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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係・追加のおまけ

2019年09月10日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

予定変更で、次回金曜日の読み切りをもってお休みに入ります💦
今回は、先週まで連載していた「続々・2つの円の位置関係」の、最終回から3週間ほど後のお話をお送りします。


-------------

『~続々・2つの円の位置関係・追加のおまけ』



【慶視点】


 高校の同級生の、溝部と山崎と斉藤がうちに遊びに来た。
 高校2年生の時は、浩介とおれとこの3人でつるんでいたので、余計に高校時代に戻ったような感覚になる。

「なー、卒アルすぐ出る?」

 一番最後にうちに着くなり、溝部がこめかみに人差し指をグリグリしながら言ってきた。

「さっき、電車の中で、こいつ絶対知ってるーって奴がいて……同じ高校な気がすんだけど」
「えー、誰だろう」
「オレが降り際、向こうもオレに気がついて、微妙な感じに頭下げてきて……」

 話している間に、浩介が卒業アルバムを持ってきてくれた。

「人数多いから、全然知らない人もいるよね」
「だよなー。話したことない気がする。一人は眼鏡かけててー……」
「え?」

 一人は?

「って、一人じゃないのか?」
「いや、二人。わりとイケメンの背高い奴と、小さい眼鏡の奴」

 それは……

 思わず浩介と顔を見合わせてしまう。

 それは、かなりの確率で、村上享吾と村上哲成だ。そういえば、二人の新居の最寄り駅は、溝部の家の最寄り駅と隣同士だ。そりゃ、偶然会うこともあるだろう……

 と、思っていたら、案の定、

「あ、こいつらだ」

 あっさりと、溝部がダブル村上の写真を指差した。

「同じ苗字……兄弟とか親戚とかじゃないよな?」
「えー、違うよな? 山崎」

 溝部と斉藤が振り返ると、山崎は苦笑いを浮かべて、

「そんな話は聞いたことない」

と、首を振った。山崎は3年の時に二人と同じクラスなので、同じページに写っている。山崎、あまり変わってない。ちょっとフケただけだ。

「こっちの村上は、バスケ部だから、バスケ部同窓会で会ったよ。3月だったっけ?桜井?」
「あ、うん。そうだね」

 浩介も斉藤も元バスケ部なのだ。

 実はおれ達はダブル村上とは先月も会っているけれど、浩介と一瞬視線をやり取りして、その件は「話さない」に決定。

 そんな秘密のやり取りを知るわけもない溝部が、「あ、そうだそうだ」と手を打った。

「なんか思い出してきた。こいつら当時もずっとつるんでたよな? バスケ部と野球部、部室同じ扉だったから、外でこの眼鏡が待ってるの何回か見た気がする」
「そうそう。この二人、仲良かったよね。渋谷と桜井みたいに」

 斉藤もニコニコと言ってくる。
 確かに、テツと享吾もいつもつるんでた。まあでも、おれ達は当時から付き合ってたけど、テツと享吾はずっと友達してて、ようやく最近付き合いはじめたんだけどな!……なんてことも、もちろん言わない。二人はカミングアウトする予定はないとのことなので、絶対秘密なのだ。

 と、思っていたら、溝部が普通のことのように、言った。

「こいつらも、付き合ってんのかもな」
「え?」
「えええ?!」

 み、溝部!?

「なんで……」
「いや、今日見た時な、携帯二人で覗き込んで楽しそうに話してて……その雰囲気が、なんか恋人っぽかったから」
「………」
「………」

 す……するどい。

 と、思っていたら、今度は斉藤が、「ないない」と手を振った。

「だって、村上享吾、結婚してるよ? 奥さん、ピアノの先生してるんだって」
「あ、そうそう。そう言ってたね!」

 浩介も慌てて同意する。
 詳しくは聞いていないけれど、契約結婚?みたいなものらしい。テツとのことは、奥さんも同意している、と言っていた。

「なんだ。そうなのか~」

 溝部は苦笑してから、おれと浩介を振り返った。

「最近さあ、お前らのせいで、世の中の見方が変わってきた気がする」
「……なんだそりゃ」

 世の中の見方?

「見たまんまじゃないっていうのかな。色々な可能性があるっていうか……」
「ああ、なるほど」

 斉藤もポンと手を打った。

「ただの仲の良い友達、と見えるけど、実は恋人、とか?」
「そうそう」

 溝部はパラパラとアルバムをめくると、文系クラスのページで手を止めた。そこには、溝部の奥さんになった鈴木の写真がある。溝部は今、鈴木の連れ子の陽太君と、二人の娘のよつ葉ちゃんとの四人家族なのだ。

「逆にさ……オレと陽太なんか、血の繋がりはないけど、普通に親子だと思われてて」

 ふっと目元を和らげた溝部は、妙に大人びてみえる。あ……いや、もう充分、大人なんだけど……

「陽太の小学校からの友達は、オレが本当の父ちゃんじゃないって知ってるけど、中学からの友達は知らないからさ」

 陽太君は今年の4月から中学生になった。やっぱり野球部に入ったそうで、あいかわらず溝部は毎週末は野球部の試合を見に行ったり、車出しをしたりしているらしい。部活なのに、親が車出し?と疑問にも思うけれど、そういう世界だそうだ。

「こないだも、野球部の先輩に『陽太、父ちゃんソックリだな!』とか言われてさ」

 クククと笑った溝部はとても幸せそうだ。

「世の中全部、見えたまんまじゃないんだよな~。小さい渋谷の方が男役とかさ」
「は!?」

 せっかく良い話だと思って聞いていたのに、聞き捨てならない言葉に、ピキッとなる。

「小さくて悪かったな!お前だって鈴木より小さいだろっ」
「小さくねーよ!若干高い!ヒール履かれると抜かされるだけだ!」
「まあまあまあまあ」

 我ながら子供じみた言い争いを始めそうになったところで、浩介が割って入ってきた。

「二人ともお腹空いてるんでしょ? ご飯にしようご飯に!」
「そうだな」

 すいっと山崎が浩介と一緒に台所に向かう。最近、山崎は料理の腕を上げたいとかいって、浩介に弟子入り?しているのだ。

「ご飯なに?」
「すき焼き」
「え!マジか!!」

 やったーやったーと斉藤と手を打ち合わせている溝部。この切り替えの早さ……

(こいつ……)

 ホント変わんねえよな……
 高校2年生の、あの楽しかった日々から、何年…何十年経ってるんだろう。みんな、見た目はすっかり大人になったけれど、中身はあの頃のままだ。そして……

「慶ー、人数分卵だしてくれるー?」
「……おお」

 あの頃と変わらないふんわりとした笑顔の浩介がここにいる。おれの恋人として。こんな奇跡が起きるなんて、あの頃のおれは想像もしなかった。

(『雰囲気が、なんか恋人っぽかったから』か……)

 ふと、溝部のさっきのセリフを思い出す。
 享吾と恋人みたいになりたい、と言っていたテツ。願いが叶って良かったな……

 おれの願いは……

「ご飯ももうよそってもいい?」
「うわーすげーうまそー」
「ビール!ビール!」

 愛する人と、気の合う仲間と、美味しいご飯と。これ以上ない、幸せな時間。これ以上、願う事なんて、何もない。



------------

お読みくださりありがとうございました。
まったり日常話、失礼しました。

って、いつもの「終わる終わる詐欺」発生……
言い訳をさせていただきますと……
元々、この話は「続々……」の最終回の後にくっつけようと思ってました。
が、これくっつけたら、慶達に乗っ取られちゃうなーと思い、休載前の読み切りの前にくっつけよう!ということにしました。
が、途中まで書いた時点で「これ、本編のネタバレじゃん……」と気が付きまして……。これを短編のカテゴリーの中に入れるわけにはいかん。
うーんうーんと考えた結果、分けることにしました。今日はせっかく浩介誕生日だったのに~~!

ということで、次回金曜日に読切をあげます。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係28・完

2019年09月06日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【享吾視点】


 翌日の夜、渋谷と桜井の住むマンションを二人で訪れた。噂通り、桜井がいそいそと料理を作っていて、なんやかやと渋谷の世話をしている。まさに、奥さん、という感じだ。

 新居の話や仕事の話、高校の思い出話にまで花を咲かせながら(主に話していたのは哲成と渋谷だけど)夕食を取り、ソファのあるローテーブルの席に移って飲み始めたら、速攻で渋谷が酔い潰れてしまって……

「飲むとすぐ寝ちゃうんだよー」

 桜井が手慣れた風にタオルケットを渋谷にかけてやっている。奥さんというより、母親と子どもって感じもしてきた……。

 幸せそうに寝てる渋谷。ああ、聞きたい話、何もしていないのに……

「な、桜井」

 同じことを思ったらしい哲成が、桜井にチョイチョイと手招きをして、言った。

「お前らってさ、あれの時、どっちがどっちなの?」

 ものすごい直球な聞き方だな……

 ジーっと桜井を見つめる哲成。誤魔化しはきかないぞ、という表情をしている。でも、桜井は目をパチパチパチとさせてから……

「内緒♥」

と、語尾にハートを付けて言った。なんだそれは。

「えー教えろよー参考にしたいから!」
「えー参考って何、参考って」

 あははと、桜井は笑いながらも、「内緒内緒」と絶対に教えないって感じで言っている。ほら、やっぱりそんなプライベートなこと、教えるわけないよな……と、思いきや、

「じゃあ、どうやって決めたのかだけでも教えろっ」

 哲成が食い下がると、桜井は、なぜかそれは話してもいいようで、ニコニコと、

「それはねえ。うちは、両方試したんだよ。別にどっちがどっちでもいいから」
「え」
「あ……そうなんだ」

 両方、試す。
 そうか。その手があったか……。確かにはじめから決めつけることはないんだよな……

 哲成と顔を見合わせていたところ、

「あ、そうだ。あれもらってくれないかな……」

 桜井はパチンと手を叩くと、戸棚からゴソゴソと化粧品の箱みたいなものを取り出してきた。

「慶の妹の南ちゃんからもらったんだけど」
「何それ?」
「するときに使うジェル」
「…………」
「…………」

 それは……

 戸惑っているオレ達に気付いた様子もなく、桜井は呑気な感じに言葉を続けた。

「グリーンアップルの香りがするんだって。でも、うち、慶が匂い付きの好きじゃないから、せっかくもらったけど、開封もしてないんだよ」
「…………」
「…………」
「あ、グリーンアップル嫌い?」

 固まっているオレ達に小首を傾げている桜井。この天然な感じ、ホント変わってないよな……

「慶はね、何の匂いでも、匂いがするのは気が散るから嫌なんだって。だから匂い付きはいらないって南ちゃんには言ってるんだけど、取材先でもらっちゃうらしくて……」

 渋谷の妹は、いわゆるBL関係の記事を書いたりする仕事をしているらしい……

「…………ありがとう。もらう」

 哲成が恐々、といった感じにその箱を受け取り、カバンの中にしまった。

 そして、また恐々と桜井を見上げると、

「あのさ……初めての時、痛かった?」

 これまた直球な聞き方。

 すると桜井はアッサリと「うん。痛かった」とうなずいた。

 …………。
 
 やっぱり痛いのか……

 オレ達が黙っていると、桜井は「あ、でもね」と、言葉を継いだ。

「若かったから、何がなんでも!みたいなとこもあって……今思うとちょっと無理した感じもする。もう少し時間かけてゆっくりしてたら違ったのかも」
「…………」
「…………」

 時間かけてゆっくりって……何?

 とも思ったけれど、具体的な話になりそうだから、聞きたくない……

 引き続き黙っていたら、桜井が独り言のように続けた。

「でも……最近慶に言われたんだよね。挿入する事にこだわることないって」
「え……」

 こだわることない……?

 桜井は渋谷の髪をそっと撫でながら、言った。

「愛の形はそれぞれだから、ね?」

 ふんわりと微笑んだ桜井は、とてもとても幸せそうだった。


***


 お盆休み週は、保育園が割り増し料金になるから行かせたくないそうで、哲成の妹・梨華ちゃんの娘の花梨ちゃんを預かることになった。哲成の会社の一斉休みの3日間の日中は全部それに使い、有給扱いで取った月初の夏休みは引っ越しで終わったため、

今年の夏休み、全然遊べなかった……」

と、哲成はガッカリしている。でも、花梨ちゃんを連れて、3人で出掛けた水族館と遊園地はとても楽しかったし、それだけでも充分な夏休みだ。

 最終日、哲成が昼食の片付けをしている間、花梨ちゃんと一緒にお絵描きをした。花梨ちゃんは、丸い顔に四角い体から棒の手足が出ている絵をひたすら描いている。色々な色を使っている、とても明るい絵だ。

「これ、かりん。これ、ママ。これ、テックン。これ、キョウ君。これ、歌子先生」

 得意気に説明してくれる花梨ちゃんはとても可愛らしい。元々、子供は苦手で、兄の子供たちとは全然コミュニケーションを取れなかったのに、花梨ちゃんは大丈夫なのが不思議だ。

 結局、オレも兄も、いまだに、母とはあまり深く関わらないようにしている。でも、歌子と母はとても仲が良い。血の繋がりというのは関係ないのだろう。不思議な縁で繋がった家族だ。


「花梨ちゃん、絵上手だね」

 言うと、花梨ちゃんはエヘヘと笑ってから、

「キョウ君も丸かくの上手だね」

と、オレの手元をみて褒めてくれた。何か描け、と言われたので、ひたすら丸を描いていたのだ。

「キョウ君、丸が好きなの?」
「…………うん」

 うなずきながら、また、丸を追加する。

「これはくっついてる丸だから、d=r+r’」

 公式も書き足すと花梨ちゃんが目を丸くした。

「なあにそれ?呪文?」
「そう」

 2つの円が仲良くなるための呪文だ。大きな丸、小さな丸。色々な丸がある……
 

『愛の形はそれぞれだから、ね?』

 ふと、先週、桜井に言われた言葉を思い出した。
 桜井は、淡々と、淡々と、言ったのだ。

『セックスって、愛を確かめ合うためにするものじゃない? おれ達はしても子供が出来るわけでもないから、余計に、純粋に、そのためだけにするわけでしょ?』

『だから、お互いの愛が伝わることが一番重要で』

『だから、この形じゃないとダメってことは絶対なくて』

『愛の形はそれぞれだから』


 愛の形……
 オレ達の愛の形は……


「子供のお絵描き帳に何書いてるんだよ」

 洗い物から戻ってきた哲成が笑いながら言ってきた。
 その哲成にクレヨンを渡して、花梨ちゃんがまた得意げに言った。

「呪文なんだって!呪文!テックンも書ける?」
「おー書けるぞー。2つの円の位置関係の公式な!」

 哲成がオレの横に座り、オレの描いた青い丸の上に、同じ青いクレヨンで丸を丁寧になぞり……

「2つの円は合同です」

 d=r-r’=0

 青で公式を書いてくれた。大学生の時に書いてくれたものと同じ式だ。
 あの時と同じなのは、『一生一緒にいる』という約束。あの時と違うのは……

「キョウ」
「……うん」

 テーブルの下、ぎゅっと握ってくれる手。あの時は、一緒にいるために、友達でいることを選んだ。でも、今は……

 まだ、いわゆる『体を繋げる』ことには至っていない。でも、もう、充分に溶け合うくらい、触れ合っている。

『ゆっくりでいいよな?』
『……そうだな』

 そう、二人で決めた。毎日一緒にいられる今、何も急ぐことはない。オレ達のペースでオレ達らしく、繋がっていければいい。

「あーテックンも呪文、上手ー。キョウ君も上手ー」
「そうだろー」
「ありがとう」

 花梨ちゃんのお褒めの言葉に二人で微笑みあう。

 愛の形はそれぞれ、というならば、オレ達の愛の形はまさしくこれだ。

 d=r-r’=0

 二つの円は合同。少しのズレもなく、ずっと一つに重なっている。



<完>


--------

お読みくださりありがとうございました!

スピンオフ作品にも関わらず、気がついたら、ずいぶん長い付き合いになってしまった、享吾と哲成の物語。これで完結となります。幸せな未来が続きますように。

若い頃、ノートに書き綴っていただけの彼らのことを、こうして見ず知らずの方に読んでいただけるなんて……夢は叶うのだな、と、しみじみと、感動しています。皆様に感謝申し上げます。

書きたいことはまだまだありますが、とりあえず次回火曜日に読み切りをあげる予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係27

2019年09月03日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【享吾視点】


 二人で一緒にドアを開け、

「ただいまー」
「ただいま」

 誰もいない部屋に向かって声をかけた。そして、見つめ合い、微笑み合い、どちらからともなく軽く唇を合わせる。

「おかえり」
「おかえり」

 コツンとオデコを合わせる。

 ああ……これからは、ここがオレ達の帰る家になるんだ。



 初めての新居での夜。終電で帰ってきたので、相当に遅い時間になってはいたけれど、もったいなくてすぐ寝る気にはなれない。

「風呂、一緒に入ろーぜ?」

と、いう哲成の誘いに乗って、初めて風呂に一緒に入った。哲成のマンションはユニットバスだったので、一緒に入ることはなかったのだ。

「体洗ってやるー」
「じゃあ、オレも」

 なんてお互いの体の洗い合いを始めたら、当然、そのまま扱き合いに突入して……

「あー!もー!」

 ほぼ同時に達した数秒後、哲成がいきなり怒りだした。

そんなつもりで一緒に入ろうって言ったんじゃないのに!」

 口を尖らせてる哲成が可愛くて笑ってしまう。

「そんなつもりじゃなかったら、どんなつもりだよ」

 お前から仕掛けたくせに、と言ってやると、哲成は口を尖らせたまま、こっちにシャワーをかけてきた。

「…………色々話そうと思ってたんだよっ」
「話?」

 泡を流し合ってから、狭い湯船に向かい合って一緒に入る。

 と、哲成が表情を改めた。

「……歌子さんから聞いた」
「何を?」
「歌子さんの、その……」
「ああ……」

 言いにくそうに水面をパシャパシャするので、おそらく歌子の性的指向の話だろうと察する。

「大きな愛ってそういう意味だったんだな」
「まあ…………うん」
「でも……正直、よく分かんねえ」

 哲成は、うーん、と言いながら、首を傾げた。

「本当に、お前のこと何とも思ってねえの? お前、本当に出ていって大丈夫だったのか?」
「大丈夫……というか」

 恋愛感情はないけれど、友情とか家族愛とかはある。だから、オレが家を出ていくことは、正直寂しい、とは言っていた。でも、夫婦生活がないことに対する負い目から解放されてホッとしている、とも言っていた。……なんてことは哲成には言いたくないので、言えることだけ、言う。

「『娘を嫁にやる気分』とは言ってた」
「娘? お前、娘なのか?」

 あはは、と哲成は笑って……、ふっと、何か思い出したように真顔になった。

「あの……それもちゃんと話したいと思ってた」
「それ?」

 って、何?

 聞くと、哲成は言いにくそうに口ごもってから、オレの手を掴んで、思いきったように、言った。

「オレ達、このままでいいのか?」
「このまま?」

 って、何?

 と、さっきと同じように聞いてしまう。でも、本当に分からない。こうして一緒に住めるようになること以上に、何かあるのか?

 聞くと、哲成は、むー……という顔をして、むーむーむーと言い続けて……それから、「あのな」と、口調を改めた。

「オレ達…………凹凸の凸同士だろ?」
「…………ああ」

 凹凸の凸。そういえは大学の時、そんなこと言ってたな……

「でも、本来は凹凸の凹じゃないところを代用して、凸をはめる手段があることは……知ってるか?」
「…………」

 哲成……大学の時は知らなかったのに、いつの間に知ったんだ?調べたのか?……という問いは止めておく。哲成は真剣そのものだ。

「知ってるけど……」

 何とかコクリとうなずくと、哲成が掴んでいる手に力を込めてきて、言った。

「知ってるなら、なんで進まない?」
「………っ」

 進むって……!

 ジッと見つめられ、さっき抜いたばかりだというのに、体の中心が疼いてしまう。

 それは…………

「…………進んで、いいのか?」

 自分の乾いた声が風呂の中に響く。哲成がそんなことを考えていたなんて……

 掴まれていた手を掴み返して、問いかける。

「哲成……お前にそのつもりがあるならオレ……」
「…………」
「…………」
「…………」

 見つめ返してくれる沈黙を肯定ととって、頬に手を添えて、そっと………

 と、思いきや、

「そのつもりって、どのつもりだ?」
「え」

 哲成のクルクルした瞳が不思議そうにこちらを見ている。

「やっぱオレが『娘』?」
「……っ」

 う、と詰まってしまう。そうだよな……決めつけるのはマズイよな……

「いや、それは……」
「やっぱ、それって、オレが背低いから?」
「いや、その……」
「やっぱ、そうなるのかなあ……」
「…………」
「…………」

 う………
 今までこの件から目を避けてきたのは、これ以上望むことなんてない。と思っていたからだ。

 実際、哲成と素肌を合わせるようになってから、薬を飲む回数が激減していた。このままいけば、薬を卒業できるかもしれない。

 このまま、気持ちの良いことだけでいい。未知の部分に触れて、せっかくのこの癒しがなくなってしまうのは嫌だ。

 ……と、思いつつも、でも、いつかは……と心のどこかで思っている自分もいて……

 答えられず、ただ見つめ返すと、哲成の真剣な瞳とぶつかった。

「キョウ……お前、やっぱり……したい?」
「それは……」
「なんか……痛そうだよな……」
「…………」
「…………」
「…………」

 再び訪れる沈黙……

 何て答えるのが正解だ? 何て……何て……

 と、哲成がふっと笑った。

「そんなのわかんねーか」
「…………」
「だよなっ」

 オレから手を離し、パシャパシャと、水面を叩きだした哲成。緊迫した雰囲気が消えて少しホッとする。

 哲成は水面を叩きながら、「なーなー」と、首を傾げた。

「渋谷達ってさあ、やっぱり渋谷が『娘』なのかなあ? 背低いし」
「……どうだろうな」
「でも、桜井が家事全般してて、奥さんって感じだったし、元々、渋谷は凶暴だし、桜井は大人しい感じだし、桜井が『娘』なのかな」
「うーん……」

 それは……どうなんだろう。全然分からないし、正直、中学からの友人のそんなこと、想像したくない……

 と思っていたら、突然「決めた!」と、哲成が叫んだ。

「よし。明日、渋谷達に聞いてみよう」
「え」
「よし。聞いてみよう聞いてみよう」
「それは……」

 そんなこと、教えてくれるのか? と言うと、哲成は二ッと笑った。

「飲ませて吐かせる。渋谷って酔っぱらうとわりとペラペラ喋るぞ?」
「…………」

 哲成と渋谷は小学生の時からの友人だ。その絆の深さにちょっと嫉妬してしまう。オレにはそんな友人は一人もいない。オレには、哲成しか、いない。

「……哲成」
「なんだ?」

 きょとん、とした哲成の頬にそっと口づける。

「哲成…………好きだよ」
「? おお」

 額に口づける。瞳に口づける。それから……

「わ、お前……」
「うん……」

 お湯の中の哲成のものにそっと触れる。すでに兆していることに嬉しさと安心と征服欲が沸き上がる。

「さっきしたばっか……」
「うん」

 文句を言う唇に唇を合わせる。
 もっと合わさりたい、とも思う。でも……

(渋谷と桜井……)

 あいつらもこんな思いをしているんだろうか……



--------

お読みくださりありがとうございました!
か、書き終われなかった……ので、ここまでで。
一応、さすがに次回最終回になる予定です。

そして、今後のことですが……
次に一つ、短編を上げてから、活動休止、とさせていただこうと思っております。

細く長く、ずっと書き続けるつもりでいたのですが、家庭の事情でそうもいかなくなってしまいました。
現在の私はパート勤めのため、休職中で復帰のめどのたたない夫に対して、歌子さんのように「会社やめちゃえば?」と言うことはできず……それを言えるようになるために、就職することにしました(運良くパート先で正社員募集がありまして……)。苦渋の決断ではありますが、一度、ここから離れたいと思います。

書きたいことはまだまだありますが、とりあえず次回金曜日に。
どうぞよろしくお願いいたします。

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