこともおこがましいと思っていて……
(でも…………)
慶はその頃にはもう、おれのことを好きでいてくれて。慶はずっと、おれに片思いしてくれていて……
(………………だめだ)
そのことを思うと、ついつい頬が緩んできてしまう。あの、みんなの憧れの渋谷慶が、一年以上もおれなんかに片思いしてくれてた……
(その始まりは、5月10日なんだよなあ……)
あの日に握手した『渋谷慶』の手の温かさは忘れられない…
「握手……したいな」
思わずつぶやいてしまう。握手したい。5月10日に。
(でも…………)
そのことを正直に言ったら、去年のことも思い出されてしまう。それは非常に、まずい。
慶はおれが美幸さんに片思いしていたことを今でも恨んで?いるので、思い出させて嫌な気持ちにさせるのも嫌だし、機嫌が悪くなられるのも嫌だし……
(どうしようかなあ……)
と、悩んでいたところに、同じクラスで同じバスケ部の篠原からナイスアイディアをもらった。バスケ部の朝練で会うなり、篠原が言ったのだ。
「いやー、昨日、○○アスレチックいったんだけど、登るやつで上から落ちちゃってさー」
左腕の包帯は、女の子に心配してもらうための小道具であって、実際はそんなに痛くないらしい……
「デートの時に女の子助けてあげるために、色々練習してたんだけどさー」
「助けるって?」
「こう、オレに掴まって!みたいな」
「…………なるほど」
オレに掴まって、か。運動神経のいい慶だったら、余裕で出来そうだな……
…………。
…………。
…………。
「それだ!」
「え?」
「あ、いや……うん」
思わず叫んでしまったことを慌てて誤魔化す。
「そのアスレチックってどこにあるの?」
「え、桜井行ったことない? オレ、小学生の時に遠足でも子供会でもいったことあるよー」
「そう……なんだ」
あいにく、おれは都内の私立小学校に通っていたため、地元の小学生がしている経験をしたことがない。一瞬、暗い記憶に飲まれそうになった、けれど。
「小学生の時はバスだったから知らなかったけど、電車だと駅からちょっと歩いたよ」
「……何駅?」
「オレは○○から行ったけど、△△からも行けるはずでー」
篠原の説明を聞いていたら、ワクワクが止まらなくなってきた。
(『慶、助けてー』『おれに掴まれ!』で、差し出してくれた手を掴むと……)
握手だ。
すごい自然な握手だ!
「ありがとう。篠原。今度行ってみる!」
「おー楽しんできてー」
「うん」
今年の5月10日はちょうど日曜日。ちょうど部活もない。ああ、楽しみだ!
…………と、思ったのに。
日曜日は、絶望的な雨で……
「ま、テスト終わったら行こうぜ?」
慶の部屋の中、座布団に座って、テーブルを囲んで、お菓子を食べながら、慶に気軽に言われた。う……人の気も知らないで……
「うん……でも……今日行きたかったのに……」
今日じゃなきゃ意味がないのに、という言葉を飲みこみながら言うと、
「珍しいよな?」
「え」
ドキリとする。
「何が? ………!」
ポン、と慶の右手がおれの頭に乗った。温かい手……
「何がって、お前が『今日行きたかった』って言うのが」
「……そうかな」
「そうだよ。お前いつもはそういうこと言わねーじゃん」
「えー……そうかなあ」
「そうだよ」
グリグリと頭を撫でてくれる優しい手。
「目が回るよー」
いいながら、そっと掴んで、頭から離して両手で包み込む。……温かい。
「……慶の手はいつも温かいね」
「そうか?」
「うん」
きゅっきゅっきゅっと握手をする。2年前の今日と同じ、温かくて強い手……
握手、できた。
ああ、もう満足だ。だから……
「アスレチック、もう行かなくていいや」
思わずそう言うと、「は?」と慶が眉を寄せた。
「なんでだよ? 珍しいって言ったからか?」
「んー、そういうわけじゃなくて……」
もう目的達成できちゃったから……
「やっぱりいいかなーって思って」
「なんだそりゃ。意味分かんねーなあ」
慶の怪訝な表情。2年前と同じだ。
あの時から、ずっと一緒にいた。
これからもずっと一緒にいたい。どこでもいいから一緒にいたい。
「ようは慶と一緒にいられるならどこでもいいってこと!」
そういうと、慶は綺麗な瞳をパチパチパチと瞬きさせてから、
「そんなのはおれも同じだ」
すいっと、左手でおれの頬に触れてくれた。温かい……
「うん」
湖みたいな瞳が近づいてきて、柔らかい唇が、そっと重なってくれる。優しい優しい感触……
(来年も握手しようね)
心の中で思いながら見つめ返すと、慶が柔らかく笑ってくれた。
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お読みくださりありがとうございました!
今日、ブログ開設5555日だ!ということで、何か記念日ネタを書きたいなーと思って掘り起こしてきたお話でした。
一年目の5月10日は……慶君にとっては最悪の日々の始まりの翌日でした。9日の帰りに、浩介が美幸さんと一緒に帰っているのを見て……ってね(←片恋3)。その一年後にこんなにラブラブで過ごせるなんて……慶君良かったね〜✨
ということで、亀更新にお付き合いくださりありがとうございます!
ランキングクリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございました!