うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

熊の発音

2014年09月30日 | 日記・エッセイ・コラム

ニュースを聞いているとよく、山に山菜採りに行った人がクマに遭遇した、というのをよく耳にするが、前からアナウンサーが言うときのクマという発音が気になっていた。マのほうにアクセントがある。僕らの感覚だと、これは目の下に隈を作った、というときの発音である。熊のときは、クにアクセントがつく。

森のくまさん

くまのプーさん

は、どちらもクにアクセントをつける方が普通だと思う。

ウェブを探すと、こういう疑問を持った人はたくさんいるようで、Q&Aとかに良く出てくる。総合すると、伝統的な日本語では意外なことにマにアクセントがつく方が正当だが、近年はクにアクセントがつく呼び方もある、とされているようだ。隈はすみのほうの暗くて黒っぽい部分を示し、動物のクマも、黒い動物なのでそこから来たんだろうとも。

検索では、ゆるキャラのくまもんの、地元での発音が違う、というのも出てくる。僕らはこれもくにアクセントをつけるが、熊本ではアクセントをつけず、ポケモンのように発音するらしい。

また話が流れるが、投資の世界でブル・ベアという言い方がある。強気の相場のことをブル(雄牛)といい、ウシが角を上に突き上げる様子から上げ相場、反対に弱気はベアつまり熊で、熊が腕を振り下ろす(または背中を丸める)ことから、下げ相場、を意味するそうだ。

僕はこのブルとベアの区別が長い間頭に入らなかった。どっちも強そうだし。下げを狙うのも戦略だから、弱気と言ってもウサギみたいに逃げるようなたとえではいけないのだろうけどね。

写真はノベルティ商品のあまりで、2体ともおなじもの。パペットになっていて、裏返すと熊になったり、ウシになったりする優れものだった。職場でよくおもちゃにしていた。

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ペッパー

2014年09月29日 | まち歩き

風邪気味なので、軽く。

12日にジョー・サンプル(ジャズ/フュージョンピアノ)が亡くなったそうなので、CDを買おうと思って歩いていたら彼に遭遇した。

ソフトバンクのペッパー。相変わらずSBは面白い事業を開拓してくれる。
こうしてお店番をするのは用途として何となく合っているような気がする。
人の感情がわかる、とニュースでは報じていたが、つんけんすると怒るのかしら(そういうことしちゃダメだよ)。
 
話は戻るが、本当はメロディーズ・オブ・ラブが聞きたくて、「Sample This」か「虹の楽園」を探していたのだが、なかった。通販なら売っているし、xBoxのダウンロードでも購入できる。
Sample Thisは12月に国内盤が千円ででるらしい・。どうしようかな?
 
 
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小鳥夢ほか

2014年09月28日 | 日記・エッセイ・コラム
  • 今朝見た夢。

2階の書斎に、白いセキセイがいる。この子が妹のというか、甥の鳥であることはわかっている(現実世界で甥が鳥を飼っているわけではない。好きらしいけど)。外に出しっぱなしでは拙いので、手に載せて、ペン殿のいたケージに入れてあげた。

ケージのある部屋に行くと、窓が開いている。そこにも黄色いセキセイが畳の上を歩いている。この子は迷いインコらしいのだが、なんだか友達のところのピーちゃんそっくりだ。とにかく、このままではいけないので、この子もペン殿のケージに入れてあげた。

ケージを見ると、今入れた2羽のほかに、前から1羽のメジロの子がいる。この子は5月にうちに迷い込んできた子にちがいない。あのときもどこかにケガがないか、いったんケージに入れて外から観察したことがあった。だからこのメジロの子イン ペン'ズハウスという図式は実際にあった光景だ。この夢のように、3羽もいることはなかったけど。たぶんこのメジロはペン殿の生まれ変わりなんだろうな、と考えている。面影があるとかそういうことはないが、何となくわかる。

3羽も入ると狭苦しいかなと思うが、そうでもないようだ。 なんだか、賑やかで悪くない・・。

・・、という話でした。まあ、オチはないですね。

  • アメリカウォッチャーとして有名なこちらの方が、最近のウェブでこう語っておられる 。

何と言うか、アメリカについて語ることは昔ほど面白くはないし、重要度も薄れてきているような気がする。もちろん多くの人の関心が得られるとも思えない。(中略)アメリカウォッチャー業界にとっては、冬の時代が到来しているのかもしれない。

そこまで言ってはあれだが、今になってその感想?という気がしないでもない。これは僕の完全に個人的な感想だが、気がつけばアメリカの存在感は僕の若い頃に比べるとずいぶんと薄くなったものだ、と思う。洋楽(ほとんどはアメリカ音楽だ)も昔ほどちまたで流れていないし、昔はアメリカンなんちゃらというネーミングの商品が結構あった気がしたけど(ほとんど意味なくアメリカンとつけていた)、今そんな名前をつけたら、結構恥ずかしいような気がする・・。

まあ、話はそういうレベルに落として進めていくわけだけど(かんべえさんは本当は政治経済の世界の話をしているのだが)、僕らぐらいの世代以上の人がとらえるアメリカ観と、今の20代ぐらいの人がとらえるアメリカ観には、既にかなりギャップがでているのを良く実感する。上の世代の人は、アメリカはこう考えているようだ、という話を聞くと、興味津々となるが、若い人はそれが何か?とか言いそうだ。

アメリカへのあこがれが一番強かったのは、団塊世代の一部の人たちあたりかもしれない。その辺の感覚は僕らには既にないが、僕らの若い頃にはまだその余熱みたいなものもあったのだろう。僕らの世代でもアメリカの存在感はかなり大きかった。

僕自身の、全く個人的な話になるが、長年北米系の外資企業にいたことが多くて、その環境をどう自分の中で消化していくか、長年苦労してきた(ガイジンになりきっちゃう同僚もいたけど、そうはなれなかった。そのくせ、伝統的日本的企業文化みたいのは大の苦手で、そこから逃げたかったのだ)。なんだかんだいって、米系企業にいた頃が企業環境としてはもっともしっくり来ていたとおもう。

今は米系ではなくなり、かつて当たり前であったことが通用しない文化に今でも慣れていない・・。つもりでいたが、いつの間にかだんだん適応してきてしまったみたいだ。なので、かつて身近だったアメリカが、今は遠くに行ってしまった感じが強い。

・・いったい何をいいたいの?と言われそうですが、これ、書いているうちに話しがどんどん広がって収集がつかなくなってしまい、思ったよりずっと時間がかかっちゃいました。単なる駄文です。

写真は本文とは何の関係もありません・・実家で作ったゴーヤ

和装招き猫。

 

 

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一下級将校の見た日本陸軍

2014年09月27日 | 本と雑誌

先日紹介した「失敗の本質」はアカデミックな観点から見た日本軍の作戦評論、「日本海軍400時間の証言」は戦争指導者達の発言を追ったルポルタージュだったが、これは大学(高専?)を卒業して徴兵され、陸軍少尉となった著者の戦争経験談である。

歴史書や、戦記のような形の読み物は過去何度も読んだが、こういう視点からの体験談は読んだことがなかった。学生時代の思い出から始まり、徴兵検査、入隊、士官学校経験、戦闘への参加と降伏、捕虜生活と順を追って綴られている。

山本氏の著作は、大昔に「日本人とユダヤ人」(著書かどうかは議論があるそうだが)、を読んだくらいだが、この方の文章はそれほどわかりやすいとは言いがたい。自伝的な文章というよりはインタビューなどで知っていることを洗いざらいしゃべりまくったのを、そのまま文章にしているような感じである。

つらつらと時空を自由にさまよいながら、話が続くので、さて、前に作者はどうやってそこにいったんだっけ?とか、ここに出てくるX大尉って誰だっけ?とか、注意して読まないとわからなくなってしまう。まあ、僕の頭が悪いのかもしれないが・・。

しかし文章表現力が良くないのかというと、多分そうではなくて、部分的な描写はとても的確で目に浮かぶようだし、所々にあらわれる警句や独自の見解は非常に心に残る。また、読みにくい文章は、自己の内面に深く入り、それを正確に文章にしようとした結果とも取れ、それほど欠点とも思えなくなる。

戦場で生きるか死ぬかという思いをしたときに、何を感じたか、あるいは非常に厳しい状況をくぐり抜けて来た後、落ち着いてしまってからそのときの気持ちを振り返ろうとするとどうなるか(思い出せない、のだという)、というあたりの表現は、自身を振り返り本当に自分の感じたことを書き連ねようとしているのだな、という気持ちが伝わってくる。

美麗字句でそれらしい表現を重ねるという表現の仕方ではないという意味だ。。

前回「400時間の証言」の時にも書いたが、あとから振り返るとなぜあのときに、と思うようなことでも、その場にいたときの気持ちを考えると、どうにもできない、という瞬間は常に存在する。たとえ数人の仲間内ですら、まわりに流されずに適正な行動をとるのは難しいのだ。そのくせ、その場を離れると、なぜあのときに・、と悔やんでしまう。

戦争ともなると、そういう思いが極端に集積していく。その場に居合わせる経験のなかったものは、言葉でわかろうとしても正確には理解できない。
山本氏が所々に書いているが、軍隊時代の経験を若い人に語って、そうそう、と頷かれても、こいつら、本当にわかってないな、と断絶感に襲われるのも「わかるような気がする」。

ほかにもいくつか、興味深い見解が披露されている。

  •  敵に包囲され、このままではダメだとわかっていても、その恐怖の対象が見えず(暗闇のなかなので)、今その場にいることが安全であるときは、その先動くことができなくなる。山本氏の知人は、船が沈みかけているとき、甲板から飛び降りなければならないとわかっているのに、甲板から夜の海に飛び込むことは難しい、といわれたという。人は理性では理解できても、自分が「いま」死ぬことは最後の瞬間まで実感できず、何とかなるのでは、と思ってしまうらしい・。
  •  日本の軍隊の特徴は「言葉を奪ったこと」だという。それは私ではありません、などといえば、言い訳をするな、と何倍も殴られる。それが嫌なら何も言わずに1度殴られた方が良い。人から言葉を奪うと、あとは暴力で秩序を作っていくしかない。 もう一つの指摘は、日本が欧米人を捕虜にすると、彼らは自ら自治組織を作りそれぞれの専門性を生かして担当者を決め、一つの社会を作り上げた。ところが日本軍捕虜が収容されると、やがて暴力団組織のようなものができて、力で秩序づけられるようになったのだという。
  •  他方、将官のなかでは上官が参謀、下士官に依存するような構造ができていたという。以前僕も似たことを書いたが、組織では声の大きいものが勝つ。勿論声量のことではなく、相手に威圧感を与えて自分の意見を押し通せるものが強い。かつては度量の大きな上官が、部下に自由に具申させて決断し、自らの責任の下に実行する形が取れていたが、いつの間にか上司が部下に使われるような形になってしまったらしい。それに近い形は僕の身近にも見られる。
  •  明治以降の法制度における軍隊のありかたについて。いわゆる統帥権の問題だが、軍を日本国行政府の軍ではなく、天皇の直轄としたのは、それまでの藩閥勢力の一掃を図り、国内の政争から軍を引き離す意図があったのだと。そもそも、日本軍には海外と戦うなどという意図も規模も持っていなかったが、日本の経済発展の中で軍も急成長して変貌、日清、日露の戦争を勝利する。そうした中で、日本軍は日本国政府とは別の形で、日本を支配、占領して行った。

    いわば一つの国が二つの勢力に支配されていたというのが当時の日本であった。軍は戦況が悪化していくと、交戦国より先に日本国政府そのものを掃討し、日本を「占領」してしまう。戦後、アメリカの占領統治がきわめてスムーズに行われたのは、それまで支配されていた日本軍よりもアメリカ軍の方がまだましだ、と思われたからではないか、という見解だ。

すべての考え方に賛成、というわけではないが、なにより組織の中で、いろいろあったときに人はどのような行動をとるか、という視点で見ると、興味深い見解は多い。

 今日、身の回りで暴力による統治というのは、さすがに見ることはないが、言葉を奪うことはほかの方法でもできる。相手に何も話しかけない、というのも一つの方法だし、大声を出さなくても、一方的にまくし立てるという方法もあり、いずれも身近で見られることだ。話し合いに参加させないというのもそうだろう。そうなると、ディスカッションという習慣のない日本人は、言葉による交流というのはそもそも難しいものなのか、と考えたりもするが・・。少し考えすぎかもしれない。

 もう一つ、時々いわれることに、かつては男性社会だったので戦争や暴力が肯定された、という意見。もしかしたらそうなのかもしれないが、他人を傷つけ屈服させるという「罪」は、女性でも別の方法で達成する可能性はある。出方は違っても同じ人類同士、一方だけを断罪し他方を神聖視することはできないと思う。

 

 

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カップ農園

2014年09月26日 | 植物、花

またちょっと息抜きを。

今年の2月頃、親から信用金庫がくれたという、カップ農園をもらった。

まちがい・。

このように紙のカップになっている。最初はオフィスで育てようと思って、持ってきた。会社の子に見せたかったというのもある。今年の2月頃のことだ。

内容。ふたを開けると、固形の土や種、根が腐らないようにする薬などが出てくる。

固形スープのようなしくみで、水を入れるとどんどん膨らむ。ぬるま湯の方が良いらしい。

だんだん膨れてきた。この後ほぐす。

木のスプーンが入っているのでそれでほぐす。土らしくなってきた。

これは実家で準備したときの写真。すぐに芽が出て、双葉が大きくなっていく。種はかなり入っており、すべてが育つというわけではない。

こんな風に芽が出てくる。

いくつも芽が出て、少し大きくなった状態でいったん家に戻した。オフィスではあまり日が当たらないので、日向においておこうと、朝出かけるときに門柱の上に置いておいた。

しかし、夜帰宅するとネコかカラスがひっくり返したらしく、地面に転がっていた。幼い芽はほぐれやすい土と共に散らばってしまい、最初のカップ農園はこれで終了になってしまった。

6月頃またもらってきた。再挑戦は7月に入ってから。実家に置いてあったカップは、だいぶ育っていて、葉っぱが15cmぐらいまで伸びていた。

花が咲くとか、そういうものではないらしい。ハーブかなにかか。←すいません、カップにバジルって書いてありますね・・。

今朝。うちでは残ったのは1株だけで、なんとなく緩くて柔らかそうな葉をつけている。

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日本海軍400時間の証言

2014年09月25日 | 本と雑誌

再び本の話、また少し重い内容の話が続くが・。

日本海軍400時間の証言は、NHKが5年前に特集した、海軍反省会に関するドキュメンタリーの制作者の取材記録である。

海軍反省会というのは、旧日本海軍や軍令部の将官達が集まった秘密の会議のことだ。10年以上にわたり、当時戦争を指導したエリート達が自分たちを振り返り議論するという場であったらしい。元々非公開を前提に、テープに録音されていたものが、関係者の決断により広く世に公開されることになった。テレビの特集は3回にわたり放送された。

僕はこの種の番組は良くチェックしてみているのだが、うかつにもこの特集だけは見ていない。アーカイブがPCでも見られるらしいので、折を見て見てみたいと思う。また、証言録そのものは戸田一成氏の編集によりシリーズで刊行されている。

で、この本はNHKスペシャルの取材班の記録なのだが、最初にプロローグとして、記者がなぜこの番組を作るに至ったか、だれそれと会って、誰に話を聞いて、というエピソードが紹介されている。いよいよ本編、と思って読み進むと、また誰と会って、どこで取材して・・と、冒頭のようなエピソードが延々続いている・・。なんだ、証言記録の話そのものじゃないのか・・。証言は一部が引用されているが、あくまでも番組を作るため取材した過程の記録なのだ。もちろん、番組のテーマに関する内容が中心だし、証言記録の引用も出てくるが、本書がメインに扱っているのは海軍反省会や番組そのものではなく、取材過程なのだ。

なんだか肩すかしを食った気分になったが、気を取り直して読み進んでいくと、これはこれでなかなか面白い。取材進めていくと意外とこんな事がわかった、とか、改めて番組の最も訴えたいことをどこに据えたら良いか、考え直した、というような話の進め方になっている。

テレビのシリーズでは開戦決意、特攻、そして戦後の東京裁判弁護といったテーマに分けられており、本書ではそれをトレースして、反省会の証言と、発言者または発言者の親族の方への取材の過程が綴 られている。それぞれに記者なりの視点、たとえば開戦への過程については、軍令部の法的、組織的位置づけへの追求であるとか、特攻の発案、推進者の追求 (断定はしていないが、黒島亀人参謀の関与を示唆している)、海軍への戦争犯罪訴追に対する取り組み、などが示されているが、先に紹介した「失敗の本質」 のような、アナリシスとして結論づけるような書かれ方はしていない。

最後の方に書いてあったが、雑誌が終戦特集を組むと「売れる」のだそうだ。組織が犯す戦略の失敗や、人間関係、意思決定の過程などが、組織に生きるサラリーマンに、自分たちの会社のことを思い起こさせるらしい。僕もそういうことが大好きなたちだ。エリート集団が誤った決断を下してしまう、周辺もそれに気がつかないか、おかしいと思っても止められなくなるという過程は実に興味深い。

仲が良すぎて、失敗してもお互いをかばい合うとか、万策尽きてタブーをおかすとか、過去を直視できずつい体裁のよい発言をしたり、正面から見ようとしなかったりということは、今の自分たちもよく経験することだ。前回も書いたが、やはりここでも、歴史は繰り返し人は同じ過ちを犯す、という事実が改めて思い出される。

 

 

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ボンタン飴ほか

2014年09月24日 | 日記・エッセイ・コラム

少し堅苦しい話が続いているのでちょっと息抜きを。 話はあちこち飛びます。

ボンタン飴。駅前の特設コーナーのようなところで売られていた。
 
子供の頃、曾祖母(おおばあちゃんと呼んでいた)のところに行くと、いつもこの飴をくれた。おおばあちゃからは「ちゃあ坊」と呼ばれていた。ボンタン飴は鹿児島あたりの名物だが、曾祖母は都内のひとで(嫁ぐ前の事は知らないが)、なぜボンタン飴だったのかはわからない。
 
キャラメル状になった、柔らかい飴というのか、ゼリーとかに近い感じ。表面を包んでいる紙はオブラートで、そのまま食べて良い。
 
姉妹品に俵六餅というのがあり、形は似ているが鶯色をしている。パッケージのイラストは俵六さんなのか、飛脚のような感じで尻をはしょって(というのかな)歩いている様子が描かれている。尻とふんどしが丸見えなところが、子供の頃何となく恥ずかしく感じたことを覚えている。
 
gooブログにも少しずつ慣れて来ている。ocnやココログと考え方が違うなあ、と思ったのは画像のアップロードの仕方だ。ocnやココログは、直接投稿フォームにPCからの画像を挿入するが、gooはいったんサーバー上の画像ファイルにアップロードして、画面右側の一覧から投稿フォームに挿入する。最初は意味がわからなくて往生した。画像はサムネイルだと小さすぎるので、オリジナルサイズで投稿するようになってしまった。
 
アクセス状況がリアルタイムではない(前日のアクセス累計がでる)のも違和感がある。ocnやココログは時間ごとに何件来たかわかる。インポート初日は千数百件のpvがあり、以後連日千件単位のPVがある。これも従来とは桁違いなので、何となく戸惑う。もっとも、最初は検索エンジンからのアクセスが大量にあるかららしいが。
 
snsの投稿通知はTwitter、facebookを連携させているが、いつもは通知させていない。gooでは設定によるのだろうけど、最初から連携するようにチェックマークが入っている。先日間違えてfacebookに通知させてしまった(ねじまき鳥の記事)。
 
ヨコハマ買い出し紀行を愛読している。
アルファさん、ですね。まあ、知らない人も多いだろうけど。
 
リアルタイムでは読んでいなくて、昨年から単行本(電子書籍)を1巻ずつ、買っては惜しみながら読んでいる。まんがって、すぐ読めてしまうけど、ヨコハマ- は既にシリーズ完結していて、14巻読んでしまったらもう続きがない。なるべく長くこの世界に浸っていたくて、先を急ぎたくないのだ。
 
特急などに長時間乗る用事があるときとか、なにか特別なときに仕込んでおいて、おいしい駅弁を食べるみたいに読むとか、いろいろしんどいことがあったときに、リハビリのために読むとかする。
 
今日は完全にノックアウトされた1日であったので、整骨院に行った後、ささやかながらサイゼリヤで自分のための慰労会を開き、とっておきの2巻分を読んだ。
既に読んだ巻も、繰り返し読むんだけどね。
昨日、新しい巻をダウンロードしようと思って、koboのストアページに行ったが、なぜかヨコハマ-が検索しても出てこない。どうしても出てこないので、仕方なく12巻だけ、amazon(kindle)からダウンロードした。koboは配信停止になったのかな?
 
ヨコハマ-の話はいずれまた。
 
 
 
 
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失敗の本質

2014年09月23日 | 本と雑誌

日本(社会の)組織論として一世を風靡した1冊。今でも大型書店の店頭に平積みされていることが多く、楽天の三木谷氏とか、勝間和代氏など、多くの人が愛読書として掲げている。

巻頭では、単なる戦史研究ではなく、社会科学的な観点からの日本軍の組織的特性や戦略の分析を行うことにより、失敗の本質を解き明かそうと試みたとある。

・・より明確にいえば、大東亜戦争における諸作戦の失敗を、組織としての日本軍の失敗ととらえ直し、これを現代の組織にとっての教訓、あるいは反面教師として活用することが、本書の最も大きなねらいである。それは、組織としての日本軍の遺産を批判的に継承もしくは拒絶すること、といってもよい。いうまでもないが、大東亜戦争の遺産を現代に生かすとは、次の戦争を準備することではない。それは今日の日本における公的および私的組織一般にとって、日本軍が大東亜戦争で露呈した誤りや欠陥、失敗を役立てることにほかならない。(序章)

日本の「戦後」というのは、それまでの「戦前」の全否定の上に成り立っている、といわれるが、実際には日本人自らが過去をきちんと振り返って、敗因を検討していないのではないか、という議論はよく聞かれる。こういう話はともすれば観念的な議論になりがちで、実際近年巷間を賑わしている議論はそういうものが多い。他方、時流に乗ってとりあえず過去のことを否定しまくる、みたいなことをいう人は昔からいたようで、こういう人たちから新しい展望が開けることはないし、将来も同じ失敗を繰り返すであろう事は容易に推測できる。

そうした視点から見て、このような事例研究は非常に重要なのだと思う。

ただ、それを現代の組織一般にどう役立てるか、と考えてみると、複雑な気分になる。

今目の前にある、自分の属している組織や社会を見ていると、そこにいる人たちは旧日本軍のとっていた行動とよく似た事をしているような気がするが、あいにくと自分がその組織を是正できる力は、ごくわずかしかない。現状に対しこれでは良くないと思いながら、それらしい顔をしてその場をやり過ごさざるを得ないのが実情だ。おそらく、戦時中の日本軍将校の少なからぬ人たちも、似たような思いをしながら現実に流されていったというのが実情だったのではないか。

今も昔も声の大きい人が勝つことに変わりはない。大声を出せる人だけが悪いのではなく、それを押さえられない人も同罪だ。だから僕も罪を背負っている。声の大きい人との違いは、彼(女)らは罪の自覚がより薄いことだけだ(ちなみに、この組織は純粋な日本人組織ではない。欧米人と東洋人という視点で見れば、アジア各国の違いもそれほど大きくないのかもしれない。江戸っ子と関西人の気質は違うだろうが、どちらも日本人であるように)。

そう考えると、世の中の進歩って何だろうと暗澹とした気持ちになってしまう。とはいえ本書の刊行から30年が過ぎても、多くの読者の支持を受けているという事実は、将来への希望へと結びつくものだと思う。

 

 

 

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村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(英語版)

2014年09月22日 | 本と雑誌

書こうと思っていて、そのときには書けなかったことをいくつか、触れていこうと思う。この本も読み終えたら書こうと思っていて、時間がたってしまった。

別にハルキストというわけではないが、「ねじまき鳥」と、「世界の終わり」などは大好きで、折に触れて何度も読み返している。日本の作家の作品を英語で読むのは変な感じがするが、これのまえにやはり英語の短編集を読んでみたら面白くて(品川猿とか、かいつぶり、ハナレイ・ベイなどを所蔵)、日本語で読みなじんだこの作品はどうだろう、と思って買って来た。

正直言うと僕は英語だと遅読だし、ほとんど電車の行き帰りしか読まなかったので時間がかかりすぎ、作品を楽しむというところまでは行かなかった・・。一度おおきなブランクができてしまい、もう一度最初から読み直したりしている。それと、第3部後半は、日本語で読んでいてもちょっとつながりと流れの悪さが気になる(読んでいるときはそこまで考えていなかったけど)部分で、ここを読み通すのは正直ちょっとしんどかった。笠原メイの手紙って、こんなに何度も出てきたのか・・。

聞くところによると、英語版では第2部後半の一部が書き換えられているらしい。そういえば、新宿で男に突き倒されるシーンがなかったような・・。研究で読んでいるわけではないので、何をどう訳しているか、という細かなところを指摘できるほどの読み込みはしていなくって・。各シーンをどう訳してあるかも、そのときは気がついたこともあると思うが、結構忘れてしまった(^ ^;。

あれですね、普通の固有名詞、Toru OkadaやLiertenant Mamyaなんてのは別に良いけど、ちょっと癖のある名前、たとえば加納クレタ、マルタなんてのも案外違和感がなくて、Malta Kano, Creta Kano となるので、英語でもそのニュアンスは伝わっている。

笠原メイもMay Kasaharaで5月生まれだと言うことは、ストレートに伝わる。笠原さつきだったら説明が必要になるけど。ナツメグやシナモンも、全く問題ない。

その点では、牛河はUshikawa で、英語だとちょっと説明が必要。

"The name is Ushikawa That's ushi for 'bull' and kawa fo 'river'. Easy enough for remember, don't you think? Everybody calls me Ushi. Funny;"

「牛河っていいます。動物の牛にさんずいの河って書くんです。覚えやすい名前でしょう。まわりの人はみんな、ウシって呼ぶんです。〈おい、ウシ〉ってね(原文)。

ストレートに原文を訳すことで、ちゃんと英語圏の人にも意味が伝わるようになっている。村上氏、英訳されることを意識して原文書いているのかしら。

ネコのワタヤ ノボルは、戻ってきてから名前が変わってサワラになる。これはSawaraとしないで、Mackerelと直訳している。これも適切な訳しかただろう。

ストーリー全体の感想は、いつか日本語版のことを取り上げることがあったときに書ければいいな、と思っている。大好きな作品なので、かえって書きにくい・。

岡田亨のように、僕も長い間世間と隔絶してしまった時期がある。もちろん、この話のように「まわりに女の人が多すぎる」ことはなかったけど、でもまあ、寓意からだんだん具体像に還元していくと、僕とトオルさんは、どこかつながってるところがあるなあ、という思い入れがある。

物語ではトオルはなにやら暗闇のようななにかを倒し、クミコを暗闇の世界からどうにかひきだせた(のかな?いうと怒られるけど、ルークとダース・ベイダーを連想しますね。こういう書き方すると)が、その後の彼の人生はどうなっていったのかな?

僕自身は自分で自らのストーリーを作りながら(自分で人生を切り開いていく、という言い方は、ほんとうは単なる思い込みで、結局はただ流れの中で身をよじっているだけなのかもしれないが)、だんだんと牛河的な人生に近づいているのかなあ、という気分になりつつある。ねじまき鳥の牛河はそれなりに魅力がある人物だ。1Q84にでてくる、同じ姓の人物はどうもしっくりこないが・。でも、だめだな。牛河にもなれそうにないや。とりあえずしかめ面してうなずきながら、今をやりくりしているというのが現状・・。間宮中尉ほど、ニヒルにもなりきれない。

一番好きなのはムードミュージックマニアの、クリーニング屋のおじさんだ。彼のようになれたら幸せだろうな。

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小鳥屋さん事情

2014年09月21日 | セキセイインコ

ここ数日、小鳥を見にペットショップを訪ね歩いている。

何店舗もあるチェーン店や大型店も見たが、個人商店の方には、こちらの希望を伝えていろいろお話をした。

個人商店の方、2店舗でお話ししたが、どちらも異口同音に「今小鳥売ってる店、少ないでしょう!」という。同じ事を言われるので驚いたが、たしかにお店が少なくて、なかなか見つけられないなあ、と思っていたところだったので、言われることは良く理解できた。

セキセイ、文鳥、十姉妹、キンカチョウあたりを探しているが、文鳥は概して高い。これは、文鳥を供給する国内業者が廃業したから、なのだという。あるお店の主人は、うちにいるのはベルギーから輸入しているんです、といっていた。だから日本のと違ってちょっと大きいでしょう、という。同じ主人は、いま鳥やさんはちょっと嫌な時代に入っているようだ、という。うちにも子供なんか全然来ないもん、と。

おおきなペットショップでも、小鳥はあるにはあるが数と種類が少ない。文鳥なんて、最もポピュラーな種類だと思っていたので、意外な感じが強い。

まあたしかに、ニワトリや鳩なんかは、鳴き声や小屋の関係で、都会では飼いにくいと思うけど、小鳥、子供達には人気ないのかな?

 

 

 
昨日(20日)の夕焼け
 
こちらは今日(21日)、小鳥屋さんに行った帰りに見かけたムクドリたち。望遠を持っていなかったので、これが精一杯
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ブログ人から引っ越してきました

2014年09月21日 | ブログ

この度、当ブログをアップしておりました「OCNブログ人」のサービス提供が11月末を持って終了することになり、本日からこちらに引っ越してきました。

2011年4月末に開設してから早3年半になります。最近はより手軽なtwitterやFaceookを利用される方も多く、この半年、定期訪問先のブログが相次いで更新されなくなったりしていますが・・。とりあえず僕の方は、細々とでも更新していこうかと思っています。

引っ越し前;http://usagi-kun.blog.ocn.ne.jp/(OCNブログ人)

引っ越し先:http://blog.goo.ne.jp/usagi_kun26 (gooブログ)

ブログのタイトルは「うさぎくん」で従来通りです。

 

現在処理作業中です。以前の記事は基本的にすべて引き継いでいますが、カテゴリなどに不安定なところもあるようで、対処を進めています。テンプレートなど、しばらく試行錯誤がつづくかもしれません・・。

今わかっている範囲では、カテゴリ未設定のままアップした記事はカテゴリ「インポート」に自動分類されること、また、OCN独自の「デコ記事」は引き継がれず、画像掲示エラーとなることなど。この辺は順次対処していきます。

これからも、新しいgooブログをよろしくお願いいたします。

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あなたにもチェルシー

2014年09月20日 | うんちく・小ネタ

先にFBにも掲げてしまったので、使い回しネタと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが・・。

例のスコットランド独立の投票、見ているうちにこのCMがおもいだされてきて、どうも気になって仕方なくなってしまった。ので、わざわざチェルシー、買って来て、そのうえYou tubeでチェルシーの歌を聴いて、いっしょに歌ったりしてしまった・・。

「スコットランドの伝統のおいしさを あなたに」というやつですね。

女の子が片言で「あなたにも ちぇるしー あげたい」というのもかわいかった。


これは初期のCM(1971年頃)らしい。こういうシーンがあったかどうかは覚えていないけど・・。最後がかなり笑えます。 一番上のは、80年代のCMだそうですが、手慣れているけどちょっときれいにまとまりすぎの感じがする。でもまあ、その辺を含め80年代的だけどね。



この音楽は本当にいいですね。歌詞も曲も幸せ感に満ちあふれいている。70年代初期の、赤い鳥とか、トワエ・モアみたいな、清潔でモダンで、それでいてそこそこの重量感と手応えを感じさせる・・。この時代に共通の感じ、大好きだ。

最初のシモンズから南佐織、サーカス、ガロ、八神純子、あみん、そしてアグネス・チャンと、それぞれの時代を代表する歌い手が、個性を発揮しながら歌っている。個人的にはサーカスが一番、次が南佐織、アグネスかな。ガロもいい。

とにかくこの歌は癖になる。いくら聞いても、自分で歌っていてもまた聞きたくなる。

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チェルシーはロンドンの地区の名前から来ているそうだ。スコットランドとは関係ない気もするが、とりあえず同じ国で良かったな。

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これからのことなど

2014年09月19日 | セキセイインコ

 以前から何度か書いていますが、OCNがブログ(ブログ人)をやめるので、このブログもまもなく引っ越すことになります。引っ越し先はOCN推奨のgooの予定。

どのくらい時間がかかるかわからないので、いつ引っ越すかは未定だが、できれば休みのうちにめどをつけたいと思っている。ぼちぼち同じ境遇のブログ人ユーザーの方の状況を見習いながら、やっていこうかと思う。

最初は日を決めて、ちょうど来る9月25日がペン殿をお迎えした日なので、その辺をめどにと思っていたが、作業時間が見えないから、日取りを決めるのは無理かも・・。

というわけで、少しお手数をおかけしますがこれからも「うさぎくん」を引き続きよろしくお願いいたします。

 それはそうと、ペン殿が旅立ってからほぼ半年が過ぎ、次の子を迎えるかどうか、ということも、少しずつ考えてはいる。

ちょうど3年前の今頃、休日の朝に何となくウェブを徘徊していた。

あれはたしかカメラのレンズかなんかの検索で、あるブログにたどり着いた。

その方は、何かアート系のお仕事やカメラマンのようなお仕事もされていたのかな?女性の方で、何かのきっかけで瀬戸内海の島に引っ越して仕事を始め、そこで文鳥と暮らし始めた。一度逃がしてしまったらしいけど、再び新しい子を迎えて、その後京都に越されたらしい。
島での暮らしや文鳥との関わりを含めて、とても面白くて何年分かずっと読み続けてしまったのだけど、このブログを読んで、鳥さんを迎えてみようか、と思い立ったと記憶している。

ただ、何という名のブログだったのか失念してしまい、ことあるごとに探しているんだけど、見つからないんだよね、その方のブログ・・。

その方の飼っていたのは文鳥だが、なぜセキセイになったのかも不明・。ペットのコジマで、挿し餌が必要な生後数週間のセキセイを見て、お店の人に話を聞いた記憶はある。次の日に行った鳥やさんには、もう少し大きくなった子達がいて、それでその中のペンに決めたんだったな。

今思っているのは、セキセイはまた別の機会にゆずり、一度文鳥かジュウシマツを複数迎えようかな、ということ。ペンは一羽で寂しがらせたけど、ぺんのようにベタ慣れにならなくても、むしろ鳥さん達同士楽しく暮してくれたら、と。もちろん、手乗りしてほしいとは思うけど。

あと、ジュウシマツは巣引き(繁殖)もしやすいらしいですね・・。
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そういえば、夏にウズラの卵(スーパーで食品として売っているやつ)をペットヒーターで暖めて、孵そうと試した事があった(有精卵が結構混ざっているらしいという噂)。結局卵はかえらなかったけど、孵っていたらいったいどうするつもりだったんだろうね。

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ジュウシマツは見たことがなかったので、今日帰りに新大久保にあるペットショップを訪ねてみた。大型鳥からちいさいのまで、たくさんいる・。ジュウシマツ、小さいなあ。
セキセイもそうだが、成鳥が多い感じで、お値段もちょっと高めの印象だった。ただ、ケージはびっくりするくらいきれいに掃除されていて、健康管理とかにはかなり気を遣っているんだろうな。

ここはお店の中をバグが歩いていたり、チンチラや、犬みたいに大きいウサギがいたりと、びっくりさせられるような動物がたくさん展示されていた。クジャク鳩なんて、つんとしていてバレエダンサーみたいでかっこよかった・・。

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3年ぶりにフィルムで撮影

2014年09月19日 | カメラ、写真

先日所用で出かけたとき、ずっとやろうと思っていてできなかったことをした。それはフィルムカメラOM-1を使って撮影することだ。

Imgp3697

前回フィルムで撮影したのは実に3年前のことだ(最後のAPSカメラ撮影のときを除く)。そのときのことはここにまとめていた。
時期的には今回もほとんど同じ時期となった。

前回は冷蔵庫に保管してあった、期限間近のフィルムを使った(フィルムの消化がそのときの目的だった)。実を言うと、そのときまとめて買ったパックのフィルムはまだ1本だけ残っているのだ・。5年前の。使えないことはないと思うが、色、変になるでしょうね。

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今回は新しいフィルムを買うことにした。量販店に行ったら、思ったよりは種類はあったが、結構値段が高くなっていたので驚いた。この富士の27枚撮りは2本パックで1000円ほどだ。単品だとネガ36枚撮りでも1000円ぐらいするみたいだ。ただし、コダックは36枚x5のパック売りが2000円強でまだ売られている。また、富士も安価なシリーズがあるようだ。

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前回も登場したネコ。オリンパスOM-1, Zuiko Auto Zoom 35mm-105mm f3.5-4.5.
80年代前半に登場したらしいこのズームレンズは、マクロ機能もあり、当時はかなり便利なレンズとして評価されたのだろうか。描写は悪くないとは思うが、OMにしてはかなり大きく、重いのが難点。
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同時プリントは3年前と同じ店(ビックカメラ有楽町)でお願いした。サービス状況はおなじようで、コダックが中1日で安い(36枚で980円、27枚は880円)のも変わらない。コダックは柔らかめ(コントラストが低い)の仕上がりが好ましいが、たまに頼むのだから今回は前と違うほう(富士)にすれば良かったかもしれない。

話は違うが、できた写真見て思うに、カメラの露出計、またちょっとおかしい気がするな。確認してみよう。

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ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展ほか

2014年09月17日 | アート・文化

15日は都内で美術展等をはしごした。

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まず、この日が最終日のボストン美術館 華麗なるジャポニズム展。修復されたモネの「ラ・ジャポネーズ」が見もの。世田谷美術館は初めてだが、駅のところからポスターがたくさん張られている。
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美術館は砧公園にある。駅からは20分ぐらいあるくそうで、直通の専用バスが片道100円で往復していた。

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日本の広重、北斎が西洋美術家たちに与えた影響は相当のものであったらしい。影響を受けた印象派の画家達は、いわば西洋画の改革者なので、非西洋的なものを受け入れやすいという素地もあったのだろうか。

考えてみると、僕はこれまで広重や北斎などの錦絵をゆっくり眺める機会はなかったように思う。つい永谷園のお茶漬けについてた浮世絵カードを思い出してしまうが・・。

改めて東海道五十三次をはじめとする、一連の錦絵を見ていると、構図や色使いの独特さにはっとさせられる。また、当時の街の風景が生き生きと描写されているのをみると、そのまま時代小説の世界に入っていけそうな気がしてくる。

ラ・ジャポネーズはその大きさからして圧巻だが、後半に展示されている睡蓮や積みわらも大好きで、これだけでも見に来て良かったと思わせる。全くベタですが、ドビュッシーも好きで、よく画集みながらピアノ曲とか聞いていたものです。

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リラックマのクリアフォルダーもしっかり入手。

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帰りは駅まで歩こうかと思ったが、道がわかりにくそうなので結局バスで。
この後表参道に転戦。
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先日石巻で知り合いになった写真家の方のグループ展をみる。
会場におられるという話だったが、僕が来たときは既に帰られたそうで、残念。
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この界隈は以前仕事で通っていたことがあり(あまりいい思い出ではないが)、ちょっと懐かしくなって歩く。途中で出会ったネコ。見事な毛並み。僕に興味があるようで、僕の前でごろ~んとして見せてくれた。
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通りに出て、やってきたバスに乗り込む。渋谷から青山、六本木、溜池、赤坂、虎ノ門と、都心の主要部を経由して新橋に行くバス。ちょっとした観光気分で乗った。

バスに乗ったのは、有楽町に用があったから(ビックカメラにフィルムを出したかった)だが、フィルムは忘れてきたことに気がついた。まあいいか(翌日出した)。

 

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