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昨日「李登輝講演会」を聴講に行った。
混雑を予期して開演(3:00)一時間前に入場したが、既に二階席を含めて満員状態で、主催者の話によると前売り券は前日で完売、当日券も開演直前に完売したとのこと。
講演会は大盛況に終えたが、予想されたとはいえ沖縄側の来賓が九州大学喜屋武沖縄同窓会会長夫妻以外には見られなかったのは残念だった。 在沖台湾人の関係団体は沖縄に移住した台湾の団体である琉球華僑総会の新垣旬子会長をはじめ大勢の方が参列していた。
沖縄側の来賓席がさびしかったのはやはり中国が気になるからなのだろうが、自分の国で開催される講演会に参加するにも中国の顔色が気になるようで何が「琉球独立」かといいたくもなる。
もっとも自国にある神社への参拝にも一々中国の顔色を伺う首相を戴く日本では仕方のないことなのか。
独立国を自認するなら日本国内、何処へ行くのも中国の許可など必要ないはずだ。
自由時報によると、李登輝氏が日本国内で講演会をするとなると「中国の妨害は正常に行われている」、
「沖縄県の関係者は李登輝に関する活動に出席してはならないと要求するなど、圧力を不断にかけている」のだそうだ。
講演内容は、中国文化と日本文化を身をもって体験した李登輝氏が「日本人よ!何ゆえ日本文化の素晴らしさをもっと理解し、もっと大事にしないのか!」とイライラしながら訴えたという感じだった。
日本文化を軽んじていた若者が海外へ行って初めて日本文化の素晴らしさに目が醒めるという話があるが、
小さいときから読書家だった李登輝氏は小学校時代は四書五経 を熟読して儒教を学び、日本統治時代は新渡戸稲造などから日本文化を学び、さらに日本の敗戦後は国民党の支配の体験をした。
それだけに李登輝氏が日本文化の素晴らしさを訴える姿には実体験に基づいた説得力に溢れている。
氏が比較文化論的に語る日本の伝統文化、伝統精神のすばらしさは金美齢女史が語る日本文化論に共通するものがある。
中国文化が第一と思う、沖縄タイムスにとっては李登輝氏の「日本文化礼賛」など聞きたくもない話しらしく、今朝の朝刊は講演会があったというだけのアリバイ報道。
代わりに社会面トップは去年の「11万人」集会で
「おじー、おばーがウソをつくはずはない」
と発言して有名になった男女高校生が大学生になっても「平和運動」で活躍している様子を写真入で大々的に報じている。
これが社会面トップを飾るネタかよ!
講演内容は産経新聞が詳しく報道しているので、以下に引用する。
それから講演終演で帰りのときいつも激励のコメントを戴くヒロシさんに「体調はどうか」と声をかけていただいた。
体調はカイチョウです。 ありがとう。
李登輝元総統が「学問のすゝめと日本文化の特徴」をテーマに講演 (1/2ページ)
沖縄訪問中の李登輝元台湾総統は23日、宜野湾市内の会議場で「学問のすゝめと日本文化の特徴」をテーマに講演し、馬英九政権下にある現在の台湾を「五里霧中の中にある」と表現、「民主台湾」の後退に危機感を表明した。
講演は日本文化の分析が基調だが、この中で李氏は「今、大切なのは太陽だ。強い太陽に照らされて霧が晴れれば、人民は初めて自らの道、国のゆく道が見えてくる」と指摘。馬政権が進める対中融和政策で台湾が自らの「信念」を失えば、台湾の民主化路線と「主体性」は形骸(けいがい)化すると危機感をにじませた。
初訪問した沖縄については「戦後の沖縄と内地の違いは、沖縄は自分なりの発展を遂げたということ。ここに精神的なものがあり、感服している」と述べた。また沖縄戦がなければ台湾が米軍の攻撃対象になったとし、台湾と沖縄は戦争の犠牲を忘れず、「心と心のきずなを築こう」と呼びかけた。
■台湾の李登輝元総統が行った講演の要旨は次の通り。
福沢諭吉は「初段は掃除破壊の主義にして、第二段は建置経営の主義なり」と記したことがあるが、「学問のすゝめ」はこの初段に属する第一書といえる。これより以前の福沢といえば、西洋事情の紹介、新知識の普及を主眼とするものにとどまり、イデオロギー的な思想闘争ともいうべきものは、まだ企てられてはいなかった。
明治政府が革新政策を実行したその果断は、福沢をはじめ、当時の文明主義者を驚喜せしめるものがあった。新政府の果断なる実行をみて、福沢は新しい希望と抱負をもち、新しい日本の思想的指導者の任務を自ら課する気持ちに進んできた。「全国の人心を根底から転覆して」という誓願が形となって現れたのが「学問のすゝめ」だ。
有史以来、日本の文化は(中国)大陸および西洋などから流れ込んできた変化の大波の中で、驚異的な進歩を遂げたが、一度としてそれらの奔流に呑(の)み込まれることもなく、日本独自の伝統を立派に築き上げた。 日本人は古来、外来の文化を巧みに取り入れ、より便利で都合のいいものに作り変えていく。これは一国の成長、発展という未来への道にとり、非常に大切なものだ。
儒教は「文字で書かれた宗教」ともいわれ、科挙制度とともに皇帝型権力を支えるイデオロギーでしかない。そのようなものを大切に推しいただいてきた中国人は、空虚なスローガンに踊らされ、それで満足してしまう、あるいは面子(めんつ)ばかりにこだわり、何の問題の解決もできないばかりか、価値観を混乱させてしまう。
一国の文化形成は、進歩を重視するあまり「伝統」を軽んずるような二者択一的な生き方は愚の骨頂だ。最近の日本では一般的に物質的面ばかりに傾いているといわれる。その結果、皮相的な「進歩」に目を奪われ、大前提となる精神的な「伝統」や文化の重みがみえなくなってしまう。
私が言いたいことは、日本人が自分の国や社会に対する態度を変える必要があるということだ。経済発展を追求するだけでなく、日本文化の精神面である「公に奉ずる」という発想が欠如してはならない。福沢の書いた「学問のすゝめ」も、結果的には日本文化の新しい一面を強調しているが、日本文化の伝統を失わずに維持したものといえる。
台湾の李登輝元総統(85)は22日、講演などを目的とする私的旅行のため、沖縄県を初訪問した。李氏は今回、私人の立場を取りながらも、日本当局に訪問を事前通告する形をとり、入国手続きは実質的なVIP扱い。関係者によると、警察当局は400人態勢で李氏の警護に臨んだ。
受け入れ態勢の格上げは、李氏が昨年5、6月の訪日の際、成田空港でペットボトルを投げつけられる事件があり、日本側が警備上の配慮などから、李氏の対応を見直した結果とみられる。
李氏は那覇空港到着後、糸満市の平和祈念公園内にある戦没者墓苑で献花。続いて沖縄戦で死亡した台湾人30人あまりの名が刻まれた「平和の礎」前に立ち、献花して深々と一礼、同行記者団に「台湾の犠牲者に心から敬意を表した」と感想を述べた。
米軍が撃ち込んだガス弾で多くの犠牲者が出た壕が残る「ひめゆりの塔」にも立ち寄った李氏は、事件の生き残りで案内役の新崎昌子さん(80)に日本の歴代首相の訪問状況を尋ね、「総理はまずここを見てから東京で仕事をすべきだ」と指摘。この日、親台派といわれる自民党の麻生太郎氏が新総裁に選出されたことを受け、麻生新政権の、史実を踏まえた対米・対アジア外交にも期待感をにじませた。
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