Untrue Love(44)
「咲子ちゃんを、デートに誘ってもいいかな?」と、ぼくがぼんやりとしているときに、突然、早間が言った。ぼくは、なぜかそのふたりを直ぐに結び付けられないでいた。彼はいったい何を質問しているのだろうと戸惑いも覚えた。だが、ぼくは当然、返事をする。少し、遅れたにしても。
「オレの許可なんかいる?」彼に連想させるいくつかのことも思い出したが自分で納得させる材料があった。「紗枝ちゃんは? そうか、別れたんだ」
「やっぱり、いらないよな。ただ、前以って伝えておこうと思ってね」
「許可ね・・・」彼らは並列な場所にいたのか。
「だけど、ほんとうはもう誘ってるんだ。既に」
「それでオーケーなんだ?」
「うん。断られなかった」
ぼくは彼ぐらい女性に対して不誠実な人間もいない気がしていた。しかし、それを自分に置き換えるならば、ぼくぐらいだらしのない人間もいそうになかった。そういう否定的な思いもあった反面、これでぼくは咲子と付き合う時間が減るという安堵に似た、肩の荷が下りたのだという気持ちも膨らんだ。これは、肯定的に。違う。妥協的に。それにぼくといるより、早間と時間を過ごした方が、実際のところ楽しそうでもあった。
「なら、ぼくが関与することもまったくない。取り敢えず、悲しませないでくれよな」と、ぼくはどうでもいいお願いをした。お互いが好きになったり、好きになる前提として遊びにいったりすることはまったく問題がなかった。それで、気に入らなければ関係をつづけなければいいのだ。だが、早間がひとつの関係を成長させ、暖めていくという過程に向いているかといえば、そのことには単純に賛成できなかった。だが、ぼくらの年代でそういう永続性ばかりを追い求めることなど実際のところ不可能でもあるのだろう。その不可能に責任を追及することも無駄だった。それに、責任などという重い言葉を使うことにも抵抗のある年頃だった。
「するわけないよ」
「うん」ぼくはなぜだか頷く。「何かすること決まっているの?」
「別に、普通にドライブして、飯を食べて」
「そう。咲子は遠慮しそうだな」ぼくは彼女が何に関心があり、何を好んで食べるのか具体的なところでは把握していなかった。それを知らないまま、ぼくらの時間は減少していく。両親が執拗にぼくに持ちかけた提案もほとんど終わりに近づいたのだ。あとは、自分で切り開いた道をすすめばいい。男性だって、女性だって。
「どこら辺に行きたがるかな」
「さあ、車で行けるところだから、海とか、ちょっと離れた山の方とか」ぼくは遊園地で彼女が快活にしている様子を想像できないでいた。行けば行ったで若い子だから普通に楽しむだろう。ぼくは、最近のことだがユミに誘われていることを思い出した。彼女が、ああした場所ではしゃぎまわっていることをイメージするのは簡単だった。ぼくは、その予定を考える。ぼくには、ぼくだけの人生があったのだ。「あとは、ふたりで相談してよ」
ぼくは、それを聞いた日にバイトを終え、久々にいつみさんの店に足を向けた。
「お、めずらしい。近頃、寄り付かないと思っていたら」と、いつみさんが笑顔で迎える。
「順平くん、もっと来いよ。いつみが淋しそうにしているぞ」と、キヨシさんも付け加えた。それを聞いたお客さんがぼくの方をちらっと見た。ぼくは顔を隠すようにカウンターの端にすわった。
「あいつ、いつもからかってばかり。でも、もっと来れば?」いつみさんが、ぼくの顔の位置と同じになるようにいくらか屈んだ。「なんか、元気ないね。うかない顔をしている・・・」心配そうに彼女の眉間にしわが寄る。その表情をはじめて見つけた。
「そんなことないですよ」ぼくは、そこで一旦、言葉を止めた。「いや、あるかな。女性に積極的というか、心配させることを苦にしない男性みたいなひとがいますよね? 一般論として。友人にそういうヤツがいて、男同士で付き合う分には楽しいんだけど、そいつの振る舞いがちょっとなんというか・・・」
「迷惑を被っているの?」
「いや、ぜんぜん。いや、まだっていう感じかな。迷惑の予感」
「それに心配しているんだ。予感だけなのに」
「そう、心配性の老人みたいに」ぼくは、自分がいつか、そういう立場になるかもしれないということを理解できずにいた。ぼくの若さは無限であり、半永久的に青年であるとも思っていた。とくにこうして、いつみさんの店で彼女の前に座っている限りにおいて。
「順平くんの問題じゃないのに?」
「ぼくの問題じゃない。縄とか、張り巡らされたロープの向こうの問題で、手出しもできない」
「手出しをしたいんだ?」
「したくもない」
「なんだ。なら、いいじゃない。でも、地雷が埋まっていても、そこが遊び場なら、子どもたちはそこで駆けずり回りたくなるもんだよ」
ぼくはその言葉を映像化させる。いつみさんが前に旅していたどこか遠い街の情景の一部のように。ぼくは、そのいつみさんの思い出のなかに足を踏み込むことができない。彼女に危険がせまっていても、ぼくは何の助けにもならない。ぼくは彼女の存在すら、そのときは知らなかったのだ。手を差し伸べたいと思ったのは、彼女と知り合ってから以降のことだった。つまりは、今日や明日になってからかもしれない。咲子のことも同じように考えられるのだろうか。ここにいるいつみさんより、彼女は世間を知らないでいた。だからといって、繭にくるまれて擁護され生活することも絶対的に不可能な事実でもあった。
「咲子ちゃんを、デートに誘ってもいいかな?」と、ぼくがぼんやりとしているときに、突然、早間が言った。ぼくは、なぜかそのふたりを直ぐに結び付けられないでいた。彼はいったい何を質問しているのだろうと戸惑いも覚えた。だが、ぼくは当然、返事をする。少し、遅れたにしても。
「オレの許可なんかいる?」彼に連想させるいくつかのことも思い出したが自分で納得させる材料があった。「紗枝ちゃんは? そうか、別れたんだ」
「やっぱり、いらないよな。ただ、前以って伝えておこうと思ってね」
「許可ね・・・」彼らは並列な場所にいたのか。
「だけど、ほんとうはもう誘ってるんだ。既に」
「それでオーケーなんだ?」
「うん。断られなかった」
ぼくは彼ぐらい女性に対して不誠実な人間もいない気がしていた。しかし、それを自分に置き換えるならば、ぼくぐらいだらしのない人間もいそうになかった。そういう否定的な思いもあった反面、これでぼくは咲子と付き合う時間が減るという安堵に似た、肩の荷が下りたのだという気持ちも膨らんだ。これは、肯定的に。違う。妥協的に。それにぼくといるより、早間と時間を過ごした方が、実際のところ楽しそうでもあった。
「なら、ぼくが関与することもまったくない。取り敢えず、悲しませないでくれよな」と、ぼくはどうでもいいお願いをした。お互いが好きになったり、好きになる前提として遊びにいったりすることはまったく問題がなかった。それで、気に入らなければ関係をつづけなければいいのだ。だが、早間がひとつの関係を成長させ、暖めていくという過程に向いているかといえば、そのことには単純に賛成できなかった。だが、ぼくらの年代でそういう永続性ばかりを追い求めることなど実際のところ不可能でもあるのだろう。その不可能に責任を追及することも無駄だった。それに、責任などという重い言葉を使うことにも抵抗のある年頃だった。
「するわけないよ」
「うん」ぼくはなぜだか頷く。「何かすること決まっているの?」
「別に、普通にドライブして、飯を食べて」
「そう。咲子は遠慮しそうだな」ぼくは彼女が何に関心があり、何を好んで食べるのか具体的なところでは把握していなかった。それを知らないまま、ぼくらの時間は減少していく。両親が執拗にぼくに持ちかけた提案もほとんど終わりに近づいたのだ。あとは、自分で切り開いた道をすすめばいい。男性だって、女性だって。
「どこら辺に行きたがるかな」
「さあ、車で行けるところだから、海とか、ちょっと離れた山の方とか」ぼくは遊園地で彼女が快活にしている様子を想像できないでいた。行けば行ったで若い子だから普通に楽しむだろう。ぼくは、最近のことだがユミに誘われていることを思い出した。彼女が、ああした場所ではしゃぎまわっていることをイメージするのは簡単だった。ぼくは、その予定を考える。ぼくには、ぼくだけの人生があったのだ。「あとは、ふたりで相談してよ」
ぼくは、それを聞いた日にバイトを終え、久々にいつみさんの店に足を向けた。
「お、めずらしい。近頃、寄り付かないと思っていたら」と、いつみさんが笑顔で迎える。
「順平くん、もっと来いよ。いつみが淋しそうにしているぞ」と、キヨシさんも付け加えた。それを聞いたお客さんがぼくの方をちらっと見た。ぼくは顔を隠すようにカウンターの端にすわった。
「あいつ、いつもからかってばかり。でも、もっと来れば?」いつみさんが、ぼくの顔の位置と同じになるようにいくらか屈んだ。「なんか、元気ないね。うかない顔をしている・・・」心配そうに彼女の眉間にしわが寄る。その表情をはじめて見つけた。
「そんなことないですよ」ぼくは、そこで一旦、言葉を止めた。「いや、あるかな。女性に積極的というか、心配させることを苦にしない男性みたいなひとがいますよね? 一般論として。友人にそういうヤツがいて、男同士で付き合う分には楽しいんだけど、そいつの振る舞いがちょっとなんというか・・・」
「迷惑を被っているの?」
「いや、ぜんぜん。いや、まだっていう感じかな。迷惑の予感」
「それに心配しているんだ。予感だけなのに」
「そう、心配性の老人みたいに」ぼくは、自分がいつか、そういう立場になるかもしれないということを理解できずにいた。ぼくの若さは無限であり、半永久的に青年であるとも思っていた。とくにこうして、いつみさんの店で彼女の前に座っている限りにおいて。
「順平くんの問題じゃないのに?」
「ぼくの問題じゃない。縄とか、張り巡らされたロープの向こうの問題で、手出しもできない」
「手出しをしたいんだ?」
「したくもない」
「なんだ。なら、いいじゃない。でも、地雷が埋まっていても、そこが遊び場なら、子どもたちはそこで駆けずり回りたくなるもんだよ」
ぼくはその言葉を映像化させる。いつみさんが前に旅していたどこか遠い街の情景の一部のように。ぼくは、そのいつみさんの思い出のなかに足を踏み込むことができない。彼女に危険がせまっていても、ぼくは何の助けにもならない。ぼくは彼女の存在すら、そのときは知らなかったのだ。手を差し伸べたいと思ったのは、彼女と知り合ってから以降のことだった。つまりは、今日や明日になってからかもしれない。咲子のことも同じように考えられるのだろうか。ここにいるいつみさんより、彼女は世間を知らないでいた。だからといって、繭にくるまれて擁護され生活することも絶対的に不可能な事実でもあった。