Untrue Love(32)
しかし、咲子という若い女性は自分からすすんで交友範囲を拡げるようなタイプでもなかった。そのことにも不満を感じていないらしかった。ぼくは大学とバイトの間の時間に何度か時間を割いて会った。話もなかなか弾まず、その限りのあるわずかな時間さえ遅々として思い通りにすすまなかった。だが、彼女の外見はきれいでもあった。いっしょに居れば何人かが興味をもって振り返るぐらいには。だが、華やかさというものではなく、その素朴さから生まれるような類いのものだ。周りからみればそのような状態のぼくは幸福であると見られるかもしれないが、その当事者である自分はあまりこころも揺るがせないままだった。
それは、ぼくが見つけた関係ではないことが引っかかっているのかもしれない。どこかで親類というもやもやとした印象が残っていた。それに保護者のような身分も与えられた。いまの年齢の自分にはその境遇があまりにも不釣合いだった。もしくは、はっきりいえば迷惑だったのかもしれない。それで、彼女が同じ年頃の女性とふざけあっていることを期待した。だが、その期待も簡単には報われそうになかった。
「じゃあ、そろそろバイトに行かないと」
「頑張ってください。そうだ、今度その町に行ってみたいんですけど・・・」
「そうだね、どっかで服を買ったり、化粧品を探したりしないといけないよね」彼女は自分の頬を触った。ぼくは皮肉を言ったわけでもないが、いくらか後悔もしていた。こうして、自分の発言のひとつひとつを考えたり、ためらったりすることも重いこころに拍車をかけた。
ぼくは手を振り、ファースト・フードの店を出る。出れば出たで彼女のことも心配でもあった。あんな感じでこの世の中を歩んでいけるのだろうかという心配が主だった。だが、ぼくはあまりにもこころが傾きすぎていたのか肩に電柱にぶつかった。そろそろ自分の考えや小さな野心も取り返さないわけにはいかなかった。
ぼくは、バイト先まで歩いていると、やはり途中でユミに会った。ぼくらの関係はどういうものなのだろう。確固としたものはなかったが、それでも、当然のこと他人のわけでもなかった。
「今度、また遊びに行くよ、うち」と彼女は言った。
「うん、いいよ。前以って連絡くれれば」
「他人行儀だね。じゃあ、突然、行くよ」彼女は笑う。ぼくは女性と軽口を叩けたことで安堵する。あの咲子が相手だと、そうはいかなかった。返事の量はユミの十パーセントにも満たないようだった。
その翌日にアパートのチャイムが鳴った。ぼくの頭には何人かが浮かんだ。選択肢は増え、それを使う人数が数日で変わったことを知る。
「やっぱり、来たよ」ユミがそこにいた。「誰もいないといいんだけど」
「居るはずないじゃん。どうぞ」ぼくは玄関を広く開ける。ユミの手には飲み物か食べ物か、もしくはその両方がぶら下っているようだった。彼女は休み。ぼくも大学から戻り、バイトのない日だった。
「飲み物、冷やすね。冷蔵庫、開けちゃうよ」彼女は返事の前にもうしまっていた。「冷蔵庫のなか、きれいになっていない?」
「この前、掃除したんだよ」なぜ、ぼくは必要もない嘘をついてしまったのだろう。ありのままを説明することも確かにできたのだ。だが、その経緯が面倒で簡単な言い訳を考えつく。「きれいになったでしょう?」
「そうだね。きれい。整理整頓されている」
「直ぐに汚くなるよ」ぼくは居心地が悪くなり立ち上がってそれを手伝った。
「はさみ、もってきてあげたよ。してほしかったら髪の毛も切ってあげる」
ぼくは髪を触る。いささか伸びていると感じたが、それはいつもとも言えた。日常的に無頓着な自分の頭。
「うん、切ってよ」
「じゃあ、裸になりな。風呂場がいいか」
「もう?」
「うん」ぼくは言われたまま風呂場で背中を向けている。彼女の話す言葉がその中で反響する。「女性の髪の毛も切りたいとお願いしてるつもりなんだけど、要望に適う子とか、見つけてくれたかな」
「あ、そうだ」
「いるの?」
「この前、そんなこと言ってた」
「誰?」
「4月から、もう少し前か、こっちの大学にぼくの両親の知り合いで通いはじめた女性がいる。田舎から上京して。もうそろそろ髪の毛を切りたいと言ってたんだけど、どこに入ったらいいか分からないと困ってた。そうか、それなら」
「可愛い?」
「普通。で、無口」
「やりがいがありそうね」
「今度、じゃあ、お願いしたいな」
「じゃあ、お店のほうに連れて来てよ。さすがにお風呂場で裸になってもらっても変だしね」ユミは笑って、ハサミを置いた手で、ぼくの肩のあたりをはらった。「ちょっと掃除する。それが終わったら、そのままシャワーを浴びちゃえば」
「いいね。全部、お手頃で」
「鏡は絶対に見ちゃダメだよ」それから、後ろ手にユミは浴槽のドアを閉めた。ぼくは蛇口をひねってお湯を出し、頭を洗いはじめた。爽快感があった。それも簡単に済ませ、洋服を着た。いつみさんの元彼氏の服。それに無料で切ってもらった髪の毛。ユミは冷蔵庫からビールを出してくれていた。ぼくは数週間前に二十才になった。その前からビールぐらいは飲んでいたが、この地味なアパートで、ユミみたいな居るだけでそこが華やかな雰囲気にすることができる女性と、この夕方のひとときを過ごしていると、大人への経過がより一層、楽しいものとなりカラフルに彩られていくようだった。
「ありがとう、いろいろ」
「なかなかだよ、その頭」
「中身もなかなかだよ」ぼくは頭を左右に振り、その証拠の音でもしないかと無意識に確かめた。
しかし、咲子という若い女性は自分からすすんで交友範囲を拡げるようなタイプでもなかった。そのことにも不満を感じていないらしかった。ぼくは大学とバイトの間の時間に何度か時間を割いて会った。話もなかなか弾まず、その限りのあるわずかな時間さえ遅々として思い通りにすすまなかった。だが、彼女の外見はきれいでもあった。いっしょに居れば何人かが興味をもって振り返るぐらいには。だが、華やかさというものではなく、その素朴さから生まれるような類いのものだ。周りからみればそのような状態のぼくは幸福であると見られるかもしれないが、その当事者である自分はあまりこころも揺るがせないままだった。
それは、ぼくが見つけた関係ではないことが引っかかっているのかもしれない。どこかで親類というもやもやとした印象が残っていた。それに保護者のような身分も与えられた。いまの年齢の自分にはその境遇があまりにも不釣合いだった。もしくは、はっきりいえば迷惑だったのかもしれない。それで、彼女が同じ年頃の女性とふざけあっていることを期待した。だが、その期待も簡単には報われそうになかった。
「じゃあ、そろそろバイトに行かないと」
「頑張ってください。そうだ、今度その町に行ってみたいんですけど・・・」
「そうだね、どっかで服を買ったり、化粧品を探したりしないといけないよね」彼女は自分の頬を触った。ぼくは皮肉を言ったわけでもないが、いくらか後悔もしていた。こうして、自分の発言のひとつひとつを考えたり、ためらったりすることも重いこころに拍車をかけた。
ぼくは手を振り、ファースト・フードの店を出る。出れば出たで彼女のことも心配でもあった。あんな感じでこの世の中を歩んでいけるのだろうかという心配が主だった。だが、ぼくはあまりにもこころが傾きすぎていたのか肩に電柱にぶつかった。そろそろ自分の考えや小さな野心も取り返さないわけにはいかなかった。
ぼくは、バイト先まで歩いていると、やはり途中でユミに会った。ぼくらの関係はどういうものなのだろう。確固としたものはなかったが、それでも、当然のこと他人のわけでもなかった。
「今度、また遊びに行くよ、うち」と彼女は言った。
「うん、いいよ。前以って連絡くれれば」
「他人行儀だね。じゃあ、突然、行くよ」彼女は笑う。ぼくは女性と軽口を叩けたことで安堵する。あの咲子が相手だと、そうはいかなかった。返事の量はユミの十パーセントにも満たないようだった。
その翌日にアパートのチャイムが鳴った。ぼくの頭には何人かが浮かんだ。選択肢は増え、それを使う人数が数日で変わったことを知る。
「やっぱり、来たよ」ユミがそこにいた。「誰もいないといいんだけど」
「居るはずないじゃん。どうぞ」ぼくは玄関を広く開ける。ユミの手には飲み物か食べ物か、もしくはその両方がぶら下っているようだった。彼女は休み。ぼくも大学から戻り、バイトのない日だった。
「飲み物、冷やすね。冷蔵庫、開けちゃうよ」彼女は返事の前にもうしまっていた。「冷蔵庫のなか、きれいになっていない?」
「この前、掃除したんだよ」なぜ、ぼくは必要もない嘘をついてしまったのだろう。ありのままを説明することも確かにできたのだ。だが、その経緯が面倒で簡単な言い訳を考えつく。「きれいになったでしょう?」
「そうだね。きれい。整理整頓されている」
「直ぐに汚くなるよ」ぼくは居心地が悪くなり立ち上がってそれを手伝った。
「はさみ、もってきてあげたよ。してほしかったら髪の毛も切ってあげる」
ぼくは髪を触る。いささか伸びていると感じたが、それはいつもとも言えた。日常的に無頓着な自分の頭。
「うん、切ってよ」
「じゃあ、裸になりな。風呂場がいいか」
「もう?」
「うん」ぼくは言われたまま風呂場で背中を向けている。彼女の話す言葉がその中で反響する。「女性の髪の毛も切りたいとお願いしてるつもりなんだけど、要望に適う子とか、見つけてくれたかな」
「あ、そうだ」
「いるの?」
「この前、そんなこと言ってた」
「誰?」
「4月から、もう少し前か、こっちの大学にぼくの両親の知り合いで通いはじめた女性がいる。田舎から上京して。もうそろそろ髪の毛を切りたいと言ってたんだけど、どこに入ったらいいか分からないと困ってた。そうか、それなら」
「可愛い?」
「普通。で、無口」
「やりがいがありそうね」
「今度、じゃあ、お願いしたいな」
「じゃあ、お店のほうに連れて来てよ。さすがにお風呂場で裸になってもらっても変だしね」ユミは笑って、ハサミを置いた手で、ぼくの肩のあたりをはらった。「ちょっと掃除する。それが終わったら、そのままシャワーを浴びちゃえば」
「いいね。全部、お手頃で」
「鏡は絶対に見ちゃダメだよ」それから、後ろ手にユミは浴槽のドアを閉めた。ぼくは蛇口をひねってお湯を出し、頭を洗いはじめた。爽快感があった。それも簡単に済ませ、洋服を着た。いつみさんの元彼氏の服。それに無料で切ってもらった髪の毛。ユミは冷蔵庫からビールを出してくれていた。ぼくは数週間前に二十才になった。その前からビールぐらいは飲んでいたが、この地味なアパートで、ユミみたいな居るだけでそこが華やかな雰囲気にすることができる女性と、この夕方のひとときを過ごしていると、大人への経過がより一層、楽しいものとなりカラフルに彩られていくようだった。
「ありがとう、いろいろ」
「なかなかだよ、その頭」
「中身もなかなかだよ」ぼくは頭を左右に振り、その証拠の音でもしないかと無意識に確かめた。