阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

「釜石の奇跡」を世界に! 防災教育の大きな意義

2012年05月18日 15時10分32秒 | 政治


 今、衆議院災害対策特別委員会のワーキングチームの中で災害対策基本法の一部を改正する議論をしています。

 その一環で、先日、群馬大学の片田敏孝教授からお話を伺いました。「釜石の奇跡」の立役者になった方です。災害社会工学を専門とする片田教授は、04年から岩手県釜石市の防災・危機管理アドバイザーとして、防災教育に従事。東日本大震災では、釜石市内の小中学14校の生徒約3000人が片田教授の教えに基づいて避難し、生存率は99・8%に達しました。子どもたちが避難する様子を撮ったリアルな写真をもとにお話し頂いたプレゼンテーションはとても感動的でした。

 片田教授によれば、「想定を信じるな」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」の「避難の3原則」だそうです。大いなる自然の営みに畏敬の念を持ち、行政に委ねることなく、自らの命を守ることに主体的たれと伝えてきたそうです。

 ハザードマップでは、地元の鵜住居小学校の屋上に避難すれば大丈夫だったとのことですが、今からなら、さらに安全な場所に避難できるはずだと機転を利かした中学生たちに呼応して、小学生、そして大人も避難したそうです。実際に襲来した津波は、小学校の屋上の遥か上を超えていったそうです。3階の窓に突き刺さった自動車が、そのすさまじさをリアルに伝えていました。この場にいたら、600人の生徒全てが命を落としていたでしょう。避難の3原則を守り、率先避難者であることが、救える命を救う何よりも大きな力になったのでした。

 私は、このような成果をもたらした防災教育には大きな意義があると思います。大災害が起きた後の緊急援助は大きな注目を集め、大きな予算がつきます。もちろん、救える命を救い、生活再建をサポートする本当に尊い活動だと思います。また、国際救援活動においてfirst inを実現し、もっとも効果的な活動を行うための備えが重要であることは疑う余地もありません。一方、防災教育を万全に行い、命を救うことができても、得られるものは 「何も起こらなかった」という事実だけ。政治家も「災害時にこんな対応をした」とか、「防災のためにこんな施設を作った」と言えば市民からは評価されますが、防災教育は地味で成果が見えにくいため、 予算もつきにくいのです。

 しかし、災害が起きても「何事もなかった」という状況に価値を見出し、その喜びを人々と共有する、そこに防災教育の大きな意味があると思います。我々国会議員も、そんな活動に光を当てるべく、行動しなくてはなりません。

 以前、このブログで紹介した近内みゆきさんは、昨年11月9日、トルコ西部で地震の被災者への救援活動を行っていた時に泊っていたホテルが崩れ、同僚の宮崎淳さんが亡くなりました。6時間後、がれきの中から救出された近内さん。1月には再び現地に向かい、被災者の生活再建を支援する活動を続けているそうです。本人からもらったメールによれば、今後は現地での防災教育にも力を入れたいとのこと、国際協力活動における防災教育はどのような手法、スキームを使って行うのが効果的なのか、私も調査し、協力したいと思います。

「津波てんでんこ」という言葉があります。津波がおきたら、人のことは構わず、てんでバラバラに避難しよう!という意味ですが、片田教授によれば、この言葉の意味は、日頃から信頼関係を作ることにあるそうです。

「津波が来たら、私は逃げるから、お母さんも逃げてね」

「わかったわ。逃げた後で連絡するね」

 大災害が来れば、今、大切な人がどこにいるのか、きっとあたふたします。しかし、普段からコミュニケーションを密にして、まずは自分が助かるために最善を尽くさなければ、救える命を救うこともできません。

 どう行動するかに答えはなく、場所によって、年齢や体力によって、その時の状況によって、答えは様々です。家庭の中で、コミュニティーの中で、集団の中で、様々なシュミレーションをしながら最善を尽くす。そんな防災教育の意味を理解し、私たち国会議員ももっとサポートしなければなりません。


写真上:昨日はユハ・クリステンセン氏とビルマの民主化支援について議論(本文とは直接関係ありません)