HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

画は写さず作る。

2023-03-22 07:37:27 | Weblog
 デジタル化の影響を受けた仕事は何か。アパレルやグラフィックのデザインもあるが、コマーシャルフォト、いわゆる商業用の写真撮影はそれ以上ではないかと感じる。

 従来、商業撮影は商品もモデルもまずはポラを打ち、アングルや照明などの確認から始めた。ポジ(リバーサル)フィルムを装填した銀塩カメラで本番の撮影が終わると、ラボに出して現像処理を行い、スリーブ(フイルムを入れた袖状の袋)で納品してもらう。それをライトテーブル(ヴュワー)を使って採用するカットにダーマトグラフで印をつけ、各メディアやDTPスタッフに渡すという流れだった。

 ところが、デジタルカメラが登場すると、撮影するとすぐにパソコンで写真の状態を確認し、露光や絞りを調整しながら撮影を続行できる。フィルムの交換が必要なく、撮影は中断しない。写真は大容量のSDカードいっぱいに撮り溜め、PCにダウンロードしたデータをそのままメールで各メディア、WEBの作業スタッフに送信できる。フィルムがなく現像の必要がないため、スケジュールが短縮できるのだ。

 もちろん、カメラマンに感性や技術が必要なことに変わりはない。しかし、カメラの性能や画像処理ソフトのレベル向上は凄まじい。従来、必要とされた技量はハードやソフトで十分に補える。印刷上がりを良くするために写真を加工・修正する「レタッチ作業」も、以前なら経験がものを言う職人技を必要とした。だが、Photoshopを使えこなせれば、専門学校で学んだ若いスタッフでも対応できるようになった。

 通常、撮影にはカメラの他に照明&ストロボ、ジェネレーター、露出計、三脚や脚立、レフ板やパラソル、バック紙や遮光板などの機材や道具が不可欠だ。また、屋内撮影を行うスタジオは壁と床の繋ぎ目に影を出さないホリゾントを装備し、モデル撮影のメイク室、料理撮影用の簡易厨房、真俯瞰での置き撮りには天井にカメラを固定する設備が必要になる。デジタル化してもこれらにそれほどの変化はない。



 撮影ではカメラマンがカメラを操作しながら、露出計で反射した光を測り、ジェネレーターで露光を調整し、レフ板で明暗差を減らし、バック紙を取り替えることは不可能だ。そのため、アシスタントを1〜2名を起用する。モデルや料理の撮影になると、さらに専門のスタッフが携わる。ところが、デジタルカメラの進化とそれに合わせた簡易機材の登場で、撮影の負担は軽減され、省力化が図られるようになった。いわゆる「ワンオペ化」である。

 ポスターなどインパクトのあるビジュアルを除き、通販サイトに掲載するようなコマ写真は、カメラマンがカメラと簡易機材を並行で使用しながら、別のスタッフがモデルを兼ねればオフィスでも簡単に撮影できるようになった。さらにカメラマンはもとより社内スタッフがPhotoshopで画像を加工し、そのままサイトにアップする「ささげ業務」までこなすのは当たり前になっている。

 風景やイメージカットなどわざわざ撮影するまでもないものは、プロのカメラマンが撮り溜めた既撮写真を有償で借りる(レンタルフォト)サービスを利用していた。今では無償でロイヤリティーフリーの画像がネットに転がっているし、レンタルフォトを使用するのは権利侵害が問題となる場合くらいだ。それもゲッティイメージズなど大手事業者が押さえている。



 筆者もスタジオからロケまで、物撮りからモデル撮影、置き撮りまでにタッチし、いろんなカメラマンと仕事をしてきた。今ではカメラの性能が上がったことで、撮影のテクニックや感性よりも画像処理までこなせる能力の方が重要と、語るものもいる。Instagramは別にプロのカメラマンが撮影した写真ではなくても、世界中の多くが反響することを証明した。

 コマーシャルフォトの仕事が奪われると、残った仕事を取り合うため、撮影料金は押し下げられていく。フリー素材の蔓延で権利収入の道にも期待はできない。経営の厳しさから撮影時だけスタジオを借り、臨時スタッフを雇うのは当たり前になった。撮影の仕事から足を洗い、別の仕事に転職したものもいる。仕事を待っているだけでは、食っていけなくなったからだ。


AIが画像を作るとスタイリストも不要

 デジタル化はさらに進化した。AI(人工知能)の登場である。以前なら商品撮影では事前にアシスタントがシワを伸ばしたり、ハレーションなどをチェックしたり。モデルで撮影ではスタイリストがフィッティングに携わり、ヘアメイクが化粧や髪型を整える。ところが、画像がデジタル化されたことで、商品撮影では事後修正が可能になり、モデル撮影ではモデルそのものが人工的に作れるようになった。



 東京の「AIモデル」は人工知能技術を活用しモデル自体を生成した。メタバースではリアルな自分のアバターを作って自由に活用できるのだから、男女、体型・人種、年齢の別でデジタルモデルを生成することは容易いと思っていたら、ついに実現してしまった。これが何を意味するか。以下のようなフローとなり、モデル撮影の概念を完全に変えてしまうことになる。

 この仕組みは事前に商品のみを撮影しておき、仮装試着技術を使用してデジタルモデルにコーディネート着用させた画像を作成するもの。つまり、商品を着た生身のモデルを撮影する必要がなく、商品の写真とデジタルモデルを合体させて、いかにもモデルが商品を着ているような写真に合成するのである。

 おそらく、商品は正面、側面、斜め、背後、俯瞰などあらゆる角度で撮影しておくだろう。だから、人工モデルが仮装試着しても全てのアングルで画像が生成でき、身体へのフィット性、生地の伸びや張り感まで再現されるのではないか。リアルな写真で生じる光沢やしわ、よれもあえて起こしたり、逆にカットしたりすることも可能になると思われる。

 つまり、生身のモデルをエージェントのカタログをもとにピックアップし、選定する必要がなくなる。男女、容姿、人種、体型、年齢の別にあらゆるモデルが媒体やターゲットに合わせて起用できるのだ。3月20日、多くのファッション雑誌に起用されていた有名モデルが合成麻薬所持の疑いで逮捕された。俳優やタレントの不祥事と同様にモデルも契約条項に違反する行為があれば、事務所側が責任を負うことになる。

 さらに採用したクライアントにも、再撮や制作のやり直しなどの負担が生じる。デジタルモデルならそうしたリスクもなくなる。また、スタイリストやヘアメイクといった撮影スタッフも不要になり、商品、モデルやスタッフをスタジオに集めての事前打ち合わせなどもカットできる。大量の商品撮影が短時間でできるから、手間やコストが削減されるし、カタログなどのDTP作業、通販サイトの制作の過程でいろんなコーディネートや着せ替えも可能になる。



 三越伊勢丹の「イセタンスタジオ」は、この撮影サービスをBtoB(企業間取引)向けにスタートさせた。モデル撮影の手間やコスト削減、メディア制作のリードタイム短縮を売りにするものだ。同社は3月22日~24日に東京・恵比寿のEBiS303で開催される合同展「プラグイン/エディトリアル」で撮影会サービスを実施する。

 三越伊勢丹と言えば、伊勢丹単体の時代に同社のプロモーションに起用した外国人モデルが夜の街でアルバイトをしていたとの情報が流れ、社内でイメージ悪化が問題視されたことがある。その影響は他の百貨店にも及び、広告制作の仕事を受ける代理店やモデル事務所に対し、モデルの管理や契約条項の遵守が厳命された。



 イセタンスタジオは、人工モデルの撮影サービスを自店以外にも広げ、採寸・計量、撮影、キャッチコピーなどの原稿作成といったECのささげ業務まで代行していくという。従来は代理店などに委託していた業務を内製化するのは、デジタルやAIの技術が身近になったからこそできること。併せて新たな収益源にしていこうという狙いも読み取れる。おそらく他の百貨店や流通・小売業でも、こうした仕組みを導入されていくのは時間の問題だろう。

 一方、これまでプロモーションの業務の一翼を担ってきた代理店、デザイン会社、カメラマン、モデル事務所、各制作スタッフは、こうした劇的な変化を受け入れざるを得ない。イノベーションを起こさないと生き残れないのを知りながら、自らはイノベーションに飲み込まれ食い扶持を失うことになる。時代の変化はかくも無常ということだが、自らも変わらなければならないということである。
 

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