ジャックとエンゾの水深100m超える記録への一騎打ちは、1988年リックベンソン監督による映画『グラン・ブルー』で描かれ、広く知られている。水中では、長い波長の光は減衰しやすい。したがって、深く潜れば赤や緑の色は黒い色に変色して見え、ついにはブルーだけの世界となる。この映画は、水中撮影の第一人者ボブ・タルボットによる洗練された映像、光あふれる地中海の景色、そして透き通るように美しいエンヤの歌声で構成され、観る者を神秘的なブルーの海の深みへと誘い世界的な評価を得た。なお、この物語とは直接関係はないが、深さへの記録の挑戦は世代を変えて続いており、1990年代にはキューバ人のフランシスコ・ピピン・フェラレースとイタリア人のウンベルト・ペリッツァーリが、ライバル同志となって深海に挑んでいる。その姿がドキュメンタリー映画「Oceanmen」で描かれている。歴史は繰り返すのだ。ちなみに、現在の記録は、2006年8月にトム・シータスがクロアチアで183m、この時の潜水時間は3分14秒である。
映画「グラン・ブルー」で描かれているフリーダイビングは、ノーリミットと言われる潜水競技である。フリーダイビングには3つの方法があり、一つはダイバーが自分の力だけを頼りに潜るもので、潜降も浮上もすべてフリッパー、つまり足ひれだけで行う重量固定式閉息潜水(コンスタント)、30kg以下に定められたザボーラと呼ばれる重りを用いて目的の深度まで潜降し浮上にはフィンを使って、あるいはガイドロープを手繰って浮上する重量変動式閉息潜水(バリュアブル)、もう一つが、映画「グラン・ブルー」でおなじみのノーリミットで、規定なしのザボーラで潜降し、目標水深に到達したらザボーラにセットされた浮き輪やブイに自分でエアを注入し浮上するものである。いずれの方法もガイドロープに備え付けのマーキング(目標水深に取り付けた証明タグ)を取ってすぐに浮上する。記録は重りなどの器具を使用する分ノーリミットの記録が一番高い。なお、圧縮したヘリウム-酸素混合ガスを用いた130kgもある呼吸器を使う潜水(ヘルメットダイビング)では、実に400mの深さの潜水が実験的に行われている。したがって、フリーダイビングの記録は息こらえの限界への挑戦ということになる。ジャックは、いつか人間が200mの深海に到達し、10分の息こらえが可能になると信じていた。はたして、どこまで記録伸びるのか予測するのは困難であるが、ジャックのようなパイオニア達が、それを達成する日がいつか来るかもしれない。