連・断・続の部屋  

捨てる過去など何もなく、日々の社会との繫がり、自己の活性化、整理のためにつぶやく。

敬老の日

2020-09-21 16:03:14 | 日記・エッセイ・コラム

女性の4人に1人が70歳以上の高齢者との報道。

自分も高齢者だと再確認。

今日一日、友白髪で、仲良く高齢のご夫婦を沢山拝見。

心からおめでとうございます。

努力の甲斐があり、長年のトラウマの残像のフラッシュバックが無くなり、

独身、独居の身で、今年は、長年連れ添ったご夫婦をうらやましいことと!といえるようになりました。

”死”までの時間が減る一方を実感する身体機能と日々折り合いをつけながら、

過ぎ去った日々を思い返し、かと言って後悔することもなく、

結構充実、楽しい日を過ごしてきたなと思えるようになったからでしょうか。

 

幼き日、若い日を知る人も、一人二人と彼岸に旅立ち、身近に頼る人もなく、

独身独居、死亡後の手続きを滞りなくするには如何が、最大懸念事項。

 

恋われて婚約したものの、婚約破棄を数年後に申し出て。

父は、【気が変わらなければ大学卒業後に結婚を】で、

その日が近づいた卒業目前のある日、恐怖の映像と足手まといの、言葉は残り、ほかの記憶は喪失し、

それから、数年後、依然として婚約はそのままという事実を知人からなじられ、

慌てて、またまた父に、結納返却を相手の家にしていほしいと願い出て、

慢性疾患罹患の娘、相手方とは相性が良くないと当初から懸念していた両親は、

理由を聞くこともなく、諸事を滞りなく婚約破棄、結納返却を、無事終わらせた旨を言ってくれた時、

どのような気持だったのだろう。

宇塚先生の下、仙台血液疾患センターで、最期の日々を安心して過ごしただろうと思えることぐらいで、

来世こそは、長く近くで過ごしたいなと、老親を頼り、子として為すべきこと少なかったなとの

敬老の日の述懐です。

 

 

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古人もわかってほしいと書いていたのだと思う

2020-09-07 21:44:05 | 日記・エッセイ・コラム

法華経を今読んでいると、友人に話したら、

二十代前半は、大乗仏典、
二十代後半は、源氏物語 漢詩が愛読書だったとか。
 
漢字の世界には、女性の傑出した名前は思い出せませんが、
”かな”になると、表舞台は男性社会だった古の女性が、書いた
源氏物語、枕草子、和泉式部日誌、蜻蛉日記、更級日記など
感じたことを、心の内を、書き、伝えたかった!
当時は、字を書ける人は、男女ともに限られていたけれど、
それでも、表したかった自分。
今は、SNSで、シンプル。
 
日夜無い 当然だろう オンコール 独り身なれば」軋轢も無し
休みなく 診療の日々 過去となり 暇ある自分 価値減りしかや
多忙暇 適切なるは 何処にある 心の隙間 いずれも生ず
 
 
 
 

 

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