If Only I Were That Worrior もし僕が戦士であったなら
監督 ヴァレリオ・チリアチ
アフィッレの町とエチオピア
そして問題は「大文字」
私が通っている某イタリア映画賞の今年の上映会も残す所2作品となったが、ここで突然、ドキュメンタリー映画の上映があった。
ドキュメンタリー部門は審査するグループが別なので、いつもの審査員にとっては投票はしない「候補外」となる。
ドキュメンタリーの審査グループが見るのは、選ばれた20本程度の作品。うち、この作品が最も素晴らしかったということで今回の上映となった。
(ただし、この前の「海の炎」のようなドキュメンタリー的作品は通常の候補作となる)
さて、ローマから東へ80キロのところにアフィッレという町がある。
外国人やローマ近郊以外の人では知らない人が多いだろうと思う小さな町だが、私はワインが専門なのでよく知っている。ローマの土着品種チェサネーゼで造る赤ワインの産地として知られている町だからである。
と言っても、ワインとは全く関係のないドキュメンタリー。
アフリカにあったイタリアの植民地エチオピアの話である。
アフィッレの町と植民地エチオピア???
いったいどんなつながりがあるのかと思ったら、アフィッレは、まず、1936年、エチオピアが植民地になった時に、副王に任命されたロドルフォ・グラツィアーニという人物が(生まれは違うのだが)住んでいた町。
ただし、それだけならこのドキュメンタリーはできない。
アフィッレの町に、戦没者記念の建物が2012年に造られた。
公園と言いながら、公園というより戦没者記念堂の方がはるかに目立つ。
そして、見ると、戦士Soldatiつまり「戦士」が、小文字ではなく大文字で始まっている。
これが問題なのである。
日本語にはない言葉の問題だが、小文字なら一般的な戦士を指す。これならいい。
ところが、大文字ということは、複数系ではあっても、ここに「ある戦士」の意味が込められている、ということがわかる。
これが問題なのである。
ドキュメンタリーは、ローマの町(膨大な戦争に関する書類が収められている)
アフィッレの町(住民、記念堂、落成式)
エチオピア(現在の様子、イタリア人の活動)
ニューヨーク(に住むエチオピアの人たち)
の4つの箇所にまたがっている。
アフィッレの町では、ムッソリーニの時代に活躍した将軍グラツィアーニは、ちょっとした英雄的存在でもある。
そこで、暗に意味を込めて、戦士の文字がSで始まる大文字になった。
もちろん、反対する住民も多い。
しかし、エチオピアに人たちにとって見ると、戦時中とはいえ、大量殺戮を指揮した将軍、それも条約で禁止されている毒ガスをも使用し、憎き敵の将軍。
現在のエチオピアは、かなり親イタリア的、イタリア料理も食べ、決してイタリア人を憎んでいるわけではないのがだ、さすがに、グラツィアーニを祀った建物が建てられるのは、戦後70年たっているとはいえ心情に反する。
そして、ニューヨークにもエチオピア人のコミュニティーがあり、建物を壊すように要請、運動に力を入れている。
それらを紹介したドキュメンタリーである。
映像が綺麗、4つの町が実に上手い具合に紹介され、また、壊せ~という立場だけではなく、アフィッレの町で、ちょっとした英雄的に慕われているグラツィアー二の麺も取り上げ、一瞬、あれ、反対じゃなかったの??と思うところもある。
最終的には否定的な立場(建物壊せ~)に持って行っているとはいえ、肯定的な立場(まあいいんじゃないの?)も取り入れている公平性がとても良い。
映画は賞をすでに獲得、特に大学などでの上映希望が相次いでいるという。
制作はほぼ二人で。監督チリアチ氏27歳と26歳、現在ニューヨークに住み、この若さ。
短編は撮ってきたがこれが初の長編(70分強)とのこと。
今後に大いに期待。
投票の対象外ということで観に来たメンバーは少なかったのだが、来て良かった、と思える作品であった。
なお、映画のタイトルはアイーダの歌詞から取ったそう。粋。
監督 ヴァレリオ・チリアチ
アフィッレの町とエチオピア
そして問題は「大文字」
私が通っている某イタリア映画賞の今年の上映会も残す所2作品となったが、ここで突然、ドキュメンタリー映画の上映があった。
ドキュメンタリー部門は審査するグループが別なので、いつもの審査員にとっては投票はしない「候補外」となる。
ドキュメンタリーの審査グループが見るのは、選ばれた20本程度の作品。うち、この作品が最も素晴らしかったということで今回の上映となった。
(ただし、この前の「海の炎」のようなドキュメンタリー的作品は通常の候補作となる)
さて、ローマから東へ80キロのところにアフィッレという町がある。
外国人やローマ近郊以外の人では知らない人が多いだろうと思う小さな町だが、私はワインが専門なのでよく知っている。ローマの土着品種チェサネーゼで造る赤ワインの産地として知られている町だからである。
と言っても、ワインとは全く関係のないドキュメンタリー。
アフリカにあったイタリアの植民地エチオピアの話である。
アフィッレの町と植民地エチオピア???
いったいどんなつながりがあるのかと思ったら、アフィッレは、まず、1936年、エチオピアが植民地になった時に、副王に任命されたロドルフォ・グラツィアーニという人物が(生まれは違うのだが)住んでいた町。
ただし、それだけならこのドキュメンタリーはできない。
アフィッレの町に、戦没者記念の建物が2012年に造られた。
公園と言いながら、公園というより戦没者記念堂の方がはるかに目立つ。
そして、見ると、戦士Soldatiつまり「戦士」が、小文字ではなく大文字で始まっている。
これが問題なのである。
日本語にはない言葉の問題だが、小文字なら一般的な戦士を指す。これならいい。
ところが、大文字ということは、複数系ではあっても、ここに「ある戦士」の意味が込められている、ということがわかる。
これが問題なのである。
ドキュメンタリーは、ローマの町(膨大な戦争に関する書類が収められている)
アフィッレの町(住民、記念堂、落成式)
エチオピア(現在の様子、イタリア人の活動)
ニューヨーク(に住むエチオピアの人たち)
の4つの箇所にまたがっている。
アフィッレの町では、ムッソリーニの時代に活躍した将軍グラツィアーニは、ちょっとした英雄的存在でもある。
そこで、暗に意味を込めて、戦士の文字がSで始まる大文字になった。
もちろん、反対する住民も多い。
しかし、エチオピアに人たちにとって見ると、戦時中とはいえ、大量殺戮を指揮した将軍、それも条約で禁止されている毒ガスをも使用し、憎き敵の将軍。
現在のエチオピアは、かなり親イタリア的、イタリア料理も食べ、決してイタリア人を憎んでいるわけではないのがだ、さすがに、グラツィアーニを祀った建物が建てられるのは、戦後70年たっているとはいえ心情に反する。
そして、ニューヨークにもエチオピア人のコミュニティーがあり、建物を壊すように要請、運動に力を入れている。
それらを紹介したドキュメンタリーである。
映像が綺麗、4つの町が実に上手い具合に紹介され、また、壊せ~という立場だけではなく、アフィッレの町で、ちょっとした英雄的に慕われているグラツィアー二の麺も取り上げ、一瞬、あれ、反対じゃなかったの??と思うところもある。
最終的には否定的な立場(建物壊せ~)に持って行っているとはいえ、肯定的な立場(まあいいんじゃないの?)も取り入れている公平性がとても良い。
映画は賞をすでに獲得、特に大学などでの上映希望が相次いでいるという。
制作はほぼ二人で。監督チリアチ氏27歳と26歳、現在ニューヨークに住み、この若さ。
短編は撮ってきたがこれが初の長編(70分強)とのこと。
今後に大いに期待。
投票の対象外ということで観に来たメンバーは少なかったのだが、来て良かった、と思える作品であった。
なお、映画のタイトルはアイーダの歌詞から取ったそう。粋。