先日、木材関係の方と仕事の話をしていて、ふと、
最近の若い大工さんの話題になった。
最近の若い大工さんは、どうも「職人ではなくなった」
のだという。もちろん、それは昔の職人堅きの大工さんと
比べてのことだろうと思うのだが、それにしても、
施主さんに全く頭が上がらない大工さんが、本当に多く
なったそうである。
昔の大工さんというのは、施主さんの要望を聞きいた上で、
材料のアドバイスをし、時には大工さんの独断で最も良いと
思われる方法で家を建てていったそうである。それが今や、
ほとんどが施主さんの言いなりになっているという。
時代が変わり、施主さん自身が多くの情報を持ち、
それに伴った要望の多様化、という事情もあるのかも
しれないが、それにしてもずいぶん弱腰になったそうである。
施主さんから、少々何か言われると、それに対してきちんと
説明できない大工さんがずいぶん多くなり、そうなると、
施主さんからのクレームは、現場の大工さん通じ、すぐさま
建築材を扱う建材屋さんに来るという。
特に無垢の木材を扱うところは、「建材に問題が…」
となる事が多いようである。
このように大工さんの立場が弱くなったことも、クレーム業界と
言われる建築業界にさらに拍車をかけている要因になっていると
思われる。
モノ作りに携わる昔の職人さんは、学校を出るとベテランの
職人さんの下で何年も修行を重ねて一人前になっていった。
それが今では学校を出ると、さらにまたそれ専門の学校を出て
職人になっていく過程を辿る。
人に付いて学ぶのと学校で学ぶのと、どちらが良いのか
なんてことは一概に言えないが、集団で学ぶ学校では、
技にしても、気質にしても画一的にならざる得ないであろう。
おそらく凛とした職人気質などは、人の下で学んで身に付く
最たるものではないだろうか…と思うのである。
いずれにしろ、時代の変化で様々なことが変わっていくものである。
それはモノ作りの世界も、モノを売る世界でも、そして伝統の世界
ですら、時代の変化に対応しながら変化をとげ、受け継がれていく。
しかし、その中には変わらないほうが良いもの、変わっては
いけないものも、あるような気がしてならない。
それが、職人さんの世界では、「気質やこだわり」であると、
私は思うのである。
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