最近、女子プロレスラーの死に関するSNSの危険について取り上げられている
今までにも指摘されてきたことだが、個人的にもそう感じる事が多くあった
一番多く感じたのは政府に対するものだが、個人的に政府に対する記事や投稿を観ているからだとおもう
その批判的な投稿の内容が段々と酷くなり、危険に感じるようになった
具体的には対象者を豚や奴隷という言葉で表現するなどの様にどうしたらそんな酷い言葉を選べるのかと呆れ、落胆の後に危険を感じるようになった
自分の立場や目線で感じたり考えることを自由に表現するSNSを否定する事はしないが、そう表現するしかないその人の心の中が気にかかる
それらの人達のシェアしている記事を読み進んでいくと反政府から陰謀論まで行き着く
そういった極的な思想が要因かどうか判らないが、酷い言葉を使わねばならなくなった心が気になる