狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

デヴィ夫人が写真二枚で北朝鮮に媚びる

2006-08-10 12:00:06 | 外交・安全保障

デヴィ夫人についてはインドネシア初代大統領スカルノの第三夫人で現在はセレブが売り物のテレビタレントという程度の知識しかない。

だが、テレビで見る限り豪華な自宅を見せびらかせたり、桁外れに高価な買い物をした話とかで貧乏人のヒガミではないがあまり良い感じは持っていなかった。

そんなんに余るほど金があるのならもっとチャリティーにでも金を使えば良い、・・・いや、少なくとも第二の故郷であるインドネシアのスマトラ地震災害には寄付でもすればよいのにと思っていた。

が、寄付どころかチャリティー基金を食っていたとは。

≪99年7月16日号

●デヴィ夫人敗訴
「週刊新潮」が1993年7月15日号で報じた、デヴィ夫人主催のチャリティーパーティーで集まった寄付金の一部を夫人が勝手に引き出した疑いがある、という記事に対して、名誉を傷つけられたとしてデヴィ夫人が新潮社を告訴していた訴訟で、最高裁は「記事の大筋は真実と認めた2審の判断は正当」と、上告を棄却。これでデヴィ夫人の敗訴が確定。だそうです。(東洋の真珠・デヴィ夫人ウオッチング・バックナンバー
http://www.music.ne.jp/~nanjy/n_log/devi.html)≫

まー、これは済んだことだから良いとしてもたった二枚の昔の写真を送られたからといってデヴィ夫人のきた挑戦への媚び様には驚いた。

拉致問題で苦しむ横田夫妻についても「横田めぐみさんのご両親も、孫娘に会いに平壌に行った方が良い。何度でも会いにいけば、通訳を介してでもそのうち事実を打ち明けてくれるのではないか。めぐみさんの友人に会えるかもしれない。夫にも会って詳しく話を聞けば真実もわかってくると思う。 」と、まるで北朝鮮の代理人のようなことをのたまう。

以下は朝鮮新報の引用。

ミサイル問題 朝鮮だけ持てぬ理由ない デヴィ・スカルノ夫人に聞く 

国交正常化が打開の道

 金日成主席が1965年4月にインドネシアを訪問し、インドネシア総合大学の名誉博士号を授与された後にスカルノ・インドネシア大統領らと写した写真2点が、朝鮮から送られてきた。写真を受け取るため、7月31日に朝鮮会館(東京都千代田区)を訪れた故大統領の未亡人、デヴィ・スカルノ夫人に、ミサイル問題をはじめとする最近の朝鮮半島情勢に対する見解を聞いた。夫人は一昨年2月を皮切りに、これまで3回訪朝している。

ミサイル発射

 朝鮮のミサイル発射に関して、日本がなぜあんなに騒ぐのか、とても不思議だった。

 世界47カ国がミサイルを所有し実験を行っているのに、なぜ朝鮮だけがミサイル実験をしてはならないのか。しかも今回は、ロシア近海に落ちた一発を除いて全て朝鮮の近海に落ちている。もちろん、日本に事前通告しなかった問題はあるが、朝鮮海域を通る漁船や民間の船舶には通報したと聞いている。

 米国はもちろんイギリスやフランス、ドイツなどもテストをしている。ミサイルだけでなく、米国はインドネシア近海のマーシャル群島で過去何十年にもわたって核実験を行っている。

 にもかかわらず、米国は世界のポリスのようにふる舞い、実験をして良い国と悪い国を振り分けている。

 私がここ数年言い続けているのは、なぜ朝鮮だけが(核やミサイルを)持ってはいけないかということ。世界の全ての国が持っておらず、その中で朝鮮だけが持ったのなら、それはいけない。しかし、200近い世界の国の4分の1が持っていて、朝鮮だけが持ってはいけない理由はどこにあるのか。

 朝鮮は破壊的な国で、「ならず者」国家だからと言うなら、「ならず者」国家と言われるまで追い込んでしまったことに目を向けるべきだ。朝鮮側からしてみれば、朝鮮戦争停戦後50年以上も経済制裁を受けてきた。生きる道を閉ざされてきたも同然だ。その点について考えるべきで、ただ非難すべきではないと思う。

 今の状況を見ると、要するにホワイトハウスの意思に背く国家元首は国ともども経済制裁を科して、無理やり米国に振り向かせようとする政策だ。それに日本が加担している。日本はアジアのリーダー格として、もっとできることがあるはずだ。

コメ支援

 私は、日本の政治家がもっと徳のある政治を行うべきだと思う。主義主張が違っても、朝鮮をもっと尊敬すべきだ。

 たとえば、隣国が食糧不足にあえぎ、それによって死者まで出ているときに、条件をつけて、その条件をのまなければ援助しないというやり方は納得できない。私の正義感が許せない。だから昨年、私が名誉会長を努める「金日成花金正日花普及後援会」を通じて朝鮮に120トンの精米を届けた。支援米の袋には「with LOVE デヴィ・スカルノ」と書いた。中国の瀋陽から貨物列車で平壌まで運んだ。列車が駅に到着する際、朝鮮赤十字社の方とともに駅で出迎え、一緒に荷物を降ろした。

国交正常化

 私はこれまで3回訪朝し、そのつど、いろいろな方にお会いしたが、その方たちに、小泉さんは約束を破ったではないかと言われ続けてきた。小泉首相は訪朝し、国交正常化すると約束して帰ってきた。その約束がいまだに実現されていないというわけだ。

 今でも少なからぬ日本人観光客が朝鮮を訪れているが、国交が正常化されれば、より多くの日本の人が訪れるだろう。逆に朝鮮の人も日本に来ることができる。韓国の観光客数も日本をはるかにしのぐが、南北が統一されれば、すべての離散家族の再会が可能だ。

 日本人観光客が増えれば増えるほど、ホテルや観光関係者も潤う。経済的にも非常に良い方向に進むだろう。朝鮮に投資しようとする企業が出てくるかもしれない。

 横田めぐみさんのご両親も、孫娘に会いに平壌に行った方が良い。何度でも会いにいけば、通訳を介してでもそのうち事実を打ち明けてくれるのではないか。めぐみさんの友人に会えるかもしれない。夫にも会って詳しく話を聞けば真実もわかってくると思う。

現状打開

 今、日朝関係は最悪の状態にあるが、それを打開するには、やはり国交正常化しかない。

 それとともに、在日の人たちはもっと発言すべきだ。その発言がマスコミで取り上げられ日本人の目にとまれば、日本人も違う見方があることに気がつくだろう。日本の人たちも十分わかると思う。今はマスコミを通して一方的な情報しか与えられていない。

 日本でも反ブッシュ、反イラク戦争、反自衛隊海外派兵を主張する人たちがいる。朝鮮の問題にしても、違った見方をする人たちが声を大にして、それがマスコミに取り上げられれば、また違った反応も出てくるはずだ。

 少なくとも米国では、ある意見に対する反対意見も必ず載せる。日本では一方的な意見だけが目立つ。ハイエナのごとく弱い者いじめをしている感じがして、とても嫌な気持ちになる。

 とにかく、人の行き来が活発になり、互いに話し合ってわかり合えるようになることが大切だ。(まとめ=文聖姫記者)

ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ 1959年、インドネシア共和国のスカルノ大統領と訪日中に出会い、同年11月にジャカルタで結婚。70年、スカルノ大統領が逝去。その後、パリに亡命。社交界の華として賛美され、“東洋の真珠”と称される。80年よりパリからインドネシアに戻り、実業家として、石油、ガスの分野でプラントを設立するなど、各事業を展開。91年、ニューヨークへ移住。環境問題や先住民の生活保護、コンサート・ピアニストとオペラ歌手への支援など、さまざまな活動に携わってきた。現在日本で数々のテレビ番組に出演。全国各地で国際的視野の形成、人生観の確立などをテーマに講演会などを行うなど、多岐にわたり活躍。主な著書に「パリからの手紙」(光文社)、「デヴィ・スカルノ自伝」(文芸春秋社)など。

[朝鮮新報 2006.8.8] 
 
 デヴィ夫人の北朝鮮への媚態はこれがはじめてではなかった。

検索したらデヴィ夫人は拉致被害者の方がたにとんでもない手紙を書いていたことが判明した。(たまねぎやuraホームページhttp://www.tamanegiya.com/devi.html

ダメだこりゃ!まるで北朝鮮の代理人、・・いや、工作員だ。

 以下その引用。

デヴィ夫人の手紙
平成15年8月26日火曜日曇り ×
 拉致被害者の方がたに、あのデヴィ夫人が送ったというとんでもない手紙の事が週刊誌に掲載されていました

「これは、日本で生まれ40年外国で暮らしてきた一人の人間の意見です。ご参考にしてくださればと願います。
今日本中が拉致事件で涙している時にこんな事を言うと、日本中を敵にまわすことになるかもしれませんが、しかし、私はあえて言いたい。今日本は色々な事で、もっと冷静かつ理性的にならなければいけないのではないでしょうか。
私も泣きました。毎日テレビをみて泣きました。でも何か、おかしいと思い始めました。
北朝鮮(朝鮮民主主義共和国)は戦争賠償の事は問わない、これからの経済協力についての話し合いということで会議に出席しているのだと訴え、日本は、拉致事件の解決が先決であると主張しています。
 しかし、朝鮮半島が北と南にに別れさせてしまった原因の一端は、日本にもあるのではないでしょうか
 大日本帝国は朝鮮と韓国を50年にわたり植民地化して、残虐極まる非道なことをして来たのではなかったでしょうか。拷問や虐殺、果ては何万、何千という人間を家族から無理矢理引き離し日本に連行、強制労働者として炭坑に送り込み、迫害し続け冷酷な一生を送らせてきたのではなかったのでしょうか。
 中国の横柄さに比べたら、北朝鮮の方が余程人間味があるといえないでしょうか。北朝鮮は、戦争賠償のことは問わないといっているのに、中国は、首相の靖国神社参拝中止を条件にさえあげていてとんでもないことです。内政干渉も甚だしいのではないでしょうか。
 国交正常化に向かっての第一歩は、日本が朝鮮に対して、昔犯した罪をわび、拉致事件をも含めて許し合うことではないでしょうか。
 一時期国になった5人の方々は、約束どおり北朝鮮に戻るべきと存じます。相手が約束を守らないからといってこちらも約束を守らなくて良いということはありません。
 絶対に帰したくないというご家族の気持ちはわかりますが、しかしもう北朝鮮はここにきてこの5人の方に危害を加えることはないでしょう。帰って愛おしいお子さん達と会い、事情説明をし、その間、国際電話とかお便りとか、日本のご家族があちらに逢いに行ったりして、家族の絆を更に保ち、その後国交が正常化すれば、自由に行き来できるのではないでしょうか。
 一刻も早く両国が歩みより過去を整理し国交正常化になるメリットを重視して飢餓に苦しむ多くの人々を救ってあげるのは同じアジアの兄貴国としての日本の立場ではないでしょうか。それが気骨のある日本人の侍精神であり、慈悲ではないでしょうか。」

週刊新潮平成15年8月28日号P60より
原文の手紙はA4に4枚ワープロ文字でかかれてあったそうですので、抜粋とおもわれます。

 なんと醜い、そして無知な文章でしょう。
 戦争賠償といっても日本は朝鮮と戦争はしておりません。それなのに、南朝鮮人は戦後賠償などと訳のわからない事を持ち出し、日本から金を取りました。北朝鮮も、日本が北朝鮮に残してきた莫大なインフラ、重工場などの資産を活かせなかった自分達の国家経営の失敗を棚にあげて、日本のせいにして金を取ろうとしています。別のところでも書きましたが、日本が残してきた資産を放棄しなければ、南北朝鮮人は莫大な金を日本に支払う事になっていました。その事を卑怯な朝鮮人連中はおくびにも出しません。
 このデヴィ夫人の歴史に対しての認識では北朝鮮が、事あるごとに日本に求めてきた、根拠のない戦争賠償を「問わない」という事になっています。バカとしかいいようがありません。
90年の金丸土下座外交の時には、戦後賠償まで上乗せさせられました。

50年にわたり植民地化って何の事?????

残虐極まる非道なことをして来たって何???

拷問や虐殺って何????

迫害し続け冷酷な一生って何???

 日本がどのような残虐極まる非道、拷問や虐殺などをしてきたのでしょうか。この人は何の裏付けによりこのような事をいうのでしょうか。

「北朝鮮が人間味ある」だと!!!!

この言葉を拉致被害者の御家族の前で言ってみろ。

横田御夫妻の前で言ってみろ。

何の罪も無い十三歳のめぐみさんを拉致していった北朝鮮が、「人間味ある」!!!!

どうしようもないバカ女です。

 


 
 

コメント

「雨上がり決死隊」が八重山商工に感動!

2006-08-10 09:15:13 | 県知事選

「雨上がり決死隊」というお笑いコンビがいる。http://www.tbs.co.jp/radio/format/ame.html

テレビで見る限り、一寸二枚目で器用な宮迫博之が一人だけ目立ち人気を独占。

相方のオカッパ頭の蛍原徹は地味でどっちかというと宮迫の引き立て役のように見える。

だが、ラジオの生トーク番組の印象はテレビとは一味違った。

今朝の早朝というか、深夜、・・・プログラムによると、「水曜日(9日)のTBSラジオ系列深夜番組」で偶々「雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!」を聴いた。

テレビでは印象の薄い蛍原が終始番組進行をリードして宮迫が合い間合い間にボケまくる。

「亀田パパ対やくみつるバトル」に一寸触れた後、蛍原が高校野球について熱く語り始めた。(8日の試合を見て)

大体次のようなやり取りだった。

蛍原:「偶然スタッフと一緒に高校野球を見たが、めッちゃ面白かった」
   「一生懸命にプレーする高校生に久し振りに感動した」
   「負けたチームも勝ったチームも泣いていた」

宮迫:「何で泣くの? どこか痛かったの? ボールでもぶつかった の?」

宮迫のボケをかいくぐって蛍原は続ける。

蛍原:「特に八重山商工の試合にはビックリした。 9回に入って4-6   で負けている」
   「もうアカンと思ってリハーサルにはいったが、後で知ったら延長戦に持ち込んで逆転勝ちを知って驚いた。 感動した」

ここまで相方に熱く語られては宮迫もこれ以上ボケをかますわけには行かない。

宮迫:「そういえば、小学校の頃、高校野球が始まると一日中町の食堂のテレビの前を動かないおっさんが居たなー」
「一生懸命の高校野球の面白さが分る歳になったンヤ」

蛍原:「我々もおっさんになったんヤ。 もう38やもん」


八重山商工の活躍に蛍原と同じような感動を覚えたオッサンが全国に多数いると思うと嬉しくなった。

雨上がり決死隊、テレビで知ってはいたが別に・・・、という感じだった。

だが、今後はこのオッサン・コンビに声援を送りたい。 

宮迫はテレビではあまり見せないが「声色マネ」がウマイ! 

中尾彬のモノマネは絶品!

地元のニュースはやはり地元新聞が細やかに報ずる。

以下琉球新報のスポーツ面の転載。

◆琉球新報

きずなが生んだ大逆転劇


2点差を追う九回、中越え三塁打を放った代打奥平結=甲子園球場 どこにも負けない、日本一強いきずなが生んだ、大逆転劇だった。
 2点差を追う9回。始まりは代打奥平結の三塁打。「自分が出れば、絶対にみんなが返してくれる」(奥平)。その思いは確かに仲間に届き、1番友利真二郎の犠飛で奥平が生還。二死となった後も、東舟道大介が「長靖につなぐことだけを考えて」うまく逆方向に打ち返し、同点の走者として出塁した。
 続く金城長靖が4つのファウルで粘って、遊撃手に強烈な打球で襲いかかり、1、3塁とすると、4番羽地は「長靖がファウルで粘って、つなぐ気持ちが伝わってきた。自分も」と思い切り振り抜いて、土壇場で同点に追いついた。
 延長10回には勝ち越し打を放った奥平。大逆転を呼び込んだヒーローは、沖縄大会5試合に出場し、ノーヒット。甲子園ではただ1人スタメン落ちした3年生だった。「試合中(大嶺)祐太や(金城)長靖なんかともっと長く野球をやりたい、そればかり考えていた」。少年野球の「八島マリンズ」からずっと一緒の仲間との野球を終わらせたくない、その思いが原動力だった。そしてその思いを感じ取ったナインは、奥平に続いた。
 日本一厳しい練習で培ってきた八重山商工ナインの技術や力はもちろんだが、少年野球から積み上げてきたきずながこのチームの最大の武器。それを証明した試合だった。(深澤)

(8/9 10:01)

 
 

コメント