顎鬚仙人残日録

日残りて昏るるに未だ遠し…

お爺さんは山へわらび採りに…

2021年04月11日 | 山歩き
コロナが収束どころかまた勢いを増し、ワクチンもいつになることやら…数少ない予定もすべて消え、行き場を失った仙人は密を避け近くの山歩きに出かけました。少しの登りでも年とともにきつくなってきたので、いたって軽い山行ですが。

足元の野草にカメラを向けていると、ワラビにばかり目が行って夢中になってしまいました。暖かい春だったので、数年前よりは2週間以上早い収穫です。ついつい大量に採ってしまい、近所数軒に春の味をお届けできました。

写真はおろそかになってしまいましたが、なんとか撮った数カットです。

日本にはスミレ(菫)がなんと50種もあるとか、図鑑で見るとノジスミレ(野路菫)に似ていますが…。

クサイチゴ(草苺)という名前でも、バラ科キイチゴ属の落葉小低木です。6月頃に真っ赤な実が生りますがまだ食したことはありません。

カキドオシ(垣通し)が群生していました。開花後の茎が地面を張って垣根を通り抜けるほど伸長することからの命名、小児の癇に効く薬草なのでカントリソウ(癇取り草)ともよばれます。

キランソウ(金瘡小草)は、地面に張り付くように広がるので、別名ジゴクノカマノフタ(地獄の釜の蓋)ともいわれ、これは地面に張り付くように広がる葉の様子から、または地獄の釜に蓋をするほどの薬効があるからといわれています。

お昼に腰を下ろしたところに小さな紫色の花…、ヒメハギ(姫萩)でした。マメ科の萩に似ているので命名されましたがヒメハギ科の植物です。あまり小さいので寝そべって撮りましたが、ピントが合いません。

マムシグサ(蝮草)に落花がひとひら付いていました。

ここは約500年前に佐竹一族間の戦いがあった山城跡、多くても数百人程度の当時の攻防戦を思い浮かべながら、ヤマザクラ(山桜)の老樹の下でコンビニのおにぎりを頬張り、しばし長閑な春を満喫できました。

低山でもへとへと…、体力の限界を知る

2020年12月12日 | 山歩き

初冬の好天に誘われて久しぶりに県境の低山を目指しました。
すっかり葉の落ちた登山道はカサコソと盗人除けの落ち葉道です。一本残って色を振りまくモミジ、コシアブラの白っぽい葉も散見されます。

しかしゆっくりの歩調で息は切れませんが、足の運びがままになりません。一歩一歩前に出していつもより1.5倍のスピードでも脚が重く……、もはや限界、頂上にたどり着かず8合目くらいの小さなピークをゴールとしてしまいました。

写真を撮る余裕もないなかで、道すがら探しても花はすでに冬枯れの中に埋もれ、やっと見つけた一枝のリンドウ(竜胆)も完全に倒れていました。先日拙ブログの「光合成」に載せた、花弁の葉緑素の斑点がよく見えます。

ツルリンドウ(蔓竜胆)の鮮やかな色が目を惹きました。同じリンドウ科で葉の形は似ていますが、花期は山に入らない夏なのであまり目にすることはなく、秋の赤い実になって気が付きます。

結局、標高差250mくらいが傘寿間近の我が体力の限界かと思い知らされ、山ばかりでなく身体でも冬の訪れをしみじみと感じました。

風薫る5月…やっと収束の兆しが?

2020年05月16日 | 山歩き

青葉若葉の香りを求めて、誰もいないような低山を歩いてきました。

山道はもうすでにいっぱいの緑に覆われていて、BGMはまだ正調を覚えきれないウグイスたちの輪唱です。

木を覆いつくしたマメヅタ(豆蔦)は、樹木や岩に張りついて生育する常緑着生シダです。1㎝くらいの葉が可愛いので盆栽に人気、マメシダ、マメゴケ、イワマメなどともよばれています。

マムシグサ(蝮草)は淡紫色の仏炎苞が一般的ですが、そこが淡緑色のものはアオマムシグサ(青蝮草)とよばれています。

ヤマツツジ(山躑躅)は、この近辺の山では春に欠かせない彩りです。

岩場に出ているこの葉は多分イワタバコ(岩煙草)です。煙草の葉に似ているからの命名、初夏に青紫色の可憐な花を咲かせます。

上流には人家がないので渓流も澄み切っています。
こんな自然の中にいると、なんとか再発を防ぎいつもの生活が続くように気を緩めない気持ちが強くなりました。

あらたうと青葉若葉の日の光  芭蕉
燦々と日裏日表風若葉  原 コウ子
青葉して影よりも濃きものはなし  鷹羽狩行

ワラビと山の中の城跡

2020年04月18日 | 山歩き
茨城県北部には、秋田移封まで約500年間この地を支配した佐竹氏の出城や館跡が数多くあり、常陸佐竹研究会の「常陸太田市内外の佐竹氏関連城館(平成28年刊)」には119の城館が載っています。

ほとんどが自然の地形を利用した山の中の戦闘用の城で、今はひっそりと林や藪の中に眠っていますが、一部の城址は地元の方により草刈りされたりや案内板が設置されている所もあります。

この時期にその城跡を訪ねると、陽当たりのいい郭あとにはワラビが元気に顔を出しています。
隣国との領地争いや内部抗争の戦いに明け暮れた佐竹一族の城、当時の兵士たちも戦いの合間に籠城食として摘んでいる場面を想像してしまいます。

ワラビの間にハルリンドウ(春竜胆)が咲いていました。群落よりもぽつんと咲いているのを見つけると何とも嬉しくなります。

結構採れたワラビは生きのいいうちにアク抜き作業です。草木灰がいいのですが、仙人は重曹を使います。軽く洗ったワラビをボールに入れて3%の重曹をふりかけ、熱湯をひたひたに沈むようにかけて約6時間で出来上がりです。

これに鰹節と醤油をかければ、ワラビ特有のぬめりとシャキシャキ感が味わえます。おかげで何軒かに春の味をおすそ分けすることができました。

外部との接触自粛、この日も立ち寄ったコンビニでお昼を買った以外、道中誰にも会いませんでした。こんな時期にこういう過ごし方ができる環境にも、感染者や医療従事者には申し訳ない気持ちが同居してしまいますが…。

眼を先へ先へ送りて蕨採る  右城暮石
なほ奥に蕨の長けしひと所  稲畑汀子
籠城の曲輪は狭し蕨摘む  顎鬚仙人

白山(213m)と白山神社 (城里町)

2020年04月06日 | 山歩き

またまた密集を避けての徘徊は、地元のあまり人気のない低山巡りです。
御前山の東隣にある赤沢富士(275.5m)と白山(213m)は、山桜の色がまだらに春の装いで覆われています。

この白山山頂の白山神社は、永正12年(1515)、全国に約3千社もある白山神社の総本宮で、石川県と岐阜県にまたがる白山(2702m)をご神体とする白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)の神を勧請したと伝わります。
神社への参道が登山道入り口になります。



この山麓一帯は信仰心の厚い土地柄なのでしょうか、山全体にいろんな神々が勧請されていて、参道には小さな祠や石仏などが並んでいます。

その一つ金精神社には、石のご神体が以前はもっと多く並んでいて目を惹きましたが、東日本大震災で倒れてしまったそうです。

距離は短くても急登が多く、一息入れて振り返ると那珂川がゆったりと流れていました。

この辺では標高が150m超える辺りから、トウゴクミツバツツジ(東国三葉躑躅)の群生が見られます。



山頂の白山神社の拝殿と本殿、建材はヘリコプターでも使って上げたのでしょうか、石灯篭などは倒れたままでした。
地元では「嵐よけ」の神として参拝されていたそうなので、コロナの嵐が早く収まるように手を合わせました。

センボンヤリ(千本槍)です。春と秋まるで違う花が咲く珍しい植物で、秋に春とは別の花茎を伸ばして咲く花は蕾のまま開かない閉鎖花で、そのままの茶色い穂先が大名行列の槍のようだと名が付きました。このような閉鎖花は、牧野富太郎博士によると日本では、11科14属19種に見られるということです。

苔玉になるような丸い苔のかたまり…調べてみるとアラハシラガゴケ(粗葉白髪苔)?でしょうか。仙人の名のようで親しみを感じました。

以前は御前山からの縦走で何度か訪れた山ですが、今回は駐車地点から標高差170mくらいの小登山、加齢による衰えを克服して小さな達成感を味わうことができました。