「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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空間認知

2007-03-16 | ●介護録(~2015.2月)
携帯から失礼します…PC立ち上げてませ~ん

失禁が始まった頃から、母の話の内容が意味不明のことが多くなり、同時に空間認識力が落ちたことが鮮明になってきました。
顕著なのは食事の時。テーブル上の器や箸がうまく認識されてない時がある。うまく文章に出来ないけど見えているけど正しく認知してないというのがわかる。

例えばテーブル中央の漬け物を入れた器に箸をのばすけど、その器の外をまさぐったり、器の中に箸を入れていても空をつかんでおつけものはつかめなかったりする

器は一つなのに重なっているかのように外そうとしたり、フタはないのに開けないと食べられないと思ったり。

手のヒラに薬を載せてもそれが1錠か2錠かわからなかったり、(でも口に入れると何錠かわかる)しっかり薬を指で触れなかったりする。

見えるけど見えてないという話は以前医師から聞いていたけど、こうして目の当たりにして、こういうことか…と。脳の不思議。
なんとなく「見ること」で理解しているように思う人間。でも違うんだよね。
私が思いだすのは、目の不自由な方が見えるようになりリハビリの過程で、例えばゾウの模型を見せられてもわからない。でも触ってみるとゾウだとわかる…というテレビ番組の一場面。(この方、星が実は星型ではないことにとても驚いたそうだ。)

認識しない脳…

やっぱり人を支配してるのは脳なんだよ
魂だのなんだのと、そんな言葉が無意味に感じる今の私デス。