むぎわら日記

日記兼用ブログです。
野山や街かどで見つけたもの、読書記録、模型のことなどを載せております。

『雪の花』吉村昭(新潮文庫)

2025年01月19日 | 読書
40年くらい前に読んだものを映画公開直前に再読しました。
江戸時代末期、数年ごとに流行する疱瘡(天然痘)にどうすることもできないでいた福井藩領内に住む町医である主人公が、温泉で出会った同業者に牛種痘という西洋の予防法があることを聴きます。当時、牛痘苗の入手は難しく、オランダから運んできたものは古くなり効果が発揮できず、中国からの輸入は鎖国で禁止されていたため、幕府の許可を取ることが肝心と動き出すのです。
しかし、役人は動かず、二年経っても検討中とするのみです。江戸にいる城主 松平春嶽の藩医に直接手紙を書き、輸入の許可をとることに成功します。
京都にいる師匠のところまで行くと、そこにはすでに牛痘苗が届いていたのでした。京都での牛痘苗の普及は成功し、福井に持ち帰るために豪雪の峠越えを決行し、命がけで持ち帰ったのは良いのですが、そこからも苦難が待ち構えていたのです。
役人の無気力と、藩医たちの妨害(デマ等)により接種する子どもを見つけるのも困難で、痘苗が潰えてしまう危機に何度も落ち入り、最期にはメッチャ(あばた)医師として町民たちからも石を投げられる状態になっていきます。
新型コロナや子宮頸がんなどのワクチン騒動もそうですが、新しい療法に対する民衆の恐怖は、科学文明がかなりの信頼を勝ち得ている現代でも大きな力を持っているので、当時としては、西洋の妖術の類だと思われても無理はありません。
苦労して功績を残した偉人の物語として読むのも良いですが、現代、そして未来へ通ずる社会的な問題提起として捉えることもできると思いました。


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『蘭菊の狐』西村寿行(光文社文庫)

2025年01月17日 | 読書
年末年始になると、読みたくなる西村寿行の傑作。約40年ぶりに再読しました。
老齢により手先が震えて掏摸ができない60代の老人、サイコロ賭博が廃れて行き場がなくなった50代のツボ振り男、暴力団の女と寝て刑事を首になった40代の中年男の3人組が迷い込んだのは、ヒロイン出雲阿紫が犬、猿、猫と守っている一軒家でした。
阿紫の家は狐憑きとされ、村八分状態で、両親は亡くなり、残された兄も行方不明になっていました。
電気、水道、郵便物を遮断され、畑も収穫期になると火を放たれる徹底した嫌がらせに一人立ち向かっていた阿紫でした。三人は、阿紫を救うため、一緒に町と戦うことにします。
首謀者は、町長と、その友人の建設業者社長ということで昭和の香りが漂っています。
三人の男は、ほとんど無力ですが、それでも少しずつ町を追い詰めていくのでした。
西村寿行の作品にしては、エロシーンが淡泊で読みやすい方だと思います。
周りのキャラのルックスが酷いだけに、15歳の美少女阿紫の凛としたカッコ良さが際立つ作品になっています。
最後の悪党どもの末路も、一味違っていて納得が行く最期でした。

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『「普通がいい」という病』泉谷 閑示(講談社現代新書) 

2025年01月14日 | 読書
精神科医である著者は相談にくるクライアントから「普通になりたい」と言われるそうです。「普通」とか「愛」とか「やりがい」とか、手垢がついた言葉は、本当のことを表していないと言います。
著者は、人間の精神は頭と心、そして体があり、頭で分かっていることは、周りに合わせているだけで、本当の自分の欲求ではなく、偽りの欲望だと言います。
偽りの欲望が手に入らないから、自分をダメだと思い込む必要はありません。
ほんとうの欲求は、頭で考えるのではなく心の底から出てくるものなのです。
一言で言えば、「考えるな、感じるんだ」ですね。
ワガママと我ままの違いについても言及されていますが、ワガママとは頭で考えた欲望、我ままとは、あるがままの我です。
そういうことをしてはダメだとか、こうした方がいいとか頭で考えるより、それを通り越して、ほんとうに自分の心から出てくる欲求に従うようにしましょうと言うわけです。
それが出来ていないと、神経症→人格障害→精神病と悪化していくわけですが、大抵の人は神経症どまりということなので、ちょっと安心しました。なぜなら、自分自身が、とてもあるがままの自分で生きる自信がないからです。
要求されるレベルがちょっと高いかなと思いましたが、一部でも、あるがままの自分でいられるよう生き方を工夫したいと思いました。

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『絶滅する「墓」』鵜飼 秀徳 (NHK出版新書)

2025年01月11日 | 読書
日本の墓の歴史から、古今東西の墓、いろいろな弔いの方法などを見ながら、これからの弔いを考えさせられる内容になっています。
教科書にも載っている日本の巨大な古墳も、大化の改新以後、薄葬制により、様変わりしたようです。驚いたのは、淳和上皇は遺言で骨を砕いて散骨せよと命じ、嵯峨上皇は墓を造らず草の生すままにして供養もするなと言明しています。現在の墓じまい、散骨ブームに通じる葬送意識であると指摘されていました。
現在の葬送で驚かされたのは、骨仏です。無数の遺骨を粉末状にして固め仏像にしたものだそうです。永久供養の一種ですね。
わたしの父が望んでいる海洋散骨についても書かれていました。陸上に散骨すると死体遺棄に問われる可能性があるそうですが、海洋ならば、節度を持って行う分には死体遺棄とはならないようです。しかし、条例で禁止されている地区もあり、漁業の風評被害などにも配慮せねばならずブログに〇〇沖に散骨したなどと書かないように注意が必要です。
土葬の風習では、死体を埋める墓(捨て墓)と、詣でる墓が別れており、魂と肉体を別物と考えられていたようです。こういうのを見ると、骨は海にまいて、web墓で墓参りというのも良いかないと思ったりします。
墓や葬送の歴史を学ぶと、なんでもあり感が増してくると同時に、墓参りの厳かな雰囲気を思い出し、なんともいえない時の流れを感じる瞬間も大切だなと思います。
最後に、コスト面や付き合いのわずらわしさを考えると墓は無用なものかもしれないと思うと同時に、心を落ち着かせ家族や親戚の良好な関係を保つ機能・効用だと指摘しています。また、ご先祖との対話ができる手段であり、「自分は何者か」を問答する機会を与えてくれるのも墓であるとしています。
そして、非科学的・非合理的な時間をもつことも即物的な時代に生きる者にとって大切なことであると問いかけていました。
生きている以上、逃れられない問題であるので、少し考える時間があってもよいでしょう。

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『教団X』中村文則(集英社文庫)

2025年01月08日 | 読書
芥川賞作家、中村文則のセックスとバイオレンスのアクションエンターテインメント。昭和の時代の満員電車でサラリーマンが読んでいるスポーツ新聞やB級週刊誌に載っているような内容でした。
セックスやアクションシーンはエンターテインメント作家、量子力学と宗教のつながりはSF作家の方が扱いがうまいと思います。しかし、極限状態の人間の描写は、作者が最も得意とするところで、やはり抜きんでていました。
200ページ前後の作品が多い作者ですが、この本は約600ページあり、2/3はエンターテインメント性を高めるためにつけたした感じでした。中村文則のファンとしては、余計なことを描きすぎていて、返って物足りなさを感じる作品でした。
とは言え、作家の挑戦として見れば、今後の展開に期待が持てると思います。

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『インドの正体 「未来の大国」の虚と実』伊藤融(中公新書ラクレ) 

2025年01月05日 | 読書
個人的にインドへの投資を検討するも躊躇してしまうことが、20年以上つづいています。人口の伸びによる経済成長、IT技術の発展(アメリカが夜の時、インドは昼という地球規模の位置の良さ)、英語が母国語など、魅力的な投資先ではあるものの、カースト制度による差別、治安の悪さ、衛生インフラの不備など不安が大きいと言うのが原因でした。
この自分の漠然としたイメージが、当たっているのかどうか、この本を見つけて、読んでみることにしました。
結論から言えば、だいたいイメージ通りの国であるということがハッキリ解りました。
それに加え、インドがこれから取り行く国際社会への姿勢も、浮き彫りにされていました。どちら側にも付かない中立ではなく、どちら側にもつく多同盟のインドの姿が見えてきます。
北側はユーラシア大陸の大陸国家であり、南側はインド洋への海洋国家の顔を持っており大陸国家として、中国、ロシアと対立しながらも協力し、海洋国家としてアメリカ・日本・オーストラリアとも協力するということになっています。
自由主義だと言いながら、ネット・報道規制が強まることもあり、州により、違う国なのかくらい別の顔を持っているため、カースト制度も一掃できそうにありません。
一方向からの情報に傾くことなく、インドの価値観を認めながら、つきあっていく方向性で良いのだと思いました。

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『かくれ繊細さんの「やりたいこと」の見つけ方』時田ひさ子(あさ出版)

2025年01月02日 | 読書
著者は、隠れ繊細さん(HSS型HSP)専門のカウンセラーという変った職業をしています。ニッチな職業のように見えますが、自分がHSS型HSPだと自覚してカウンセリングを受けに来る人がたくさんいるのでしょう。
「繊細さん」の本が売れて、その性質が明らかになっていますが、社交性の高さにより、繊細さんのように見えない繊細さんが「隠れ繊細さん」であるとされています。
この本は、隠れ繊細さんのために書かれているので、そうじゃない人に刺さらないかと言えば、そうとも言い切れないと思います。誰でも少しは、その傾向をもっているのではないでしょうか。人間の心理はグラデーションのようなもので、はっきり線を引けるわけではありません。
わたしの場合は、隠れ繊細さんの診断をしてみると、若いころは、その傾向が強かったと感じました。歳をとるとバランスが取れてきて極端な傾向は無くなっていきますからね。
とは言え、かなり一致するところが多かったので、興味深く読みました。
結局のところ、自分を理解し、それを認めることから始め、自分の性質を許して楽に生きる道を見つけると、他の啓発本と同じような結論に落ち着きました。
とは言え、さすが専門家と歌うだけあって、きめ細かなアドバイスとワークが提案されています。
もし、外向的だけど、内心は嵐が吹き荒れているような人は、手に取ってみてはいかがでしょう。

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『冷血』トルーマン カポーティ (新潮文庫)

2024年12月29日 | 読書
作者であるカポーティは、この小説を書き終えたのち、一作も小説を書かずに亡くなっていることを知り、興味を持って読みました。
アメリカ合衆国のほぼ中央のカンザスで起きた、品行方正で周りの人たちからも尊敬され慕われている裕福な農家の家族4人が、縛られたあとに猟銃で打ち殺された事件の真相に迫ります。カポーティは、調査に3年を費やし、さらにまとめるのに3年を経て、この大作を描き上げました。
自ら、ノンフィクションノベルと言うように、ドキュメントタッチに、再現ドラマのようなノベル風の描写を交えているため、迫力を感じるのです。2人の犯人の生い立ちから処刑まで、周りの住人や捜査官などもきめ細かく調べられていて、どれも映画のシーンのように脳裏に浮かびました。
さて、なぜ、これを書き上げた後に、他の作品を書けなくなったのか考察になります。この事件の特徴は、偶然に偶然が重なっていて、フィクションとして書こうとした場合、いくらなんでも、こんな偶然に頼ったストーリーはダメだよと、企画の段階で没になるでしょう。犯人は同じ刑務所に入っていた仲間から、彼が以前雇われていた犠牲者の家族の話を聴き、刑務所を出たらそこを襲って金品を奪うと言っています。会ったこともない遠く離れた農場の家を襲うなど誰が考えるでしょう。捜査は怨恨説が有力で、まったく接点のなく遠く離れたところに住んでいる犯人が怪しまれることもなく遅々として進みませんでした。それが、以前、刑務所で彼に話した囚人が刑務所長にそのことを伝えたことがきっかけで捜査が動き出します。
事実は、小説よりも奇なり。完全なフィクションでは書けない世界観なのです。
これでは、次に小説(フィクション)を書くことを躊躇してもしかたないかなと思いました。また、殺人犯の心の底や、周辺の人たちの心情などをリアルに心の中に描くことも、精神的には大変な作業であり、それに加え、莫大な資料をまとめ上げる労力も並大抵のことではないので、これ以上の作品を書くことは出来ないと思っても無理はないと納得しました。
最後に、横道にそれますが、本作の中で、殺人犯の母親が、自分が非難されて当然だと思っていたのに、周りの人がみんな親切に接してくれる、息子の共犯者も自分に対して思いやりを示してくれたことに涙するシーンに、日本人も見習わなくてはならないアメリカのいい意味での個人主義を見たことを記しておきます。


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2024年に読んだ本ベスト10

2024年12月28日 | 読書
今年読んだ120冊の中から記憶に残ったり感銘を受けた作品を10冊(上・下巻があるものは2巻で1冊とします)ご紹介します。
順番は、関係なくランダムです。
『ふぉん・しいほるとの娘』吉村昭
『大空に生きる』ハンナ・ライチェ
『何もかも憂鬱な夜に』中村文則
『襲来』帚木蓬生
『骸骨ビルの庭』宮本輝
『滔々と紅』志坂圭
『医学生』南木佳士
『イザベラ・バードの日本紀行』イザベラ・バード

『介護士K』久坂部羊
『冷血』カポーティ
今年は、小説が当たりの年でした。
来年は、どんな本に出合えるか楽しみです。
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『たった1つの図でわかる!【図解】新・経済学入門』髙橋洋一(あさ出版)

2024年12月26日 | 読書
題名にある図とは、供給曲線と需要曲線のこと。ミクロ経済でもマクロ経済でも為替変動でも金融政策でも、すべてこの図に当てはめると、単純に理解できると言うのです。
ミクロ・マクロ経済くらいは高校の社会科で習うので、簡単すぎるかなと思いましたが、ニュースで取り上げられる為替相場や増税・減税の効果など、わかりやすく解説されていました。キャスターやコメンテーターの発言で、どこを無視して、どこを聴くかが整理されて有意義でした。
著者は、この図に当てはめれば経済の9割は理解できると言います。残りの1割は、各人の技量だと主張していました。
わたしは、残り1割はハッキリと解らないので、気象と同じく、経験則や統計等を元にした勘であると理解しました。経営・経済の専門家で仕事をしている人でも、ほとんどの人が間違えるのは、その1割がカオスの中にあるからでしょう。
とは言え、9割を理解するには、これだけで十分だと言うので、投資などを躊躇している人は、基礎知識として読んでおくのも良いかもしれません。

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