うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

レオナール・フジタ展、万世橋ほか

2013年09月16日 | アート・文化

(連休特集と言うことで?以下かなり長いです)

この週末は台風に祟られることになりそうだが、当地では雨は午前3時頃から降り始めた。延々降り続けて午後1時半頃にいったん止み、すこし晴れ間が出て来た。本格上陸は明日になると聞く。出かけるなら今だと思い、電車に乗る。

まず、渋谷に出てBunkamura ザ・ミュージアムのレオナール・フジタ展を見に行く。フジタは今日ではそれなりに人気があるようで、比較的よく美術展が開かれている。今回のはポーラ美術館の所蔵品を中心に展示されているが、周辺の画家や、交流のあった土門拳などの写 真まで展示された本格的なものだ。見ているうちに時の経つのを忘れてしまった。

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フジタ(藤田嗣治)については僕はすこし思い入れがある。10数年前に見たテレビのドキュメンタリーとその感想について、以前にやっていたホームページでも書いたことがある。

かいつまんで言うと、パリで苦労の末名声を勝ち得たフジタは、第2次大戦中は日本に留まり、いわゆる戦争記録画を描く。そのことから戦後、画家仲間から戦争協力者の代表のように仕立てられてしまう。

更に、日本を離れ最初に渡ったニューヨークでも、現地の日本人画家から締め出しを食う。最終的にパリに落ち着いた藤田は、現地で暖かく迎えられる。やがて日本国籍を捨て、更にキリスト教の洗礼を受ける。名前もレオナール・フジタとなり日本に帰らぬ決心をするが、他方、夫人によると、晩年まで浪花節などのレコードを愛聴していたという。

藤田の戦争記録画「アッツ島玉砕」「サイパン島同胞臣節を全うす」は国立近代の所蔵で以前見たことがある。その凄惨な描写は、軍部から疑問の声が出されてた程だが、国民からは強く支持されていたようだ。藤田自身、(戦争画を描いたことを)その時代の日本人として当然のことをしただけだ、と後日手紙に書いている。

戦後、手のひらを返したように人々から厭われるというパターンは、息子を特攻で失い英霊の親族としてあがめられていた一家が、戦争後近隣から冷たいあしらいを受ける、という話とそっくりである。数年前まで敵国人であったフジタを、その芸術的才能で評価して温かく迎えたフランス社会とは、余りにも対照的だ。

このことを思い出すと僕は、日本人って信用ならねえなあ、と憤りを感じたりするのである。

・・などと、一人で熱くなっていないで、フジタ展に戻ると、ここではそんな戦中の彼の様子はすっぽり抜け落ちていて、「乳白色の肌」で勇名をはせた前半生と、後年の子供達を中心に描いた連作に重点が置かれた展示になっている。

子供達の絵をこれだけたくさん見るのは今回が初めてだ。

フジタの描く子供達は大人に向かって笑いかけていたりはしていない。みんな真剣な顔をして体操したり、いたずらしたりしている。

「職人達」シリーズでは大まじめに家具を作ったり、肉をさばいたりしているが、時に運んでいた瓶を割ってしまって泣いていたり、子供の歯医者さんが歯を抜こうとすると、やはり子供の患者さんが痛がって暴れていたりと、ユーモラスな表現があって、思わず頬が緩んでしまう。自信満々で大人の真似をする、というのも、子供の愛らしさであり、フジタはそんな子供達を愛したのだろう。

長くなったが、フジタ展の話はこれでおしまい。

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大雨でずぶ濡れになってしまった御神輿。Bunkamuraに行く途中で。

外に出たら、天気は回復して青空が見えている。ついでだから、万世橋の新しいショッピングモールに行ってみることにした。渋谷からの行き方は色々あるが、地下鉄で淡路町を目指した。

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ビルの3階から出る地下鉄。一連の工事が完了すると、この風景も見られなくなるとか。

昨日ニュースでやっていたが、JRが再開発した、マーチエキュート神田万世橋、というモール、中央線の古い煉瓦造りの高架橋を改装したものだ。戦前までここは、万世橋という駅だった由。7年前までこには、交通博物館があった。

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今回は旧ホームを展望台として整備している。

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駅名票も復活。

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商店街は高架下にあるが、入り口も店内も狭く、最初はちょっと入りにくい。小物を売っている店が多い。

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内部はこのようにつながっている。

喫茶店や食事のできるところもあったが、今回は見送った。今度行ってみよう。

万世橋はもとは駅だったので、JRの他の駅とは多少離れている。秋葉原、お茶の水、神田、それぞれ5-6分かかる。今回淡路町から行ったが、道を間違えてしまった(道が碁盤目状ではないのでちょっと複雑)。帰りは神田から中央線に乗り、次の目的地、新宿に向かった。

新宿で、中古のLPレコードを追加仕入れした。

前回はカラヤンのベートーヴェンだったが、盤質もよく値段も安かった。今回ベートーヴェンはさすがに飽きたので、別の作曲家、ジャンルを探してみた。LPはCDとはまた値付けが違うようだ。CDもさいきんの値付けはよくわからないが、LPは余計わからない。カラヤンのベートーヴェン全集(6枚)が1000円かと思えば、貴重盤は1枚1万円近いものもある。

門外漢としては、ふつうにお手頃で聞きやすいもの、を基準に探してみる。

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ブルーノ・ワルター/コロンビア響のモーツァルト(3枚組。'62年頃発売された?国内盤)。先入観としては、わりと柔らかめの、脂身の多そうな演奏。リンツとプラハはそんな感じで、うさ耳にはちょっと、かな。でも、ジュピターは一転きりりと締まって、これは良かった。アナログで聞く価値はありそう。

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シュライヤーの「水車小屋」。中古屋の状態区分はA。演奏してみるとまったくプチプチ言わない。ヴォーカルは中音域中心だからオーディオ的に無理がない反面、微妙なニュアンスの違いが出やすい(人は人声位の音域がもっとも敏感)。オペラは長いからCD有利だが、歌曲は実にアナログ向き、かも。実体験としては、カーペンターズをはじめてCDで聞いたとき、LPと声が違って聞こえるのでびっくりしたことがある。カーペンターズも欲しいな・。

 

 

 

 

 

 

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貴婦人と一角獣展

2013年07月07日 | アート・文化

4月末に始まり、ずっと行きたかったのだが、いよいよ15日が最終日になってしまった。
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駅の看板。これは「我が唯一の望み」。この看板に惹かれた。それと、「一角獣」。

中世に作られた6枚のタペストリー(タピスリーと表記されていた)を巡る、展覧会である。

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週末は遅くまでやっている。

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「一角獣」といえば、どうしても「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(村上春樹)を連想してしまう。

小説では一角獣について、作中の登場人物(図書館の女性)に歴史的な伝承を語らせている。僕の一角獣に関する知識はそこから来たものが全てだ(小説では、革命前のロシアで一角獣の頭骨が見つかったような論述があった。どこかにそんな話があるのかと、ググってみたが、さすがにこれはフィクションらしい・・。ほんとだったりして?)。

作中に出てくる一角獣について、形態的な記述はあまりないが、体毛の色については詳述されていている。春から秋口までは様々な色をしているが、秋になると一斉に金色の毛に覆われる。角の色は真っ白で、目は青空のように蒼い。この辺も作者のフィクションらしい。

小説も謎めいているが、この「貴婦人と一角獣」にも謎が多い・・、そうだ。中世の絵画には余りなじみがないが、これには様々な寓意が隠されているらしい。6枚のタピスリーはそれぞれ、触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚、そして第六感を示しているそうだ。

また、そこかしこに描かれている動物たち。「触覚」に出てくる猿は、鎖でつながれいている。音声ガイドでは、これは男性の女性に対する忠誠を示すものだと、音声ガイダンスでは言っていた。

うさぎがやたらと出てくる。妙にかわいらしいが、うさぎは多産の象徴、と解説にある。貴族の婚姻を祝うためのものだからか。

学術的な研究はともあれ、この静謐な世界は、僕の好みとするところだ。

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国立新美術館に来たのは久しぶりだ。TIFもおもしろい建築だが、ここの造形もかなりのものだ。

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ジオラマ風で。

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カフェはもう終わっているが、写真は撮りやすかったかも。

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図録を買った。そのうち、これをヒントに何かの絵を描いてみたい気がする。

 

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六田知弘写真展 3.11 時のイコン

2013年03月22日 | アート・文化

去年も関連する写真展が開催されいてた、相田みつを美術館で、今年も3.11に関連する写真展が開かれている。ホームページでは簡単な紹介しかされていない
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*さいしょ、複合機でスキャンしたのだが、転送した画像を見たら、部分ごとにばらばらにスキャンされていた(プリントスキャンのモードになっていたらしい)。

ひしゃげた鍋、花束、コンピュータの解説書らしき本などが、淡々と紹介されている。一つ一つのモノたちは、博物館の標本のように白い紙を背景に撮影されている。

モノには時間が堆積している、と六田氏はいう。生活の中で使っていた人たちとの時間。そして、3.11の津波の瞬間。更に、その後の時間。

2年が過ぎ、私たちにもそのぶんの時間が堆積している。人々の手を離れて、たどった道のりは変わったが、これらのモノ達は、実はそのことを思い出させようとしているのかもしれない。

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浅草羽子板市のポスター

2011年11月30日 | アート・文化

このポスターのイラストが、とっても気になる。
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書き方は新しいが、何だろう、色合いだろうか?見る人にしっかりと日本の伝統を感じさせる。
少女の表情は、何も語りかけていないような、不思議な雰囲気を漂わせている。目や顔の大きさのバランスは抑制的だが、この等身はどうなのかしら。安定感のある美しいなで肩だけど。
ポスター全体のデザインもモダンで、すごく上品だ。全体にポスターとしては地味なのに、ここだけ回りの世界と隔絶しているようなオーラがあって、街中に掲示されているととても目立つ。

島名毅さんというデザイナーの方が書かれているらしい。

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