19日(火)。昨日、会社帰りにコンサートのチケットを買いに神保町の三省堂内「チケットぴあ」に行ったのですが、三省堂もろとも改装工事中ということで、「ぴあ」は28日まで休業するという張り紙が掲示されていました 戦意喪失したので日を改めて別の「ぴあ」に行くことにしました
閑話休題
朝日新聞は第1、第3日曜日に別刷「GLOBE」という16ページ建てのタブロイド紙を発行しています 側聞によると、相当な経費をかけて優秀な記者たちを世界各国に派遣して取材させ、一つのテーマを掘り下げる「クオリティ・ペーパー」を標榜する朝日に相応しい企画です。いつもは、「こんなにお金をかけて誰も興味を抱かないテーマを取り上げたって、いったい誰が読むと思ってんのよ?」と冷めた目で見ているのですが、17日付の「ピアノ特集」は読みごたえがありました
第1面のリードには「ご近所からピアノがあまり聞こえてこなくなった。リビングでの気品ある存在が憧れだった時代は過ぎ去り、先進国のピアノ販売は激減 世界の老舗メーカーに買収の動きが相次ぎ、日本勢はアジアに活路を見いだす」とあります
ここに掲げられた第1面の写真はイタリアの新興ピアノ・メーカー「ファツィオリ」の工場に並ぶグランドピアノの木枠で、レンダーロ製造部長は「木を曲げるのに半年かける」と語っています
第2面では、今年9月にスタインウェイの親会社を約500億円で買収したヘッジファンドの創業経営者ポールソン(57)を紹介しています 「なぜ500億円ものカネを投じてスタインウェイを買収したのか」という記者の問いに、「最高級品であるスタインウェイは、普及品ほどには販売が落ちていない。世界全体をみればピアノはまだ売れる」と語っています
スタインウェイの調査によれば2011~2012年に世界の主な演奏会に出演した360人のうち約98%がスタインウェイを選んだとのこと また、ニューヨークの名門ジュリアード音楽院は266台のスタインウェイを保有しているといいます
学生の激しい練習に耐えるピアノはスタインウェイだけだというのがその理由だということです。ところが、同校は2010年~11年、ヤマハとファツィオリを1台ずつ買ったといいます。これが蟻の一穴となるか?競争原理はここにも、といったところでしょうか
そのファツィオリはイタリアの新興メーカーですが、職人はわずか35人の会社だといいます 社長のパオロ・ファツィオリ(69)が家業の家具工場の一角で1981年に創業したとのこと
国際コンクールで使用されるピアノはスタインウェイ、ヤマハ、カワイが常連でしたが、2010年のワルシャワで開かれたショパン国際ピアノコンクールで初めてファツィオリが採用され、それ以降、チャイコフスキー国際コンクール(モスクワ)、フランツ・リスト国際ピアノコンクール(オランダ)で相次いで採用され、世界的な名声を得るまでになりました
第3面に興味深いデータ比較が載っています。主なピアノメーカーの業績比較です。売上高、ピアノ生産台数、(以上、年間)、創業年、本社所在地を比較しています。
売上高(億円) ピアノ生産台数 創業年 本社
スタインウェイ 217 9,452 1853年 ニューヨーク
ベーゼンドルファ― 非公表 250 1828年 ウィーン
ベヒシュタイン 43 4,500 1853年 ベルリン
ファツィオリ 9 120 1981年 イタリア・サチーレ
ヤマハ 3,669 110,000 1887年 静岡県浜松市
河合楽器製作所 547 51,000 1927年 静岡県浜松市
売上高とピアノ生産台数で分かる通り、スタインウェイ、ベヒシュタイン、ヤマハ、カワイは機械による大量生産方式、ベーゼンドルファ―とファツィオリは少数精鋭による手造り方式ということが分かります オーストリアの名門ベーゼンドルファーがヤマハの傘下にある現在、今や年間生産台数わずか120台のファツィオリの存在が脅威になっているようです
イギリスの人気女流ピアニスト、アンジェラ・ヒューイットの使用ピアノはファツィオリです。下は愛聴盤のショパン「ノクターン&即興曲集」です
ファツィオリを使用して録音したアンジェラ・ヒューイットの
ショパン「ノクターン&即興曲集」CD。サイン入り。
第4面では「縮小する日本市場~ヤマハ・カワイ、東南アジアで生き残り」、「国際コンクール乱立の背景」を特集、第5面では「音の支えは調律師 日本人が活躍」を特集、第6面では電子ピアノを、第7面ではピアノの今後などを特集しています
今回の企画には3人の記者が関わっていますが、そのうちの一人に吉田純子という人がいます 今回初めて写真入りでプロフィールが明らかにされました。1971年生まれ、東京藝大大学院卒。現在文化くらし報道部記者で、3歳でピアノを始め、一時は伴奏ピアニストを目指したとのこと
吉田秀和氏の「音楽展望」なきあと、吉田純子記者の音楽記事が多く紙面に登場するようになっていたので、いったいどんな人なのか気になっていました やはりそうでしたか・・3歳でピアノを始め、東京藝大を卒業、プロの伴奏ピアニストを目指し、途中で新聞記者に転向・・・今後も朝日・文化欄に注目です