「死者の名誉毀損」で問われるべき“法的責任”とは
弁護士JPニュース によるストーリー • 18 時間 • 読み終わるまで 5 分
© 弁護士JPニュース
1月19日、兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑に関し兵庫県議会が設置した百条委員会のメンバーだった、元県議の竹内英明氏が亡くなったことが判明した。
直後に、政治団体「NHKから国民を守る党」代表の立花孝志氏が、竹内元県議が県警から任意聴取を受け逮捕される予定だったとの虚偽の情報をSNS上で発信した。また、一部の「政治系インフルエンサー」や元政治家なども、立花氏の発信内容が真実であるかのような情報発信を行い、虚偽の事実が広く流布されている。
このような動きを受け、兵庫県警の本部長が「事実無根」と明確に否定する異例の事態となった。本件の行為は、あたかも竹内元県議が犯罪行為に関わったかのような印象を与え、その名誉を毀損するものである。こうした行為に対し、どのような法的責任を追及することが考えられるのか。元特捜検事の郷原信郎(ごうはら のぶお)弁護士に聞いた。
死者に対する名誉毀損罪の「もっとも典型的な例」
本件の行為については、「死者に対する名誉毀損罪」(刑法230条2項、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金)が成立し得るのではないかが問題となる。
同条項は以下のように規定している。
「死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない」
郷原弁護士は本件が「死者に対する名誉毀損罪の典型事例」だとしつつ、その成立要件、特に「親告罪」であることと、「虚偽の事実を適示することによって」の要件が重要だと説明する。
兵庫県議会が入っている県庁舎(白熊/PIXTA)
© 弁護士JPニュース
郷原弁護士:「死者に対する名誉毀損罪は『遺族の死者に対する敬愛の情』を保護するものと考えられます。
そうすると、人が亡くなった直後に原因について社会的評価をおとしめるような内容の虚偽の事実を堂々と発信するのは、遺族感情という保護法益を害する程度がもっとも大きい行為であり、同罪が想定しているもっとも典型的なケースだといわざるを得ません。
ただし、名誉毀損罪は親告罪であり、遺族の方の告訴がなければ公訴を提起できません(刑法232条、刑事訴訟法233条1項参照)。
また、死者に対する名誉毀損罪が成立するには、『その事実が虚偽であること』に加え、そのことについての『確定的認識』が必要だとする見解と、一般の犯罪と同様に『未必的故意』で足りるとする見解とがあります。
前提として、立花氏の『竹内元県議が任意の事情聴取を受けており、逮捕の予定があった』という発言については、県警本部長が明確に『虚偽である』とコメントしており、客観的に『その事実が虚偽であること』は間違いありません。
次に、『確定的認識』が必要か『未必的故意で足りるか』についてですが、死者に対する名誉毀損表現はもともと、死者についての歴史的な評価・批判に関して行われることが多く、『虚偽の事項を過失で信じてしまった』というレベルで犯罪になるとすると、歴史上の人物についての自由な論評ができなくなります。そこで、嘘だと分かっていた場合のみを罰すればよいとの考え方によるものと思われます。
そういう意味では、死亡直後、遺族感情への影響がもっとも大きい時期に死者の名誉を毀損し、犯罪の疑いを受けていたたかのような冒涜を行った行為に対しては、『確定的認識』は不要と考えるべきだと思います。
『確定的認識』が必要との前提に立てば、立花氏が、虚偽とわかった上でSNS上での発信をしたと自白するか、それを認めるような言動を行っていた事実がなければ処罰できないことになります。一方、『未必的故意で足りる』との前提であれば、死者の名誉を毀損する発言を行うについて、虚偽である可能性をどの程度認識していたかが重要となります。その点について様々な証拠により立証していくことになります。
立花氏が、県警本部長のコメントによって虚偽性が客観的に確定した直後に誤りを認め謝罪と訂正を行ったこと、また、関係するSNS投稿を削除したことなどは、刑事責任を追及される可能性を考慮してのことと考えられます。
立花氏は削除の理由について、X投稿で『捜査への影響があるから』と述べていましたが、そもそも、県警本部長が答弁したように任意取調べが行われていた事実はないので、説明にはなりません。この点も、虚偽性の認識の根拠になり得ると思います」
“便乗”したインフルエンサー、元政治家らの責任は?
本件では、一部のインフルエンサーや元政治家らがSNSや動画サイトで、立花氏の竹内元県議に関する虚偽の情報発信に便乗した形での情報発信を行っている。このような者たちに対しては、どのような法的責任を問うことが考えられるか。
関連するビデオ: 百条委で知事追及の元兵庫県議が死亡 SNSの誹謗中傷で辞職 県警本部長「逮捕は全くの事実無根」 (読売テレビニュース)
読売テレビニュース
百条委で知事追及の元兵庫県議が死亡 SNSの誹謗中傷で辞職 県警本部長「逮捕は全くの事実無根」
郷原弁護士:「他人の発言に便乗しただけでは、死者に対する名誉毀損罪の成立を認めることは困難です。
ただし、相当な拡散力を持っている立場の者が、情報の真偽を十分に確かめもせず情報発信を行ったことは、それによって遺族の感情を著しく傷つけるものにほかならないので、民事上の不法行為責任の追及は考えられます(民法709条、710条参照)。
また、虚偽だったことがはっきりしたにもかかわらず、あえて虚偽の情報をまことしやかに拡散し続けている者も、同様に、不法行為責任の追及の対象となり得ます。
なお、立花氏本人の不法行為責任を遺族が追及できることはいうまでもありません。
とはいえ、大変なショックを受けている遺族の方にとって民事責任の追及をすること自体が大変な負担だと思います。また、懲罰的損害賠償の制度がないわが国では、賠償額が不法行為者に打撃を与えるほどの金額になるかどうかという問題もあります」
虚偽の情報は、一度流布されると容易には払しょくされない。それは立花氏が誤りを認め謝罪・訂正しても、今なお信じる者がおり、事態が収束していないことからも明らかである。また、郷原弁護士が指摘するとおり、民事責任の追及という手段にも限界がある。
斎藤知事には最低限「やめてくれ」と言う道義的責任がある
兵庫県の斎藤知事は22日の定例記者会見で、記者らの「竹内元県議への誹謗中傷・虚偽の情報等が拡散され続けている状況をどう考えるか」という趣旨の質問に対し回答せず、終始、「SNSでの誹謗中傷や人を傷つける発言はよくない」との一般論を繰り返した。
郷原弁護士は、斎藤知事には最低限、亡くなった竹内元県議らに対する誹謗中傷や名誉・尊厳を傷つける発言・情報発信をやめるよう、積極的に働きかける道義的責任があると指摘する。
郷原弁護士:「本件は、斎藤知事のパワハラ疑惑等の兵庫県政をめぐる問題について、真偽が曖昧になっている状態で、立花氏のような物事をはっきりと言い切るスタイルが支持を集め、根拠のない言説・虚偽の情報が拡散されるという、異常な状況のなかで起こったことです。
その状況のなかで、いまだに、虚偽の情報を信じて『竹内元県議は犯罪と言われても仕方がないぐらいのことをやっていた』などのようなことを言っている人がいます。
少なくとも、斎藤知事には『亡くなられた竹内元県議らの尊厳をおとしめる情報発信や、それに同調する言動はやめてくれ』と発言する道義的責任があると思います」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます