39年前、福井市で女子中学生が殺害された事件で、有罪が確定して服役した59歳の男性の再審=やり直しの裁判の初公判が6日、名古屋高等裁判所金沢支部で開かれます。男性は逮捕から一貫して無実を訴え続けていて、法廷で無罪を求めることにしています。
1986年に福井市で中学3年の女子生徒が殺害された事件で、有罪が確定して服役した前川彰司さん(59)について、名古屋高裁金沢支部は去年10月、再審を認める決定を出し、最初の申し立てから20年を経てやり直しの裁判が開かれることになりました。
もとの裁判では1審が無罪、2審が有罪と判断が変わり、再審の初公判は、2審が行われた名古屋高裁金沢支部で6日午後2時から開かれます。
逮捕から一貫して無実を訴え続けてきた前川さんは法廷で意見陳述を行い、事件はえん罪だとして無罪を求めることにしています。
弁護団は、有罪の決め手とされた複数の関係者の目撃証言について、「捜査機関が誘導したもので信用できない」として、無罪を主張する方針です。
これに対し検察は、有罪の主張を維持する一方で、再審に向けて新たな証拠は提出しない方針で、一日ですべての審理が終わる見通しです。
検察が新しい証拠を提出しないまま、再審開始決定で示された裁判所の判断を覆すことは難しいとみられ、前川さんは無罪となる公算が大きくなっています。
判決はことし7月ごろに言い渡される見通しです。
前川さん「無罪を求める意思 はっきりと伝えたい」
前川彰司さんは、再審の初公判が開かれるのを前に「事実無根の事件なので、無罪を求める自分の意思をはっきりと伝えたい」と話しました。
今月3日、前川さんは福井市内の自宅でNHKの取材に応じ、「特に浮き足立つこともなく、淡々と過ごしている」と初公判を前にした心境を語りました。
また、事件発生から39年という時間の経過について問われると、「ことし自分は60歳の還暦を迎える。長かったというのは簡単だが、あまりにも空虚で、心の中が空っぽな時の流れだった」と振り返りました。
再審に向けて、検察は有罪の主張を維持する一方で、新たな証拠は提出しない考えを示しています。
これについて前川さんは、「検察が再審開始決定に対する異議申し立てを断念した際に、『再審公判で適切に対応する』と言ったが、有罪主張をすることが適切なのかと、くぎを刺したい」と話し、怒りをあらわにしました。
初公判では、最後に前川さんの意見陳述が行われる予定です。
前川さんは、「これまで支えてくれたすべての人への感謝と、事件の被害者の方への思いを述べたいと思っている。『事実無根の事件で無罪を求める』と、はっきり自分の意思を伝えて締めくくりたい」と話していました。
再審までの経緯
1986年3月、福井市豊岡の団地で、卒業式を終えたばかりの中学3年の女子生徒が自宅で刃物で刺されるなどして殺害されているのが見つかりました。
物的な証拠が乏しく捜査が難航する中、事件の1年後に当時21歳だった前川彰司さんが殺人の疑いで逮捕されました。
前川さんは一貫して無実を訴え、裁判では「事件が起きた夜に、服に血が付いた前川さんを見た」などとする目撃証言の信用性が最大の争点になりました。
1審の福井地方裁判所は1990年、関係者の証言の内容がたびたび変わっていることなどを理由に「信用できない」として無罪を言い渡しました。
しかし、2審の名古屋高等裁判所金沢支部は1995年、「証言は大筋で一致していて信用できる」と判断して、無罪を取り消して懲役7年を言い渡し、その後、最高裁判所で有罪が確定しました。
前川さんは、服役を終えたあとの2004年に名古屋高裁金沢支部に再審=裁判のやり直しを求めました。
裁判所は2011年、事件後に前川さんが乗ったとされる車の中から血液が検出されなかったことなどから、「証言の信用性には疑問がある」と指摘し、再審を認める決定を出します。
これに対して検察が異議を申し立て、名古屋高裁の本庁で改めて審理した結果、2013年に「証言は信用できる」と金沢支部とは逆の判断をして、再審を認めた決定を取り消しました。
その後、最高裁判所は前川さんの特別抗告を退け、再審を認めない判断が確定しました。
3年前、前川さんの弁護団は名古屋高裁金沢支部に2回目の再審請求を行い、審理では再び、目撃証言の信用性が最大の争点となりました。
裁判所との3者協議の中で弁護団は検察に対し、証拠の一覧表などを開示するよう求めました。
検察は当初、開示を拒否し、裁判所が再検討を促した結果、一覧表の開示には応じなかったものの、当時の捜査報告書など、合わせて287点の証拠を新たに開示しました。
そして去年10月、名古屋高裁金沢支部は新たに開示された証拠などを踏まえ、「捜査機関が関係者に誘導などの不当な働きかけを行って証言が形成された疑いが払拭(ふっしょく)できず、信用できない」などと指摘し、再審を認める決定を出しました。
この決定について検察は異議申し立てをせず、前川さんが最初に再審を求めてから20年を経て、やり直しの裁判が開かれることになりました。
再審開始決定の判断は
去年10月、名古屋高裁金沢支部は、検察から新たに開示された証拠が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」と言えるとして再審を認めました。
決定ではまず、「服に血が付いた前川さんを目撃した」などと証言した1人が事件当日に見たと話していたテレビ番組のシーンについて、新たに開示された捜査報告書などから、事件当日に放送されていないことが明らかになったとしました。
そして、「証言の信用性評価に重大な疑問を生じさせるもので、確定判決が有罪と認定した根拠を揺るがすものだ」と指摘しました。
そのうえで、検察は当時の捜査で該当のシーンが放送されていない事実を把握したとみられるのに、裁判で明らかにせず、動かしがたい客観的事実として扱い続けたと述べ、「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正な行為と言わざるをえず、適正な手続きを確保する観点から到底容認することはできない」と厳しく批判しました。
また、決定では、「前川さんが事件の犯人だ」と最初に証言した知人についても検討しました。
この知人は当時、薬物事件で勾留されていて、「証言を取り引きの材料にしてみずからの刑事事件で刑を軽くしてもらうなどの利益を得ようとする態度が顕著だ」などとして、証言は信用できないと判断しました。
そして、「知人がうその証言を行い、捜査に行き詰まった捜査機関がほかの関係者に対して誘導などの不当な働きかけを行って、知人の証言に沿う関係者の証言が形成された疑いが払拭できない」と指摘し、前川さんを犯人と認めることはできないと結論づけました。
再審制度の法改正めぐる動き
再審の手続きをめぐっては、去年、無罪が確定した袴田巌さん(88)のケースでは最初に再審を求めてから開始まで42年かかり、前川さんのケースでも20年かかっていて、審理の長期化が課題となっています。
こうした状況を受け、再審制度の法改正に向けた2つの動きが出ています。
1つは法務省で、先月、法改正の検討を法制審議会に諮問すると発表しました。
この春にも諮問する方向で、具体的な検討項目とあわせて調整を急ぐことにしています。
もう1つは370人余りの超党派の議員連盟で、先月、総会を開き、議員立法で今の国会での改正を図る方針を確認しました。
議員立法の骨子案は、再審を求めた側が検察に証拠の開示を請求した場合、裁判所は一定の条件をもとに開示を命じなければならないことや、裁判所が再審開始を決定した場合に検察の不服申し立てを禁止することを柱としていて、これらの2つの動きが改正につながるのか、注目されています。
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