正月のTV番組で神田伯山の講談「鉄砲斬り」に出てきた和田平助正勝は、水戸藩士で2代藩主光圀公の側近に仕えた剣の達人として知られています。
ところで水戸では「和田平助」という名前だけは知っている人が多いのですが、それは名前を下から読むと「助平だワ」という洒落が、特に年配の方には浸透していたからかもしれません。
(今でも和田平助で検索すると、助平なことと出てくるので、350年くらい前の剣の達人に申し訳ないような気がします。)
(写真は、今も伝わる新田宮流抜刀術の技を守る水戸東武館です。)
和田平助の先祖は甲斐武田氏の家臣でしたが、父道也の代に水戸藩初代藩主頼房公に仕え、慶安年間(1648~1652)に江戸藩邸詰め、御庭同心頭で300石の禄を給せられました。子の平助は幼き時より剣を志し朝比奈夢道に田宮流居合術を学び、15歳にして剣の修業に諸国を渡り歩いて技を磨き、やがて新田宮流を興しました。
光圀公も習得したといわれるこの流派は、常に先手を打って相手を倒す実践性が特徴で、両手と腰の動作で、長刀を雷光のように素早く抜き放つのを極意としたそうです。
公の側近に仕える小姓となった平助は、父の禄高とは別に100石を賜り、寛文3年(1663)39歳の時に父の隠居により家督を継ぎ大番頭300石の扶持で、この居合抜刀術の師範役も兼務しました。
しかし彼の晩年は一転して悲惨なものになります。天和元年(1681)56歳の時、息子の金五郎直勝21歳が平助の課した苛烈な剣の修行、四六時中油断させず睡眠中も打ち込んだりすることに耐え切れずに心身を病み急逝します。
その後平助は藩より改易放逐処分を受け、郊外の中根寺で切腹します。天和3年(1683)9月11日 享年59歳でした。
改易の理由については、①常軌を逸した狂気な行動が多くなった、②妬みによる讒言によるもの、③光圀公に世継ぎの件で諫言して怒りをかった,④同僚朝比奈某の事に坐し罪を得たり(神応寺の碑文)などの話が伝わっています。仙人の勝手な想像では、③を信じたい気持ちになりますが。
さて、その来迎山中根寺は水戸市加倉井町にある、元仁元年(1224)文寛の開山と伝えられる真言宗豊山派の古刹です。
平助は長らく仕えた光圀公ゆかりのこの千日堂の前で自刃したと伝わります。常陸千日堂は、承久3年(1221)恵心僧都御作の阿弥陀三尊を祀り、光圀公の時に飛騨の内匠により改築したことで飛騨内匠一夜作りの別名も持っています。
平助が自刃したときに護持佛として所持していた摩利支天尊を祀る摩利支天堂には、剣聖和田平助堂の標札も掛かっています。命日の猪年9月11日に御開帳になるそうです。
この摩利支天堂で神田伯山が講談「和田平助 鉄砲斬り」を奉納したと住職からお聞きしました。一度お参りしたいと思っていた伯山が、住職の呼びかけに快く応じたようです。(2018年8月10日付の伯山のツイッターにも出ています。)
墓所は樹齢850年という欅の巨木の下にあります。この中根寺は一時期住職不在の時があり、その時に末流の門人が水戸城近くの神応寺にお墓を移したそうですが、ここも墓所として残っています。
その移された神応寺は、水戸市元山町にある時宗のお寺です
当時水戸城主だった佐竹義宣の開基で、一時時宗の総本山でもあった由緒あるお寺です。
広い墓地の一角に、鳥居まで付いたお堂が建っていて、その中に墓石が納められています。
名前を下から読んだ文字の功徳からでしょうか、花街を控えるこの地区では何故か花柳界の方の参詣が多く、ゲン担ぎに墓石を削って持ち去るので形が変わってしまったのが右側の墓石です。
そのために、お堂の中に入れて新しい墓石(左側)を建てたといわれています。
墓所の後ろに建つ碑は、大正5年(1916)に新田宮流居合術の門人らによって建てられました。上部に「夢覺」という平助の号が彫られ、碑陰には新田宮流初代和田平助から16代にわたる流派継承者の年代と氏名が刻んであり、行末尾に明治十年一月 十六代 大日本武德會劍術教士 水戸東武館長小澤一郎弘武謹識と記されていました。
なお新田宮流はその後、門外不出の水戸藩御留流として伝わり、幕末には藩校弘道館の武館での正式科目にもなりました。
神応寺の石碑の代々の流派継承者にも、当時の弘道館教授小澤寅吉が「安政六年十月 十四代 小澤寅吉政方号東武」と名前が刻まれていました。
藩校弘道館の對試場で行われた演舞の写真(2020年2月撮影)です。新田宮流抜刀術の幟が立っていました。
現在、水戸東武館古武道保存会の2名の方が新田宮流抜刀術の技を保持しており、平成25年(2013)水戸市の無形文化財に指定されています。
神応寺の境内では、ミツマタ(三椏)の蕾が大きく膨らんでいました。寒い日でしたが、なにかほっこりする暖かい写真になりました。
三椏の蕾々の宙にあり 高澤良一
三椏の蕾のまゝの長かりし 平山愛子
家系亡びて三椏の花ざかり 鷲谷七菜子