爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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Untrue Love(41)

2012年10月26日 | Untrue Love
Untrue Love(41)

 咲子は靴が欲しいと言っていた。ぼくは靴という物体に対して愛情を抱いているひとを身近なところで知っていた。それは木下さんだ。ぼくは一足のスニーカーを履き潰して、その代わりにまた一足を買うという方法をとっていた。同時に何足もあるということなど考えてもいなかった。しかし、お洒落に時間もお金もかけるひとは違うのだろう。いくつもある時計からその日の気分にあったものをチョイスして腕にはめ、足元ではその日のコーディネートに合う靴を選ぶのだ。それは物だけに対しての考えではないのかもしれない。ぼくは高校時代にひとりの異性に夢中になった。それは結果としては実らなかったという部類に入れてもいいのかもしれない。交際はしたが、彼女はぼくを捨てた。新しい男性に飽きた彼女は戻ってこようとしたが、ぼくが今度は拒絶した。恨みも憎しみもまったくのこともっていない。彼女なりの考えがあり、愛情の示し方があったのだろう。ただ、ぼくとは相容れないだけなのだ。

 しかし、ぼくは数人の女性をいまになって迷いつつ、ひとりに決めかねないまま、そのなかを泳いでいる。居心地も良くなければ、自分自身でも正当化させることができない。ただ、こころの奥のどこかで、あの苦い気持ちを味わいたくない恐れを嗅覚が感じ、逃げられるよう方法を模索しているのかもしれなかった。そのこと自体が既に言い訳で、ただ、多情なだけなのかもしれない。

 そのようなことを考えて待ち合わせ場所に立っていた。咲子はバイトの日で、その仕事の前にデパートで靴を買いたいと言った。ぼくは、そのための予算を父から貰いネコババするほどの度胸もなかった。だから、言い成りになったように彼女の姿を待った。そして、咲子はあらわれた。

「ごめんね、いろいろ忙しいのに、いつも、わたしの用事に付き合ってもらって」と咲子はあやまった。ぼくは、その境遇からはやく抜け出たかったが、なかなかすすまなかった。そして、その状態も悪くないと思いはじめていたのかもしれない。

「いいよ、ぼくもバイトの前の時間を潰すだけだから・・・」と言って、デパートに入る。女性ものの化粧品があり、服がある。ぼくはそこに似合わない格好をしていることを理解する。ひとは、このような場所になにを求めているのだろう。ひとは美を羨望し、自分を飾ることに熱意を傾け、得られれば満足する。その満足感を提供するためにこの場があった。ぼくは、横を向いて咲子のことを見る。幼い頃の彼女のことをまだ覚えている。浴衣を着て、夜の祭りにいた。だが、いまはたくさんの明かりの下にいた。

「順平くんか、今日はお客さんなの?」木下さんが目敏く、ぼくの存在に気がついた。
「付き添いなんですよ」
「彼女、できたの? それをわざわざ、ここまで見せに来たの? いやな子ね」と、彼女はふざけた調子で言った。
「まったく、そんなんじゃないですよ。親類なんですよ。靴を買いたいっていったから、せっかくならば、似合う靴を探してくれそうなひとにお願いした方がいいかなって」

「そう」木下さんは目を細める。それで、咲子に見合ったものが占えるような表情だった。「ここに、座っててね」
「咲子です」
「咲子ちゃん、待っててくださる?」

 ぼくは、そのように客というスタンスに立って木下さんの姿を見たことはない。彼女はひとつの靴を探し、サイズも考え、足元に置いた。
「今日は、空いているんですね」と、独り言をぼくは放った。
「そうなのよ。どういうのを要望しているのか分からないけど、これなんか、普段、履いてもいいし、学校に通うのにも合っていると思わない?」

 咲子は、いま履いている靴を脱ぎ、新しいものを履いた。足にしっくりと馴染んだ様子があった。ぼくは値段が心配だった。
「高そうですね?」
「順平くんのプレゼント?」
「違うけど、親にお金は貰ってある」
「そうなの?」咲子はいささか恐縮した。
「質に比べて、そんなに高くないのよ」

 咲子は満足した表情を浮かべた。だが、あと、いくつか選びたいようでもあった。それで、木下さんはいくつか靴を並べる。ぼくは彼女の労働を無駄にしているようでこころが痛んだ。だが、そもそもそういう考え方が間違っているのかもしれない。
「最初のがいいな」と咲子には珍しく自分の主張を通すようだった。ぼくにも異存はない。それで意中のものが袋に入れられ、レジでぼくはお金を払った。

「順平くん、あとできちんと説明してね」と木下さんが言った。きびしい顔を作ろうとしていたが、そこには自然な彼女の優しさが奥に隠れていることがしれた顔でもあった。「じゃないと、今後ずっと無視するからね」
「それは、困ります」

「ここに居辛くなるのよ」しかし、彼女がそのような力や権力を有しているはずもない。ただの遊戯の延長だった。ぼくは、その遊戯をこころよいものだと判断していた。
「今日も、これから働きます。無視されると困ります」
「じゃあ、終わったら待っててね」ぼくはお釣りを受け取る。これで、咲子にも父にも約束を果たした。それから、デパートを出る。ぼくは裏口にまわり、咲子はいつみさんの店に行く。今日は、いつみさんは居ない。彼女はいまごろなにをしているのだろう。ぼくが問い詰める権利をもっていないことは承知していた。だが、考えてはいけない理由もまったくなかったのだ。
コメント
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