顎鬚仙人残日録

日残りて昏るるに未だ遠し…

ヤマアジサイ(山紫陽花)…ガクアジサイ(額紫陽花)との違い

2024年06月12日 | 季節の花



水戸八幡宮の大杉林の中にある「八幡の杜・山あじさいの小道」は、ヤマアジサイ(山紫陽花)に特化した一画で、駐車場も広く混雑もないため、近くを通りかかるとつい立ち寄ってしまいます。


たしかに名前の通りの小道ですが、木漏れ日の中のヤマアジサイは得も言われぬ雰囲気がでていました。


このヤマアジサイの小道にも、背の高いガクアジサイ(額紫陽花)も混じっているようなことを神職の方からお聞きしました。どちらも咲き方は、花びらに見える装飾花が額縁のように囲んでいる「額アジサイ」となっていますが、その違いがよく分からないので調べてみました。

まずアジサイを次の4種に大きく分けてみました。

ガクアジサイ(いろんなアジサイの原種で日本古来のもの)、ヤマアジサイ(太平洋側に古来から自生する種)、ホンアジサイ(原種のガクアジサイを園芸用に品種改良したもの)、西洋アジサイ(外国で品種改良されて逆輸入されたもの)になります。




ということはヤマガクどちらも日本古来のもので、ヤマアジサイはおもに太平洋側の福島県から四国、九州地方にかけて分布し日陰や湿り気のある林や沢に生育することから、別名サワアジサイとも呼ばれます。一方ガクアジサイは、おもに関東地方、中部地方、伊豆諸島、小笠原諸島などに分布し日向を好むが湿地でも生育できるので、あまり違いが無いように思いました。


開花時期はヤマアジサイが早く5月下旬頃~6月頃、ガクアジサイの開花時期が6月中旬~7月頃のようです。植物本体の違いでは、ガクアジサイは、背丈が高く(2~3m)、花も葉も大きめで葉は厚くやや光沢があり、ヤマアジサイは、背丈が低く(1~2m)、花も葉も小ぶりで、葉が細長く光沢がないということです。


我が家に咲いていた数株で確かめたところ、花や葉の大小や光沢、細長さなどの違いがなんとなくわかりました。名前は忘れましたが、白い花は多分「墨田の花火」だったと思います。


しかし園芸用のアジサイは挿し木や株分けなどで増やしていきますが、自然の中では種子で子孫を増やしていくので、交雑もあったりして区別は難しいものもあると思います。あまり違いに拘らずにガクアジサイの小さなものがヤマアジサイということにして、清楚な姿を楽しむことにしました。



さて、水戸八幡宮は常陸国北部に400年以上勢力をもった佐竹氏19代義宣公の創建、天正18年(1590)に水戸城主の江戸氏を滅ぼし、常陸太田より水戸に居城を移した際、文禄元年(1592)に氏神として崇敬していた常陸太田鎮座の馬場八幡宮より、水戸城内に奉斎し、のちに八幡小路に慶長3年(1598)に御本殿を建立し、水府総鎮守の社と定めました。


しかし、関ヶ原の戦いの後の慶長7年(1602)に佐竹氏が秋田へ移封されると、水戸は徳川家の所領となり、元禄7年(1694)には2代藩主光圀(義公)の寺社政策の命により、那珂西村へ移遷されましたが、宝永六年(1709)3代藩主綱條(粛公)の時代になり、再び水戸に遷座され、現在の白幡山神域に鎮斎されました。

国指定重要文化財である本殿は創建当初のもの、佐竹公お抱えの「御大工」吉原作太郎(当時15才)を棟梁に、10〜20代の60名程の工匠の名が本殿内墨書に記されているそうです。平成7年から初めての全解体修理が行われ、3年かけて建立当時のまばゆいばかりの姿に復原されました。


紫陽花の咲く、那珂川の河岸段丘にある八幡宮の標高差約20mの崖上は樹齢300年の大欅に覆われ、水戸藩9代藩主斉昭(烈公)が吹きあがる川風で御涼みになった場所と伝わっています。