「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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【介護】数年ぶりのティッシュ使い

2011-02-21 | ●介護録(~2015.2月)

今日はブログ開設2196日なんだそうで…。
本人は把握なんぞしてませんが、編集画面にそう出ていた。

今日は国会中継を少し見た
なんじゃろ…藤井サンのあの答弁
「記憶がないのではなく認識がない」
「認識がない」をなんど繰り返していたことか
記憶がないのではななく認識がない…というのは、記憶にあるけれども認識出来ないってことか?
それって……………
あれ、うちの母ですか?
普段認識出来ない母は、時々認識します
思い出したように、いつもはしないこと、出来ないこと、言わないことを…やりますよ、フジイさん
なーんて国会で議員が「あなたは認知症ですか!」なんて言ったら問題発言だけど
私がここで母のこと…として言うのは許されるだろう

そう、何事も記憶や能力は存在しているのだと思う
でもそれは、闇の彼方に飛ばされて本人も手に出来ない

昨日、母が数年ぶりに(汚い話ですもみませんが…)タンをティッシュを正しく使って処理していた

母は昔から鼻が悪く、病院にかかったりはしてなかったけれど
テイッシュははずせない人でした
デイに行きだした頃もティッシュをタップリもって出かけていた
そのうち自分でバックをもっていくこと自体に無頓着になり
いつの間にか、タンもからまなくなっていた?

箱ティッシュは遊ばれたし
一昨年あたりからは、食事中にティッシュをオカズと思うのか口に入れることもあり
(食べられないと分かると出すので大きな問題にはならなかった)
母の側にティッシュは置かないのが習慣だったけど
以前記事にも書いたカバンのようなオボン「カボン」を買い
ティッシュの定位置をカボンに奪われ
最近はずっーーーとティシュをテーブルに置いていた


↑これ。箱ティッシュを半分に切って入れるのです

思えば母はこれをよく手にしていた
でも、以前みたいな問題行動はおきなかったな~~今更、気づく
昨日もこれを触ってて…
そして、タンが絡む音がした。
今年になって、何度かそれがあって、手を汚したりしていたので
慌てて母の方を見たら…
ちゃんとティッシュを使って処理していた
二度目もOK

どうしたんだろ?

もっとも、次も出来るとは限らないのだけど
あまりに普通にやっていたので奇跡のようでした