『新潮』に12回にわたって掲載された文をまとめた、12年前に出版された本です。
河合隼雄ですから、たましい の話です。
たましい の顕現 として 猫を選ばれた。
何故 猫なのか?
猫は、だます。
それで 猫だましい という題に。
仙台の田園地帯に住むようになってから
猫と一緒に住んでいます。
積極的に飼おうと思ったことはないのですが
飼い主、環境からはじきだされて
行き着いた先が、我が家だったり 仙台血液疾患センターだったりで
しかも、具合悪そうと思って獣医に連れて行き、
自宅で療養後、居着くというパターンです。
最初の猫は、特別です。
”わたわたああげろじゃがかい” というように、泣き続けて、我が家の子になりました。
数年前に先立って行きましたが、
輝く金色の目を思わす 10日夜月(とおかんやのつき)、20日夜月(更待月)に月を見つめていると、今でも庭に降りてきます。
鼻筋の通った、足の長い、顔、手足は白い、茶虎 の容貌を持っていました。
朝起きて目を覚ましたとき、外周tから戻って目を合わせたときの
うれしそうな様子を思い出すとせつなくなります。
牡猫でしたが、子煩悩で、
目も開かない子猫を舐めた糞尿の世話
トイレの躾は、自らが手本を示していました(他の猫のやりっぱなしも、ふとたちどまり、確認しながら砂かけをするきれい好き)。
そんなわけで、猫は、やはり 猫だましいです。