ライオンの詩 ~sing's word & diary 2

~永遠に生きるつもりで僕は生きる~by sing 1.26.2012

困っているのなら。3

2016-12-30 01:15:30 | Weblog
圧のすごいおばちゃんの話。

結構頻繁に電話が鳴る。
その4分の3くらいは無視するのだが、堪りかねて出たりもする。

いやね、その場のノリで「助けます」なんて言ってはみたものの、年末も押し迫って来ているし、面倒だし、いやぁ、バックれちゃうかなぁとか思ったりしているわけ。

がしかし、「助けます」って言っておいて、実際は助けませんでしたっていうのは、ちょっと悪者っぽい気もしたりして。どうすっかなぁとか思ったりしていたわけ。

まぁ、こういう時は、大概は「行く」わけで、「行く」のならば電話にも出なければいけないわけでね。

で、数日前、「謎の仕事」に行ってきましたよ。という話。

集合は越生町にある、とある私立高校、のテニスコート。

そういえば、おばちゃんがテニスコートのラインをなんちゃらと言っていた。

朝7時半。めちゃめちゃ寒い。

おにーさんが一人。おじーちゃんが一人。そして僕。あとから社長さんが来る。そのあとで圧の強いおばちゃんも来る。圧の強いおばちゃんの娘さんも来る。

とりあえず、最初は3人。

ボロボロの箒とスコップを持たされて、テニスコートの周りに埋めたU字溝の掃除をしてくれと。

スコップで土をガリガリと削ってボロボロの箒でサッサと掃く。

おじーちゃんが時計の反対周りでスタートしたので、僕は時計回りでテニスコートの周りを掃き始める。

テニスコート6面分。長い方の辺は200メートルくらいあるのではないか。結構広い。

別にいいのだけれど、なんか、人助けっぽくない仕事なのである。
僕は、首を捻りながらスコップでガリガリ、箒でサッサとやるのである。

いや、別にいいのだけれど、飽きるのである。すごい長さなのである。
まぁ、二人でやっているから、テニスコートの外周の半分ずつ。半分進んだところで出会って、はい!終わり!となるはずである。

ここで、現場仕事のおじーちゃんあるある。

遠くに見えるおじーちゃんが、どうも違うことをしているような気がするのである。
ガリガリ削ってサッサと掃いているというより、落ち葉を拾っているように見えるのは気のせいだろうか?

何度見ても、おじーちゃんが落ち葉を拾っているようにみえるのだけれど、どういうことだろうか。

さて、数時間後。僕は当初のゴール地点。つまり、開始から半分の地点を過ぎている。
つまり、おじーちゃんが落ち葉を拾っているようにしか見えない場所に近づいている。

さらに進む。

おじーちゃん、落ち葉を拾ってんじゃん!ずっと!

おじーちゃんが言う。
「腰が痛いだろ?これな、大変なんだよ。おれ、ちょこっとしかやってないから、まだ先は長いぞ」

しばらくして、おじーちゃんは落ち葉拾いを終えて、ガリガリサッサの仕事に戻った。向こうの方でガリガリサッサと音が聞こえる。

で、その音、すぐにしなくなった。
現場仕事のおじーちゃんあるある。
おじーちゃんはまたどこかへ行ってしまった。

外周を削り掃きながら進むこと、ほぼ4時間。
半日が終わってしまった。

半日の間、削り掃きながら、僕が思っていたこと。

「これ、明日の雨で、また泥が流れて同じ状態になるんだろうなぁ・・・この仕事、必要なのか?」

さて、あと半日。

つづく。

困っているのなら。2

2016-12-30 01:01:19 | Weblog
そのおばちゃんは、突然現れた。カレンダーを持って。どこに?って、薪をくれたやのおじいさまのところへ。

世間話に交じってきたおばちゃん。唐突に僕に聞く。
「で、なに?仕事はなにしてんの?」

仕事は?と聞かれた時に、僕の答は何個かある。
音楽家だと答える時もあれば、詩人だと答える時もある。旅人だと答える時はよほどふざけた時なのだが、こういう唐突に聞かれた場合は、なんとなく、「瓦屋さんです」と答えるのが無難だと思っている。

「瓦屋さんです」と答えると、ブログを読んでくれているうっちーがすかさず言う。

「そういえば、この前時の鐘に登ってたね」

川越の時の鐘と言えば、ここいら一帯では有名な場所である。
一同、「へぇ、すごーい」という感じになる。
つまり、一端の瓦屋さんみたいな空気が漂ったりするのである。

そこでおばちゃんである。

「ねぇ、来週さ、二日間くらい手伝いに来てくんない?あたしね、会社やってんのよ。ねぇ、来てくんない?」

へ?

なんかおかしくないですかね?

今、僕は、えっと、瓦屋さんの仕事をしてるって・・・言いましたよね?

「ねぇ、二日間だけでいいのよ。来てくんない?ねぇ?どう?どう?どうなのよ?来るの?来ないの?」

すごい圧で来るのである。

「ねぇ、ここであったのも何かの縁でしょ?ねぇ、来てよ。二日間だけでいいのよ」

ものすごい圧で来るのである。

普通は断る。だって、仕事をしている体なのだから。行けるわけがない。

そこで僕である。
なんとなーく、この何年か、困っている人がいるのなら、その助けになるのなら、やりましょう。というスタイルで生きてしまっていたりする。

ボランティアに行ったり、頼まれてアルバイトに行ってみたり。そんなこんなで生きている。

そこで僕である。

「困ってるんですか?」と聞いてしまう。

何しろすごい圧で迫り来るおばちゃんなわけで、その一言で、事は決まってしまったのである。


嵐山の我が家。うっちーが僕に聞いた。
「あのおばちゃんすごかったね。仕事、行くの?」

うーーーん、どうなんでしょーねぇ。

つづく。

困っているのなら。1

2016-12-30 00:34:52 | Weblog
パソコンスクールに通っていたのは、もう三年近く前のこと。
三ヶ月間毎日通ったスクールの同期生とは、今でもちょこちょこ連絡を取っている、

パソコンスクールの同期生の一人「うっちー」からメールが来た。

内容を要約すると、「薪、いる?」とのこと。

すぐさま、「いる!いる!」と返事を返した。

うっちーの奥さんの仕事先の家で、樹を二本ばかり伐採したと。その切り株が欲しければ持っていっておくれ、ということ。

我がジムニー号の荷台はとても小さいので、大量の丸太を運ぶには心もとない。
でも、大丈夫。うっちーは優しいから、薪運びも手伝ってくれる。うっちーの奥さんも手伝ってくれる。

車二台の荷台に満載。持ち上げるのも大変な大きな丸太もある。
「これ、どうすんの?どうにかなんの?」と思いながらせっせと運んで荷台に積み込む。

さて、相当な量の薪の元である。
チェーンソーを手に入れないとどうにもならないかもしれないが、とにかく、大量の薪である。

薪を提供してくれた家主さんにお礼を言いつつ世間話を少し。

ここの家主さん、全盲だと聞いていた。

がしかし、ここの家主さんだと思われているおじいさま。スタスタと歩き回っているし、畑は綺麗に整備されているし、軽トラのバッテリーに繋いだ充電器を外してクルクルとコードを巻いて倉庫にしまったりしているので、「なるほど、別の家主さんがいて、その家主さんが全盲なのだな」と、薪を車の荷台に積み込みながら考えていた。

がしかし、聞くと、やはり、このおじいさまが全盲の家主さんであった。驚いた。まるで全てが見えているように動く。バリアフリーではないバリアだらけの敷地の中をである。

野菜の育て方を聞いてみた。おじいさまはこう言った。
「指先で見るんだよ」
つまり、野菜については、指先が目の代わりになるということだ。

目が見えなくてもなんでもしてしまう。ということで、先日、一輪車に丸太を載せて畝間を歩いて運んでいる時に、足を踏み外して湿地に転げ落ちてしまったらしい。
その畝間ってのが、目が見えていても歩くのが容易ではないよう道でね。丸太を載せて運ぶのは無理な道でね。それはそれで、また驚く。

目の見えないおじいさまは、色々なところに目があって、目の見える人が見ているものとは違うものを見ながら生きているのだなと、染み染みと思う。

その後、うっちーは車に薪を載せて、嵐山の我が家まで運んでくれたわけなのだけれどね。うっちー、奥さん、ありがとう!という話なのだけれどね、今回の記事の主題はそこではないのだね。

あのね、怪しげなおばちゃんが現れたんだよね。突如。
どこに?って、家主さんの家にだよ。

つづく。