米国防総省は1日、米国の安全保障戦略の指針となる「4年ごとの国防戦略見直し(QDR)」を発表した。
その内容を見て最も大きなショックを受けたのは、ほかならぬ我が鳩山首相であろうと書いた。
日米と国は違っても、同じ名前の民主党のオバマ大統領が、就任以来リベラルな雰囲気を漂わせ、「チェンジ」を合言葉にしていただけに、鳩山首相は米国の従来の対中政策にも大きなチェンジを期待していた。 そのため、「対等な日米関係」の幻想に捉われ、米国一辺倒の日米安保の見直しを主張し、その一方で「東アジア共同体構想」をぶち上げて、普天間移設では迷走を繰り返してきた。
そしてオバマ大統領が、核軍縮を唱えノーベル賞を受賞した時点では、鳩山首相の友愛幻想が日米中の三国の間にも実現しそうな気配であった。
中国は米国の従来の対中政策では仮想敵国の扱いであり、2001年のQDR2001では「不安定の弧」、2006年のQDR2006では、「戦略的岐路にある国」として、中国を潜在的脅威とし
て軍事的抑止を行ってきた。
それに対して、オバマ政権は中国に急接近の態度を見せ、米中の共同覇権(G2体制)による米中安全保障の噂さえ流れるほどで、一部には「ジャパンパッシング」の懸念も持ち上がっていた。
鳩山首相の友愛幻想によれば、米中が友愛によって手を握ってくれれば台湾海峡の緊張も緩和され、普天間基地の米海兵隊が辺野古に移設する根拠は消滅してしまう。
そうなれば普天間基地も晴れて県外の何処かに膨大な持参金を付けて移設すれば一件落着だと考えていたのだが、今回のGDR2010の内容は中台紛争を想定しており、鳩山首相が密かに期待していた友愛幻想を見事に打ち砕いてしまったのだ。
オバマ大統領がブッシュ前政権からゲーツ国防長官を引き受けた時から、米国の対中安全保障政策は前政権を基本的には引き継ぐものと思われたが、果たせるかな今回のGDRでも、中国は依然としてアメリカにとって潜在的脅意威として位置づけられている。
その根拠として、QDR2010は、中国の軍事力拡大の意図の不透明性、弾道・巡航ミサイルや潜水艦、サイバー戦、高性能戦闘機あるいは対衛星兵器等を挙げている。
GDR2010では中国の脅威に対して多くの対抗手段を表明しているが、普天移設に関連するものを抜書きすると、先ず中台紛争のシナリオを検討し、中国をいかに押さえ込むかが課題とされている。
ということは沖縄の米軍基地の位置付けは従来と「変化なし」ということになり、普天間を基地とする米海兵隊の重要性は従来と変わらないということになる。
従って、基地に隣接する普天間住民の危険除去を当面の最重要課題と考えるなら、「辺野古以外に選択肢がない」という米側の主張に繋がってくるのである。
2月9日の沖縄タイムス社説は、「稲嶺名護市長就任 政府は断念を明言せよ」という見出しで「辺野古移設」を断念せよと、力説している。
沖縄タイムスを筆頭に県外移設を主張する論者の中には、戦争の形態が変わってきたので、米軍基地はグアム、やハワイに引き払ってもらい沖縄に軍事基地の必要性はないと主張するものもある。
普天間基地には米海兵隊が駐屯しているが、海兵隊の機動性は有事の際、いち早く目的地に移動するその敏速性にあり、抑止目的の地域を遠く離れた地域に駐屯していてはその機動性が有効に働かない。
海兵隊が紛争想定地にいち早く駆けつけるためには駐屯する場所が問題なのである。
台湾で紛争が起きた場合沖縄から台湾へは1日で展開できるが、県外といっても例えば富士へ移設した場合、3日はかかる。 これではいち早く現場に駆けつけると言う海兵隊の最大のミッションを果たすことはできないことになる。
いくらネット技術が発達しても、A地点からからB地点へ人間や物資を移動させる手段はヘリや艦船とという極めて原始的手段でしか実行できないということを県外移設論者は考慮に入れていない。
ごく普通の家庭の主婦がキャッシュディスペンサーを使って沖縄から北海道の企業にオンラインで送金できる時代に、先端技術が集積する軍隊では物資や兵員の移動に艦船や航空機といった1世紀前の機器によらねばならず、IT技術の飛躍的発展にもかかわらず人類は「距離の克服」にまではいたっていない。
オンライン的に人間や物資が瞬間移動できるのは現在のところSF映画の世界だけだと言うことを、県外移設派の論者は認識すべきである。
オバマ政権の「対中国安全保障政策」は「チェンジ」ではなく、前政権を受け継いだ「アンチェンジ」であった。 これで「現行案以外の決着を5月末までに」と豪語した鳩山首相の選択肢はますます狭まってきた。