ウィズコロナで大きく変わるのがワーキングスタイルと言われる。すでに自宅やホテル、シェアオフィスでのリモートワークが浸透し、政府が打ち出した働き方改革とは別の部分で、ビジネスのやり方に大きな変化が訪れている。
現状、会社通勤がどれほど減っているかはわからない。ただ、東京都内の中小企業では、コロナ禍でオフィスを賃貸からレンタルに切り替えたところがある。これが大企業に波及すれば、再開発事業への影響は計り知れない。東京の不動産市況は一気に悪化する恐れもある。一体、状況はどう進展するのだろうか。
働き方が見直されて成長モデルが狂う
変化は東京より先に福岡で起きている。「天神ビッグバン」や「博多コネクテッド」の再開発のビッグプロジェクトが進む福岡市では、これまでデベロッパーが国内外の有力IT企業に対し積極的なテナント誘致を進めていた。ところが、コロナ禍により不透明感が漂い始めている。入居を決めていたメガベンチャーがキャンセルしたのをはじめ、オフィスや働き方を見直す企業が相次ぎ、不動産で稼ぐはずだった成長モデルが狂い始めているのだ。
そこで、福岡市は再開発事業の規制緩和策の一つで、「高いデザイン性や緑化などの要件を満たすビルの容積率をさらに最大50%緩和する」条件を2026年末までの竣工とした。高島宗一郎市長は、延長の意義を「世界最速で感染症対応シティになる」と語った上で、「コロナによって設計変更と工事期間の延長を検討する開発事業者を後押しするため」と力説した。
また、福岡市は、新築ビルが優遇を受けるために取るべきコロナ対策として換気、非接触、身体的距離の確保、通信環境の充実などを挙げた。具体的には換気設備の強化、エレベーターのタッチレス化や大型化、顔認証入退エントランスや非接触検温センサーの設置、人数検知技術を活用した入室分散管理システムの導入などをデベロッパー側に求めるものだ。
地元では、期限延長を「他にも再開発事業を進める契機となる」と好意的に受け取る向きもある。だが、自宅やシェアオフィスで仕事ができれば、わざわざ福岡に本社オフィスを構える必要はない。また、オフィスビルで感染症対策を徹底しても、福岡では通勤・帰宅の満員電車は蜜になるし、中洲での接待でウイルスに感染したケースもある。四六時中、ソーシャルディスタンスを図らなければ、感染リスクは抑えられない。
かつて、イベント制作会社の社長がこんなことを言っていた。「うちのような会社は本社に金をかけても、1銭も生まないからね」。この発言から30年後の今、状況は激変した。千葉県の印西市には巨大なデータセンターが建設中だし、洋服の青山は店舗の余剰スペースをシェアオフィスとして貸し出す。本社機能をクラウド化してオンライン業務に切り替えれば、経営陣や社員はどこでも仕事ができる。勤務態勢を変えていく企業が出現してもおかしくない。
もちろん、本社社屋は企業のステイタスで、自社所有の不動産があれば資産に組み入れ、テナント賃料を稼いで財務を安定させることもできる。だが、東京ミッドタウンなどの賃貸オフィスで月額数千万円もの家賃負担を強いられながら、社員は年契の非正規雇用という企業もある。ウィズコロナを契機にその分を内部留保に回したり、別の事業に投資をしたり、社員の雇用契約を見直したりと、経営の方針を転換するところが出てきてもいいのではないか。
コロナ禍が終息した時、一度、浸透したスタイルを変えることは容易ではない。多くの企業は経営者の判断に委ねるだろうが、ハード面に対する価値観が変わるのは間違いないと思う。
移転トレンドに流される危うさもあるのでは
福岡ような都市に本社移転するのとは一足飛びに、個人や家族単位でいきなり地方に移住するケースが生まれている。7月以降続いている首都圏から他の都道府県への転出が上回る「転出超過」がそれを示す。これには縁もゆかりもないが、旅行などで知った土地に移る場合と、もともと出身地だったり住んだことがある地域にUIターンする場合がある。
コロナ禍が終息しても、この傾向が続くのか。それとも首都圏への「転入超過」という揺り戻しが起きるのか。ただ、人の暮らしや営みを大局的に見ると、交通手段、会社や店舗、病院や学校などの機能が不可欠で、その充実度を都会と比べると地方は見劣りする。加えて気候や風土は合う合わないがあるし、生活拠点は家族の意思にも左右される。
また、生活に潤いを与える趣味や娯楽を通じて人と人の触れ合いが生まれ、コミュニティが形成されていく。どんな地方にもそうした土壌があるにしても、土着の文化が必ずしも全ての人に受け入れられるとは限らない。得てして人間は自身の感受性で住む町を選択するような気がする。外部からの刺激に耐えられる、耐えられないがあるからだ。
過疎の自治体が「HP制作のスキルがあれば、ここでも仕事はできますよ」みたいな移住者募集をしているのを見かける。高い家賃を払い、満員電車で通勤するくらいなら、同じ仕事ができるわが町の方が暮らしやすいとの意図があるだろう。だが、仕事の発注先が自治体なら、税金でギャラをもらう準公務員になる。結局、地元マーケットでの仕事の受発注=民間による労働でカネが回るビジネスが持続できなければ、生活していくのは難しい。
一方、自治体が大きな工場を誘致していれば、安定した税収が財源となり行政サービスは充実する。ただ、電子部品製造や自動車産業は景気に左右されるし、レイオフや雇い止めもある。すでに部品工場の下請けのあるロジスティック企業(物流会社)が、コロナ禍で業務を停止するとの話。企業城下町で単に雇用があるだけでは転職は進まないし、首都圏勤務のホワイトカラーがわざわざ地方移住する理由にはならない。やりたい仕事がはっきりしていればなおさらだ。
結局、地方における安定雇用は公務員か、教師くらい。他は一次産業しかないところが圧倒的に多く、職業の選択肢が乏しい。企業ごと地方に拠点を移し、雇用がそのまま維持されるならいいだろう。だが、自分でビジネスをおこして軌道に乗せるとか、趣味に重点を置いたライフスタイルを貫くとかで、移住を決断する人がどれくらいいるのか。
ローカルメディアが地域活性化と地元再発見を名目に、地方移住する人たちの断片的な事例をことさらにクローズアップしているようにも見える。だから、移住トレンドに流される危うさもあると、冷静に考える現役世代は少なくないと思う。
仕事を生み出せるかが地方移転の決め手
話を福岡市に戻すと、高島市長は市の成長戦略を3つに分けて提唱している。短期的なものが交流人口の増加。中期的が知識創造型産業の育成。長期的では支店経済からの脱却だ。
まず交流人口の増加については、福岡市はコロナ禍以前からイベントや観光で集客してきたので、改めて掲げてもという感じだ。終息すればある程度は回復するだろうが、国内人口は減っているし、インバウンドはどこの自治体も掲げており、取り合いは必至だ。短期的な視点なので右肩上がりの成長には期待できず、戦略の軸にはならないのは当然である。
支店経済からの脱却は、「本社機能の誘致」「福岡で本社を作ってもらう」だが、ビジネスとしてみると不動産業という他力本願に過ぎない。東京に比べれば再開発ビルの家賃は坪平均3万円程度と確かに安いが、コロナ禍ではローコストによる企業誘致も狂い始めている。働き方が変われば、オフィスそのものの需要が大きく減退するかもしれない。
そして、中期的な知識創造型産業の育成。これがいちばん難しい。基礎、応用の学習を積み、知識・技術を習得してアイデアを巡らせば、起業はできるかもしれない。しかし、それを成長発展させていくには資金を必要とするし、収益を上げて市場や銀行筋に認められるビジネスにしなければならない。なおかつ、急激な環境変化では絶えずイノベーションが不可欠だ。
ところが、金融機関に溢れた資金が再開発事業の元で単なるハード建設に費やされている。それは大企業中心に金が回るもので、一般の労働者にそれほど恩恵があるとは思えない。それが福岡はもちろん、東京での成長戦略の実態だ。ウィズコロナはそれに待ったを掛けようとしている。大企業が去った後でも、基幹産業の周辺で新たな産業が生まれなければ、知識創造型産業の育成にはつながらない。
そのソリューションを地域が生み出せるか。また、ビジネスのマーケットは形成できるのか。アパレルの「ファクトリエ」や「シタテル」は地方発のベンチャー企業だが、東京にショールームやオフィスを構えている。そうしないと、ビジネスが進まないのだ。逆にハイコストから「東京は難しい」と撤退した九州のベンチャー企業もある。
まずはウィズコロナで、オフィスワークの価値観がどう変化していくか。それによって働き方が大きく変われば、地方移転の布石にはなるだろう。だが、雇用頼みではなく、自ら仕事を生み出せ継続できなければ、地方移住が増大する決め手にはならないと思う。
現状、会社通勤がどれほど減っているかはわからない。ただ、東京都内の中小企業では、コロナ禍でオフィスを賃貸からレンタルに切り替えたところがある。これが大企業に波及すれば、再開発事業への影響は計り知れない。東京の不動産市況は一気に悪化する恐れもある。一体、状況はどう進展するのだろうか。
働き方が見直されて成長モデルが狂う
変化は東京より先に福岡で起きている。「天神ビッグバン」や「博多コネクテッド」の再開発のビッグプロジェクトが進む福岡市では、これまでデベロッパーが国内外の有力IT企業に対し積極的なテナント誘致を進めていた。ところが、コロナ禍により不透明感が漂い始めている。入居を決めていたメガベンチャーがキャンセルしたのをはじめ、オフィスや働き方を見直す企業が相次ぎ、不動産で稼ぐはずだった成長モデルが狂い始めているのだ。
そこで、福岡市は再開発事業の規制緩和策の一つで、「高いデザイン性や緑化などの要件を満たすビルの容積率をさらに最大50%緩和する」条件を2026年末までの竣工とした。高島宗一郎市長は、延長の意義を「世界最速で感染症対応シティになる」と語った上で、「コロナによって設計変更と工事期間の延長を検討する開発事業者を後押しするため」と力説した。
また、福岡市は、新築ビルが優遇を受けるために取るべきコロナ対策として換気、非接触、身体的距離の確保、通信環境の充実などを挙げた。具体的には換気設備の強化、エレベーターのタッチレス化や大型化、顔認証入退エントランスや非接触検温センサーの設置、人数検知技術を活用した入室分散管理システムの導入などをデベロッパー側に求めるものだ。
地元では、期限延長を「他にも再開発事業を進める契機となる」と好意的に受け取る向きもある。だが、自宅やシェアオフィスで仕事ができれば、わざわざ福岡に本社オフィスを構える必要はない。また、オフィスビルで感染症対策を徹底しても、福岡では通勤・帰宅の満員電車は蜜になるし、中洲での接待でウイルスに感染したケースもある。四六時中、ソーシャルディスタンスを図らなければ、感染リスクは抑えられない。
かつて、イベント制作会社の社長がこんなことを言っていた。「うちのような会社は本社に金をかけても、1銭も生まないからね」。この発言から30年後の今、状況は激変した。千葉県の印西市には巨大なデータセンターが建設中だし、洋服の青山は店舗の余剰スペースをシェアオフィスとして貸し出す。本社機能をクラウド化してオンライン業務に切り替えれば、経営陣や社員はどこでも仕事ができる。勤務態勢を変えていく企業が出現してもおかしくない。
もちろん、本社社屋は企業のステイタスで、自社所有の不動産があれば資産に組み入れ、テナント賃料を稼いで財務を安定させることもできる。だが、東京ミッドタウンなどの賃貸オフィスで月額数千万円もの家賃負担を強いられながら、社員は年契の非正規雇用という企業もある。ウィズコロナを契機にその分を内部留保に回したり、別の事業に投資をしたり、社員の雇用契約を見直したりと、経営の方針を転換するところが出てきてもいいのではないか。
コロナ禍が終息した時、一度、浸透したスタイルを変えることは容易ではない。多くの企業は経営者の判断に委ねるだろうが、ハード面に対する価値観が変わるのは間違いないと思う。
移転トレンドに流される危うさもあるのでは
福岡ような都市に本社移転するのとは一足飛びに、個人や家族単位でいきなり地方に移住するケースが生まれている。7月以降続いている首都圏から他の都道府県への転出が上回る「転出超過」がそれを示す。これには縁もゆかりもないが、旅行などで知った土地に移る場合と、もともと出身地だったり住んだことがある地域にUIターンする場合がある。
コロナ禍が終息しても、この傾向が続くのか。それとも首都圏への「転入超過」という揺り戻しが起きるのか。ただ、人の暮らしや営みを大局的に見ると、交通手段、会社や店舗、病院や学校などの機能が不可欠で、その充実度を都会と比べると地方は見劣りする。加えて気候や風土は合う合わないがあるし、生活拠点は家族の意思にも左右される。
また、生活に潤いを与える趣味や娯楽を通じて人と人の触れ合いが生まれ、コミュニティが形成されていく。どんな地方にもそうした土壌があるにしても、土着の文化が必ずしも全ての人に受け入れられるとは限らない。得てして人間は自身の感受性で住む町を選択するような気がする。外部からの刺激に耐えられる、耐えられないがあるからだ。
過疎の自治体が「HP制作のスキルがあれば、ここでも仕事はできますよ」みたいな移住者募集をしているのを見かける。高い家賃を払い、満員電車で通勤するくらいなら、同じ仕事ができるわが町の方が暮らしやすいとの意図があるだろう。だが、仕事の発注先が自治体なら、税金でギャラをもらう準公務員になる。結局、地元マーケットでの仕事の受発注=民間による労働でカネが回るビジネスが持続できなければ、生活していくのは難しい。
一方、自治体が大きな工場を誘致していれば、安定した税収が財源となり行政サービスは充実する。ただ、電子部品製造や自動車産業は景気に左右されるし、レイオフや雇い止めもある。すでに部品工場の下請けのあるロジスティック企業(物流会社)が、コロナ禍で業務を停止するとの話。企業城下町で単に雇用があるだけでは転職は進まないし、首都圏勤務のホワイトカラーがわざわざ地方移住する理由にはならない。やりたい仕事がはっきりしていればなおさらだ。
結局、地方における安定雇用は公務員か、教師くらい。他は一次産業しかないところが圧倒的に多く、職業の選択肢が乏しい。企業ごと地方に拠点を移し、雇用がそのまま維持されるならいいだろう。だが、自分でビジネスをおこして軌道に乗せるとか、趣味に重点を置いたライフスタイルを貫くとかで、移住を決断する人がどれくらいいるのか。
ローカルメディアが地域活性化と地元再発見を名目に、地方移住する人たちの断片的な事例をことさらにクローズアップしているようにも見える。だから、移住トレンドに流される危うさもあると、冷静に考える現役世代は少なくないと思う。
仕事を生み出せるかが地方移転の決め手
話を福岡市に戻すと、高島市長は市の成長戦略を3つに分けて提唱している。短期的なものが交流人口の増加。中期的が知識創造型産業の育成。長期的では支店経済からの脱却だ。
まず交流人口の増加については、福岡市はコロナ禍以前からイベントや観光で集客してきたので、改めて掲げてもという感じだ。終息すればある程度は回復するだろうが、国内人口は減っているし、インバウンドはどこの自治体も掲げており、取り合いは必至だ。短期的な視点なので右肩上がりの成長には期待できず、戦略の軸にはならないのは当然である。
支店経済からの脱却は、「本社機能の誘致」「福岡で本社を作ってもらう」だが、ビジネスとしてみると不動産業という他力本願に過ぎない。東京に比べれば再開発ビルの家賃は坪平均3万円程度と確かに安いが、コロナ禍ではローコストによる企業誘致も狂い始めている。働き方が変われば、オフィスそのものの需要が大きく減退するかもしれない。
そして、中期的な知識創造型産業の育成。これがいちばん難しい。基礎、応用の学習を積み、知識・技術を習得してアイデアを巡らせば、起業はできるかもしれない。しかし、それを成長発展させていくには資金を必要とするし、収益を上げて市場や銀行筋に認められるビジネスにしなければならない。なおかつ、急激な環境変化では絶えずイノベーションが不可欠だ。
ところが、金融機関に溢れた資金が再開発事業の元で単なるハード建設に費やされている。それは大企業中心に金が回るもので、一般の労働者にそれほど恩恵があるとは思えない。それが福岡はもちろん、東京での成長戦略の実態だ。ウィズコロナはそれに待ったを掛けようとしている。大企業が去った後でも、基幹産業の周辺で新たな産業が生まれなければ、知識創造型産業の育成にはつながらない。
そのソリューションを地域が生み出せるか。また、ビジネスのマーケットは形成できるのか。アパレルの「ファクトリエ」や「シタテル」は地方発のベンチャー企業だが、東京にショールームやオフィスを構えている。そうしないと、ビジネスが進まないのだ。逆にハイコストから「東京は難しい」と撤退した九州のベンチャー企業もある。
まずはウィズコロナで、オフィスワークの価値観がどう変化していくか。それによって働き方が大きく変われば、地方移転の布石にはなるだろう。だが、雇用頼みではなく、自ら仕事を生み出せ継続できなければ、地方移住が増大する決め手にはならないと思う。