橋本忍著、文藝春秋著
黒沢さんの映画の制作現場を再現した都築政昭さんの著作「黒澤明と『用心棒』 ドキュメント・風と椿と三十郎」と「黒澤明と『七人の侍』」を読み、傑作の登場の裏の、一方ならぬ努力に触れました。思えば46年前に学園祭の深夜映画で黒澤監督の七人の侍、用心棒、椿三十郎を見てびっくりしたのが、黒沢さんとの出会いでした。その後、黒沢さんの半数以上の作品を見ましたが、この三作を改めて見ても、素晴らしい出来だと感じました。
映画を見過ぎたせいか、最近はこらえ性が無くなり、冒頭で作品に惹かれるものが無いと、とたんに見る気が失せてしまいます。アマゾンプライムで好きなだけ見られるのですが、「マイアイテム」に登録したアイテムが増えるだけでなかなか減りません。
沢山の映画を、何となく見ていても感じるのは、脚本が良くないと駄目だということです。本書によれば、伊丹万作さんの映画憲法の第一条で「良イシナリオカラ、悪イ映画ガ出来ルコトモアル。シカシ、イカナルコトガアッテモ、悪イシナリオカラ、良イ映画ガデキルコトハナイ。」と紹介されています。
そのことが本書を読むと納得できます。橋本さんは多くの映画作品の脚本を手がけましたが、その経歴は、30歳余の時に、黒沢さんの名高い作品「羅生門」の脚本を手掛けたことに始まります。以前読んだ本で、黒沢さんが脚本家と共に、カンズメになって脚本を仕上げたことは知っていましたが、本書では、「羅生門」と「七人の侍」の脚本制作の経緯が臨場感豊かに、橋本さんの視点から描かれています。共同執筆による脚本執筆の現場の張り詰めた空気がひしひしと伝わってきます。
また、橋本さんから見た黒沢さんのお人柄と個性、能力、執念が、渾然一体となって、実体化して行間に浮かび上がって来ます。橋本が晩年の厳しい体調の中で執筆されたことが最後に明らかにされていますが、ご自身が兵役に付いた頃から、伊丹万作に師事した経緯、会社員生活など淡々とした導入部から、突然、黒沢さんと出会い、いきなりエベレストに登頂するかのような環境の変化に戸惑いながら、全身全霊を掛けた執筆の様子が描かれています。
脚本を仕上げるまでの調査も入念で、例えば、江戸初期の侍が昼飯を食したかどうかが、ほぼ出来上がった脚本の成否を左右したとのこと。また、「七人の侍」の脚本制作の際に、黒沢さんが七人の登場人物を、絵に描いて、その性格や振る舞いまで突き詰めて臨んだことから、「人物を彫る」と形容された作り込みの深さに打たれました。
黒澤映画の鑑賞に大いに資する著作であるとともに、映画一般にも、そして、仕事を成すことにも役立つ感動的な著作でした。
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○橋本忍 ○黒澤明
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