前作『サピエンス全史』では、我々ホモサピエンスが、知能も体力も上回る他の人類を凌駕し、生き残り栄えてきたかを明らかにしました。この本では、さらにその未来・可能性を考察する内容となっています。
未来の可能性を考えていくことは、容易ではなく、半分以上を過去のおさらい、つまりサピエンス全史の内容の説明になっています。すなわち、ホモサピエンスの大きな革命である「認知革命」「農業革命」「産業革命」です。その中で特に重要なのは「認知革命」ですが、それにより、お互いに顔も知らない大勢の人間が協力し合うことができるようになりました。さらに「農業革命」により人口の爆発的な増加、「産業革命」による多様な価値観が創造されてきました。その辺までは、すでに『サピエンス全史』で読んでいた内容なのでたいくつでしたが、「人間至上主義」の登場から面白くなりました。
人間至上主義は科学と提携を基礎とすることにより、理性と情動、研究所と美術館、工場とマーケットの微妙なバランスを保つことができているのです。
しかし、現在、それが「データ至上主義」の登場により脅かされています。すべてのものがアルゴリズムで動いている(個人の感情や意志までも)というのです。個人の遺伝子配列、検索履歴、行動履歴などのデータを収集することにより、自分より自分のことをよく知るアルゴリズムが形成させることが可能になってきています。
そして、すべてのモノのインターネットが完成すれば、人間至上主義は意味がなくなり、人間は、その構築者からチップとなり、さらにデータでしかなくなってしまうというのです。
また、一部のエリートは、自分自身をアップデートすることにより、超人類・ホモデウスに進化し、無用階級と化したサピエンスを支配するようになるかもというのが、一つの可能性として提示されていました。
冒頭に、人類は、飢饉、戦争、感染症を克服して、新しい段階に入ったとなっていますが、本書が出版されてからすぐに、コロナウイルスの感染拡大やロシアのウクライナ侵攻が起こり、文庫版では、これらは完璧に人災であり、人間の愚かさの表れだと嘆いています。しかしながら、新しい危機に対して結束して、解決に迎える兆しも相変わらず見えており、逆説的ながら未来への希望もつづいているのです。
カーツワイルが書いた『シンギュラリティは近い』をややマイルドにし、別の可能性を示唆したところが面白いと思うので、興味がある人は一読の価値ありです。