怖かった。
「シャイニング」で狂ってゆくジャック・ニコルソンの顔より、よっぽど怖かった。
もの心ついた子供の頃から、夜になると漆黒の闇に包まれる山峡の地で育ったからか、ほんの先には見ることは叶わないが得体の知れない強い力を持った何かがいると信じていた。都会で30年も過ごしてしまうと感知する能力は失われてしまったけど。
昔から、日本人は妖怪の類が悪さをして子供をさらうのだとしてきたが、実際は飲む食うに困り果てた末の子捨て子殺しだったと映画の中でもいっている。そうにして子供を亡くしたことを正当化し、鬼畜との線引きを図ったのだろう。今のこの世でも繰り返される子捨て子殺しはかなり様相は違ってきたけど、中には経済的にも環境的にも選択肢がなくて子供を妖怪に委ねてしまっている親がいるのかもしれない。
妻夫木聡演じる似非イクメンパパと黒木華演じた育児ノイローゼ気味の奥さんが面白かった。こんな家庭あちらこちらにあるように思う。イクメンパパの子供の頃体験した幼馴染の失踪と、「あれ」がこの家庭を襲う因果関係が今ひとつ分からなかったのは残念だった。と、言うかイクメンパパが呼び寄せたみたいな描かれ方より、結局パパからもママからも可愛いわが子というオブジェとしか扱われなかった子供が、寂しさゆえに呼び寄せた魔物であったほうが説得力がある。パパもママも妖怪に子供を委ねたために壮絶な最期をむかえたのだとしたら自業自得だろう。
黒木華が不満をためながら壊れてゆく奥さんを気持ち悪く演じていて、今年演じた沢山の役の中でも出色だった。
霊媒師の姉妹が面白かった。松たか子の最強霊媒師が淡々と除霊をする姿が、「告白」の女教師を髣髴させる。国の権力者をも簡単に動かせる力を匂わせながら、悪霊と対峙することを単なる仕事と呼ぶところは、決して熱くならない語り口調と共に印象的だった。「あれ」との戦いは結局どうなったのか?霊媒師は生き残ることができたのか?本題ではないけれど、戦いの結末があやふやなのも中島作品らしい。小松菜奈の妹霊媒師が見てくれと違い可愛らしかったのも意表をついたキャラクターだった。もっとエキセントリックなギャルとして暴れまわるのかと思っていたから、姉に憧れ、子供を持てない自らの過ちに悔いる業をかかえた女の子を甲斐甲斐しく演じていた。「あれ」に殺されちゃったかと思ったけど、ラストに菩薩として子供を抱くシーンに安堵した。
青木崇高演じたイクメンパパの友人や柴田理恵の老霊媒師も面白かったのに、主役(クレジットでは一番先に出てくる)の割には岡田准一のゴシップ屋が物足りない。除霊をネタに阿漕なことでもやるのかと思えば、昔の女に堕胎させたトラウマを抱えた普通の良い人でしかない。特別に活躍するわけでもないから、霊媒師を紹介するだけの端役でも構わなかったのではないか。ラスト、子を持てない妹霊媒師と生き残った子供を守るために居るのは分かるけど、今までの中島監督ならどぎつい人物設定をしたはずだ。もしかして、ジャ○ーズのしょうもない圧力がかかったとか・・・?あんまり考えたくないけど、あそこなら作品の質を落としてでもタレントのイメージを守ろうとするだろうから油断がならない。(そんな事務所の役者使うなよ。と言っても、日本の薄い役者層を見るとなぁ。沈黙)
中島作品をカテゴライズすること自体がナンセンスであることは、監督の過去に撮った傑作群をご覧になれば分かること。ホラーだとかファンタジーだとかは全く関係ない。そんなジャンルわけできないから中島ワールドなのだし。冒頭に書いたようにニコルソンの狂気は怖さの裏に爆笑物の滑稽さを含んでいる。除霊のために僧侶神主はもとより沖縄のユタや韓国の霊媒師まで総動員する滑稽さは、怖さの裏返しのための演出なんだろう。得意の遊園地シーンもゴタゴタに混ぜ合わせながら本当の意味で子供を「あれ」から守りきれるのは誰なのかを覚めた目で問うエンターテイメントになっている。
それが今日的な「来る」が描いた怖さだ。
今までの中島監督メジャー長編5作品は全部映画館で鑑賞しているので、今回の作品も楽しみにしてた。
「下妻物語」は田舎に住むロリータ浮世離れ女子高生と同い年のヤンキーレディース暴走族のゆるく熱い女子バトルだけど、下手に甘々な友情物語なんかは排除した爽快な作品だった。
「嫌われ松子の一生」も原作が語る松子の裏目に出る生涯を見せてはいるけど、描かれ方は合成処理を多用したポップなミュージカル仕立てになっていて映像の優位性を存分に生かした作品だった。
「パコと魔法の絵本」に至っては舞台と絵本と映画が一体になったような空間を創り出し、後期フェリーニ作品のように閉ざされた世界と無限に広がるイマジネーションを堪能できる。
「告白」は一番ヒットした作品。悪魔性を内包した無邪気な子供たちを等身大に描きながら対極に女教師の狂気じみた正論をぶつけ合うという離れ業を楽しめた。
「渇き。」だけは物語そのものに入り込むことができず、暑苦しく騒々しい画面に辟易した。
先日、CS放送で「下妻物語」「嫌われ松子の一生」「告白」の三作品を放映したので再見してみたが、特に「嫌われ松子の一生」は本当に良くできた傑作だと惚れ直した。