ミャンマーチーク屋さんのわが道を行く

日々の出来事と旅と愚痴と文句を勝手に語る日記。

林住期

2024-04-20 20:08:16 | つぶやき
療養中だった同業者の知人が2か月ぶりに退院して戻ってきた。

体重はマイナス10キロ減ったが、元々ぽっちゃり体系だったせいか、逆にすっきり見えて見栄えだけは良くなったかもと喜んでいた。髪も思ったより抜けず、見た目の変貌が大きくなかったことに安心した。生保やがん保険といったものには未加入だったが、あらためて日本の高額療養制度の素晴らしさと生保の不要論を力説していて、確かに一理あるなと。もっとも先進医療などの適用外の治療の場合には支払いが必要となるが、適用範囲の治療はどんどん拡大傾向にあるらしいので、「やっぱり要らんと思う…」と話していた。

そういわれると解約したくもなるが、積み立て型と60歳までの払い込みで、その後はずっと保証されるタイプのものに入ってしまっている以上、今さら解約はもったいないので、まぁ続けるしかないなと。それに考え方は人それぞれだ。とはいえ、日本の保険制度はこんなに優れモノなのに、生保の加入率も総じて高いのはなぜなんだろう?多分、結婚や住宅ローンを組む時に加入する人も多いんだろうけど、それ以前に日本の保険制度のカバー範囲や詳細を多くの人がわかっていないからというのもあるんじゃないかと思う。備えあれば憂いなしというが、諸外国と比べると日本の場合、すでに充分備わっていると感じる。

こうやって身近な人の話であらためて健康の大切さを知るのと、いつか自分もそういう時が来た時の心構えとして、頭の中でシュミレーションしておくと良いのかもしれない。体力なんかを考えると、いろいろやれるのも、あと20年くらいなもんだと思う。老後にやりたいことなんて言うけれど、老後なんてやる気も気力もどんどん失われていくだろうから、今がもう老後だと思いながら過ごさないとあっという間に死んじゃう気もする。

ヒンドゥー教の教えでは、人生を四つのステージに分けている。勉学に励む学生期、家庭生活を営む家住期、仕事や家族と離れ、林のなかで自分に向き合う林住期、そして放浪を置き死を迎える遊行期である。年齢で言うと50歳から75歳までの間が林住期になるという。今年55歳を迎える私の場合、すでに林住期の只中にある。仕事や家族と離れ林の中で…と言われても、周囲に林もないし勝手に仕事や家族からも離れた場合、それは家庭を放棄した行方不明者となってしまう。これをどう理解していいのかは悩むところだが、そろそろ死を迎える前段階としてこれまでの自分に向きあう、という意味なんじゃないかと勝手に解釈している。まぁ、どうであれ、すでに老後の範疇に入っていることは確かだし、今を老後として意識しながら過ごすというのは、あながち間違っていないように思う。

今度また五木寛之の「林住期」を読み返そうと思う。

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