ひと頃、毎月「レコード芸術」を買っていた時期があった。
その頃小澤さんはドヴォルザークの交響曲を続けて録音しており、よくCDの広告が出ていた。
今にして思うと当時の小澤さんは今の自分と同じような年代で、脂の乗り切った時期だったのだろう。その頃既に大家であり、ボストン響との関係も安定していたし、CD屋に行けばあちこちに長髪のジャケット写真が見られるという感じだった。この8番も好きでよく聴いていたけど、自分自身は小澤さんの非常に熱心なファンと言うわけではなかった。しかし、今でも小澤征爾指揮のCDはかなりたくさん持っているはずだ。武満徹、ヤナーチェク、マーラー、etc, etc.
昭和の終わりごろだったかしら、NHKでボストン時代の小澤さんを追いかけたドキュメンタリーを見た。日本語発音の英語でオケをガンガントレーニングしたり、ヨー・ヨー・マと一緒に食事したりしている。仕事もオフもものすごく精力的に動いているな、という感じだった。
その後もドキュメンタリーでは再三取り上げられている。ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任したころも、たしか二日にわたってNHKで特番を組んでいた。
「音楽武者修行」や「やわらかな心を持つ」を読んだのは30歳前後の頃だったかな。小澤さん(昭和10年生まれ)より後の世代の方だと、若い頃から海外に渡航するというのは珍しくなくなるが、あの頃は相当大変な冒険だっただろうし、そんなことができる人は少数だった(が、少しはいた)のだろう。
「やわらかな~」は数学者広中平祐さんとの対談で、お二人とも性格は対照的だけど天才同士なので、話がとても面白い。
10年ほど前に村上春樹氏と音楽について対談した本も出た。小澤氏は日本のレコードファンのペダンチックな論調にやや批判的な様子(ような事を言われていた気がする)だった。あのとき何枚かCDを買った気がするのだが、どこにやったのか、見つからない。
カラヤンやベームは一応同時代に生きていた人達だけど、その頃は余り関心がなかったし、何より遠い異国の人たちだった。
小澤さんも近くにはいなかったけど、ちょうど親くらいの世代だし、その活躍の経緯をずっと見続けることができた。
若手というか、自分たちと同世代では大野和士さんとか佐渡さん、広上さん、あるいは西村智美さんなどが浮かぶが、クラシック界も日本も、あるいは世の中全体も昔とは違っているのだろう。小澤さんのようなスターを、今の世の中は求めていないのかもしれない。
そうであるならば、なおさら(画面越しや音盤、活字を通じでだけど)同じ時代を生きその活躍を見聞きしてこれたこの数十年が、貴重で幸せな経験だったように思われる。
ご冥福をお祈りします。