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BL小説・風のゆくえには~グレーテ4

2018年04月06日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 恵まれ過ぎた男。

 よく、そう言われる。自分でも、そう思う。

 完璧に整った容姿。人の注目を集めてしまうオーラ。難解な数式も漢字も苦労せず覚えられる記憶力。優れた分析力。抜群の運動神経、恵まれた体格。

 その非の打ち所のない優秀過ぎるスペックに加え、孫に甘い祖父母のいる裕福な家庭で育ったため、今まで本気で欲しいと思って手に入らなかったものは一つもなかった。高校からアメリカに留学したい、という希望もすんなりと叶えられた。
 
 恋愛もそうだ。ノンケの男であっても、俺が本気になれば簡単に落とすことができた。

 だから『渋谷慶』という名の魅力的な若い医師が俺の目の前に現れた時も、自分のものになることは当然のこととして、手に入れるまでの過程を楽しもうと思っていた。

 けれども……

「っざけんな!」

 口説いている最中に、鳩尾に重い蹴りを食らい、延髄ぎりまで決められた。20センチ以上ある身長差をものともしない、的確な攻撃………

 みっともなく気を失ってしまい、目覚めた直後に、偶然訪ねてきたのが、チヒロという名の青年だった。

「姉と同伴出勤してほしいんです」

 そんな意味の分からない依頼を「僕のこと好きにしていいです」という意味の分からない条件で引き受けたのは、チヒロの面差しが慶に少し似ていたからだ。慶を手にいれ損ねた苛立ちや怒りや寂しさを癒せれば、と思った。

 が。

 キャバクラから部屋に戻ってきて、チヒロを見た途端、そんな気はすっかり失せてしまった。

(やっぱり、この痩せた体と人形みたいな瞳を抱く気にはなれないんだよなあ)

 でも、そのまま帰すのも何なので、ダメ元でマッサージをやらせてみたところ………思いの外上手で驚いた。

(これはなかなか良い)

 しかも、チヒロはとても無口な子だった。何かを説明するときには息つく間もなく言葉を発するけれど、それ以外では、必要事項以外まったく話さない。そこも気に入った。自室で余計なお喋りをされるのは鬱陶しくて嫌なのだ。


 だから、その4日後、慶と和解した後にも、また呼び出した。

「前回と同じ感じでいいですか?」
「うん」

 ただそれだけのやり取りだけで、温かい手が的確に癒しを与えてくれる。

(ああ、いいな………)

 ふわりと漂うラベンダーの香り。
 ちょっとクサクサしていた気持ちが穏やかになっていく。

『おれ、バリタチなんで!! すみません!!!』

 そう叫んだ慶……
 慶は実はその小柄で中性的な容姿がコンプレックスだそうで……おそらくバリタチなのはそのせいもあるのだろう。まあ、タチ喰いもしてきた俺としては、それでも諦めるつもりはないのだけれども……

(しかし……)

 そうなると、問題はあの男。慶の高校時代からの恋人、桜井浩介だ。自信のなさが顔に滲み出ている男。おそらく、浩介を抱くことで、慶のコンプレックスは緩和されてきたのだろう。付き合って11年と言ったな。どう攻略してやろうか……

(………時間がかかりそうだな)

 ふっと息をついたところで、意識がチヒロの手に戻ってきた。温かい手。シンッとした室内の中、ザッザッという音だけがしている……

(なんか………落ち着くな)
 
 性欲を刺激されないので、安心して身を任せられる。なかなか便利な子だ。

(まあ、そうは言っても……)

 せっかく顔だけは気に入っているので、良質な食事を与えて肉付きを良くして、食べ頃まで育てたら食べようか……と思いついた。

「明日の朝はちゃんとバランスの取れた食事をしよう。このホテルのビュッフェ、おいしいから。俺がセレクトしてあげよう」

 そう誘ったら、無気力な瞳に嬉しそうな色が灯った。

(………。そんな顔もできるのか)

 ふーん……と思う。これからは時々良いものを食べさせてやろう………

(お菓子の家の魔法使い、だな)

 そんな童話があったな……。
 まあ、本命の慶を手に入れるまでの時間潰しにはちょうど良いだろう。

 その日、そんなことを思いながら、抱き枕がわりにその貧弱な体を抱きしめて眠ったら、意外と抱き心地がよくて、久しぶりに朝まで一度も目が覚めることはなかった。


***

 その10日後。

「スーパーモデル、です」
「………は?」

 弟君は何の仕事してるの? という問いに対しての姉の答えが意外過ぎて、聞き返してしまった。

 スーパーモデル?

 すると、アユミ(店での名前はセーラだ)はケラケラと笑いだした。

「そう。チヒロ、モデルやってるんですよー。スーパーのチラシとかの。時々雑誌に載ることもあって。あと美容院のカットモデルとか」
「あ………そういうこと」

 びっくりした。
 あんなガリガリで抱く気に一ミリもなれない貧相な子が一流モデルだなんて、あるわけがない。
 まあ、顔だけは良いから、そこらのチラシのモデルとしては、上等の部類に入るだろう。

「なんでも着こなすし、平均身長だから、通販のモデルとかにちょうどいいみたいで、ちょこちょこ仕事はもらえてて」
「ふーん」
「1歳からやってるから、かれこれ芸歴20年以上なんですよー」
「1歳から………」

 ああ、なんだかチヒロらしいな、と思う。
 それ以外を知らず、それ以外を知ろうともせず、あの無気力な瞳で、与えられた仕事をただこなしてきた、ということだろう。

 それに比べて………

『おれは、患者さんと患者さんの家族に寄り添える医者になりたいんです』

 キラキラと輝く慶の瞳を思い出す。普通のサラリーマン家庭で育ちながらも、一浪して有名医学部に入り、国内でも有名な大病院に就職し、理想の医師を目指してもがいている。その一生懸命さは何よりも尊い。

(ああ………それを言ったら、俺もチヒロ寄り、ということになるのか)

 医師になりたくてなったわけではない。親が用意してくれたレールにそのまま乗っただけだ。優秀すぎるおかげで何の苦労もなく医師になり、そつなくこなしているが、それが自分の求めた姿なのかといったら………

(………別に他にやりたいことも思い付かないしな)

 俺はただ、毎日平穏に過ごせればいい。美味しいものを食べて、楽しく酒を飲んで、気に入りの男の子を抱いて………



「真木さん?」
「!」

 太股のあたりに、トン、と手を置かれて我に返った。声の方を見返すと、透明な色をしたチヒロの瞳がジッとこちらを見ている。

(………忘れてた)

 アユミの同伴と引き換えにチヒロを呼び出したんだった。それなのに、シャワーを浴びて出てきたら、存在を忘れて下着姿のままベッドに腰掛けてボーッとしていた……

(空気みたいな子だな……)

 でも、手は温かい。太股に置かれた手から熱が伝わってくる。

(ああ………)

 ふっと今日見てきた光景が頭によみがえってきた。


 慶の担当患者の女の子の勉強をみてやるために、病院に来ていた慶の恋人の浩介。

『真木……さん』

 警戒心丸出しでこちらを見返してきた。その固い表情をもっと固くしてやりたくて、わざと慶と仲良くしているところを見せつけてやったら、案の定、その顔色はどんどん悪くなっていって……

 でも。

『浩介』

 慶が、凛とした声で恋人の名前を呼んだ。そして浩介の横に座って腿をトントンとたたいて………ふっと浩介の瞳に安堵の光が灯って………

(………逆に見せつけられたな)

 苦笑してしまう。慶の幸せそうな顔……それを与えるのは、その横にいる平凡でつまらないその男なんだな……

(ああ、君のその手はどんなに温かいのだろう………)

 その愛しさに溢れた手は、どんなに……


「真木さん」
「……………」

 再びのチヒロの声に思考を止める。

「もう寒いんだから何か着るかお布団の中に入るかしないと体もこんなに冷たくなってるし冷えると風邪を……」
「チヒロ君」

 手を掴むとチヒロがピタッと言葉を止めた。温かい手……

 何だか人肌恋しい。貧弱な体には目をつむって、その慶に似た面差しだけを見ながらこの子を抱いて、今晩は寂しさを紛らそうかな……

「………君が温めてくれる?」

 その手を撫でながら、顔を寄せようとした。………が、

「分かりました。じゃあお布団に入っててください」

 チヒロはそう言うと、すっと手を引き抜き、スタスタとリビングルームの方に行ってしまった。

(………え?)

 それから、ポットからお湯を出す音、ガチャガチャと容器がぶつかり合うような音が聞こえてきて………

(………なんの匂いだ?)

 なんだかスパイシーな香りが漂ってきた。

「横になってください」
「……………」

 戻ってきたチヒロの手にはタオルと何かの容器があって………

「……………。それ、何?」
「ジンジャーのオイルです。血行促進の効果があると言われていて落ち込んだ気持ちを元気にする効果もあるって言われてて真木さん元気ないし温まりたいってことならこれがぴったりだと思って」
「………………わ」

 温かいタオルを首の後ろに当てられ、思わず声が出てしまった。これは温かい。

「気持ちいい」
「………良かった」

 チヒロはポツリというと、その温かい手で背中からマッサージを始めてくれて………

(………気持ちいい)

 途端に血がめぐってくる。

(いつものラベンダーじゃないからかな)

 マッサージを受けるのは、この二週間で5回目のことになる。今まではラベンダーの香りのするオイルを使っていたのだか、それよりもさらに温かい気がする。

(………慶)

 君の手はこの子の手よりも、もっと温かいのかな……

 そんなことを思っていたら、いつの間にか眠っていて……

「……………」

 目覚めた時に、チヒロの温かいぬくもりが腕の中にあることに、なぜだかすごく、ほっとした。

 


---

お読みくださりありがとうございました!

前半部分『グレーテ2・3』の真木さん視点……な上に、
「グレーテ単体で読んでも大丈夫!」にしたかったため、
『その瞳に・裏話』で真木さん視点で書いたシーンを再び書かせていただきました。
一応、「同じ原作でも脚本家が違うと切り取り方が違う」的にしたつもりではありますが……しつこくてすみません💦
10日後、からは話が進んでおります。

それから、補足説明です。
真木さん、慶君が『バリタチ』という嘘をすっかり信じていますが、慶君は受けです。強気受け♥

次回は、コータ視点。火曜日更新予定です。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~グレーテ3

2018年04月03日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 真木さんが部屋を出て行ってからちょうど3時間後。
 アユミちゃんから『今、真木さん帰ったよ』っていう題名のメールがきた。

『真木さんめっちゃカッコよくてめっちゃ優しくて一番高いボトルも入れてくれた!』
『チーちゃんありがとう』

って、ハートの絵文字がたくさんあるメール。

「よかったー」
 バタン、とソファーに寝っ転がる。

 これでアユミちゃんは泣かなくなる。小さい頃、アユミちゃんは僕のせいでいっぱい泣いてきたらしいから、僕はアユミちゃんを泣かせないために何でもしないといけない。

(でも、何するのかな……)

 真木さんに「僕のこと、好きにしていいです」って言って、アユミちゃんとの同伴をお願いしたけど、真木さんの「好きにして」は何だろう?

 今までお願いした人は、痛いことしてくる人もいたけど、だいたいは、ただ普通にするだけだった。

 ても、本当に「ヤバイ人」にお願いしてしまって、変なところに連れていかれそうになったこともある。それを助けてくれたのがコータだった。

「ちゃんと人を見てお願いしないと!」

 そう注意してくれた。初めて会った時から、昔からの仲良しみたいに話してくれるコータ。一緒にご飯を食べにいったりカラオケにいったり洋服を選んでくれたり、楽しいことをたくさん教えてくれた。

 必要なお金がたまって「お願い」しなくてよくなってからも、時々、コータと一緒に誰かとホテルに行って、お小遣いをもらうこともある。それは楽しくないけど、コータが楽しいっていうから行ってる。

「あ、そうだ」

 それで思い出した。こないだ、この真木さんのホテルに来た時は、コータだけが真木さんに抱かれて、僕は見てただけだったんだ。

(あの時、コータ、真木さんのこと、メチャメチャ上手って言ってたな……)

 あれをするのが、真木さんの「好きにしていい」だとしたら、僕の方が得しちゃう気がするけど、いいのかなあ……

「あ」
 ガチャリ、とドアが開く音がして起きあがった。真木さんが帰ってきた。

「……………ああ」
 僕の姿を見てふっと笑った真木さん。3時間前に見た寂しい真木さんじゃなくて、いつもの「余裕の王子様」に戻ってて、なんだかホッとした。良い匂い。サッとジャケットを脱ぐ仕草もさまになっていて、やっぱりすごくカッコイイ。

 真木さんはシャツもサッと脱いで、こちらをふり向くと、

「今日は疲れたから、マッサージでも呼ぼうかと思ってたんだけど」

 マッサージ?

「君にお願いしようかな」
「え」

 お願い?

「筋肉をほぐす程度の力で構わないんだけど」
「マッサージ?」

 って、マッサージ?

「そう。出来る?」
「あ、はい」

 マッサージなら本で勉強してる。アユミちゃんによくやってあげてる。

「僕が出来るマッサージはリンパマッサージっていう体のリンパの流れにそってマッサージをしていくマッサージでアロマオイルを使ってすると更に効果的で………」
「そう、じゃ、よろしく」

 真木さんは、僕の言葉を遮って、ズボンもさっさと脱ぐと、

「なんかのオイルがこっちの引き出しに入ってた気がするから、探しておいて?」
「え、あ………」

 返事も聞かず、シャワー室に消えていってしまった。

 言われた引き出しを開けてみたら、よく分からないボトルの数々の中に、ボディオイルと書かれているものがあったので、取り出してみた。

「ラベンダー……」

 疲れたって言ってたからちょうどいい。ラベンダーにはリラックス効果があるって本に書いてあった。

「…………真木さんの『好きにしていい』は、マッサージかあ」

 それなら『お礼』って感じがしていいな、と思う。


***


 それから4日後。
 僕は再び真木さんの部屋を訪れた。

 真木さんからアユミちゃんに連絡があったのだ。アユミちゃんからは毎日「同伴どうですか?」ってメールしてたらしくて、ようやくOKもらえたってことらしい。でも条件は、僕にマッサージしにきてってことだから「チーちゃんよろしくね」とアユミちゃんに言われた。

「チーちゃん、真木さんともっと仲良くなって、もっと同伴してくれるように言って?」

 今日はお泊まりしてきなよ? と、アユミちゃんは簡単に言うけれど、こないだも、その前にコータと来たときも、帰るように言われたから無理だ。

 コータから聞いた噂話によると、真木さんは誰に対しても「ヤリ捨て」って感じで、恋人みたいにはしてくれなくて、泊まらせてもくれないらしい。でも、あの容姿だし、エッチもメチャメチャ上手だから、真木さんと関係を持ちたいって人は後をたたないそうだ。悪魔のようだって言われてる。


「……前回と同じ感じでいいですか?」
「うん」
「…………」

 そんな「悪魔のよう」と言われる真木さんが、リラックスした様子で僕に体を晒してくれている、と思うとくすぐったい。

 今回はマッサージ用のアロマオイルをちゃんと持ってきた。こないだよりも更にラベンダーの香りが強く漂う。

 真木さんの体は、アユミちゃんと違って、大きくて硬い。こないだコータとエッチするのを見ていて「触りたい」って思ってその感触を想像してたけれど、本物はそれよりももっとずっと滑らかだった。

 シンッとした室内の中、二人きりで、ザッザッて音だけがして……

(なんか………落ち着く)

 真木さんの体は触り心地が良い。ずっとずっと撫でていたい。

「ねえ、チヒロ君」
 うつ伏せの真木さんが、少しこちらに顔を向けた。

「君さあ……ご飯ちゃんと食べてる?」
「ちゃんとって……」

 何だろう?

「ちゃんとというのが他の人と同じ量という意味なら食べてないことになるけど僕にとってはそれで問題ないのでちゃんとだけど他の人にとってちゃんとかと言われると……」
「わかった。もういい」

 説明を途中で止められた。真木さんはなぜか眉を寄せて、

「量は人それぞれ適量があるから構わないが、その少ない量の食事は、きちんとバランスの取れたものなのか?」
「バランス?」

 何の話?
 よく分からなくて首をかしげると、真木さんは、ふっと息をついた。

「じゃあ、明日の朝は、『ちゃんと』バランスの取れた食事をしよう」
「え………」

 明日の、朝?

「このホテルのビュッフェ、おいしいから。俺がセレクトしてあげよう」
「え!」

 ホテルのビュッフェ? セレクトって、選ぶってこと? ってことは?

「泊まっていいんですか?」

 本当に?

 真木さんが軽くうなずいて、頭の位置を元に戻したので、マッサージを再開する。

 ………嘘みたい。誰も泊まったことのない真木さんの部屋に泊まれるなんて……

 真木さんの大きな体。綺麗な筋肉。今だけは独り占めして、ゆっくりゆっくり、力の調節に気をつけながら撫で上げる。

(あ……寝ちゃった)

 そのうち寝息をたてはじめた真木さんを見て、何だか胸のあたりがポカポカしてきた。こんなに完璧な人が僕の手の中で眠りについてくれた。すごく、嬉しい。

(一緒に寝ても、いいかな………)

 そっと起こさないように、隣に潜りこむ。

 と、

「!」
 大きな腕が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられた。

(……………わ)

 真木さんの良い匂い……。ドキドキする。ドキドキするけど、包まれてるみたいで、安心する……

(真木さん………)

 いつもはなかなか眠れないのに、気がついたら眠ってしまっていた。

 


---

お読みくださりありがとうございました!

上記話の真木さん視点が「その瞳に・裏話4」になります。

次回、金曜日は真木さん視点になります。
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