時代劇物を観ると脚本もあるが、一人の人間の気持ちが恩有る人の為に命を賭してまで行動を取らせたであろう史実がある
現代の日本においては到底考えられないことに感じる
勿論、時代背景も全く違うし価値観も異なる
人の為とはいえ、自らの命を賭して行動するなどナンセンスと言われそうだが
日本人の心に存在する義の心は、そういった事に通じる心意気の様な感覚は持っているに違いないと個人的に思いたい
最近発生した改造銃やパイプ爆弾を用いても殺害しようとする意志とは全く異なった意志だと考えたい
行動自体が世間的に正しいか正しくないかは別にして、何かのために命を賭す意志は同じに思えるし
その行動が身勝手なエゴによるのではなく、誰かの為に行った行動であるという一面からすれば、同じに感じてしまう
確かに時代劇の場合も一面から観た価値観なのだが、それでもそう思いたいのは、現代が不条理さを嫌う価値観だからに違いない
最近では無関心で無感動、無行動というかつての三無主義世代と同じ類の人と違って熱い意志を持って行動に移そうとする人が出てきていると感じているからこそ
今、義という志に心が動く
仁義の仁は人が二人という意味
義を持つ同士の間にある関係