Untrue Love(34)
ぼくはバイト終わりにいつみさんの店にいる。いつものように帰る際に呼び止められた。それで、なかに入り無駄口をきいている。料理も注文された品がほとんど出たのかキヨシさんが裏方の役目を中断していた。それで、ぼくの横に座った。
「この前、順くんがいっしょに歩いてたのは誰だよ? 可愛かった」
「誰ですかね?」
「ねえ、誰? 考えなきゃ思い出せないほどいっぱいいるの?」いつみさんはその話題に興味をもった。いや、もってくれた。
「いませんよ」ぼくは皿の上のオリーブをつまむ。
「夕方、オレがその日の食材を運んでたら、歩いていたよ。同じ、年ぐらいの子と」
「彼女ができた?」いつみさんがカウンターから首を伸ばした。
「あれは、親の知り合いなんですよ。どういう関係か、ぼくも分からない。今年から大学に入って友達ができるまで連れ回してあげてと頼まれているんだけど、引っ込み思案なのか、いつまでも、そのままでいる」
「そう、今度、つれてくれば?」いつみさんは自分の目で品定めをしたい様子だった。
「お酒も飲まないし。あんまり、しゃべらないし・・・」そうして断る理由を見つけるのは、ぼくの時間が彼女の世話で費やされるのが億劫だったというのが本音だろう。
「その子は、バイトとかしてるの?」キヨシさんはまだ横に座っている。
「いえ、全然」
「ちゃんとした子なんだろう? 順くんが認めるぐらいの。お墨付きというか・・・」
「まあ。チャラチャラはしていないですよ」
「2、3日店の中に立つってことはできそうかな?」
「また、何でですか? え、それはここで?」
「そう、いつみがいないので。店を閉めるのもなんだか気が引けてね。まあ、どうしようもなかったら順平くんがするか。重い荷物を運ぶのよりいいだろう。でも、やっぱり、若い女の子がいいよ」彼はひとりで納得したような顔をしていた。
「いつみさんは、休むんですか?」
「そうなのよ。知り合いの結婚式にでなきゃいけなくなってね。どうしても、行かなければならないから。東京じゃないので、そのついでに羽根を伸ばそうと」
「いつですか?」
「来月のはじめ」
「じゃあ、聞いとくだけはしてみますよ。期待しないでください。それに、客商売なんか一切、したこともないと思いますんで、彼女は」
「いいよ。オレが全部、そのときは仕切るから。それに常連さんたちもそれぞれ店のなかを知り尽くしているんでね、無理も言わない。それに目先が変わるって大事なことだよ」
「わたしの顔にもみんな飽きているから」いつみさんは、なぜだか気だるそうに言った。
「まさか? そんなことはありえないでしょう」
「いつみに、そういう優しい態度をしてくれるのは、順平くんだけだよ。じゃ、お願い」そう言って、キヨシさんは注文を取りにテーブル席に向かった。それを紙に書き記し厨房に消える。フライパンで何かを炒めるような音がはじまった。それを合図にガーリックのにおいがこちらまで漂ってきた。
「それじゃあ、いつみさん居なくなるんですね。残念だな」
「何日間かだけだよ。それに毎日も来ないじゃない、順平くん」
「それは、学生ですから。毎日、遊んでばかりもいられない。だけど、代わりを頼んで了承してくれたら、なにかご褒美くれますか?」
「キヨシがするよ。それに、わたしはその子にお礼をする」
「意地悪ですね?」
「どっちがだよ。あ、お客さん帰る」彼女はお金の計算をして紙を渡し、その数字分のお金を受け取った。だが、直ぐに戻ってきた。奥から手も伸びる。姉と弟が小声で言葉を交わす。「余計に作ったみたいなんで、食べてだって」
「ありがとうございます。そうだ。その結婚するってひととは、どんな関係なんですか? 男性、それとも女性?」
「わたしが可愛い学生のときからの友人。女性。ずっと仲良かったけど、仕事でそっちで働いてから少し疎遠になった。そこで、旦那さんも見つけることになったんでしょう」
「いつみさんが学生か。どんな髪型でした? もてたでしょう?」
「生憎と、女子高。愛らしいタイプでもなかったのでまったくだよ・・・」
「ラブレターとかはもらったでしょう?」
「いつの時代だよ手紙を渡すって。たった数年前の話だよ。わたしをおばさん扱いしていない?」
「まったく、反対です。ぼくなら手紙を書きますけどね」
「書いたことあるの?」
「ないです」
「ほら」
「だって、いつみさんみたいなひとに会ったこともないし、すれ違ったこともないから」
「もういいよ。閉店するからね。途中までならいっしょに帰ってあげるよ」
いつみさんは片付けに加わった。ぼくは、ただ座席にすわって待っている。咲子はここで働くことなどできるのだろうか。でも、ほんの2、3日だ。小遣いを自分で稼ぐのも悪いことではないだろう。それにふたりはとても良いひとたちだった。ぼくはそれにいつみさんを手助けしたいと思っていた。彼女がどこかでゆっくり休み、心配することもなく過ごせるような日々を与えられることを望んでいた。ただ、そのために咲子を利用するようにも思えたが、彼女だってぼくの役に立ってもよいだろう。それぐらい、ぼくも時間を割いたのだ。
ぼくは店を出る。数分後にいつみさんも出てきた。彼女は歩きながらぼくの腕にからんできた。直きにユミの店の前を通る。高校時代よりぼくはもっと広大な場所に出たのだ、と思っていたが相変わらず小さな世界の住人のようでもあった。
ぼくはバイト終わりにいつみさんの店にいる。いつものように帰る際に呼び止められた。それで、なかに入り無駄口をきいている。料理も注文された品がほとんど出たのかキヨシさんが裏方の役目を中断していた。それで、ぼくの横に座った。
「この前、順くんがいっしょに歩いてたのは誰だよ? 可愛かった」
「誰ですかね?」
「ねえ、誰? 考えなきゃ思い出せないほどいっぱいいるの?」いつみさんはその話題に興味をもった。いや、もってくれた。
「いませんよ」ぼくは皿の上のオリーブをつまむ。
「夕方、オレがその日の食材を運んでたら、歩いていたよ。同じ、年ぐらいの子と」
「彼女ができた?」いつみさんがカウンターから首を伸ばした。
「あれは、親の知り合いなんですよ。どういう関係か、ぼくも分からない。今年から大学に入って友達ができるまで連れ回してあげてと頼まれているんだけど、引っ込み思案なのか、いつまでも、そのままでいる」
「そう、今度、つれてくれば?」いつみさんは自分の目で品定めをしたい様子だった。
「お酒も飲まないし。あんまり、しゃべらないし・・・」そうして断る理由を見つけるのは、ぼくの時間が彼女の世話で費やされるのが億劫だったというのが本音だろう。
「その子は、バイトとかしてるの?」キヨシさんはまだ横に座っている。
「いえ、全然」
「ちゃんとした子なんだろう? 順くんが認めるぐらいの。お墨付きというか・・・」
「まあ。チャラチャラはしていないですよ」
「2、3日店の中に立つってことはできそうかな?」
「また、何でですか? え、それはここで?」
「そう、いつみがいないので。店を閉めるのもなんだか気が引けてね。まあ、どうしようもなかったら順平くんがするか。重い荷物を運ぶのよりいいだろう。でも、やっぱり、若い女の子がいいよ」彼はひとりで納得したような顔をしていた。
「いつみさんは、休むんですか?」
「そうなのよ。知り合いの結婚式にでなきゃいけなくなってね。どうしても、行かなければならないから。東京じゃないので、そのついでに羽根を伸ばそうと」
「いつですか?」
「来月のはじめ」
「じゃあ、聞いとくだけはしてみますよ。期待しないでください。それに、客商売なんか一切、したこともないと思いますんで、彼女は」
「いいよ。オレが全部、そのときは仕切るから。それに常連さんたちもそれぞれ店のなかを知り尽くしているんでね、無理も言わない。それに目先が変わるって大事なことだよ」
「わたしの顔にもみんな飽きているから」いつみさんは、なぜだか気だるそうに言った。
「まさか? そんなことはありえないでしょう」
「いつみに、そういう優しい態度をしてくれるのは、順平くんだけだよ。じゃ、お願い」そう言って、キヨシさんは注文を取りにテーブル席に向かった。それを紙に書き記し厨房に消える。フライパンで何かを炒めるような音がはじまった。それを合図にガーリックのにおいがこちらまで漂ってきた。
「それじゃあ、いつみさん居なくなるんですね。残念だな」
「何日間かだけだよ。それに毎日も来ないじゃない、順平くん」
「それは、学生ですから。毎日、遊んでばかりもいられない。だけど、代わりを頼んで了承してくれたら、なにかご褒美くれますか?」
「キヨシがするよ。それに、わたしはその子にお礼をする」
「意地悪ですね?」
「どっちがだよ。あ、お客さん帰る」彼女はお金の計算をして紙を渡し、その数字分のお金を受け取った。だが、直ぐに戻ってきた。奥から手も伸びる。姉と弟が小声で言葉を交わす。「余計に作ったみたいなんで、食べてだって」
「ありがとうございます。そうだ。その結婚するってひととは、どんな関係なんですか? 男性、それとも女性?」
「わたしが可愛い学生のときからの友人。女性。ずっと仲良かったけど、仕事でそっちで働いてから少し疎遠になった。そこで、旦那さんも見つけることになったんでしょう」
「いつみさんが学生か。どんな髪型でした? もてたでしょう?」
「生憎と、女子高。愛らしいタイプでもなかったのでまったくだよ・・・」
「ラブレターとかはもらったでしょう?」
「いつの時代だよ手紙を渡すって。たった数年前の話だよ。わたしをおばさん扱いしていない?」
「まったく、反対です。ぼくなら手紙を書きますけどね」
「書いたことあるの?」
「ないです」
「ほら」
「だって、いつみさんみたいなひとに会ったこともないし、すれ違ったこともないから」
「もういいよ。閉店するからね。途中までならいっしょに帰ってあげるよ」
いつみさんは片付けに加わった。ぼくは、ただ座席にすわって待っている。咲子はここで働くことなどできるのだろうか。でも、ほんの2、3日だ。小遣いを自分で稼ぐのも悪いことではないだろう。それにふたりはとても良いひとたちだった。ぼくはそれにいつみさんを手助けしたいと思っていた。彼女がどこかでゆっくり休み、心配することもなく過ごせるような日々を与えられることを望んでいた。ただ、そのために咲子を利用するようにも思えたが、彼女だってぼくの役に立ってもよいだろう。それぐらい、ぼくも時間を割いたのだ。
ぼくは店を出る。数分後にいつみさんも出てきた。彼女は歩きながらぼくの腕にからんできた。直きにユミの店の前を通る。高校時代よりぼくはもっと広大な場所に出たのだ、と思っていたが相変わらず小さな世界の住人のようでもあった。